第125話 騒々しく
放課後。
学校の外れ…体育館の裏で、人の目を避けるように、響子は壁にもたれていた。
その上に、無数の目が壁に生えていた。
「人間じゃない?」
性眼の報告と、響子は自分で見た状況を検証する。
「確かに…あの魔力は…」
思い出しても、額から冷や汗が流れる。
響子は唇を噛み締め、
「それに…クレアに…ドラキュラ…。ファイブスターの内…二人はここに来てるとか…」
明らかに、響子と性眼だけでは、守れない。
しかし、かといって…援軍もいない。
(狼神は…来ない)
響子は首を捻り、
(あと…わからないのは、あの雷という生徒と…天道という転校生…)
その二人の目的が、わからなかった。
「どちらかが…味方だったら…」
響子は、戦力を整えたかった。
「だけど……性眼の報告が、正しければ……向こうは、女神をその転校生だと思ってるようだ」
響子は、少し口元を緩め、
「悪いが……それを利用させてもらおう」
響子が、そんな思いを巡らしている時、帰り支度をしている梓の後ろで、じっと見つめている輪廻。
そして、その輪廻を襲おうとしていたドラキュラを捕まえ、空牙は屋上にいた。
夕焼けが、校舎を染め…赤く輝く光の中…目深にフードつきのコートを羽織ったドラキュラは、まるで蛇に睨まれた蛙のように、動けずにいた。
「き、貴様…」
ドラキュラは苦々しく、空牙を睨んだ。
空牙はドラキュラを見ずに、屋上から夕焼けに照らされている街並みを、見つめていた。
学校は、高台にあるし、まだ高い建物がない平野は、遠くの方まで見渡せた。
「世界が変わっても、夕焼けは美しい」
空牙の言葉に、ドラキュラはせせら笑った。
「お前が…我々と同じバンパイアならば…太陽が美しいだとお!有り得ぬ!」
夕焼けであっても、ドラキュラの肌には、熱かった。
空牙はフッと笑い、
「美しいものを…美しいと感じられぬ。何が、神か」
慣れない1日目。
それに、休み時間に見た…謎の生き物と、輪廻…そして、空牙。
すべてが、嘘のようだった。
梓は、鞄に教科書を入れると、席を立ち、歩きだした。
まだいっしょに帰る友達は、いない。
1人帰ろうとする梓の後をつけようと、輪廻も席を立った。
梓に続いて、廊下に出ると、後ろから声をかけられた。
「天道輪廻さんだね」
そこには、スーツ姿のシュナイザーがいた。
輪廻は、梓を追うのをやめ、シュナイザーの方に体を向けた。
射ぬくような輪廻の視線に、シュナイザーは楽しそうに笑った。
「転校早々…申し訳ないが…話があります」
シュナイザーは頭を下げ、輪廻を促すように、目だけを上げ、梓とは反対方向に歩きだした。
輪廻は手に持っていた鞄を、教室内に投げ込んだ。
鞄は、輪廻の席の上に落ちた。
輪廻は、身軽になった両手の握力を確認すると、シュナイザーの後ろについて行った。
その表情には、嬉しさがにじみ出ていた。
「貴様は…何者だ!」
ドラキュラは、夕陽が沈むまで眺めている空牙の横顔を睨んだ。
「これほど…魔力を感じたことがない!我々は、この前の世界大戦で、世界中のあらゆる人以上の力を持つ者達を、炙り出し…戦火に紛れて殺した!」
空牙は、沈む太陽の最後の輝きに、目を細めていた。
「しかし!これほどの力!我と同じ…バンパイアの力!それ以上を感じる魔など…」
ドラキュラの言葉を無視するかのように、空牙は夕陽に手を伸ばした。
「毎日…再生と滅びを繰り返す太陽よ…。あなたは、毎日滅んでも、美しい…」
感嘆の溜め息を吐いた空牙の横で、ドラキュラはコートを脱ぎ捨てた。
「我らの夜が来る!」
昼間大火傷をしたはずなのに、もう治っていた。
ドラキュラの両目が赤く光り、鋭い牙が、二本…口元から覗かれた。
