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第119話 終幕

「ふぅ…」


珍しく実家に戻っていた明菜は、近所にある赤星の家を、目指して歩いていた。


なぜか、蒸せるように暑かった。


その理由を、明菜はすぐに知ることになる。


突然、蜃気楼のように、周りの景色が歪んだ。


真夏と間違うような…じめじめした湿気が、明菜の肌に汗を呼んだ。


あまりの暑さの為に…明菜は一度、日が暮れたことを忘れていた。


さっきまで、夕陽が空を照らしていたはずだ。


それなのに…昼間のように明るい。


明菜は、汗が目に入りそうなのを気にしながら、赤星家を目指す。


歩いて、2分くらいのはずなのに…遠く感じた。


赤星家の前に…誰かいた。


明菜は、目を細め…その人物を見つめた。


この暑さの中で、学ランを涼しげに着ている人物を…明菜は、すぐに誰かわかった。





「こうちゃん!」


思わず駆け出そうとする明菜を、僕は手で制した。 


気のようなものが、明菜の走りを止めた。


「ごめん。今、力のセーブができないんだ…。感情が溢れていて…」


明菜は、僕の横顔だけで…目が腫れていることに、気付いた。


「これ以上近づくと…危ない。何とか、結界を張ってるんだけど…」


僕の体から、薄く青白い炎が立ちこめているのが、明菜の肉眼でも、確認できた。


「こんな状態になると…わかるよ。自分が、人間でないことに…」


「こうちゃん…」


僕の切なげな口調に、明菜は同じく…切なげに、僕を見た。


「明菜…」


僕は、泣きすぎて真っ赤になった顔を、明菜に向けた。隠すつもりはなかったから、満面の笑顔をつくった。


「僕は…もう帰るよ。ブルーワールドに」


僕は、空を見上げた。


「ブルーワールド…」


明菜は呟いた。


そして、僕の帰るという言葉に…胸が苦しくなった。


「おばさんには……。綾子ちゃんは?」


明菜は少し焦りながら、僕にきいた。


僕は、明菜から視線を外すと、目の前にある家の表札を見つめた。


赤星という…文字を。


「母さんには、会わない。もう僕は…人間じゃないし、歳も取っていない。いまさら、こんな存在になった自分を、見せるつもりはないよ」


僕は、表札から玄関を…そして、二階を見つめた。


ちょうど玄関の上が、僕の部屋だった。


あの頃…毎日潜っていた玄関や、門。すべてが、違う世界の出来事のようだ。


僕は、唇を噛み締めると、


「綾子は…死んだよ」


呟くように言い、明菜の方へ顔を向けた。


「綾子は…僕が」


「こうちゃん!」


明菜は、僕の言葉を遮った。


明菜は、僕の腫れた目を見て、すべてを理解したのだ。


「……」


僕は、無言で明菜を見ると…少し深呼吸をした。


そして、明菜の顔をしばらく見つめた後…再び空を見た。


「こうちゃん!」


明菜は、飛び立とうとした僕を呼び止めた。


僕はまた、明菜を見た。


「明菜。僕は今回…この世界に来た魔物達を、追ってきただけだ。しかし…敵は、魔物だけではなかった…」


明菜はただ…僕の話を聞いている。


「この世界にも……問題があった。魔獣因子を持つ者が、目覚めてきている。だから…本当は、残るべきなんだけど…。僕には、まだ…この世界を守る強さがない」


僕は、自分の手を見つめた。


「自分が生まれた世界だから…なのだろうか……。辛く感じでしまう」


「こうちゃん……」


明菜は心配そうに、僕を見つめた。


「僕は…まだまだだ。だから…明菜」


僕は明菜に向かって強がって、拳を突き出した。


「僕は…もっと強くなる。すべてを守れるように!後悔しないように」


そして、拳を思い切り握り締めた。


「例え…ブルーワルードにいても!この世界に、何かあれば、助けにくる!必ず!」


真剣な瞳が、浩一の意志の強さを示していた。明菜はそう感じたのか…ただ頷いた。


「僕は、この世界を見捨てた訳ではないよ」


僕は拳を下ろすと、明菜に笑いかけ、この世界から、飛び立とうとした。


「待って!」


明菜は、僕が張った結界を素手で、切り裂いた。


そのことに、僕は少し驚いたが、それよりも…次の明菜の言葉に、目を丸くした。


「会いたい!こうちゃんの好きな人に、会いたい!」


明菜は、暑さを忘れたように、僕に近づき、


「いるんでしょ!そばに!」


大声で叫んだ。


「え?……でも、しかし…」


戸惑う僕に、ピアスから声がした。


「あたしは…いいぞ」


僕は、明菜の目を見つめた。


明菜は言いだしたら、きかない。


昔から、そうだ。


僕は肩をすくめると、目を閉じた。


「モード・チェンジ」



指輪から、光が溢れ…その光の中から……アルテミアが現れた。


アルテミアの姿を見た瞬間、明菜は絶句した。


噂は知っていた。ブロンドの女神……。


