第117話 鎮魂
「あり得ないだろ!」
ヘリコプターが三機…上空を飛び回っていた。
その下にあるはずの原子力発電所がない。跡形もなく消えているのだ。
「本当に…ここなのか?」
乗務員が、疑心暗鬼に陥りそうになった時…突然、何もない空間…空と木々の間から、何かが飛び出してきた。
「何だ?」
ヘリコプターを追い越した物体は、上空で白い翼を広げた。
「何?」
思わず、ヘリコプターの側面のドアを開けて、顔出した乗務員は、上を見上げ…絶句した。
「て、天使……?」
地上から、一気に結界を突き破り、上空へと飛翔したアルテミアは、眼下に広がる…発電所が存在しない空間を見つめながら、
「時間がない!一気に決める!」
雲一つない晴天に、両手と翼を広げた。
「モード・チェンジ!」
「どうした?」
アルテミアが叫んだ瞬間、三機のヘリコプターが散開し、アルテミアの姿をとらえようとした。
しかし…。
「な、何だ!」
ヘリコプターは突然、揺れだした。視界を失い…操縦桿が、とられたのだ。
「見えない!」
アルテミアの叫びに呼応して…全世界…いや、昼間だった世界が、いきなり夜になった。
太陽が、照らす部分がない。地球は、真っ暗になったのだ。
気象観測所は、いきなり太陽の輝きがなくなったことに、気付いた。
「あり得ない!」
「何が起こった!と、突然夜だとお!?」
パニックになりながらも、一応は訓練されたレスキュー隊員である。とっさに、電気をつけた。
すると、今度は眩しさに、目を細めた。
「こ、今度は…」
太陽と同じ輝きが、目の前に現れ……落下していく。
そして、その落下する物体が、またいきなり消えると、しばらくして…真上の…太陽が、また輝き出した。
一瞬の夜が終わったのだ。
「何だったのだ…」
全世界の人々が、日食でもない…突然の夜に、ただ唖然としてしまった。
「まるで…太陽のエネルギーがすべて…吸い取られたような…」
気象観測所の職員は、信じられない現象に、その場で崩れ落ちた。
「天空の女神…」
結界を突き破り…そして、再び戻ってきた時……雷雲の下に、太陽が出現した。
発電所の周りにいたものは、その眩しさに、目を開けておれなかった。
サラだけが、その動きをとらえていた。
太陽は、地上に着地する時には、消えていた。
「アルテミア」
太陽が落ちた場所に立つ…白き鎧を身に纏ったアルテミア。
シャイニングモード。
太陽の力を得たアルテミアの最終形態。
「サラ…か?」
アルテミアは、目の前にいるサラを認めた。
角の数…魔力が違う。
「合体したのか…」
サラは、アルテミアに向けて頭を下げた。
そして、サラの前に立つ…綾子。
綾子はアルテミアに振り向くと、一目散に襲い掛かっていた。
全身が燃えており、皮膚の下で、溶岩のように熱い物体が、脈打っていた。
その姿を見た瞬間、アルテミアは確信した。
(助からない…爆発する)
「よくも、お兄ちゃんを!たぶらかしたな!」
綾子の吐く息も、熱風である。声色は、綾子に戻っていた。
アルテミアは目をつぶった。
(赤星…)
赤星の反応がない。
どうやら、気を失っているようだ。
「すまない…」
アルテミアも走った。
すると、2つの物体が飛んできて、アルテミアはそれを掴むと、一瞬で剣になった。
シャイニングソード。
「お前が、お兄ちゃんを!」
綾子と、アルテミアが交差する。
「お兄ちゃんを……」
綾子の体から、熱が消えた。
アルテミアが持ったシャイニングソードが、赤く燃えている。
しかし…すぐに、もとの純白の剣に戻った。
そして…魔力を失った綾子の体は、砂のように朽ち果てていった。
「なるほど…テラの力を吸収したのか…」
サラの口から、ギラの声がした。
「太陽の力を吸収できるのだ…あれくらい」
サラがこたえた。
「これでいい…これで、いいのだ」
バイラの声は、笑っていた。
灰のように化した…綾子の体が…風に乗って消えていく。
アルテミアは目をつぶり…その様子を、決して見ようとはしなかった。
「!?」
マスターは驚愕した。
常人の三倍はある…マスターの拳が、迫ってきているのに、美奈子は微動だにせず、銃口を真上に向けて、撃っていた。
「どういう意味です…女神よ」
美奈子は、寸前で止まったマスターの拳越しに微笑んだ。
「こういう意味よ」
美奈子の微笑みを、驚きの顔で見たマスターは、一歩後ろに下がった。
その瞬間、マスターの後ろで太陽が現れ…すぐに消えた。
そして、マスターは、ゆっくりと振り返り、後ろを見た。
そびえ立つ原子力発電所の向こうを凝視し…やがて、項垂れた。
「女神が…死んだ…」
その言葉に、化け物と化した人々の咆哮がこだました。
マスターは姿勢を正し、美奈子を見据えた。
「我らの…計画は終わりました。女神よ…。ここにいる者達は、もう助かりません。せめて…女神の力で安らぎを…」
戸惑う美奈子に向けて、化け物と化した人々が跪く。
「女神よ」
マスターも頭を下げた。
美奈子は手に持った銃を握り締め、目をつぶると、ゆっくりと目を開いた。