「夜こそ!我の力を発揮できる時間!昼間のように、いくと思うな!」
ドラキュラの両手の爪が、伸びた。
空牙は、天を仰ぎ見、
「太陽も…あなたは、素晴らしいが……月よ。あなたには、申し訳ない…」
天に輝き出した月を、見つめた。
「貴様のような猿が!我らと、同じ力を持つなど…断じて、許せない」
全魔力を解放して、向かってくるドラキュラを、空を見上げた体勢のまま、横目でちらりと見た空牙は、
「折角…夜まで待ってやったんだ。少しは…楽しませろよ」
ゆっくりと、右手を真横に突き出した。
「死ね!」
飛び掛かってきたドラキュラの顔を、右手で掴むと、空牙はにこっと笑った。
「この程度か?」
笑った空牙に、鋭い牙がない。
「お前…バンパイアではなかったのか?」
空牙の指が、ドラキュラのこめかみに突き刺さる。
「牙を見せるのは…不粋だろ?」
空牙は片手で、ドラキュラを持ち上げると、ゆっくりと屋上を囲む手摺りまで連れていく。
まだこの時代の手摺りは、そんなに、高くない。
空牙は、ドラキュラを手摺りの外に突き出した。
「動けん…」
ドラキュラは絶句した。顔に食い込んだ指先から、力が吸い取られていくのが、わかったからだ。
空牙は軽く笑うと、ドラキュラに言った。
「俺の牙を見せてやろう」
「な…」
ドラキュラは言葉を発することが、できなかった。
夜を迎えた空が輝いたと思った刹那、落ちてきた光が、ドラキュラを貫いた。
それは、雷だった。
雷雲もないのに、落ちてきた雷は、一瞬でドラキュラを灰にした。
「不死といっても…すべての細胞が、燃え尽きたら…再生できまいて」
空牙は、指先に残った灰を風に乗せると、手摺りから離れた。
そして、吸い取った魔力を確認すると、
「まあまあか……。神を名乗る割りには、少ないがな…」
欠伸が出た。
「雷様…」
いきなり、後ろから声をかけられて、空牙は少し驚きながら、振り返った。
「どうして…お前がここにいる?」
空牙の後ろに、跪く一人の女。
しかし、その女は人間ではなかった。
赤毛に、二本の角を頭に生やしていた。
「は!……私は、あなた様につくられた魔物でありますれば……どうしても、伝えなければならないことが、ございました故に…」
床につくほど、頭を下げた魔物を見て、空牙は目を細めた。
「サラよ…」
空牙の口調は、どこか…冷たい。
「たかが小娘一人を連れて帰るぐらいで、何があるのだ?お前が来たとなれば、我は城の笑いものになるわ」
空牙は、跪いているサラの横を通り過ぎていく。
「信用できないのならば、今から捕まえてこよう」
空牙の両目が、赤く光った。
「お待ちください!」
サラは、声を荒げると、跪いたまま、体を空牙の前に向けた。
「その女では、ございません」
サラの悲痛な叫びに、空牙は足を止めた。
「雷様!」
サラは顔を上げ、空牙の背中に向けて、叫ぶように言った。
「魔王の真の目的は、もう一人の女でございます!」
「もう一人の女?」
空牙は顔だけを、サラに向けた。
その瞬間、サラはまた頭を下げ、言い放った。
「天道輪廻…。彼女こそが、真の目的です」
空牙は完全に、体をサラに向けた。
「どういう意味だ?」
「詳しくは言えませぬ…」
「どうしてだ?」
空牙の口調が、変わってくる。明らかに、苛立っていた。
サラは、話せることだけを選び、要点をまとめた。
「もし…あなた様が真実を知っても…あなた様が選ぶ結果は、一つです」
サラは、少し泣いていた。
「ならば…知らぬ方が、あなた様の心は、傷つかない」
「もうよいわ!」
空牙はサラを残し、屋上を後にした。
「雷様!」
サラの声も無視して。
(今更…何を恐れるか…)
空牙は、ただ歩き続けた。
梓のところへ向けて。
