表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/563

第121話 儚く

「人の命は…儚いです。我らの命に比べましたら…その短さは、一瞬…」


命ある…と感じられるものがない…無機質の城。


その城の最北部にある牢獄のような…四角い浮遊する物体の中に、空牙とカイオウはいた。


物体の中から、唯一外を見れる丸い窓から、空牙は外を眺めていた。


魔界といわれる世界……。何もない世界。


空気は棲んでいたが…王であるレイが、生きているものを否定していた為…砂と岩しかない。


草木を生やすことを、禁じていた。


「生とは、奪うものである!我以外に、生はなく…我以外に生きる価値なし!我以外の者は、我の為に、消費される物である!」


レイの言葉は、絶対だった。



「ならば!」


空牙は、カイオウを見た。


カイオウはすぐに、頭を下げた。


そんなカイオウを見下ろしながら、


「ならば…なぜ、人を生かしている……」


空牙の言葉に、カイオウはこたえる。


「恐れながら…申し上げます。我ら…魔とは違い…人には、絶望があります」


「絶望……?」


空牙は、眉をひそめた。


「はい」


カイオウはゆっくりと、頭を上げ、


「絶望…。それは、無力…つまり、弱さの果てにあります。王は、人の絶望こそ…最高の味だと申しております」


カイオウは、目を細め、


「生きたいのに…生きれない。その殺那の絶望こそ、美味だと…」


レイにとって…人はそれぞれ違う味が楽しめる…食料でしかない。


「ならば!」


空牙は、カイオウを睨んだ。


「この世界の人間で、いいだろう!わざわざ…別の世界に行かなくても!」


「そ、それは…」


カイオウは言葉なく…その場で跪いた。


「あの世界には…特別な人間がいるからよ…」


突然、カイオウの後ろに、1人の女がテレポートしてきた。


「フン」


空牙は、その女を見て鼻を鳴らすと、視線をそらした。


「こ、これは…これは…」


カイオウは跪きながら、後方に移動した。


死の女神…デティーテェ。


レイの作り出した…最強の女神だった。


デティーテェは口元に冷笑を浮かべながら、空牙に近づくと、顔を背けていた空牙の顎に手をかけ、無理矢理自分の方に向かせた。


「なんて態度なのかしら?魔王レイの娘にして…跡取り。そして、一応あんたの姉であるあたしに対して…何?」


空牙は、デティーテェを見ない。


デティーテェはそんな空牙に、顔をしかめると、顎から手を離し、突き放した。


少しふらついた空牙は…思わず、デティーテェを睨んだ。


デティーテェは冷笑から、嘲りに表情を変えた。


「やる気?この家畜臭い…くそガキが!」


デティーテェの目が赤く光り、空牙を射ぬく。


しかし、空牙は体勢を整えると、微動だにせず…デティーテェの瞳を見る。


その瞬間、デティーテェは後退った。


「な!」


絶句するデティーテェの姿が変わろうとした時、立ち上がったカイオウが素早く、間に割って入った。


「…で、デティーテェ様は…何用で?」


カイオウはじっと、デティーテェの目を見た。


「く…くっ!」


デティーテェは顔を背けると、カイオウと空牙に背を向けた。


「お、王からの…ご命令よ…」


デティーテェは、肩を震わせながら、


「もう一度…あの世界に行けと!そして…ある人間を連れて来いと」


「ある人間?」


空牙は、デティーテェの背中を睨みながら、きいた。


「そうよ!」


デティーテェは強がりながらも…震えていた。


その震えは、怒りではなかった……恐怖だ。


空牙の底にある…恐ろしい力…。


魔神であるデティーテェの直感が、告げていた。


(こいつを…刺激するな)


と…。


しかし、デティーテェはその恐怖を、悟られてはいけないと思っていた。


怒りに、演出しないといけなかった。


「魔王のご命令よ!あの世界で、樽を探せと…」


「樽?」


空牙には、意味がわからない。


「生命の樽よ」


デティーテェは、空牙に命令を伝えていたが…その言葉の意味を、彼女自身も理解してはいなかった。


「生命の…樽?」


空牙は、要件を伝えるとテレポートして消えたデティーテェがいた空間を睨みながら、その言葉を繰り返していた。


そんな空牙の横顔を心配そうに、見つめていたカイオウは、はっとして…頭を下げると、彼もまたテレポートした。


しばらく…虚空を睨んでいた空牙は、ゆっくりと手を前に突き出した。


すると、空間にノブのようなものが現れた。


空牙はノブを掴み、一気に引くと、そのまま扉の形に開いた空間に、飛び込んだ。





何もない草むらに、着地した空牙は、急いで周りを確認した。


「あれから…どれくらい経った…」


空を見上げても、戦闘機は飛んでいない。焼け野原だった世界は…人工の建物が立ち並んでいた。


前に来たときには、あり得ないほどの大きな煙突から、煙が吐き出されていた。


空牙はもう一度、空を見た。


「空が…黒い…?」


空牙は、右の手の平を下にかざし、軽く振った。


すると、空牙の服は…学生服へと変わった。


この国のいいところは、近代なら…この学生服というやつで、どこでも通用するということだった。あまりデザインも変わらないし…。


空牙にとっては、ありがたかった。


草むらを歩き、しっかりとアスファルトで舗装されている地面の感触を、確認した。


(土を殺して…作った道か…)


