第136話 希望の砦
ブルーワールドは、大きくわけて、3つの地域にわけられた。
一つは、人間が住んでいる地域。
一つは、実世界でいうオーストラリア辺りにある大陸…ロストアイランド。
最後の一つが、実世界でいう北朝鮮、中国、ロシア…東ヨーロッパまでの地域…魔界である。
赤星浩一により、ロストアイランドの結界を解かれたが…魔界と、人間が住む地域をわける為の結界は、今も機能していた。
結界が薄く…魔界とつながっている場所は、三ヶ所しかない。
ヨーロッパのアルプスと、ヒマラヤ…そして、北朝鮮である。
アルプスとヒマラヤは、結構厳しい為…そこを越える者は、少なく、魔界に入ろうとする者の殆んどが、北朝鮮ルートで侵入を、試みていた。
その三ヶ所以外をおおう…結界は、誰が作ったのであろうか…。
信じられない距離を張り巡らされて…その強度も半端ではない。
神レベルの魔神でないと、突破はできなかった。
そのような結界を長年保つように、創った先代達は、数多くの遺跡を残していた。
その数は、多すぎて不明である。
地下深くにあったり、成層圏を越え、衛生軌道上にある遺跡も、あるらしかった。
結界が破壊されないように…破壊されても、一つや二つくらいなら、結界が消えることがないようにしているかのように。
そんな遺跡の中でも、剥き出しなのは、三ヶ所あった。
長年の月日により、自然と剥き出しになったのか…。
それとも、最初からこれらだけは…わかるようにしていたのか…。
その真実は、長年の研究を持ってしても、不明だった。
「いや……違うな…」
その中でも、一番大きく立派な遺跡は、実世界のネパールにあたるところの…熱帯のジャングルの奥にあった。
結界は即ち…魔界に近い。
あまり、人が近づかない遺跡に、1人の男がいた。
髭を伸ばし、頭をぼさぼさにした男は、何人もジャングルの中で、過ごしてきたのか…肉体は焼けて、真っ黒になっていた。
彼は身なりなど、気にせずに…遺跡の隅々を見ていた。
外壁やあらゆるところを、見逃す部分がないように、念入りに確認していた。
「こんなところに、いらっしゃったんですか!」
遺跡の外壁を調べている男に、頭の天辺が禿げた男が声をかけた。
遺跡の天井近くまでよじ登り、調べている男は、その声に気付かない。
すると、どこからか1人の妖精が飛んできて、調べている男の耳元で、口を開いた。
「呼んでるよ。アート」
妖精の声に、アートは顔を上げ、はっとしたように、下を見た。
禿げた男は、手を振って、
「お昼にしましょう」
アートは頷き、
「すぐ行きます」
禿げた男も頷くと、その場から離れた。アートはその後ろ姿を見送りながら、まだ顔の横に止まっている妖精に、声をかけた。
「ティフィン。君も先に、行きたまえ」
ティフィンは半回転すると、
「わかった」
そのまま、禿げた男の後を追って飛んでいった。
アートは少しため息をつくと、十メートルはある地面へと、軽く飛び降りた。
そして、着地すると、遺跡を見上げた。
「やはり…ここは、見せるだけで…手がかりはないのか…」
アートは、遺跡に背を向けると、ゆっくりと歩きだした。
人の世界を守る為には、残った結界の綻びも遮断することだ。
確かに、魔界以外にも魔物はいるが、強力な魔物は魔界で生まれていた。
だから、圧倒的に危険は減るはずだ。
「問題は…魔神と……魔王」
結界をものともしない存在はいるが…ここ数年で、108いた魔神のほとんどは、退治されていた。
それをやったのは、赤星浩一と天空の女神…アルテミア。
まさに、彼らこそが人類の希望である。
「戦いは…彼らに任せればいい」
赤星やアルテミア以外にも、戦い続ける戦士はいる。
カードシステムの崩壊で、一度は人類の戦力が下がったが、今は盛り返してきている。
「だからこそ…戦う力だけでなく、守る力が必要なのだ」
アートはその為に、遺跡を調べていた。
アートは、遺跡と結界の接点近くにいたので、正面に回った。
遺跡の入り口は、つねに開いていて、アートは簡単にその中に入った。
遺跡内は、大きく2部屋にわかれており、最初の部屋には何もない。
ただ天然石で、作られた壁に囲まれているだけだ。
アートが入ると、最初の部屋に、12人の研究員がいた。
アートの姿を見て、12人は頭を下げた。
アートも頭を下げ、遺跡内の床に広げられた布の上に並べられた料理に、近づいた。
布の上に腰掛ける前に、奥の部屋に通じている扉を見つめた。
「向こうは開けれないの?」
ティフィンは、アートの肩の上に止まると、きいてきた。