そして、輪廻が危ないことを、まだ空牙は知らなかった。
相手が対象を、勘違いしていることも。
シュナイザーは、輪廻を体育館まで連れてきた。
普段は、部活に使われている体育館内には、誰もいなかった。
今日は…日が落ちるのが、早い。
体育館の窓から、館内にこぼれる黄昏の光が、赤い空間を作り出していた。
体育館の真ん中で、シュナイザーは足を止め、靴を鳴らすように両足を真っすぐにくっ付けると、くるっと半回転した。
「我々は、回りくどいのが、嫌いでね〜え。単刀直入に言おう」
外人特有の訛りもなく、流暢に話すシュナイザーに、輪廻は眉を寄せると、ゆっくりと間合いを計った。
相手が、どう来るであれ、対処できる距離はある。
輪廻は、ネクタイをセーラー服から抜き取ると、手に持ち、床につけた。
「はしたないな…。日本の女性は、奥ゆかしいと聞いていたが…」
シュナイザーは、睨む輪廻の瞳を見返し、
「こんなに攻撃的とは…」
軽く肩をすくめた。
その瞬間、輪廻は一歩踏み込み、ネクタイを持つ手首を捻った。
ネクタイは、円を描くように下から、上へ跳ね上がる。まるで、鞭のように。
シュナイザーは軽く後ろに下がり、ネクタイを避けた。
鼻先をかすめるように、ネクタイは通り過ぎた。
と同時に、さらに踏み込んだ輪廻の顔が、シュナイザーの胸の近くまで来た。
懐に飛び込んだ輪廻は、右手に力を込めた。
すると、鼻先をこえたネクタイが硬質化し、鋭い光を発しながら、今度は縦に振り落とした。
シュナイザーは驚きながらも、体の位置を変えることができた。
シュナイザーの右肩から、胸までに鮮血が走る。
その鮮血が飛び散る前に、輪廻は肩を引き、シュナイザーの心臓に、ネクタイを突き刺そうとした。
しかし、その攻撃は真後ろから、飛んできた謎の物体に、邪魔された。
輪廻の背中を殴打したのは、巨大な拳だった。
輪廻は体勢を崩しながらも、背中から伝わる威力を拡散するように、体をくねらせながら、シュナイザーから離れた。
「クッ」
バランスを崩し、よろけた輪廻は片膝を床につけた。冷たい木の感触が、素肌を通して感じられた。
そんな輪廻を見下ろしながら、嘆くようにシュナイザーは頭を押さえ、
「日本女性も、地に落ちたものだ…。人の話を最後まで聞く前に、攻撃してくるとは」
「何だ…?」
輪廻は立ち上がりながら、後ろを見た。
体育館の扉の前に、2メートル以上ある男が立っていた。
輪廻は目を見張った。なぜなら、その男から…生気が感じられなかったからだ。
輪廻と男とは、少なく見ても、十メートルは離れている。
なのに、明らかにさっきの攻撃は、あの男からだった。
「あ、あれか…」
シュナイザーは、輪廻の視線の先を追い、
「単なる…人造人間だよ」
にやりと笑った。
「人造人間…?」
輪廻は立ち上がった。
「我々より弱い人間は、夢を見る…。人より、早く走りたい!空を飛びたい!力がほしい!」
シュナイザーは大袈裟に天を仰いだ。
その時、人造人間の体から、妙なモーターの稼働音が、体育館に響いた。
「我々は、それを叶えてやっただけだ」
床を滑るように、人造人間が輪廻に突進してくる。
少し足が浮いている。ホバークラフトの原理だ。
「速い!」
受けとめようとしたが、耐えられる衝撃ではないはずだ。
輪廻が、右へ動こうとしただけで、そちらに方向を向ける。
「無駄だ!こいつは、人間の筋肉の動きを読む!」
「チッ」
輪廻は舌打ちした。
「女神と言えども!人の血肉を纏ってるからには!人の理から、逃れられぬわ」
シュナイザーが嬉しそうに、叫ぶ。
あっという間に、人造人間は、何もできない輪廻の前まで来る。
「とらえろ!」
シュナイザーが絶叫した。
