第135話 黄昏の憂鬱
「〜で、あるからして、この世界は、昔から〜魔物と人間との熾烈な争いとともにありながら…このような繁栄をもたらすことが、できたのであります」
ホワイトボートに、忙しなく書き込む先生の背中を、じっと見つめながら、カレン・アートウッドは授業に参加していた。
カードシステムの崩壊により、世界の在り方そのものが、変わりつつあったが……人間そのものが、変わるはずがなく、
未だに、魔力に取りつかれていた。
それこそが、生き残る為に必要だからだ。
カードによって、レベル測定はできなくなったが、使える魔法によって、大体の力は理解できた。
護身術に近くなった魔法よりも、カレンは剣が好きだった。
しかし、剣といえば…有名なのが、ティアナ・アートウッドのライトニングソード。
(ティアナ…)
カレンは、苦々しくその名前を思い出した。
幼き頃は、勇者と言われ、尊敬されていた叔母は……人を裏切り、魔王の子を生んだのだ。
アートウッド家は、ティアナを勘当したが……世間の風当たりは強かった。
カレンの家は、分家だったが、地元の人々の迫害を受け、一家は離散した。
もともと跡取りは、カレンだけだったし、父は亡くなっており、病弱な母親だけが残された。
その母親が、病院に入院したと同時に、カレンは養子に出された。
母親はもう…病院から出ることはできないからだ。
母親は微笑みながら、カレンに言った。
「あたしは、もうすぐ亡くなります。その前に…あなたに、我が家の家宝を譲りたく思います」
そして、病床の母より、渡されたのは、2つのもの。
一つは、アートウッド家に代々伝わり護って来た…武器。
そして…。
カレンは、つまらない授業が終わると、席を立った。
廊下に出ると、数人の生徒に囲まれた。
1人の茶髪の女が、カレンに詰め寄った。
「あんた…。黒髪に染めてるけどさ…」
女は、カレンの髪を掴み、
「ほんとは、何色よ。瞳だって、コンタクトで色…変えてんでしょ?」
絡んできた。
「フッ…」
自然に笑みが出た。
馬鹿らしい…。確かに、女の言う通りだが…。
(こちとら…うんなことわかってやってるだよ)
無礼にも髪を触っている手を、カレンは軽く払いのけた。
そして、睨むでもなく、怒るでもなく、ただ冷たい視線を浴びせた。
五人いる女生徒は一瞬、たじろぐが、すぐに威勢を取り戻した。
「あ、あたし達は、全員!契約を済ましたんだよ!」
髪を掴んだ女と、両脇の女から、風の波動が感じられた。
そして、残りの二人には、妖精がついていた。
(妖精は…炎か…)
カレンは心の中で、苦笑した。
風と炎…組み合わせはいい。
(だけどさ…)
カレンは、魔法を発動させようと威嚇している五人へ、一歩近づいた。
その瞬間、二人についている妖精は怯えだし、風はかき消された。
カレンは、スカートのポケットに両手を入れると、悠々と五人の間を通り抜けた。
(レベルが、低い!)