「開けれるが…」
アートは座るのを止め、扉に近づいた。
石の扉に触れると、扉は自動で開いた。
すると、誰かが目の前に立っていた。
「え?」
ティフィンは驚いて、手で口をおおったが、アートは無言でその前に立つ者を見つめた。
それは、自分だった。
アートは、自分に向かって、前に出た。
向こうも前に出て、二人は重なり、扉の向こうにいたアートが、こちらの部屋に入ってきた。
すると、扉は自動で閉まった。
アートは軽く息を吐くと、まだ扉の前にいるティフィンに振り返った。
「空間を歪めているんだろ…。中には入れない」
アートはもう一度、扉を開き、
「中に入る為には、遺跡そのものを破壊するしかない」
貴重な遺跡を、破壊することはできなかった。
防衛軍がある時に、破壊する計画もあったようだが…世界をわける結界のバランスや、構造がわからない為、実行はされなかった。
だから今…遺跡に本格的な調査が、なされることになったのだ。
「だが…破壊はできない。中にも入れないが、それでもここのシステムを、学ばなければならない」
「な、何があった!?」
その頃、遺跡から数キロ離れているジャングルの中で、天空の騎士団長ギラは、唖然としていた。
ジャングルの中に転がる…数百体の魔物の死体。
「誰が…こんなことを」
ギラは、倒れている魔物の死体を歩き回った。
これだけの魔物を倒すには、防衛軍の一個師団以上の戦力がいるはずだった。
「うぐぐうう…」
魔物の中に、一匹だけ息がある者がいた。
ギラは近づき、魔物の死体の山の中から、一番下にいた魔物を救い出した。丸太のような腕で、魔物をつまみ上げた。
「ギラ様…」
倒れている魔物達は、翼ある魔物が属する天空の騎士団の偵察隊だった。
直属の部下達の惨劇に、ギラは怒りが込み上げてきた。
その怒りを抑えながら、ギラは息がある魔物にきいた。
「何があった?」
助けだされた魔物は、驚くこと外傷がない。
ギラは死んでいる魔物達が、ほとんど血を流していないことに気付いていた。
「し、死神です。死神が……。あいつは…あの…」
それだけ言うと、魔物は突然…活動を停止した。
こと切れた魔物をつまみ上げながら、ギラは魔物の体をチェックした。
隈無く調べてみると、魔物の首の付け根に、何かを差し込んだ跡があった。
人差し指を差し込んだくらいの穴が、開いていた。
「刃物でも…魔力でもない。これは…」
ギラには、そんなことがでる者がいるなど、信じられなかった。
「死神……?」
ギラは、そう呼ばれている者の名を、思い出そうとしていた。
1人だけ…頭に浮かぶ者がいたが、ギラは自ら否定した。
「あり得ん!あやつは、死んだはず…いや、生きてはいないはずだ」
ギラは、死んだ部下達に向かって、火葬の為の雷撃を放った。
一瞬にして、消滅する魔物達。
部下達の焼ける肉の匂いの中、ギラはジャングルの奥へと足を進めた。
「!?」
アートは突然、コップを口に運ぶ途中で、手を止めた。
「アート?」
その動きの不自然さに、ティフィンが気付いた。
アートはコップを置き、遺跡の入り口に走った。
「アート!」
叫ぶティフィンに、アートは振り返り、
「ティフィン!……皆さん!ここから、動かないで下さい」
アートは遺跡から飛び出ると、目の前に広がるジャングルの草木が震えているのを感じてた。
「何があったんだ!アートさん」
アートの後を追おうとした研究員達は、突然鳴り響いた警告音に、驚いた。
遺跡内で反響し、音が響いていた。
禿げた研究員は慌てて、銃の横に置いてあった魔物探知機を止めにいった。
そして、探知機に示された数値に愕然となった。
「ま、魔神!!い、いや、騎士団長が、近くに来ています」
と言うと、研究員は腰を抜かした。
騎士団長という言葉に、他の研究員も身を震わせた。
「アート!」
飛び出そうとするティフィンを、研究員達が止めた。
「騎士団長がいるんだぞ!」
ティフィンは振り返ることなく、
「騎士団長とは、戦ったことがあるわ!」
そのまま、真っ直ぐアートの後を追った。
「騎士団長と、戦った……!?」
「何者なんだ?あの妖精は」
研究員達は、震えながらも、顔を見合わせた。
一気にジャングルを駆け抜けていくギラの気を感じて、近くにいた動物達は逃げ、草木も動きを止めていた。
恐れるものなど何もはずのギラは突然、前方から放たれたプレッシャーに、足を止めた。
思わず、手を突き出してしまったギラは、自らの行動に舌打ちした。
(見えぬ敵に、怯え…姿を見る前に、攻撃するだと!)
