第116話 光臨
目の前が真っ白になり、僕は意識が飛ぼうとするのを、必死で踏張った。
(な、舐めるな!)
声はでなかったけど、僕は心の中で叫んだ。
頭の中で、唇を噛みしめ、力を込めた。
(モード・チェンジ!)
それしか…なかった。
白目を剥いた僕は、バイラ達の攻撃を受けても、倒れることなく、何とか踏張ると、左手に付けた指輪が、光り…僕の目は赤に変わった。
「赤星…」
アルテミアの声のトーンが低い。
僕の全身を、指輪から飛び出した白い鎧が包むと……僕の気を感じて、赤く染まる。
アルティメットモード。
先程までの通常の姿から、戦闘モードに変わった僕は、バスターモードから、ライトニングソードへと武器を変えた。
「貴様ら!」
魔力が溢れる僕の姿を、バイラは冷静に見つめるが…微動だにしない。
ギラもだ。
「お前達の好きには、させん!」
と…ライトニングソードを握りしめた瞬間、僕は、今までで一番……血を噴き出した。
パワーアップにより、完治していなかった傷口が、開いたのだ。
「え……?」
自分でも理解できないまま…僕は、前のめりに倒れた。
アルティメットモードは、解除された。
「フッ…」
バイラはもう…僕を見ることはなかった。
サラとやり合っている綾子の方に向かって、歩きだした。
「少年。ここで、結末をその目に、焼け付けるが、いい…」
ギラも、倒れた僕にとどめを刺すことなく、そばを通り過ぎていく。
「綾子…」
僕は、あまりのダメージの凄さに、立ち上がることさえできなくなった。
「そ、そんな……あり得ない!」
サラと戦っている綾子は、あまりのレベルの差に、愕然としていた。
一応…女神だと名乗っておきながら、自分の攻撃がまったく通じなかった。
サラと同じく、雷撃を放っても、サラより威力も小さかった。
「なぜだ!」
自分の力のなさを認めたくない綾子は、あらゆる攻撃を繰り出す。
それらを敢えて避けず、まともにくらい続けるサラは、綾子を弄びながら話し掛けた。
「お前は…属性というものを知っているのか?」
サラの二本の角から放たれた電流の網が、綾子の体を縛りつけ、痺れさせる。
「きゃあああ!」
綾子が、悲鳴をあげる。
「お前のように…あらゆる力を、使いこなすことは、便利ではある。しかし!」
網は、がんじがらめに体に絡み付き、さらに絞め上げていく。
「ある一定のレベルを超えた相手には、通用しない!つまり、我ら神レベルにはな!」
そういうと、サラはなぜか網を外した。
自由になった綾子は、激しく息をつきながらも、余裕のサラを睨んだ。
「属性?」
その意味が、綾子にはわからない。
「水は水の属性…火は、火と…固有の属性がある」
サラは、綾子の体を凝視した。
本当ならば、女神の名に恥じぬ力があるはずなのに、引き出せていない。
「残念だが…」
サラは右手を突き出し、とどめを刺そうとしたが、動きを止めた。
いきなり、綾子の後ろに現れたバイラに、気付いたからだ。
「引き出せば、いいではないか」
バイラはサラに向かって笑うと、右手の指を揃え、そのまま…綾子の首筋に差し込んだ。
「解放しろ!そして、溺れろ!力に」
バイラは、にやりと口元を緩めた。
バイラが首筋から、指を抜いた瞬間、綾子は絶叫を上げた。
その絶叫は…原発に残っていた進化した者達を刺激した。
反対側にいた美奈子は、一瞬ビクッと体を震わせた。
「ついに……」
マスターは、荒れ狂う雷雲を見つめた。
三機あった原発は、すべてが稼働停止状態になっていた。
原発が止まることなど、あり得ない。
異常を察知し、原子力発電所に向かった特務隊は、発電所の場所を確定することが、できなかった。
日の丸電気の本社から、派遣された社員達も…自らの会社の原発の位置を確認できなかった。
「は、発電所が……あるところにありません!」
本社に電話した社員は、ナビで位置関係を何度も、確認したが、そこになかった。
真っ直ぐ走れば…原発に着く一本道を走っているが……ある空間を通り越して、他府県まで行ってしまった。
「どうなっている?」
救援に来た自衛隊のヘリコプターも、あるべき森の上空を、飛び回っていた。
晴れ渡る晴天が、ヘリコプターの影を森の緑に、投影していた。
午後12時ちょうど…。
人々は、原発を見失っていた。
綾子の絶叫に呼応して、化け物になった者達が、泣き叫んだ。