空牙は、アスファルトの道が嫌いだった。なぜなら、人間に都合がいいだけだからだ。


遠くの方から、車のクラクションの音が聞こえてきて…子供の笑い声も聞こえてきた。


(戦争は…終わったのか…)


空牙は、前に来た時の…国全体のピリピリした雰囲気が、なくなっていることに気付いた。


しかし、空牙は、異様な建造物に目を奪われていた。


剥き出しの骨組みに…立ってるのが、おかしな建物。


そして、その周りに残る…異様な悪意の跡。


「そうか…」


空牙は、その建造物から目を逸らした。






「しかし…この近くには、ないな…」


空牙は、人の目では捉えられない程の高速で動いていた。


空牙には、人が止まって見えた。


すれ違いながら、空牙は人の服装や…健康状態をチェックしていた。


若い女の首筋を、擦るように触れ…血を指先につけた。


空牙は、血を舐めた。血にはいろんな情報が、溢れていた。


明らかに、栄養状態もよくなっている。


空牙は、空に向かって、ジャンプした。


歩いていた中年の男は、いきなり目の前のアスファルトが破裂したことに、目を丸くした。


雲の下まで、一瞬で到達した空牙は、広がる島国の地形を観察した。


「おかしい…」


いつもなら、開けたところの近くに、目的のものはあるはずだった。


それが、見当たらない。


いや、空牙は気付かなかったのだ。


対象が移動していることに…。


「強い気は……数人感じるが……目覚めてないな…?」


空牙は、仕方なく…空中でしばらく…気を探ることにした。


「生命の樽…」


空牙の想像が、正しければ…すぐに見つかるはずだった。


しかし…見つからない。


「いぶりだすか?」


空牙の右手が、スパークした。電気が発生し、それを上空の曇にかざすと…すぐに雷雲ができ…雷鳴をあらゆる場所に、落とすことができる。 


雷を落とそうとした…空牙の脳裏に…ある1人の女が、よみがえった。


空牙と…本田と…その女…。笑い合う三人。


「くそ!」


空牙は、雷雲に送った電気をすべて…吸い取った。


「小百合…」


その女の名前は、覚えていた。


本田の婚約者だった。


「あれから……何年…たっている…」


空牙は、さらに高度を上げ…移動しながら、気を探ることにした。


町を破壊する気には、なれなかったのだ。







「梓…。窓から顔を出すのは、やめて頂戴」


母親の注意に、梓は素直に従った。


「はあ〜い」


窓から顔を引っ込めると、きちんと座席に座り直した。対面式のシートの前に、母親と弟が座っていた。


住み慣れた町を離れ…梓は、叔父のいる都会に、引っ越していた。


いくら復興したとはいえ…梓の住む町は…まだまだ戦争の傷跡を、色濃く残していた。


もう一度、去っていく風景を見ようとした梓に、母親はため息をつきながら、


「そんなに…あの町がいいかねえ〜。あたしは、ごめんだよ」


梓が生ま育った町に、嫁いできた母親の…知り合い達は、たった一発の悪意で、皆…殺された。


悪意…。それは、敗戦の報い…なのだろうか。


いや、違う。


人は、戦争でしか…優劣を決めれない生き物なら…。


「滅んだらいい…」


「え?」


梓は耳ではなく、頭に直接響くような声に、思わず席を立った。


キョロキョロ周りを見回しても、近くには誰もいない。


真後ろの席を覗き込んでも、誰もいなかった。


「何やってるの!梓!女の子が、お行儀の悪い!」


母親の叱咤に、梓は慌てて行儀よく座りなおした。


「おじさんの家に行ったら…お世話になるんですから、普段から…女の子らしくするのですよ。ご飯を頂くときは…」


母親の小言が始まった。


梓はしおらしくしながらも、母親の話なんて聞いていなかった。


だって、世界は変わってきているのに……。


敗戦から、世界でも類を見ない早さで復興した日本は……一つの壁を作ろうとしていた。


戦争の記憶を根強く持つ者と……その記憶がなく、日本が復興していく興奮という景気に煽られた…子供達。


弟が中学生になるのを機にして、母親は爪痕の残る土地を、後にしていた。


本当ならば、もっと早く出ていくべきだったが…看護師であった母親が、あの土地を離れられるのに…十年以上の月日が、かかってしまったのだ。


今年で、中学を卒業する梓の就職に関しても、母親は考えていた。


いなかよりは、都会がいいと。


梓は、ため息をついた。


あと一年で、卒業なら…せめて、生まれた土地で過ごしたかった。


友達も、みんな…残してきた。


(あと…一年かあ……)


トンネルに入った電車の窓に、映る自分の顔を見つめた。


少し淋しそうだ。


そんな表情を映すトンネルは、すぐに終わり…梓の瞳に、見知らぬ風景が映る。


梓は、自分の席と反対側の窓を見た。


梓の生まれた町とつながっている海が、広がっている。


海の色は、いっしょだけど…向こうに見える島の風景が違った。


(この海も見えないところに…あたしは、行くんだ…)


梓は初めて…感傷に浸ってしまった。


梓はもう…風景を見るのをやめた。


真っ直ぐに視線を正した。


周りは変わっていく。


(…だけど、あたしは)


梓は、軽く下唇を噛んだ。


まだ目的地には、つかない。


梓は、時の流れのいうものを感じながら…ただ電車に揺られ続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