第131話 旅立ちの足跡
父親と話してから、数日が経った。
朝を迎え、学校にいく。
リョウの学年は、三人しかいない。
他の学年は、百人近くいたが、学校に来てるものは、殆んどいない。
三人だけで、広々とした教室で、授業を受けていた。
そんな三人に向かって、教科書を開いていた社会の先生が、突然泣き出した。
しばらく声を抑えて泣いた後…先生は、三人を交互に見つめた後、おもむろに口を開いた。
「今日で、授業は最後になります。もう…運命の時が、近づいているからです」
先生は教科書で、顔を隠しながら、
「もう勉強をしている場合じゃないからです…」
「先生…」
リョウの隣に座っていたフレアが、席を立った。
「わ、私は…お前達に、人の歴史を教えて来ました。しかし、もう…その歴史を紡ぐことは、できなくなりました」
先生は、教科書を教壇に置き、リョウ、フレア…俊介を見回した。
「お前達に…新たな歴史を創って貰いたかった……。だけど…」
と言った後、唇を噛みしめ、先生は涙を拭い、
「生きろ!できることなら、この島から脱出して…魔物が寄り付かない…場所を探してほしい!」
先生はそう言うと、歴史の教科書を慌ただしくめくった。
そして、あるページを開くと、
「アステカ…」
三人に示した。
「数千年前に、忽然と消えた…魔法文明都市…。もし、この都市に辿り着けたら…」
授業が終わり、教室を出ていく先生の後ろ姿を見送っていたリョウに、俊介が話し掛けた。
「アステカって…伝説の都市だろ?どうやって、行けていうんだよ。伝説によると、太平洋の海底に沈んだや……空に浮かんで、雲に隠れてるって、言われてるんだろ」
机に頬杖をつきながら、俊介はため息をついた。
「それに…」
フレアが、言葉を続けた。
「アステカは、魔王を恐れ…人を見捨てたと言われているわ…」
「アステカ…」
その名前が気にはかかったが、今は…そんなところを探す気にもなれなかった。
「でもさ…学校がなくなったら、暇だな…。やることがないぜ。先輩達のように、無駄なあがきをしたくないし…」
俊介は、椅子にもたれかかると、大きく背伸びした。
リョウは席を立ち、教室内の窓に近づいた。
机が、3つしかない教室は、何か寂しい。
窓を開け、リョウはグランドの向こうに広がる山々の…さらに向こうを、見つめた。
あの先に、剣が刺さった岬がある。
リョウは、胸を押さえた。
なぜだろう…。そこにあるものを考えると、激しく胸が痛んだ。
切ないとか…悲しいとかじゃない。
(この痛みは…)
リョウはぎゅっと、胸を握った。
(悔しさだ)
リョウは思った。
どうして、平凡に生きる人達が、死ななければならないのか。
ある宗教家は、こう言った。
この島に逃げ込むまでに、人は罪を犯しすぎた。この星を汚し過ぎた。
だから、滅びるのは、その報いなのだと説いた。
(神に祈りなさい。死した後…楽園にいく為に…。神に懺悔しなさい)
その言葉を、村の広場できいた時、リョウは激怒した。
宗教家にこう言いたかった。
(殺されるのに、どうして懺悔が必要なんだ!)
(神は…神なんて…もういないんだ…)
リョウは、遠くを睨みながら、フレアと俊介に言った。
「僕は…剣の岬にいくよ。そして、剣を抜く!」
リョウは拳を握りしめ、
「その剣で…魔王にせめて…一太刀を浴びせてやる」
それは、考えもない子供の無謀な夢物語だった。
絶対に無理だろう。
だけど…大人は無理だとわかったら、やろうとしない。
だけど…無理だけど、やってやると思う者が、無謀から活路を見つけることが、できるのだ。
「ば、バカなこと言うなよ」
俊介は驚き、顔が引きつった。
「僕は行く!」
リョウは、もう決意を決めた。
そんなリョウを、フレアは温かく見つめていた。
そして、力強く頷いた。
(なぜだろう…。抜けそうな気がする…)
気のせいだろうけど、妙な自信があった。
「希望は…歩きだす者にしか訪れないわ」
フレアは、リョウのそばまで来ると…リョウと同じ方向を見つめた。
「もう…明日から、学校がないし……。あたしも、付き合うわ」
フレアは、少しだけ背が高いリョウを見上げ、笑いかけた。
「フレア…」
一人で行くつもりだったが、フレアが来てくれるなら、単純に嬉しかった。
「お、お、俺は行かないからな!」
俊介だけが、窓から離れていた。
後退りながら、教室のドアへと向かっていく。
「岬までは…歩いたら2日はかかる!今は、馬車も来ないし…歩くしかない!そ、それに…いつ結界が消えるかわからないんだぜ!」
俊介は、後ろ手でドアに手をかけながら、叫んだ。
「も、もし…結界が破れて…魔物が攻めてきたら、どうするんだ!お、俺は、死ぬときは、この村で、母ちゃんや、家族みんなと一緒に死にたい!」
そう言うと、俊介はドアを開けて、廊下へ飛び出して行った。
「俊介…」
俊介の言いたいことも、わかった。
岬に着くまでに、結界は消えるかもしれなかった。
家族に、もう会えなくなるかもしれなかった。
(だけど…行くんだ!)
