第11話 戦士の目醒め
「モード・チェンジ!」
僕の体は、輝くことも、変わることもなかった。ただ…少し体が、軽く感じられた。
「考えるではなく、強く願え!」
サーシャは、空中で魔物と揉み合いながらも、僕にアドバイスをくれた。
僕は目を瞑り、強く願った。
「僕は!強くなりたい!」
「お前は連れて行く!!」
2匹の魔物が手を広げ、僕に迫ってきた。
違うだろと、僕は心の中で叫んだ。
「僕は強い!!」
頭の中にイメージが、浮かぶ。敵を倒すというイメージ。
「いやあ!」
気合い一声。僕は人差し指と中指を突き出し、居合い抜きのように腰をため、一気に気合いとともに、宙を切る動きをした。
「馬鹿な…」
僕をさらおうとした一匹の魔物の肩から腰にかけて、袈裟切りのような傷と…傷にそって、炎が発生した。
「剣だと!炎の」
残りの一匹は空中で急ブレーキをかけ、様子を見ようと、僕から離れた。
その動きを察知した僕は、考えた。どうすればいいのか。
だけど、頭より先に、体が動いた。僕の手のひらの中で、炎が生まれ…すぐに形作った。
銃声が響き渡った。
僕の手に生まれたものは、炎で創ったライフル銃だった。僕は何度も、引き金をひいた。無数の炎の玉が魔物に命中し、体の中に入ると同時に破裂し、内側から魔物を焼き尽くした。
「それが、君の特殊能力か」
髪の乱れを手ぐしで整えながら、サーシャが近づいて来た。
(何をしたんだ?)
彼女の後方に、巨大な筒状の細長い穴が空いており、魔物は穴の底で、ペチャンコに潰れていた。
「炎を物質化させ…あらゆる武器を、つくることができる。それも、ポイントを使うことがない。あなた自身の能力。そのような能力を持つ者は、純粋な人間では少ない」
サーシャは初めて、僕に笑いかけた。
「これが…僕の…力…?」
自分の両手をまじまじと見つめたが、これといった変化はない。
「カードを見たらいい」
男の声で言われたけど、僕は興奮していたからなのか…その変化には気づかず、慌ててカードを、ポケットから取り出した。
「レベル…72!?」
昨日まで12だったのに、一気に…60も上がった。
「俺達が、レベル80。死に物狂いで、経験値を上げてね。あまり経験のない君が、今のレベルなら…すぐに追い越せるよ」
「え!」
僕はやっと、声の変化に気づいた。顔を上げた僕の前に立つのは、先程助けてくれた男だった。
「そうか…。挨拶が、まだだったね」
男は、僕に手を差し出した。
「俺の名前は、ロバート・ハイツ」
僕は慌てて、ロバートの手を握った。
「赤星浩一です」
ロバートは、にこっと笑った。
「君のことは知ってるよ。有名人だからね」
「有名人!?」
ロバートは握手を解くと、僕の傍らで眠るように亡くなっている奈津子の側で腰を屈めた。そして、開いている目を、手でそっと閉じてあげた。
「と言っても…防衛軍関係者の間だけだけどね。それも、トップクラスの」
ロバートはいきなり、手袋をつけると、奈津子の身体を調べ出した。訝しげに僕が見ていたけど、ロバートは気にしない。手際よく、奈津子の財布を見つけ出すと、カードを取り出した。
そして、ボタンを押した。
「これで、すぐに警察が来る」
ロバートは、カードを元に戻すと立ち上がり、僕に顔を向けた。
「いこう」
ロバートは、上着の内ポケットから、自分のカードを取り出した。
「え?」
「もう時間がない。警察の事情聴取を受けてる場合じゃないからね」
ロバートがカードをしまうと同時に、車に似た乗り物が召還された。タイヤはないが、空中に50センチくらい浮いていた。2人乗りで、軽自動車より、一回り小さかった。
「詳しい話は、この場を離れてからにしょう」
オープンカーに似ている乗り物のドアに手をかけると、ロバートはドアを開けることなく、ひょいと中に乗り込んだ。
「さあ、赤星君。行こうか」
ロバートは、実世界の車のキーを差し込むところに、カードを差し込んだ。
「…」
僕は…車の前で、無言で立ち竦んでしまった。
「赤星君?」
車を出そうとしたロバートは、運転席から僕を見た。
「どうかしたのかい?」
ロバートの質問に、僕は自分でも戸惑いながら、言葉が出なかった。
「ぼ、僕は…」
口ごもる僕に、ロバートは軽くため息をついた。
「こわいのかい?」
「いえ」
自分でも驚くぐらいに、それは否定した。
「じゃあ…」
ロバートは、何か言おうとしたけど、遠くからサイレンが聞こえてきたので、言葉を止めた。
警察が近づいていた。
ロバートは、僕の目の中をじっと見つめた。
僕も、目をそらさない。
「そうか…」
ロバートはフッと笑うと、すぐに笑顔になり、
「じゃあ、今は…」
僕に手を差し出した。
「前だけ、進めばいい」
ロバートの言葉に、僕は頷いた。
