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第114話 火人

11時37分。


原子炉の制御をコンピューターから、災害時の為などにある手動での操作に切りかえたのは……仁志だった。


彼は、原子炉のそばにある制御システムを作動させ…外部からの命令を一切受け付けないように、遮断した。


そして、もしもの為に…原子炉の活動を一時だけ、止めようとしていた。


それで、都市圏の電力の供給量が減ったとしても、暴走するよりも、ましだった。


この日の為、仁志はこの発電所のシステムを、勉強した。


単純ではないが…地震などの災害時のマニュアルは、大いに役に立っていた。


仲間には、内緒で学んだ知識を…本当に、使う時がくるとは…。 


完璧に、災害時の緊急システムに移行できたことに、ひとまず仁志は、安堵のため息をついた。


原子炉の周りは、完全に他から隔離されており、研究員以外は入れない。


万が一の放射線洩れがあった場合の対処だろう。


仁志は汗を拭うと、後ろを振り返った。


誰もいない。


少し前の社内放送で、裏切り者がいる。原子炉に、向かえという放送も耳にした。


だけど…まだその裏切り者が、仁志とはわかっていないみたい。


それに、放送があったのに、誰も来ない。


「何かあったのか?」


逆に不安になった。


生体兵器を移植していない…仁志のような非戦闘員には、何の変化もなかったので、知ることはなかった。


仁志は、この後…どうするのかを決めていなかった。


ここを離れたら…制御システムを変えられるかもしれない。


だから、ここから離れられない。


だけど、危険だ。


仁志は、ジレンマに陥っていた。


「やっぱり…動けない…」


呟くように言った後、仁志は両手で、自分の頬をビンタした。


生まれて初めて…自分に気合いを入れた。


そして、ここに残ることを決めた。


「き、貴様かあ!」


突然後ろから声がして、思わず仁志は飛び上がると…恐る恐る振り返った。


そこには、血まみれになった山根がいた。


どうやら、テレポートしてきたようだ。


「貴様のような者に…計画の邪魔をされるとはな」


山根の形相が、怒りで歪んでいる。


仁志は少し後退りながらも、山根に向かって言った。


「ここが…暴走したら…放射線が溢れて…みんな…死んでしまう…」


仁志の言葉に、山根は怒りのまま口元を緩めた。


「いいんだよ!」


山根は、強がりながらも恐怖で震えている仁志に気付き…怒りよりも、楽しくなってきた。


こいつは…すぐにでも始末できる。少しの余裕が、相手への嘲りに変わる。


「すべて…死ぬべきなのだよ。この世界からね」


山根は一気に、仁志との距離を詰めると、彼の首筋に手を入れ、持ち上げた。


決して軽くない仁志の体が、簡単に中に浮かぶ。


「お前は、勘違いをしている。我々進化した者は、この世を新しいものに変える。それは…今ある世界そのものを…破壊すると言う意味だ」


仁志がどんなに暴れても、山根の手から逃れられない。


「この世界は…酸素がある!それが、なければ…動物は生きていけない。しかし!かつて、動植物が栄える前に、この星に君臨していた生物は、酸素によって、滅んだのだ!」


「う…」


仁志の頭に、血が回らない。意識が遠退いていく。


「酸素は、彼らにとって…猛毒だった。地球を覆った植物が、殺したのだ。かつての生物を!そして、今度は人間が……殺すのだよ!今この星にいるものたちを!」


山根は絶叫した。


「世界を覆った植物が、酸素を吐き出したように…。今、地球を覆った…人間が、新しい毒素を生み出すのだ」


首を絞める手に、力がこもる。


「公害…大気汚染…温暖化…生ぬるい!人が作る最大の毒素は…放射線だ!」


山根は大笑いした。


仁志の意識がなくなっていく。瞼がゆっくりと、閉じられていく。


「放射線が、地球を覆い尽くし…すべての生物を死滅した後!地球は、新たなる生物を生むだろう!放射線が、酸素となった…新しい世界を!」


山根は、仁志を離した。


意識を失った…仁志は床に落ちた。


「それこそが、我がつくる理想の世界!今あるすべての世界を無にして、新たにつくる…素晴らしき世界!その為に、死ねるなら、私は本望だ!はははは………」


大笑いしょうと…胸を張った山根は、突然口から血を吐き出した。