「人のパーソナリティーは、心だという者がいるが……違う!姿だよ」
マスターは、周りにいる進化した者達を見つめた。
「人は、皆…似た姿をしているから、安心するのだ」
美奈子の前にいる数十体の人間だった者の姿は、各々違う。
「同じ姿でないものを……仲間と思うかね」
マスターは、哀しげに周りを見回し、目をつぶった。
「そ、それは…」
美奈子は、一歩前に出た。きりっとマスターを睨み、
「わかっていたはずだ!こんなことになることを!」
美奈子の怒りに、マスターは目を開け、じっと美奈子を見つめ…おもむろに話しだした。
「アインシュタインは…広島、長崎に落とした原爆の結果を知って……後悔したらしい」
フッと笑うと、
「人は…頭で理解していても、突き付けられた結果を自ら体験しなければ…後悔などしない生きものだ…」
「だったら…どうして!」
美奈子はマスターだけでなく、化け物になり…泣き叫ぶ人だった者を見た。
「強さ……心の強さ」
マスターは歩きだした。美奈子を見つめながら、
「強さを信じたのだよ。自分自身の…。しかし、人はまた後悔した!」
マスターは、美奈子の目の前に立ち、
「人の強さとは、何だね?」
美奈子に訊いた。
「え?」
美奈子は、マスターの純粋な瞳に、言葉を失った。
マスターは、答えだどを期待していなかったのか…すぐに、天を見上げた。
「かつて…人は、強かった。いや、逞しかった…と言ったらいいのかな?」
マスターは目を細め…過去へと思いを馳せた。
今はもう…戻らぬ過去へ。
「もう…何年前だ…。私が、人里に降りてきたのは…。あの頃は、人は質素で、自然を愛し…この世界とともにいた。決して、奢ることもなく…自然の摂理の中に、生きていた」
マスターは、雷鳴が轟き出した空に、手を伸ばし、
「…機械を使うようになり、便利になったが……あの頃の人々は、決して便利に溺れなかった。人々の髪型が、変わった頃…私は、小さな喫茶店を出した」
マスターの脳裏に、人々の笑顔を蘇る。
「あの頃は…今のように、うるさくなかったから…簡単に、私のような者でも、店を出せた。コーヒーなど知らなかったが……みんな知らないものだから……ククク…不確かな飲み物をだしたものだ」
マスターの瞳から、涙が流れた。しかし、マスターは涙を否定するかのように、虚空を睨んだ。
「女神よ!我ら人ではない者が、どうして…この世界の表から消えたと思うか!」
マスターは、美奈子に詰め寄る。
「お前達が妖怪と呼ぶ…者達が、この世界という舞台から去るのに……何か、抵抗をしたか!」
「……」
美奈子は何も言えない。
マスターの瞳は、涙を止めない。
マスターは、涙を拭わずに、
「我々は、人間…いや、古き日本人が好きだった。八百万の神といい…下駄さえも、神として、大切にする日本人が好きだった!」
マスターの叫びに、化け物と化した人達が号泣する。
「平等を唱え…自由と、そして、礼儀を重んじる日本人が好きだった!たいして、お金がないのに…夢や希望に溢れ……笑顔を忘れないこの国の人間が、大好きだったああ!……なのに!」
マスターは、号泣した。
「日本人も…人間ではなくなったのだ!」
「あなたは…」
美奈子は、マスターの伝えたいすべてのことを理解できたわけではない。
でも、何となくはわかった。
だからといって…それが正しいとは限らない。
美奈子はただ…マスターの言葉のすべてを噛み締めるつもりだった。
マスターの言葉は続く。
「我らは、繁栄を棄てた。人と混ざり……たった数十年で、滅んだ者は滅び…。それ以外は…人になった。我らは、人を愛していたし…人の向上心に、心打たれていた。だから、我らは抵抗しなかった。しかし…」
マスターは、両手を天に向け…雷雲を睨んだ。
「あの日…空は真っ赤に染まり…数多くの爆弾が落とされた」
空を覆いつくす…B29の編隊。そこから、落とされる数え切れない爆弾。
それは、無抵抗の人々に、落とされた。
「これほどの虐殺を…私は見たことがなかった。地獄……地獄は、あの世にあるのではない。この世に存在し…それをつくるのは、人間なのだ…」
マスターの脳裏から、その地獄は決して…消えない。
「私の愛した…日本人は、その地獄の業火で、皆…死んでしまった…」
マスターは、美奈子に笑いかけた。悲しい笑顔で。