二本の丸太のような腕が、体を掴もうとした瞬間、輪廻は前にダッシュした。
懐に入り込むと、人造人間の胸を蹴り、後方にジャンプした。
しなやかに全身が反り返り、人造人間の突進力も利用して、シュナイザーの後ろに回り込もうとした。
「甘い!」
シュナイザーは頭上を背面飛びのように、こえていく輪廻を見て、笑った。
空中で回転し、着地しょうとした輪廻の両足を、巨大な手がつかんでいた。
輪廻は空中で、引き戻されるような力を感じて、絶句した。
シュナイザーの前にいる…人造人間の手だけがない。
手だけが飛んできて、輪廻を空中で捕まえていたのだ。
「やれ」
シュナイザーの命令に、人造人間は回転しだす。
すると、足をつかまれている輪廻も空中で、回転しだした。
ジャイアントスウィングのように、回された輪廻は、体育館のステージ向けて、投げ捨てられた。
ステージにあった教壇に、輪廻は当たり、教壇はふっ飛んだ。
「やれやれ…」
そう様子を見たシュナイザーは肩をすくめ、人造人間を見た。
無表情に立つ人造人間。
「あまり血を流させるなよ。あれは、クレア様への大切な貢ぎ物なのだからな」
手はまるで、吸い取られるように、人造人間のもとの場所に戻ってきた。
「さて…死んだかな?」
シュナイザーは、顎で人造人間にステージに向かうように、促す。
再びモーター音を轟かせ、人造人間は一瞬にして、ステージ前に着くと、軽くジャンプして上に上がり、輪廻がぶつかった教壇に近づく。
「死んでいるなら…そのまま連れてこい!死んでないなら、死なない程度に破壊せよ」
人造人間は、シュナイザーに背中を向けたまま、頷いた。
両手を、瓦礫と化した教壇の辺りに向ける。
じわじわと追い詰めるように、近づいていく。
「いるのか?状態はどうなっている」
きいたシュナイザーの目の前で、突然人造人間の体が、軋みだした。
背中が、小刻みに震えている。
「どうした?」
人造人間は振り向こうとするが、なかなか首が動かなかった。
教壇に向けていた両手が、付け根から取れ、床に鈍い音を立てて落ちた。
何とか首だけを向けた人造人間の…顔が錆びていた。
「な!」
シュナイザーは絶句した。
錆は、全身に広がり…やがて人造人間は動きを停止した。
「機械か…くだらん」
輪廻はゆっくりと、人造人間の影から、姿を見せた。
「機械などに頼ってどうする?おれの世界では、魔法の補助でしかなかったわ」
無傷の輪廻が、ステージ上から、シュナイザーを見下ろした。
「この世界では、魔法は使えないんだがな」
輪廻は右手の人差し指と中指を立て、他の指を丸めて、手剣をつくり、
「郷にいれば…郷に従えだ!精霊や妖精がいないなら…。この世界の自然なら、力を借りる!」
輪廻は素早く、九字を切る。
「臨兵闘者皆陣列在前!」
シュナイザーは笑い、
「この程度の呪印で、我を退けるかあ!」
赤く光る瞳が、輪廻を射ぬいた。
と瞬間、輪廻はシュナイザーの視界から、消えた。
「どこに?」
「これは、退魔の術だけであらず…」
輪廻は、シュナイザーの真後ろにいた。
輪廻は、手をシュナイザーの背中に当てた。
「肉体を強化することもできる」
「い、いつのまに?」
シュナイザーは振り返ろうとしたが、体にのしかかる時の重さが、シュナイザーを床に跪かせた。
「老いろ……そして、朽ち果てろ…」
輪廻の長い睫毛の下にある瞳が、妖しく光った。
「ク、クレア様!!!!」
シュナイザーの顔が、皺だらけになり…やがて、乾き…水分がなくなっていく。
輪廻は手のひらから、時の粒子がシュナイザーに流れ続ける。
シュナイザーの体が、砂のように朽ち果てるようになると、輪廻は手を離した。
「五百年は…たったか…」
少し疲れたように、額に浮かんだ汗を拭いながら、輪廻は何か違和感を覚えた。