リョウは、決意を変えることはなかった。
それは、フレアもいっしょだった。
二人は明日、旅立つことに決めた。
「父さん…」
食器が並ぶ前の食卓で、リョウは新聞を広げているロバートに、話し掛けた。
岬へ行くことを、告げる為に。
ロバートは、新聞から視線を外すと、
「……わかっている」
それだけをリョウに告げると、また新聞に目を戻した。
「父さん……?」
少し戸惑うリョウの横に、台所にいたはずのサーシャがいた。
サーシャは食器ではなく、あるものをリョウの前に、置いた。
「これを、持っていきなさい」
それは、革のケースだった。年季か…それとも…過酷な場所で酷使されたのか…傷だらけのケースを、サーシャはリョウの前で開けた。
「これは…」
リョウは目を見開いた。
傷だらけのケースから出てきたのは、新品のように輝いている鋭利な武器だった。
「ドラゴンキラー」
サーシャは懐かしそうに、ケースに納まっているドラゴンキラーを見た。
「魔物の中でも、上位種に入るドラゴン種を、倒す為に、作られた武器だ…」
いつのまにか、ロバートは新聞を畳んでいた。
「母さんの先祖は…ドラゴンハンターだったのさ」
ケースの中には、ドラゴンキラーだけでなく、エンブレムも入っていた。
漢字で、黙と刻まれた紋章。
「これを、持っていきなさい」
サーシャは、リョウに言った。
「岬まで、何があるかわかりません…。このドラゴンキラーが、あなたを守ってくれることでしょう」
リョウはケースの中から、ドラゴンキラーを取出した。
ずしりと重い。思わず、手から落ちそうになる。
「こんなの使えるのかな…」
持っただけで、自信がなくなってきた。
「女神の十字架を抜こうとしているやつが、これくらいで重いだと…。やれ、やれ…」
ロバートは心配そうに、ため息をついた。
「慣れれば、大丈夫よ」
サーシャは笑い、リョウの顔を覗き込んだ。
「これには、いろんな人の思いがこもっているの…」
「いろんな人?」
サーシャは頷き、
「あたしや、お父さんは勿論…ご先祖様や…」
「女神もな」
ロバートは、リョウの顔を見つめ、
「天空の女神も使ったことが、あるんだよ」
「天空の女神が!」
リョウは、目を見開いた。
「そうだよ」
ロバートは優しく、頷いた。
天空の女神が使った。それをきいただけで、リョウには、この武器が特別なものに思えてきた。
嬉しそうに、目を輝かせるリョウの様子に、ロバートとサーシャはただ見守るだけだった。
次の日の朝早く、家から旅立つリョウを、ロバートとサーシャは手を振って、見送った。
「いってきま〜す!」
ドラゴンキラーの入ったケースを持って、手を振り返すリョウ。
その横には、フレアがいた。
「いこう!」
リョウはフレアに声をかけると、前を向いて歩きだした。
もう振り返ることはない。
フレアは、ロバートとサーシャを見つめ、頷き合った。
フレアの瞳に、固い決意の意思がこもっていた。
フレアもまた前を向くと、もう振り返ることをしなかった。
「もう……会うことはないのですね」
リョウの背中を見送りながら、サーシャが呟いた。
「仕方があるまい。この時空は、終わるのだからな…」
ロバートもまた…リョウの背中を感慨深く見つめていた。
リョウの成長のすべてが、思い出せる。
「子供を持てたのだ。それも、お前と」
ロバートは、サーシャを見た。
サーシャは、こくっと頷いた。
「それだけでも…満足だ…」
リョウの姿が小さくなっていく。
ロバートは、ただ見つめ続けた。
サーシャはロバートに近づき、肩にもたれた。
ロバートは、サーシャの肩を抱き、
「死ぬ準備はできている。あとは…」
ロバートは、サーシャに顔を向け、
「どう…死を見せるかだ。人のいう種の悲しき死……絶滅の瞬間を…」