カレンは、口元を緩めた。
「どうしたのよ!」
女が、炎の妖精に命じても震えるだけで、言うことをきかない。
「吹け!風よ!」
髪を掴んだ女が、叫んでも風は起こらない。
カレンはただ、普通に廊下を歩いていく。
「どうしたのよ!あんな契約もすましていない女に!」
ヒステリックに叫ぶが、何も起こらない。
その廊下での出来事を、見ていた男がいた。
白髪で、結構な高齢者だが、ガタイだけはでかかった。
愕然としている老人の横を、カレンが通り過ぎた。
(馬鹿な…)
老人は振り返り、ゆっくりと遠ざかるカレンの後ろ姿を見つめた。
(妖精が怯え……空間のほんの一部の大気の流れを、指先だけで変え…風の発動を相殺しおった…)
「きゃあ!」
カレンが去った後、普通に風の魔法は発動し、五人は仲間内で、自爆した。
「どうされましたか?」
カレンの前から、1人の先生が走ってきた。
五人の様子を見て、
「こら!学校内の魔法の発動は禁止のはずよ」
と叫ぶと、すぐさま自分の精霊を呼んだ。
「カトリーナ!」
先生の召還した精霊が、5人の魔法を鎮めている間も…ダラスは、立ち去った生徒の姿を忘れられなかった。
「お怪我は、ございませんでしたか?ダラスさん」
先生は事態を修復すると、廊下に立ちすくむダラスに駆け寄った。
「…ありがとうございます。私は、大丈夫です」
ダラスは、心配そうな先生に笑顔を返した。
「折角…来て頂いたのに、申し訳ございません」
頭を下げる先生に、ダラスは手を振って、
「頭を上げてください」
先生が、五人を職員室に連れていき、こっぴどく叱っている間…ダラスは考えていた。
歴戦の勇者として、戦い続けてきたダラスは、カードシステム…さらにその前の時代からの戦い方を知っている…数少ない戦士だった。
肉体の衰えとともに、現役を引退したダラスは、若い人々に精霊や魔法の使い方を、教える仕事をしていた。
ほとんどボランティアであるけど。
「あれは……物凄い力を隠してるわね」
ダラスの肩に、いつのまにかステラが乗っていた。
「お前も、そう感じたか…」
ダラスの契約した妖精であるステラは頷き、
「それも、かなりの力ね」
そして、身を震わした。
「何者なんだ?」
カードシステム崩壊後、人々はカードに頼らなくても、魔法を使えるようになったとはいえ……強大な魔力を得る為の対価や、妖精達との付き合い方が、わからない者が多く、
戦力的には、前よりは格段に落ちていた。
(しかし……我々の側に、赤星君がいるかぎり…魔王も迂濶なことはできまいて…)
ダラスは、少しの希望を持っていたが…やはり、不安はあった。
その為、人側にも強力な力を持った戦士がもっといるのだ。
ダラスは学校をまわりながら、才能ある若者を探していたのだ。
だが…。
今あった少女は、あまりにも強大で…ダラスでさえ制御できる…自信が、百%はなかった。
カレンは、廊下を歩きながら、ネクタイを緩め、胸元からペンダントを取り出した。
十字架の形をしたペンダントの真ん中に、赤く輝く碑石。
カレンは、十字架を握り締めると、左側の開いている窓ガラスから、飛び降りた。
二階だったが、カレンは階段を一段降りたくらいの感覚で、ひらりと着地した。
そして、学校内で一番目立たない体育館裏を目指した。
学校内での魔法の使用は禁止されていたが、体技が優れているだけだから、文句は言われない。
カレンは忍者のように、人が気にしない死角の場所を選びながら、体育館へと急いだ。
体育館裏へと曲がる前に、カレンはネクタイを締め直すと、深呼吸をした後、ゆっくりとその姿をさらした。
「山本くんだよね」
そこには、1人の男子生徒がいた。
男子生徒は、カレンを見て、目を輝かした。
「君に呼び出されるなんて、予想外だったよ」
カレンは無表情に、男子生徒に近づいていく。
「君のような…綺麗な子に…。うらやましいって、みんな言うんだよ」
照れながら話す男子生徒に向かって、カレンは言った。