ギラは、正々堂々と戦い倒すことが自らのスタンスとしていた。
見えぬ敵に、卑怯な先制攻撃をするなど、ギラのプライドが許せなかった。
ギラは手の平を、自らの胸に当てると、雷撃を放った。
ギラの前に、姿を現したアートは、眉を寄せた。
ギラの胸元が焼け焦げ、煙を上げているからだ。
「フフフフフフ…」
ギラは、手の平を胸から外すと、ゆっくりと顔をアートに向けた。
アートは、距離を取りながら、ギラと対峙した。
ギラはしばらく、アートの顔を見つめた。
そして、にやりと笑った。
「死神……か…」
ギラの笑いにも、アートは表情を変えない。
「貴様だったとはな…」
ギラの脳裏に、過去の映像が甦る。
ギラは、さっと両手をアートに向けた。
それでも、アートは逃げない。両手を下げ、まったく力まない自然体で、ギラの前に立っている。
ギラとアートは、そのままの体勢で、しばらくじっとしていた。
「フン…負けだ」
ギラは鼻を鳴らすと、両手を下ろした。
余裕があるアートと、焦りを覚えた自分を比較したギラは、負けを認めた。
やり合うまでもない。その前に、自分は気概で負けたのだ。
ギラが負けを認めたのに、アートは何もこたえない。
ギラは、そんなアートをただ見つめ、
「貴様が、再び舞台に上がったことを嬉しく思うぞ」
ギラはそう言うと、
「この戦いは、貴様に預けておく」
ギラは、その場からテレポートした。
アートの前から消える前に、ギラは最後の言葉を残した。
「またな」
「ギラ…」
ギラが去った後、アートは呟いた。
「アート!」
後ろから、ティフィンが猛スピードで飛んできた。
アートは振り向くと、ティフィンの方へ歩きだした。
「騎士団長はどこだ!」
ティフィンは、アートの目の前の空中で、急ブレーキをかけた。
「もう帰ったよ」
アートは微笑みながら、歩きだした。
「騎士団長って、誰だ!リンネか!カイオウか!」
ティフィンはキョロキョロと周りを見回し、
「これでも、あたしは!炎の騎士団長不動と戦ったことがあるんだぞ!赤星と一緒にな!」
「赤星?」
ティフィンの言葉に、アートは足を止め、
「赤星浩一君か…」
呟くように、フルネームを言った。
それに気付いたティフィンは、アートの肩に止まった。
「知ってるのか!赤星を」
興奮気味にきくティフィンに、アートは苦笑し、
「直接会ったことはないが…」
そして、目を細め、
「親友が、彼を高くかっていたからね」
「親友?」
アートの瞳に、初めて哀しげな影を見つめ、ティフィンは顔を近付けた。
「親友って、誰だ?」
「ティフィンは知らないよ。それよりも、彼なんだね?赤星浩一…。君が、誰とも契約しない理由は…」
「え…」
いきなりのアートの言葉に、ティフィンの顔が真っ赤になった。
「そ、そんなんじゃねえよ!別に、あいつなんか!そ、それによ!別に、あたしと契約しなくても…あいつには、女がついてるんだよ!」
「アルテミアか…」
アートは…今度は完全にティフィンに聞こえないように、口を動かした。
ティフィンは焦りながら、
「お、お前だって!あたし達と契約しないじゃないか!」
「俺は、いいんだ…」
妖精や精霊と契約しないと、魔法は使えない。だから、魔力を帯びた道具を使うしかない。
「魔法使えなくていいのかよ!」
ティフィンの問いに、アートは答えた。
「できるだけ1人で、戦いたい。君達のような…本当は優しい種族を、巻き込みたくはない」
「アート…」
「大丈夫…心配するな。いざとなったら、使うよ」
アートは、シャツ胸元のポケットに手をあてた。
「アートさん…ご無事で…」
研究員達が、ジャングルの奥から姿を現したアートとティフィンを見つけ、安堵の息をついた。
「心配をおかけしました」
頭を下げるアートに、研究員達は慌てた。
「か、顔を上げて下さい。我々こそ、あなたに命を救われたのですから」
研究員達の言葉に、アートは顔を上げると、微笑んだ。