すぐに、顔を引き締め、輪廻はミイラと化したシュナイザーと、距離を取った。
もう息はしていないのに、シュナイザーから、尋常ではない気を感じた。
いや、詳しくはシュナイザーからではない…。彼の中からだ。
輪廻は、腕に巻き付けていたネクタイを、再び硬化させた。
「誰だ?」
輪廻はネクタイを構えた。
「服が…ボロボロになったわ」
シュナイザーの肉体が砂のように、崩れ落ちると…そこから、真っ赤なドレスを身に纏った女が、現れた。
女の言うように、ドレスはボロボロになっていない。
異様過ぎる気に、輪廻の体に緊張が走る。
「綺麗でしょ?」
砂の中から、現れた女はクスッと笑った。
はち切れそうな胸元を、強調するドレスは、見たこともない程鮮やかな赤だ。
いや、あるか…。
ドレスに目を細めた輪廻に、女は言った。
「このドレスの色は、血よ。どんな染料を使っても、決して出すことのできない色。あたしから言わせれば…人間が持つたった一つの…美しいものよ」
「貴様!」
輪廻は、ネクタイを握り締めた。
「あらあ…。勘違いしないでね。このドレスを染めた血は、ただ人を殺したではないの!」
女は、ドレスの裾を持ち、お辞儀した。そして、上目遣いで輪廻を見、
「私の美しさに、男達が自らの血を捧げたのよ」
微笑むと、
「いわば…愛と忠誠の証!美しき妾への永遠の誓い!」
ブロンドの髪を上に束ね、蒼き瞳を持つバンパイア…。
ファイブスターの1人…殺戮のクレア。
「ちょうど…夜が来たわ」
クレアは、体育館の窓を見上げた。
もう日は落ちていた。
「あたしの時間が始まる…。そして」
クレアは、いつのまにか輪廻の後ろに移動していた。
「あなたに与えるのは、長い絶望の時…。一瞬の死は、用意できないの」
クレアの手から放たれた光線が、輪廻の背中めがけて、炸裂した。
まるで花火のように。
「この国で、花火だけは褒めてあげるわ」
体育館中に、閃光が走る。
「一瞬で咲き!一瞬で消える!それは、この国自身のような儚さ!」
「なるほど…」
クレアの真後ろから、輪廻の声がした。
「あんたなら…願いが叶いそうだ」
輪廻は笑った。
虚をついて、真後ろに回った輪廻は、ネクタイを背中に突き刺した………はずだった。
ネクタイは、クレアの皮膚を傷つけただけで、突き刺さらなかった。
「チッ」
輪廻は舌打ちすると、すぐにクレアから離れた。
「このドレスは、人間どもの愛という欲望でできた血で、染められている!そんなもので、貫けるようか!」
クレアもジャンプし、間合いを詰めると、振り返りざまに、回し蹴りを輪廻に食らわす。
右腕で防御したが、輪廻の耳に、骨が砕ける音が聞こえた。痛みに顔をしかめる輪廻に、クレアは空中で浮かびながら、何度も蹴りをたたき込む。
「踊れ!死者への舞を!」
クレアは、重力を無視するかのように、球を描くように回転し、輪廻の全身を蹴りまくる。
その度に、骨が砕ける。
「いい音…」
うっとりとした表情を浮かべた後、クレアはドロップキックを輪廻の腹に、ねじ込むようにたたき込んだ。
ふっ飛ぶ輪廻。
「さよなら…女神」
クレアは床に着地すると、口元を緩めた。
「骨を砕いただけだから…血は出でいないわね」
微笑みながら、ゆっくりと体育館の端まで飛ばされて、床に転がる輪廻に近づいていく。
そして、輪廻のそばまで来た時、顔色が変わった。
「何?」
顔をしかめて、クレアは誰かと話し始めた。
「サトリが……もう1人の女のもとに?」
少し考え込むと、
「すると…こいつは、女神じゃないのか?」
どうやら、テレパシーで通信しているらしい。
訝しげに、転がる輪廻を見ようとした時、彼女は移動していた。