だけど、アルテミアの容姿は、想像をぶっちぎりで、超えていた。


ハリウッドスターにも、ここまではいない。


美奈子が立ち上げた劇団に、アルテミアが変装して、潜り込んだ時…会っていたはずだが…あの時は、黒髪だったし…雰囲気も違った。


言葉を発せられない明菜と、妙に緊張しているアルテミア。


二人は、互いに無言で、見つめあう。


明菜は、唾を飲み込むと…拳を握り締め、全身に気合いをいれた。


アルテミアに変わったからか…暑さはなくなった。


明菜は、つかつかとアルテミアに近づいていく。


「ウウ…」


普段は、どんな相手にも怯まないアルテミアが…少したじろぎ、しどろもどろになった。


「た、多分だが~バカ星の好きなやつは、あ、あ、あたしだと」


明菜は、そんなアルテミアの手を取った。


ぎゅっと握り締め、明菜は自分より、背が高いアルテミアを少し見上げながら、


「こうちゃんを…お願いします」


そう言うと、手を握り締めながら、深々と頭を下げた。


「あっ…ああ…」


アルテミアは、それしか口にできなかった。ただ…何度も、頷く。


そんなアルテミアに、明菜は笑顔を向けた。






数分後……アルテミアは、赤星家の遥か上空にいた。


逃げるように、明菜に挨拶すると、アルテミアは空に飛び上がっていた。


その為、僕は明菜にきちんとした別れの挨拶が、できなかった。


「あ、アルテミア…。明菜は、僕の幼なじみなんだから…もうちょっと…」


「幼なじみか…」


アルテミアは、呟くように言った。下を向き、小さくなっていく明菜を見つめた。 


「幼なじみということは…昔から…知ってるんだな…」


「当たり前だよ」


「そうだよな…」


声のトーンが、低い。


「な、何だよ!」


僕には、意味がわからない。


「だって…今の女…。お前のこと好きだろ?」


「え?あっ…」


僕は、口籠もってしまった。


もう明菜を確認できない。


アルテミアは、眼下の街並みを眺めながら、


「いいのか…?この世界を、後にして…」


アルテミアは、気を探った。


まだ完全に目覚めていないが…内部に種を持った者は、何人もいる。


「いいんだ…今は…」


僕はピアスから、この世界を見つめながら、


「この世界にも…守る決意をした…力ある者もいる」


ピアスの中で、微笑んだ。


そして、僕は叫んだ。


「帰ろう!ブルーワールドへ!」


僕の声に、アルテミアは頷いた。


「それに、やつらにも…借りがある!」


僕の脳裏に、バイラの顔が浮かぶ。


(綾子の突然の暴走……あれは、おかしい)


冷静に考えると、あれはおかしかった。


(それに…………リンネ)


なぜ、僕を助けたのか。


その理由が、わからなかった。


(僕は、彼女の妹…フレアを守れなかったのに…)


それらの疑問を解消する為にも、僕は…ブルーワールドに行かなければならなかった。


「モード・チェンジ!」


アルテミアの姿が変わる。


黄金の鎧に、六枚の翼を広げ、僕達は天高く…飛んでいった。





明菜は、満天の星空を見上げる。


アルテミアの姿も、もう星の一つだ。


彼らが無事に、時空間を越えれることを願った。


「明菜ちゃん!」


赤星家の玄関が開き、浩一のお母さんが出てきた。


「どうしたの?」


明菜は頭を下げた後、母親から預かったものをポケットから、出した。


「今月の町内会の予定です」


明菜から予定表を受け取った母親は、微笑んだ。


「ありがとうね。わざわざ…。ほんと、うらやましいわ。沢村さんちは…こんな娘さんがいて…。あたしも、子供つくるんだったわ」


「え?」


浩一の母親の言葉に、明菜は絶句した。


「あら?やだ〜」


母親は妙に照れて、


「この歳じゃ〜無理よね」


と、笑った。


家の中に戻っていった母親の背中を、明菜はただ…目を丸くして、見送ってしまった。


はっとして…表札を見た。


表札にある……赤星の文字の横に、浩一と綾子の名前はなかった。


この表札を…さっき、赤星は見ていた。


明菜は知らない。


それは、綾子がしたことを…。母親を殺せなかった綾子は、せめて…母親から自分らの記憶を消したのだ。


自分の産んだ子供同士が殺し合う。そんな苦しみに、母親が堪えられるのか。


それは…綾子自身がしたのか…はたまた…マスターがさせたのかは、わからない。


明菜は、その事実に絶句した後…涙した。


忘れさせること…それが、一番よかったのだろうか…。


人は都合よく…忘れられたら、幸せなのだろうか…。


明菜は改めて…世界が、変わっていくことを実感していた。


(だけど…こうちゃん。あたしは、忘れないから…。絶対に)


明菜は心の中で、誓った。






天空のエトランゼ。


哀しみの饗宴編………完。





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