そして、アートは遺跡の中に入らず、先程調べていたところへと足を進めた。
ティフィンは、アートから離れ、ご飯の続きを始めた。
遺跡の側面の石垣を手で触れて、確認しているアートにそばに、研究員の1人がやってきた。
「アートさん…」
アートは振り向き、
「どうしました?ゾルゲさん」
ゾルゲと言われた男は、頭に被っていた帽子を脱ぐと、一度頭を下げてから、アートを見つめた。
アートは、そんなゾルゲの言葉を待った。
ゾルゲは脱いだ帽子を握り締めると、おもむろに話し出した。
「私は昔…防衛軍の研究所ではなく、本部にいたことがあります。その時、一度…あなたにお会いしたような気がするのですが…」
「…」
アートは、こたえない。
「もし!あなたが…あの方なら!」
ゾルゲは思わず、前に出た。
「あの方ならば!もう一度、防衛軍を組織し、魔王と戦うことができるのでは、ないのですか!!」
少し興奮気味に話すゾルゲから、アートは視線を地面に落とした。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「私は…あなたの思うような人間では、ありませんよ…」
アートは悲しく微笑み、
「それにもし……私に、防衛軍を再結成する力があったとしても…私は、それをする気はありません」
「しかし!世界は今、混沌としています!防衛軍が存在していた時にあった…整然としていた団結がありません!」
ゾルゲの言葉に、アートはまた首を横に振った。
「防衛軍が存在していた時も…人は団結などしてはいなかったですよ。防衛軍を支配していたのは…魔王だったのですから…」
「え」
アートの言葉に、ゾルゲは絶句した。
「解散する直前は、人の手に戻ったようですが…それも、一瞬で終わったと聞いております…」
「馬鹿な!」
ゾルゲは、持っていた帽子を落とし…そのことにも、気付かずに、
「カードシステムという…整合されたシステムのもと!我々は、完全に機能していたはずです!」
「それは…幻想ですよ」
アートは胸ポケットから、一枚のカードを取り出した。
プロトタイプブラックカード。
「そ、それは!」
ゾルゲは目を見開いた。
アートはカードを、ゾルゲに渡した。
震えながら、ゾルゲはそのカードを持ち、まじまじと見つめた。
無言になるゾルゲに、アートは言った。
「人は…今の方が、自由で豊かで、皆で助け合う心を持っています」
「プロトタイプ…カード……。実物は初めて見る…」
ゾルゲは、カードの表面を確認する。
「カードシステムに縛られていた昔よりも…今の方が…」
「アートさん…」
ゾルゲはカードを差出し、アートに返した。
「私が生まれた時代は…第一次魔大戦の前でした。魔に脅かれされながらも…数百の国が、存在する世界でした。国々は、それぞれに魔王軍と戦い…協力はありませんでした。それが…」
ゾルゲは、言葉を切った。視点が合っていない。ぶるぶると震えだした。
ゾルゲの目は、過去を映していた。
「魔王ライに、王座が変わった時…すべての国は戦う力を奪われ…ほとんどの国が、機能しなくなりました。私は、まだ子供でしたが…あの空を覆い尽くす…魔の大軍が、記憶から消えることはありません…」
魔王ライは、魔王レイを幽閉した後、配下の魔物達で、人の住む地域の空を覆い尽くして見せたのだ。
抵抗した国家には、天災そのものである二人の女神を全面に出して蹂躙した。
抵抗しなかった地域も、止まることない大地の地震が起こり、止むことない豪雨と雷鳴が、地上にいる人間を、3年間襲い続けた。
当時、存在した元老院は、何とか…この地獄から逃れようとしたが…方法はなかった。
現存する…すべての軍事力が機能しなくなった時……人にあった国という概念は、崩壊した。
唯一残ったアメリカも…戦う力自体は、残っていなかった。