「3年5組…相葉拓也だな?」
凄むように、カレンに名前を呼ばれた相葉は、
「そうだけど…」
こくりと頷いた。
カレンは再び、ネクタイを緩め、
「貴様は…人間じゃないな」
「え?」
男子生徒は、目を丸めた。
「ここまで、完璧に擬態できるとは……並みの魔物ではない」
カレンは、一定の距離を置いて、相葉と対峙した。
「魔神…いや、少なくても、その下くらいか」
カレンは、ペンダントを引っ張り出した。
太陽の光に反射して、クロスのペンダントが輝いた。
そのペンダントを見た瞬間、相葉の顔つきが変わる。
「うっすらと……妖気が漂っているな…。それも、人間じゃない…」
相葉はペンダントを凝視し、
「まさか…お前だったとはな…」
唇の端を緩めた。
そこから、牙が覗かれた。
「お互い…会いたかったようだな」
カレンは、ペンダントの赤い碑石を触った。
そして、相葉を軽く睨みながら、
「お前の力…貰うぞ」
「やれるか!小娘があ!」
相葉の体が前のめりになり、突き出した肩胛骨から、二本の角が突き出し、髪の毛が、逆立つと硬化し、四本足で立つ…トリケラトプスを思わす姿に変わった。
「最近…我が眷属を、狩る人間がいるときいて、この地に来たが…」
一瞬にして、音速をこえた相葉の突進は、空気の壁を突き破り、破裂音とともに、ソニックブームを伴った。
そして、カレンに二本の角が、突き刺さったはずだった。
「な?」
突き刺さした感触ではなく、何か硬いものにあたり、それをふっ飛ばしたように、相葉は感じた。その違和感に、相葉は顔をしかめた。
カレンは、数メートル地面をえぐりながら、後方に押された。決して、ふっ飛んだではなく、ただ押されただけだ。
「あり得ん…」
砂埃が、カレンの姿を相葉から隠した。
「…この程度か…」
カレンはため息混じりに言うと、砂埃を切り裂いて、逆に相葉に突進した。
「なな!」
カレンの三倍はある体躯に、変化している相葉が軽くふっ飛ぶ。
「この力は…」
唖然とする相葉に、カレンは言った。
「お前は、狩る方じゃない!狩られる方だ」
カレンの妖しい微笑みとともに、クロスのペンダントの中から、剣が飛び出した。
カレンを、それを掴むと、
「貰うぞ」
横凪ぎに剣を払い、二本の角を斬り取った。
と同時に角は消えた。
そして…。
「ぐげえ…」
相葉の口から、血が溢れでた。
先程切られた角が、相葉の横腹に突き刺さっていたのだ。
「食え!ピュアハートよ」
カレンは、相葉の額に剣を突き刺した。
「何だ……この剣は…」
相葉は突き刺さされた額の奥から、感じる感触に…ぞっとした。
何かが蠢き……何かが、中から食っている…肉体を…。
カレンは、剣をねじ込むながら、相葉に囁くように言った。
「ピュアハートはね……斬るではなく、食うのよ」
クスッと笑い、
「斬ったものの能力を…そして、斬ったものの肉をね」
そういうと、カレンはピュアハートを額から、抜き取った。
相葉の額に筒のような空洞が開いていた。
カレンは笑いながら、
「特別に見せてあげる…」
くるっと一回転して、呟いた。
「モード・チェンジ…」
次の瞬間....相葉は絶句した。目の前に自分と同じ姿をした魔物がいるのだ。
そして、ソニックブームを伴った二本の角が、音速をこえて、相葉に突き刺さっていた。
断末魔をあげる間もなく、相葉は消滅した。
体育館裏には、ピュアハートを右手に持ったカレンしかいない。
「……大した…能力じゃ…なかったわね」
カレンは、いつのまにか左手に持ったものを確認した。
そこに表示されるデータを見て、肩を落としていた。
「レベル50か…中途半端ね」
カレンは肩を落とした。
カレンが持っているのは…カード。それも、ブラックカードだ。
しかし、この前まで赤星やクラーク達が持っていたのは、デザインが違う。
それに、カードシステムが崩壊した今…カードが使えるはずもなかった。
だけど、カレンが持つカードは特別だった。