「そんな世界に、未練はなかったが……人と混ざり、人の中に生きる我らの仲間が…地獄をつくる人間の中で、辛い日々を送っている。その事実に気付いた我は…その者達を、救うことにした。人がつくる地獄から…」
「だからと言って…あなたが、やろうとしてることは、認められないわ」
美奈子は、マスターを見据え、その肩越しに原発が見えた。
「あなたも…地獄をつくろとしてるのだから…」
美奈子はゆっくりと…右手を上げた。
これで、暴走の危険はなくなったが…直接攻撃をされたら、一巻の終わりである。
ここを守る為に、残ろうかとも考えたが…自分を、逃がしてくれた千秋のこともある。
「生きなきゃ…」
仁志は、原発を後にする決意を固めた。
同じ頃、原発の外壁に沿って走る明菜は、化け物と化しながら、雷雲に向かって号泣する者達を尻目に、次元刀を握り締めていた。
異世界に行ったことのある明菜は、原発の周囲の空気が変わったことに気付いていた。
(いる…。とてつもなく…恐ろしい存在が…)
それは、さっきまで自分がいた…今は、赤星がいる場所から、感じられた。
明菜は一度…バイラ達に捕まったことがあった。記憶にはないが…無意識に恐怖として、残っているのだろう。
そんなことを考えていると、横合いからいきなり、サイのような化け物が突進してきた。
明菜は反射的に、次元刀を横凪ぎに払うと、斬撃が飛び出し、簡単にサイを真っ二つにした。
なぜか…心が落ち着いていた。
絶望的な状況の中…近くに赤星がいるということが、明菜を安心させていた。
そして、神野から渡された次元刀。
明菜の手に握られた次元刀は、神野が振るうよりも、切れ味を増していることに……明菜は気付かなかった。
「だから…あたしは…」
美奈子はゆっくりと、右手を降ろし…マスターに向けて突き出した。
すると、その手に銃が握られていた。
銃…しかし、真ん中の銃身を囲むように無数の銃口が、並んでいる。
特殊な銃は、真っ白な真珠のような輝きと…漂う程の魔力を帯びていた。
マスターは驚愕し、その銃を見つめた。
「ま、まさか……女神の力を、銃にしたのか…」
美奈子は、無数の銃口をマスターに向けながら、
「明菜の次元刀が、ヒントになった。あたしは、化け物なんかになりたくない!人を捨てたくない!力なんて…いらない!!」
美奈子の言葉に、マスターは全身を小刻みに震わせた。
「肉体を変化されるのではなく…武器をつくっただと!?だが、だが!それが、力を捨てたといえるのか!」
マスターは、美奈子を睨んだ。
「人は、武器を進化させ…破壊を繰り返してきたのだ!」
マスターの体が変わる。筋肉が盛り上がっていく。
「あたしは…そうは思わない!」
美奈子はきっぱりと、言い放った。美奈子の意識の強い瞳が、マスターを射ぬく。
マスターの体の変化が、止まる。
「確かに、人は…武器で殺戮を繰り返してきた!だけど、人は…武器を捨てられる!持たないこともできる!」
美奈子は、引き金に指をかけた。
「あたしは…人間が…身体能力より、武器を進化させたのは…武器は、持たなくてもいいと…捨てることができるからだと思う。いつでも、戦いを否定できるから!」
「だが!人は何度も!引き金を弾いてきた!」
マスターの体躯は、二倍になり…美奈子へと襲い掛かった。
激しい銃声が、轟いた。
絶叫は、悲鳴から……炎に変わった。
自らの体さえ…燃やし尽くすように、激しく燃え上がる炎は、綾子を真の魔神へと変えた。
「フン。兄と同じ…属性か」
バイラは目を細め、綾子を見つめた。
「バイラ…」
サラが、バイラのそばにやってきた。
「なぜ…覚醒させました?」
その問いに、バイラはまた鼻を鳴らすと、サラに笑い掛けた。
「ここまで、やらないと…殺さないだろ?」
その言葉に、サラはバイラを凝視した後、頭を下げた。
「仰せのままに…」
「ギラ!」
バイラは、状況を静観していたギラに目をやった。
ギラは頷くと、ジャンプして、バイラの真後ろに着地した。
「ここは、我らの世界ではない!気兼ねなくできるわ」
バイラの後ろの左右に、サラとギラが立つ。
「サラ…お前が、ベースとなれ」
「は!」
バイラの言葉に、サラは頷いた。
すると、後ろにいたギラとサラが、バイラの後ろから重なる。
まるで乗り移るように…。
すると、バイラの三本の角が、さらに三本増えた。