地球の生態系をも壊しかねない状態になった時、地震は止まり、雨は止んだ。
助かった……と多くの人が思ったが、それは、安息ではなかった。
次は、魔法が使えなくなったのだ。
そこから、長い時…ティアナ達…ホワイトナイツが、現れるまで、人々は安息を手に入れることができなかったのだ。
ティアナ達…たった三人による…魔王城への突撃。そして、彼女が開発したカードシステムによる…新たなる人類の武器は、人々を歓喜させ…そのことが、防衛軍の編成へとつながっていく。
それともに…ティアナと魔王が結ばれ、新たな女神の誕生は、束の間の平和と安定をもたらした。
その間に、カードシステムは強化され、防衛軍も力をつけることができたのだ。
カードシステムによる世界の再生により、各地域はアメリカを除き、ほぼ一つにまとまったのだ。
天空の女神の誕生は、人類側にも魔王側にも、快く思わない者もいた。しかし、ティアナの存在が、どちらの陣営にも楔となっていた為に、あからさまに、表に出ることはなかった。
しかし、突然のティアナ死去により…再び世界は、混乱する。
魔王は再び、人類に宣戦布告をし、第二次魔戦争に突入するはずだったが、戦いが激化する寸前に、天空の女神アルテミアの裏切りにより、事態は複雑になった。
彼女は、魔王に敗北するが……第二次魔戦争は、尻すぼみな形で、終わることなく、緊張状態が続くこととなった。
それから、一年も経たない時に、ブルーワールドに呼ばれたのが、赤星浩一である。
彼とアルテミアの活躍により、人類はカードシステムを失ったが…第一次魔戦争以前の戦う術を取り戻した。腐敗していた防衛軍の解体とともに…。
今は、来るべき…魔王との最終決戦の前夜とも言われていた。
魔戦争で猛威を奮った二人の女神も、アルテミアに敗れ…人類には、赤星浩一という魔王に、匹敵するといわれる力が手に入った。
今こそ、戦いの時なのだ。
「あれから…ほんの数年で、人の意識は変革され……この世界で生き抜く為に皆、懸命に努力しています!しかし!」
ゾルゲは、アートに詰め寄った。
自分よりも、少し背の高いアートを見上げ、真摯なる瞳で見つめた。
「しかし!人類の旗印がないのです!」
ゾルゲの視線を避けることなく、アートはこたえた。
「赤星浩一がいるでしょ?それに、天空の女神もいる」
「天空の女神は、ティアナ様の娘であるが、魔王の娘でもある!彼女は、正統な魔王の後継者です!」
「だったら、赤星浩一は?」
「彼は……」
ゾルゲは言葉に詰まり…少し考え込んだ。
アートは、ゾルゲの言葉を待つ。
数秒後…ゾルゲは、言葉を続けた。
「彼は…民衆にも人気がある…。力もある。しかし…彼が、破壊したんだ…」
ゾルゲは唇を噛み締めると、アートを睨みながら、
「カードシステムを!防衛軍を!私達の誇りを!」
「……」
ゾルゲの瞳から、涙が流れた。
「私達の誇りを、踏み躙った彼を、私は許せない」
「しかし…防衛軍は腐敗していた。ポイントの回収に躍起になり、人々を苦しめていた」
「だが!あなたなら!」
ゾルゲはアートの手を掴んで、握り締めた。
「あなたなら……新しい組織を作るはずです!あなたならば」
すがりつくゾルゲの手を、アートはゆっくりと解くと、首を横に振った。
「私には、そんな資格はないです。私は…友を救えず…愛する人も守れなかった…」
アートはそう言うと、プロトタイプカードを指で摘んだ。そして、ゾルゲに顔を向けると、
「……しばらくは、この遺跡には、魔物は来ないと思います」
「アートさん…」
微笑むアートに、ゾルゲは呆気に取られた。
「さよならです」
「アートではない!……あなたは…」
ゾルゲの言葉を最後まで聞く前に、アートはカードの力を使い、テレポートをした。
遺跡より、数百キロ離れた海岸線近くのそり立った崖に、アートは降り立った。
そして、ふと…上空を見上げた。
「星?」
まだ明るいのに、空が煌めいたのだ。