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第124話 厚かましく

「何か…おかしいのよねえ〜」


梓は教室から出て、渡り廊下にした。


クラスのみんなは、転校してきた梓達に優しかったが、妙な息苦しさを感じていた。


つねに、見られてような視線を感じていた。


だから、梓はトイレに行くと言って…教室の反対側の渡り廊下に、気を休めに来ていた。


手摺りに覆い被さり、溜め息をついた梓は、後ろに気配を感じて振り返った。


「!」


反対側の手摺りの前で、腕を組み、こちらを見ている輪廻がいた。


じっと無表情に、梓の背中を見つめていた。


「………て、天道さんも…抜け出して来たの?」


同じ転校生同士である。仲良くはしたい。


梓は、輪廻の方に体を向けた。


愛想笑いを浮かべたが、輪廻は無表情だ。


「ハハハ……。何か…初日って、緊張するよね。だから、ここで息抜きしょうと…」


梓はわざとらしく、背伸びをした。


輪廻はずっと、梓を見ているが…焦点は合っていないように感じた。


「…してたの…」


梓はどう接していいか…わからない。


少し気まずい空気が流れ…風が、渡り廊下を横切った。


梓の髪が、風に靡いた。


「あたしは…」


梓が髪を押さえると、輪廻が口を開いた。


「あんたのそばにいると……やつらが来るからだ」


「やつら?」


梓には、意味がわからなかった。


「もう来てる…」


輪廻は、また吹き抜けようとする風に、手刀をたたき込んだ。


風に赤い線が走り、黒板を爪でかいたような金切り声がした。


梓は思わず、耳をふさいだ。


渡り廊下の真ん中に風が集まり、赤い線が絡まり合い…まるで、毛玉のようになる。


「違ったか」 


輪廻は、セーラー服のネクタイを外した。


風に靡くネクタイが硬質化し、刃物のように妖しく光り出した。


そして、ネクタイを前に突き出すと、輪廻は毛玉向かって、突進する。


梓には、何が何かわからない。


毛玉から、二本の鋭いものが飛び出してくると、輪廻に向かって、襲いかかってきた。


その瞬間、輪廻の体が消えた。


襲いかかってきたものは、渡り廊下のコンクリートに突き刺さった。


「鎌?」


梓の目の前に、梓よりも大きな鎌が、二本…渡り廊下のコンクリートに突き刺さっていた。


鎌の表面に、梓の全身が映る。


驚く梓の耳に…さらなる金切り声が、断末魔を奏でるのが、聞こえた。


輪廻の持ったネクタイは、毛玉に突き刺さっていた。


輪廻は、それをさらにねじ込み、一気に押し込んだ。


渡り廊下に突き刺さっていた鎌が抜け、背中から輪廻を狙う。


しかし、また輪廻は消えた。


二本の鎌は、毛玉に突き刺さった。


それと同時に、輪廻の足が毛玉を踏みつけた。


「カマイタチか....この程度のやつでは、駄目だ」


輪廻が、足に力を込めると...毛玉は消滅した。


「おれが、望んでるのは…もっと強い敵だ…」


輪廻は顔を上げると、渡り廊下の向こうを睨んだ。


「…あんたのようにな…」


そして、十メートル程離れた南館の窓にもたれて、こちらを見ている空牙を睨んだ。


「え?」


訳が分からない梓を尻目に、輪廻は空牙に向かって歩いていく。


空牙は軽く、肩をすくめた。


輪廻は対象を、空牙に変えた。


「あんたなら…おれの願いを叶えてくれそうだ」


「願い?」


空牙は、眉をひそめた。


「それは…!」


輪廻が両手を広げると…手のひらに、風が集まる。


そして、軽く渦をつくると、手のひらの上に、小さな竜巻ができた。


「あたしを!」


輪廻が、両手をクロスさせると、竜巻は消えた。その瞬間、空牙のもたれる窓ガラスが一斉に、割れた。


「カマイタチの……能力を盗んだか?」


空牙は、笑った。