胸に空洞が空いていた。


「な、何が…起こった…」


状況が理解できない山根の耳元で、声がした。


「そんな…世界が、理想の訳がないわ」


山根はその声に、聞き覚えがあった。


「い、生きて…いたのか」


胸に空いた空洞からは、中身が見えなかった。


やがて、空洞に色が付き…それは、山根の胸を突き抜けた…腕になった。


「千秋…」


山根の後ろに、千秋が立っていた。


その姿は、ザリガニを思わす…赤いざらざらした鎧に包まれていた。


右手を奈津美に切り取られていた為、爆発にはあわなかったが…手当てをしていない為、切り口から血が流れていた。


残った左腕で、山根を貫いていた。


「解放したのか…我々は…一度、この姿になると…戻れないのだぞ…」


「かまわないわ…でないと…あなたを殺せなかった…」


千秋は解放状態になることにより、体を透明にするという特殊能力を使えたのだ。


「あたしは…人は嫌いよ。この世界で傲慢な人が、滅びることには、賛成だけど…他のこの星に住む…他の生物を死滅させるのは、許せない」


千秋の言葉に、山根は笑った。


「愚かな…。生物など…また生まれる……新しい生物……」


山根は原子炉に向けて、手を伸ばした。


「あり得ないわ。放射能に汚染された…世界に、生物が生まれるはずがない!」


千秋は左腕を抜くと、刃のように鋭くなった手の爪で、山根の首を跳ねた。


転がる山根の頭を確認すると、千秋は片膝をついた。


血を流し過ぎた。


もう…助からないことに、自分でも気付いていた。


擦れていく…千秋の目が、原子炉の中で動く…小さなものに気付くはずが、なかった。


それは、まだ…命とはいえなかった。





11時38分。


千秋は、倒れている仁志の体を揺すり…何とか意識を呼び起こした。


仁志は、目醒めていないとはいえ…人間の体とは、違う。普通よりは、頑丈だ。


すぐに、意識を取り戻した仁志は、化け物となった千秋に、少し驚いたが…自分を見る千秋の瞳の優しさに気付き、すぐに落ち着ちを取り戻した。


自らの首を確認し、ほっと胸を撫で下ろした仁志は、数メートル先に転がる山根の死体に気付き、顔を引き締めた。


仁志の視線の先に気付いた千秋は、仁志に向かって言った。


「ここは…あたしが、守るから…お前は、逃げろ」


千秋の言葉に、仁志は驚いた。


「……でも…」


千秋はフッと笑い、自分の左腕を見つめると、


「あたしは…人がいる世界に戻れない。それに…」


千秋は視線を、仁志に移し、


「あたしは…お前のような者の為に、世界を変えたかった。だけど……」


千秋は微笑み、


「あたし達では、変えれなかった。だから、ここを去り…お前のような者が、新たな世界をつくれ…」


仁志の目が…その奥にある思考が、冷静に…千秋の状態を判断した。そして、その願いも。


「ここを…お、お願いします」


仁志は千秋に向かって、深々と頭を下げた。


数秒、頭を下げた後、仁志は走りだした。


これ以上話しても…千秋の時間を削るだけだ。


千秋は、走り去る仁志の背中を見つめながら…原子炉が、見える窓側の壁にもたれた。


(この命…消えるまで…)


千秋は、最後まで戦う覚悟を決めた。





部屋を出た仁志は、左右に延びる廊下が、焦げ臭いことに気付いた。


肉が焼ける臭いに、薄らと煙たい空気が漂っていた。


「左から行って…裏口から、逃げた方が安心よ」


突然、真後ろから声をかけられ、仁志は振り返った。


いつのまにか、廊下の壁にリンネが、もたれていた。


仁志の本能が、底知れぬ恐怖を感じた。


震えて動けなくなる仁志に、クスッとリンネは笑うと、


「あなたは、殺さないわ。彼女の願い…無駄にする気?」


仁志ははっとなり、また頬を叩くと、顔を引き締めた。リンネに頷くと、仁志は左の方へ廊下を走っていった。


もう震えることはなかった。 


リンネは、その様子を見ることなく…ため息をついた。


「………今日は、おかしいわ」


自分の行動が、理解できなかった。


山根の命で、仁志に近づこうとした者達は、すべてリンネにとって、燃やされていた。


「まあ…いいか…」


リンネは、もうすぐに命果てる千秋に、付き合うことにした。 

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