そして、銃口を向けた。
「ありがとうございます」
マスターの声を合図に、銃声が響いた。
「部長!」
発電所の裏口から、飛び出してきた明菜の目に、灰となって消滅する化け物の大群が映った。
原形を留めているのは、マスターと美奈子だけ。
マスターは明菜を見ずに、美奈子に頭を下げた。
「今回…我々は、急ぎ過ぎたのかもしれません。しかし、我々は滅んだわけではありません。間違っていたわけでもありません」
そして、頭を上げながら美奈子に背を向け、発電所内へと歩いていく。
「今度…我らを率いる王が…あなたのような人だったら…」
マスターは、まだ状況が把握できない明菜の横を通り過ぎ、
「…フッ」
入り口の前で足を止め、口元を緩めた。
「人…人間…。結局は……。私は、今しばらく…この世界に留まりますよ。次に目醒める者達の為に…」
それから、ゆっくりと振り返り、
「またコーヒーでも飲みに来て下さい」
美奈子と…そして、明菜に頭を下げると…姿を消した。
「うぎゃあああ!」
都会の路地裏…そして、下水道。
人目につかないところに集まっていた…目覚めた者達の実行部隊は、全身を燃やしながら、消滅していく。
「フン!」
アイリの吐き出す炎の息吹は、下水道内にいた者達の内臓を焼き、中から体を沸騰させ…炭へと変えた。
まるで、火砕流のように。
「他愛無い…」
アイリは、ツインテールを翻した。
後ろにも、炭になった者達が転がっている。
アイリは、それらを踏み付けながら、歩く。
「我らの世界の人間の方が、よっぽど…骨がある」
空中に浮くと、そのまま…マンホールの蓋をドロドロに溶かし、アイリは地上へと出た。
そこには、ポニーテールのユウリがいた。
「こっちらも…終わったわ」
ユウリの言葉に、アイリは頷いた。
都市部に派遣された実行部隊は、全滅した。
アイリは、晴天の空を見上げ、
「……リンネ様は、どうして…このような命令を、我らに命じたのかしら…」
ユウリは肩をすくめ、
「………でも、あたし達は、リンネ様の炎。あの方のご命令通りに、対象を燃やすだけよ」
「そうね……」
アイリは、ツインテールの髪についた灰を払うと、その場からテレポートした。
ユウリもすぐに後を追った。
「サラ!」
アルテミアは、シャイニングソードを握り締めると、サラへとジャンプした。
「アルテミア様!」
サラは、アルテミアに手の平を向けた。
「ギガ…ブレイク!」
そこから放たれた雷撃が、アルテミアを直撃した。
いや、アルテミアはシャイニングソードで受けとめたが…空中で吹き飛ばされた。
「何!?」
驚くアルテミアは、数メートル先で着地した。
「馬鹿な…こんな力がああ!」
着地すると、アルテミアは力を込め、雷撃を弾き飛ばした。
雷撃は、結界にぶつかり…爆発すると、空間にひびが入った。
ひびは、広がっていき…原子力発電所の周りを覆っていく。
「舐めるな!」
アルテミアは、シャイニングソードを突き出した。そして、突進しょうとしたが…いきなり、よろけて、片膝をついた。
「あなたにとって…毒の世界で、無理矢理…太陽の力を使ったのですから…」
サラは、その様子をただじっと見ていた。
「ま、まだ…」
アルテミアの両膝がつくと、シャイニングモードは解け、そのまま前のめりに倒れながら…赤星へと戻った。
地面に倒れる瞬間、意識を取り戻した僕は…はっとして、両手で体を支えた。
「あ、綾子は…」
意識を取り戻した僕は、顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。
「赤星浩一!」
上空から声がした。
さらに顔を上げると、空中に浮かぶ…バイラとサラ、ギラがいた。
三人の魔神は、僕を見下ろしながら、口元に笑みを浮かべながら…こう言った。
「お前の妹は…殺された」
「そう…殺されたのだ!」
バイラは、嬉しそうに顔を歪めながら、ゆっくりと口を開いた。
「アルテミアに……ククク…」
バイラは、堪らず…声を出して笑った。そして、叫んだ。
「天空の女神…アルテミアに!殺されたのだ!!」
バイラの声が、ビビ割れた結界にこだまする。
僕は、茫然自失状態になってしまった。
「綾子が……死んだ……」
「お前の妹は、アルテミアに殺されたのだ!」
バイラは、上空から赤星を指差し、
「お前の愛する女が…愛する妹を殺したのだ!」
「……そ、そんな…」
僕の目の前は、真っ白になっていた。頭の中もだ。
「それでも…共に戦うのか!妹を殺した相手と!」
もうバイラの言葉も、僕の耳に入らない。
バイラは笑いながら、さらに上昇していく。
「また…会おう!赤の王よ!今度は、我らが世界……ブルーワールドで!」
バイラ達は、そのまま空中から消えた。
残された僕は、支えていた腕の力もなくなり…地面に倒れこんだ。
「綾子……」
涙を流す僕に…アルテミアは何も言わなかった。
バイラ達がいなくなった為、ひびが入った結界は砕け散った。
雷雲は消え、晴天が原子力発電所を照らした。
太陽の光に照らされながら、僕は意識を失った。