まるで、散弾銃のように、空気の塊が、空牙のいる空間を切り裂いたはずだった。


しかし、空牙は無傷だ。


ただもたれていた窓ガラスがなくなった為、少し体を起こした。


「倒した相手の能力を、一定時間…使役できる。レア能力者か…しかし」


空牙は何事もなく、輪廻に向かって歩きだす。


その間も、輪廻は空気を投げ続ける。


渡り廊下への入口の両側の壁に、爪痕のような傷が無数にできた。 


「俺には、単なる風だ」


空牙は涼しげに、微笑んだ。


そして、輪廻の目の前まで来ると、


「お前は何者だ?」


空牙は、輪廻の首筋に手を伸ばした。少し力を入れただけで、華奢な首はへし折れそうだ。


予想外の感触に、一瞬…空牙に隙が生じた。


「お前こそ…何者だ!」


輪廻の瞳が、赤く輝くと…いきなり空牙の体に負荷がかかった。


「こ、これは…」


空牙は思わず、手を離し…その場に片膝をついた。


空牙の着ていた学生服が、ぼろぼろになっていく。


「フン」


輪廻は鼻を鳴らすと、後方にジャンプした。


「え!?」


いきなり倒れた空牙に驚き、駆け寄ろうとする梓を、輪廻は右手を横に突き出して止めた。


「近づくな!巻き添えをくうぞ」


空牙の足下のコンクリートが、腐敗していく。


「なるほど…」


空牙はフッと笑うと、おもむろに立ち上がった。


そして、輪廻を見た空牙の顔に、輪廻は絶句した。


「最近は…レア能力者によく会う」


空牙は、右手の人差し指と中指を立て、左耳にあてると、そのまま空を切るように、円を描いた。


すると、ぼろぼろになっていた学生服が、新品になった。


「時の重力…いや、時の流れを集めて…相手にぶつけることができるのか?この短時間で…」


空牙は、足下の腐敗した床を見て、


「二百年程か……人が老いるのには…十分か」


にやりと笑うと、顔を上げ、輪廻を見た。


「しかし…この俺には、通用しない…いや、短すぎる」


空牙が再び、輪廻に襲い掛かろうとした時、二人の真ん中に梓が、飛び込んできた。


「喧嘩は、よくなあい!」


両手を広げ、きりっと空牙を睨む…その瞳の強さに、空牙は心の中で苦笑した。


(この攻防を見て…ただの喧嘩とはな…)


梓の感覚が、おかしかった。


(しかし!)


梓の後ろにいる輪廻は、ネクタイを硬化させていた。


そして、さらにその向こう…中央館に入った廊下の真ん中に、黒い影が立っていた。


全身真っ黒で、本当の影のようだが…にやけて歪む唇だけが、ほんのり赤かった。


(うん?)


空牙は訝しげに、その影を見ると、一気に跳躍した。


梓の頭上を、ネクタイを突き立てようとする輪廻をかわし、一気に数十メートル向こうに着地した。


「何という跳躍力!」


輪廻は軽く舌打ちすると、体を回転させ…空牙の後を追おうとした。 


「え!あ…」


何がどうなってるのか…理解できない梓の耳に、次の授業が始まるチャイムが飛び込んできた。


「天道さん!それと…」


空牙の名前がわからない。


それに、もう二人は梓の視界から消えていた。


どうしょうか悩み…二人が消えた方向へ走ろうとした梓に、後ろから声がした。


「どうしました?早くしないと、授業が始まりますよ」


その声に振り返ると、響子が立っていた。


「あっ!はい……」


仕方なく、梓は教室に戻ることにした。


そんな梓を見つめながらも、響子は輪廻達が消えた方も見ていた。


(性目…。聞こえているか?やつらを追え!正体を探れ)


響子は思念を、学校内にいる性目に送った。


そして、目の前を通り過ぎた梓の後ろを歩きながら、


(五亡星の魔物か……?それとも……………)


先程、あのクラスをチェックした時、あの男からは、何も感じなかった。


(なのに…)


響子は、手の平が汗でびっしょりになっていることに気付いた。


(何という…魔力…)