そして、差し出された手を、握り返した。
車は街から離れ、ひたすら何もない草原を走る。
暗い夜道を、ただ真っ直ぐに。
「かつて…ここは、人間の街はたくさんあった…」
ハンドルを握りながら、ロバートは話し出した。
僕はドアにもたれながら、流れる景色を眺めていた。心地よい風が、頬を撫でるたびに、少し気持ちよかった。空気は、街中より澄んでいた。
「今は…魔界に近い…」
ハンドルのそばに付けられたナビは、行き場所を教えるだけでなく、魔物の居場所を教えてくれる。
僕らの進む方向にそって、魔物の反応は沢山あった。
だけど、肉眼では確認できない。一定の距離を取って、僕らについて来ているようだ。
「心配しなくていい。奴らは、襲って来ないよ」
ロバートはいきなり、ハンドルを右に切った。
すると、ナビに映る魔物の反応が驚いたように、ばらばらに散らばった。
「こいつらは、街近くにいる魔物と違い…ある程度は、相手のレベルがわかる。まあ…わかるようにしてるんだが…」
ロバートは、ハンドルを戻した。
「奴らも、死にたくないのさ」
僕は、ロバートの言葉にも無反応だ。なぜかロバートの言葉は、耳を通り過ぎる風の音より、耳に入らなかった。
数時間、ただ真っ直ぐ走っていると、遠くの方に街が見えた。深夜なのに、明るい人工的な光。その輝きはもしかしたら、人間が住む街こそ、この地球にとって魔界ではないのかと…僕に思わせた。
「あの街が、大陸への入り口だ」
いつの間にかナビに、魔物反応も消えていた。
ロバートはハンドルを切り、街とは少し離れた場所を目指した。
「近くで、テントを張る」
光に包まれたドームのような街の横を、車は走っていく。
1分もしないうちに、目の前に広大な闇が、月と街の明かりに照らされて、輝いていた。
「海…」
右に曲がると、海岸線の国道に入る。
僕は少し顔を上げ、車から海を眺めた。最近、嗅いでいなかったが、紛れもなく潮の臭いだ。
「着いたよ」
車を止めたロバート。
僕はドアを開け、外に出た。手を広げても、足りない程…海は大きい。
車は国道を外れ、岩場の多い草むらに止まっていた。
眼下に、砂浜が見えた。砂浜までは、結構な段がある。
何もない海。
右に顔を向けると、少し離れたところに、港があった。
「あれが、大陸へ渡る為の港だ」
ロバートは、僕の隣に立った。
風は穏やかで、優しい。その優しさは、汚染されていないからだと気づいた。
「海が、綺麗ですね…」
しみじみと言う僕に、ロバートは少し驚き、しばらくして納得した。
「君の世界は、科学の世界だったね。この世界は、燃料を使わないから…」
「燃料を使わない?」
僕は思わず、ロバートに顔を向けた。
「すべては、自然と大地の理の中で…」
ロバートは、カードを僕に示した。
「昔、科学に興味を持って…シミュレーションをしたことがある。燃える水に、燃える気体。便利ではあるけど…それによって、人は大切なものを失うことに、気づいた」
「大切なもの?」
ロバートは深く頷き、海を見つめた。
「自然の恵みと美しさ。この星は、人間だけのものじゃないからね」
ロバートはカードのテンキーを押すと、岩場そばにテントを召喚させた。
「向こうの岩場の影で、少し休もう。念の為、結界は張っておくから」
三角のテントに入ろうとするロバートの背中に、僕は問いかけた。
「どうして、この世界は綺麗なのに!どうして、魔物がいるんですか!」
「そうか…。君の世界は、魔物がいないんだね」
ロバートは振り返り、僕の目を見つめながらこたえた。
「理由は、魔物がいるからだよ」
「魔物がいるから…」
僕には、ロバートの言葉の意味がわからなかった。
ロバートは、頷いた。
「この世界は、魔物という天敵がいる。だから、人は奢らず、自然を壊さない」
ロバートの言葉に、僕は絶句した。
そして、わなわなと震え出す僕を、ロバートは静かに見つめた。
僕は、両拳を握り締めると、
「だったら…だったら…」
ロバートを睨んだ。
「魔物は、必要というんですか!人が、殺されてるのに!」
僕の脳裏に、魔物に貫かれて殺された奈津子の姿が、甦った。
「そんなのいいわけが、ない!」
僕の絶叫に、
「だから、俺達がいる」
ロバートの強い言葉が、答えた。
「俺達が、人々を守る。確かに、守れなかった命もある。だけど俺達は、できるかぎりの努力をして、できるかぎり以上の人々を、救わなければならない!」
「ぼ、僕は!」
僕は、ロバートをさらに睨んだ。
「戦う義務なんてない!」
僕の心の叫びが、静かな海辺に響き渡った。
その瞬間。
僕は、暗い部屋のベットの上に戻っていた。実世界…自分の世界に。
気付くと、自分でも泣いてるのがわかった。右腕で涙を隠しながら、僕はしばらく…泣き続けた。
こちらは、もう夜が明けていた。