バイラは顔を伏せ、唇を歪めた。
そして、顔を上げたときには、サラになっていた。
「くそ!」
綾子は、炎で体を燃やしながら、サラに飛び掛かってきた。
「…」
サラはちらりと、横目で綾子を見ると、指を一本立てた。
すると、落雷が、綾子に落ちた。
直撃を食らった綾子は、さらに燃え上がった。
「メルトダウンが、始まっているな…。魔力の崩壊と…安定…」
サラは冷静に、綾子の状態を観察した。
燃え上がっていた炎が、いきなり消えると…綾子は、その場に崩れ落ちた。
両手を地面につけ、激しく息をする綾子。
見た目は、落ち着いたように見えるが…綾子の体の中には、赤く燃え続ける炎の塊が、できていた。
「熱い…」
綾子は、汗だくになっていた。額から流れる汗が、地面を濡らした。
「力の使い方も知らない…ガキには、過ぎた力……」
サラは、倒れている綾子を見下ろした。
「あたしは…」
綾子は、立ち上がろうとしたが…体がいうことをきかなかった。
サラの六本の角から出る電流が、綾子の全身を巡る神経を狂わしていた。
「お前はもう…我らのもの。女神の力を…爆弾に変えた。もうすぐ、お前は爆発する」
サラの言葉に、綾子は抵抗しょうとするが…指一つ動かない。
「あ、あたしは…」
綾子の口だけが動いた。
「お前は…礎になる。いや…トラウマといった方がいいのか…。来るべき…最後の戦いの為に…」
「嫌…」
綾子は何とか…動こうとするが、身動きできない。
サラは、もがく綾子を見下ろし、
「もし…お前が、自らの力を…属性を理解していたなら…こうはならなかっただろう。我らと互角に戦えたはずだ」
「きゃあああ!」
突然絶叫を上げた綾子は、自らの内臓が焼けていく…痛みに、身をよじらせていた。
「無知。それが、お前の敗因だ」
綾子は、意識を失っていた。
サラは念動力で、無理矢理立たすと、意識のない綾子と戦いを演じ始めた。
「これでいいのか?」
呟いたサラに、
「さあな…」
綾子は口を開いた。声は綾子だが…口調はギラだった。
ギラは意識だけを、綾子に飛ばしていた。
綾子と、サラは激しくぶつかりあった。
「本当は…お前の暴走した炎を鎮める力を持つ者は、1人いる」
バイラの声がした。
バイラは一瞬、そばにそびえたつ原発を睨んだ。
その中にいるであろう…魔神に対して。
綾子と同じ属性である………炎の騎士団長リンネ。
しかし、彼女は裏方から、舞台へ上がろうとはしなかった。
「赤星…」
「アルテミア…」
血を流し、倒れた僕は…何とか立ち上がろうとしたけど、意識が朦朧としていた。
近くに、2つの巨大な気が発生したのも感じていた。
しかし、バイラ達の気は見失っていた。
「赤星…」
アルテミアは、ピアスの中から、おもむろに話しだした。
「あたしに…変われ」
「駄目だ…」
僕は、アルテミアの命令を拒否した。
純粋なる女神であるアルテミアには、この世界の大気は毒だった。この世界にいるだけで、彼女はダメージを受けるのだ。
「お前はもう…動けない。このまま…ここで!何もできずに終わるつもりか!」
「だけど…」
薄れていく意識が、強大な気の一つが膨れ…そして、圧縮されていくのを感じていた。
この力が破裂した場合…そばにある原発も誘爆する。
「誰かが…結界を張っている。爆発した瞬間、いきなり解放するつもりだろう…」
アルテミアは舌打ちした。
「そうなれば…この周り…いや、少なくても、この国がなくなるぞ…」
「畜生…」
僕は、土を握り締めた。もう立ち上がれない。
「それでもいいのか!赤星浩一!」
アルテミアは叫んだ。
「よ、よくないよ…」
僕の目から、涙が流れた。
「僕は…いつも…肝心な時に…無力だ…」
僕は、自分が口惜しい。
「赤星…」
「ぼ、僕は!」
泣き叫ぼうとする赤星を、アルテミアが叱咤した。
「泣いてる場合か!今、お前にできることがあるだろが!」
アルテミアの声に、左手の指輪が輝き、呼応する。
「あたしなら、大丈夫だ!すぐに終わらす!赤星!心配するな!いや、あたしよりも、お前のいた世界を心配しろ!赤星浩一!」
「うわあああ!」
僕は絶叫した。
「お前は、戦士だろが!」
アルテミアの言葉に、僕は指輪を見つめながら…叫んだ。
「モード・チェンジ!」
指輪から、光が溢れ……その光を切り裂いて、天空の女神が光臨した。