輪廻は床を転がると、クレアのドレスの裾を捲り、中に入った。
そして……。
「うぎゃああ!」
クレアは絶叫した。
輪廻はそのままスカートの中から転がり出ると、少し離れたところで立ち上がった。
手には、硬化したネクタイを持っていた。その先は、血をついていた。
「き、貴様!何て場所を!」
クレアは、股を押さえた。
「そこは、ドレスが守ってくれないだろ?」
ネクタイを構えた輪廻は、無傷であった。
「あ、あたしの体に!」
クレアは両手を突き出し、そこから気を放った。
輪廻は一歩も動かずに、気を受けとめる。
輪廻の肩が、足が破裂した。
しかし、数秒後…もとに戻っていた。
「お前でも…無理か…」
残念そうに、輪廻は肩を落とした。
「き、貴様は何者だ」
クレアの顔に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
輪廻は、ゆっくりと歩きだした。
「おれの体には、呪いがかけれられている…。時の呪い…」
「時の呪い?」
輪廻は頷き、
「おれは…死ぬことができない。死ぬほどの怪我をしても…してない時に戻される…」
輪廻の首筋から、異様な気が漂っていた。
「魔王の呪いだ…。この呪いをとけるのは、魔王よりも、強い力のみ!」
輪廻は、走りだした。
「お前では、無理のようだ」
切っ先を、クレアの首筋に向けて、クレアは突進してくる。
「化け物が!」
クレアは飛び上がると、輪廻のネクタイを避け、体育館の窓ガラスを突き破り、外に出た。
「女神の力さえ、手に入れれば!お前如き、簡単に殺してやるわ!」
クレアは、蝙の羽を背中から生やすと、空中へ飛び上がった。
「逃がさん!」
輪廻もまた、体育館から出た。
学校は夜の中にあり…、真上にある月だけが、唯一の光だった。
輪廻は、月を見上げた後、正門の方へ走りだした。
「何?」
突然、校門をくぐろうとしていた梓は、どこからか飛んできた2つの手につかまれて、学校内に戻された。
誰もいない裏門まで。
裏門の向こうは、下り坂の一本道で、高台の向こうの団地に続いていた。
しかし、団地までは歩いて、20分。それまでは、何もない。
道の周りは、林になっていた。
そんな裏門を抜けた…すぐそばに、原っぱがあった。
そこから、高台の向こうがよく見えた。戦争前は、駐車場に使われていたが、今は学校関係者の自転車が、止まるだけの空間に、梓は連れて来られた。
腕は、原っぱに立っていた人造人間の腕に、戻っていった。
正門から裏門まで、足を浮かしながら、低空で飛んでいく梓を、なぜか他の生徒は、気にしない。
まるで、催眠術にかかっているように、皆…目をトロンとさせて、ただ帰っていく。
そんな生徒の間をかき分け、裏門を出た梓は、人造人間に抱き抱えられる形で、落ち着いた。
「な、なんなの?」
転校初日…信じられないことばかりで、梓には、これが現実なのか理解できない。妙に、現実離れしている為に、梓には実感がなかった。
「メ、メガミ…」
人造人間が、言葉を発した。
「女神?」
梓には、意味がわからなかった。
(これは、全部夢だ)
で、納得しょうとした梓の前に、裏門から走って出てきた響子の現れた。
「その子を離しなさい!」
威圧的な態度で、人造人間を睨む響子。
人造人間は、響子を見たが、離す気はないらしい。
「性眼!」
響子は、梓から視線を外さないようにしながら、叫んだ。
「クレアが来る前に、こいつを片付けるぞ」
その声に呼応するかのように、梓のすぐ目の前に、無数の眼が出現した。
「ヒィ」
梓は、声にならない悲鳴を上げた。そして、意識を失おうとしたが、突然下に落ちる感覚に驚き、梓は逆に目が覚めた。
今度は、違う男に、梓は抱き抱えられていた。