カードシステムをつくる前、ティアナが使っていたプロトタイプ。
普通なら、倒した魔物の魔力はカードシステムによって、防衛軍の塔に回収され、税金として一部を取られた後、ポイントという形で、倒した人に換金される。
そのポイントを使い、人々は魔法を使ったり、武器を召喚していたのだ。
プロトタイプは、システムの完成前に作られていた為、直接倒した魔物から魔力を奪い、すべてを使うことができたのだ。
武器の召喚は、できないが。
カレンは、母から受け取ったプロトタイプカードを使うことにより、精霊と契約しなくても、魔力を使うことができるのだ。
「あたしは、母さんの無念を晴らす」
ピュアハート…。アルテミアが持つチェンジ・ザ・ハートと対になる武器である。
チェンジ・ザ・ハートが、トンファーや槍、銃…剣と形態を変えることができる武器なら、ピュアハートは斬った相手の能力を奪い…コピーして、剣を持つ者に、この力を使わすことができた。
たった数秒間であるが、魔物そのものになるのである。
しかし、この能力はあまりにも危険であり、限られた者しか使えないとの理由で、ティアナはピュアハートを封印した。
魔物そのものをコピーするということは、心もである。
余程の精神や意志が強い者でないと、心が壊れてしまう。
それと、食うという自我を剣に与えてしまった為、ピュアハートの持ち主は、つねに魔物を食わさなければならなかった。
普段は、十字架の中に封印し、力を押さえている。
カレンは、カードをピュアハートに近付けた。魔物を斬り、妖気に満ち溢れている刀身から、妖気が消えていく。
プロトタイプカードは、魔物からだけでなく、ピュアハートからも魔力を奪うことができた。
カードを離すと、カレンはピュアハートを回転させた。すると、剣はクロスのペンダントに吸い込まれていった。
魔力を吸っておかないと、何かと用心が悪い。
カレンは、ソニックブームにより地面が抉れているのを確認すると、プロトタイプカードを地面にかざした。
すると、修復魔法が発動し、地面がもとに戻った。
カレンは普通に、何事もなかったように、体育館裏から歩き去った。
現在の彼女のレベルは、87。
人の身で、そこまでのレベルの者は、数人しかいない。
カレンに目的があった。
アートウッド家の汚名を晴らす為には、魔王を倒さなければならない。
だが、魔王はバンパイアである。不死の化け物には、同じ不死の化け物の能力がいる。
現在、バンパイアは…魔王を除いて二人確認されている。
赤星浩一とアルテミアである。
「アルテミア……」
カレンは苦々しく、その名を口にした。
「…アートウッド」
ティアナの娘にして、魔王の血筋…天空の女神。
アルテミアをピュアハートで斬ることで、彼女の力を手にすれば…魔王と、戦えるはずである。
それに、アルテミアはアートウッドの血筋でもある。彼女の能力は、カレンに合うはずだった。
類い稀なる力と、才能を持ち…全人類の羨望の的だったティアナ。
彼女が、人類を裏切らなければ…アートウッド家は安泰だった。
(母さんも、あんなことにはならなかった)
病床で、母はカレンにこう言った。
「カレン。このピュアハートとカードを捨てて頂戴…。これは、呪われた武器…」
肌身離さず、つけていたペンダントを外し…母は、カレンに手渡した。
「これを…ティアナ姉さんから、預かっていたけど…あたしはもう…守れない」
「母さん…」
カレンの手の平に、ペンダントを置くとそのまま、母は手を閉じさせ…その手を握り締めた。
「このペンダントは、絶対に捨てて頂戴……海の底や…誰も近づけないところに…」
しかし、カレンは捨てなかった。
自ら使用することにしたのだ。
もともと才能は、あったのだろう。
そして、アートウッド家特有の身体能力の高さが、ピュアハートの持ち主に相応しい戦士に、彼女を変えていった。
「アルテミアさえ…斬れば…」
魔王を倒せるはずだ。
カレンは、修羅の道を歩むことを覚悟していた。