それは、響子が今まで感じたことがない程の凄まじい魔力だった。


また心を読もうとしたが、読めなかった。


いや、読めなかったというよりも…暗黒なのだ。


心があっても、その心さえ飲み込むような…闇。


響子は、ぞっとした。




廊下を右に曲がった瞬間、空牙は軽く笑った。


いきなり、真っ黒になり…暗黒の空間に迷い込んだのだ。


広さの限界を感じさせない亜空間が、空牙を包んでいた。暗闇が、肌に染み付き…染み込んでくるような感触が、汗のようにまとわりついてくる。


「フッ…」


空牙の不敵な笑いが、ここの主には不満だった。


闇の中から、闇に降り立つ者。


「普通の人間ならば…気がおかしくなるような…完全な闇…。その中で、笑うとは…」


闇に降り立った影は、さらに質量を持ち、人へと姿を変えた。中年の紳士へと。


突き出た顎に、天高く上がった鼻…鼻腔は窪み、鋭い瞳が、赤く輝いていた。


「我々と同じ姿をしていながら…完璧とは程遠い人間という種。しかし…」


タキシードを身に纏った男は、手を突き出した。


すると、空間そのもの…闇そのものが、空牙の全身に絡み付き、動きを封じた。


空気が生きているように、空牙の顎を無理矢理上げた。


空牙の顔が、露になる。


「人間ではないな…。しかし、顔立ちは…東洋人に近い…。野蛮で、劣等種族に似た…神などいない」


男は身を反り返し、空牙をさらに押さえつけると、見下ろしながら、両手を広げた。瞳の色は、ブルーに戻る。


「白い肌…青き瞳!そして、美しいブロンドの髪!これこそが、人の姿…いや、神の姿なのだよ」


男は足の爪先を、空牙の首許に入れると、


「貴様には…魔力はあるようだが…醜い…醜い…醜く過ぎるわ」


男の爪先が光ると、空牙の体がふっ飛び…粉々になった。


「我々に似た…醜い生物は、みんな死ねばいいのだ…。血だけ残して…」


男は笑い、


「今の男も…飲んだらよかったかな?」


首を横に振り、


「いやいや…。どうも、あの肌を見ると、吸う気が失せるわ」


と言うと、ククククと笑いだし……やがて、大笑いになったとき……口を大きく開いた形で、男の動きが止まった。


「な…」


闇が、絡みついていたのだ。


「な、な、なななな…」


男は動こうとしたが、身動きが取れない。


「どうした?お前の技だろ?簡単に、解いてみせろよ」


男の真後ろに、無傷の空牙が立っていた。


「俺は、すぐに解いたぞ」


馬鹿にしたようにいう空牙の口調に、男はキレた。


「おのれ〜!」


すると、闇が消え、空牙と男は廊下に立っていた。


「純粋なるバンパイア…の始祖である…このドラキュラをを!馬鹿にしおって!」


「フン!」


空牙は、鼻で笑った。


「純粋なるだと?闇の中しか活動できない出来損ないが、吠えるな」


空牙の右手が、スパークする。ドラキュラの向けて、凍り付くような視線を浴びせながら…。


「ク!」


その視線に見つめられると、ドラキュラの背筋に戦慄が走った。


「待て!」


渡り廊下から、輪廻が走り込んでいた。


「チッ」


空牙は輪廻を見て、舌打ちした。


どこか焦ったような空牙の様子に、ドラキュラは口元を緩めた。


「やはり…こやつが、火の元の女神か」


ドラキュラは身を翻し、輪廻に向かおうとする。


輪廻は、一瞬で状況を理解すると、ネクタイをドラキュラに向けた。


「女神は貰う!これで、我は…」


ドラキュラは、最後まで話すことは、できなかった。


ドラキュラと輪廻の間に、テレポートした空牙は、右足でドラキュラの首筋を蹴り上げた。


そして、気を込めた人差し指で、背中を向けたまま、突き出してくる輪廻のネクタイを止めた。


「ぎゃああああ!」


窓ガラスをぶち割って、太陽が出ている外に飛び出したドラキュラの全身から、煙が立ち上った。


「き、貴様は、何者だ?」


輪廻が力を込めても、指先一本でびくともしない。


「それは…こっちの台詞ですよ」


空牙は首だけを動かし、


「あなたこそ…何者ですか?」


輪廻を見た。


そして、絶句した。


空牙を睨む瞳が、すぐ近くあった。


その瞳の輝きを、空牙は知ってるような気がした。


とても、懐かしい思いを感じる。


(どこかであったか?)


しかし、空牙には記憶がなかった。


あらゆる時空…あらゆる世界を旅した…空牙は、どこでも会った記憶が見当たらない。


(だが…知っている)


空牙には、確信があった。


(だけど…)


空牙は、力んでいる輪廻に微笑んだ。


「授業があるから…失礼するよ」


空牙は、ネクタイを受けとめた体勢のまま…その場からテレポートした。


いきなり消えた為、輪廻はバランスを崩した。


「逃げたか…」


輪廻は、ネクタイをもとに戻すと、セーラー服に巻き直した。


授業はとっくに始まっているが、特に急ぐでもなく、輪廻は廊下を歩きだした。




その様子を、空牙とドラキュラが戦った廊下のさらに奥の天井が、見ていた。


天井に無数の線が走ると、それは一斉に開いた。


廊下の天井に現れた…百の瞳…。


それらはのろのろと、天井をは這い回ると、一部分に固まった。


瞳達は、人間の形をつくると、まるで天井から染み出るように、廊下の床に落ちた。


そして、瞳の塊は、ゆっくりと立ち上がった。


すると、瞳は消え……廊下に立っていたのは、性眼だった。


性眼は、空牙達がいた空間を睨むと、そのまま背を向けて、輪廻とは反対方向へ歩きだした。


そして、歩く度に、姿が薄くなり……やがて、消えた。

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