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第113話 久遠

11時32分。


「失礼しました」


警備室を出た千秋は、何の装飾もない廊下を歩いていると、いきなり前に、奈津美が道を塞ぐように現れた。


「奈津美…」


千秋を見る奈津美の目に、哀れみの色が浮かんでいた。


「…こんなところで、ぼおっとして…もうすぐ始まるわよ」


千秋が、奈津美の横を通り過ぎようとした時…背中に悪寒が走った。


千秋が振り返ると、宮嶋がいた。


「?」


舌なめずりをし、血走った眼で、千秋を見ていた。


まるで、ごちそうを前にして、我慢できないかのように。


「何だ!貴様」


千秋が身の危険を感じた瞬間…………千秋の右肩から、血が飛び散った。


最初…熱を感じ…痛みは、後から来た。


「な…」


千秋は何が起こったか…わからなかった。


しかし、千秋の本能は危機を察して、身を屈めると、地面を這うように飛んだ。


千秋の頭上を、レーザー光線が走った。


千秋の目が、右手に移植された発射口を前に向けている奈津美の姿を捉えた。


「千秋!」


千秋に驚いている暇は、なかった。一瞬で、右手を下に向ける奈津美の鬼の形相が、目に入り…身を震わせた。


考えてる暇はない。


千秋は、テレポートした。


消えた場所に、レーザーが突き刺さる。


「逃がしたか…」


奈津美は軽く、舌打ちした。


「まあ…いいわ。あの傷では、そう遠くには、逃げられないはず」


奈津美は、切り取った千秋の腕を回収しょうとしたが…廊下に転がってはいなかった。


いつのまにか…宮嶋が、千秋の血のついた腕を舐めていた。


奈津美は顔をしかめた後、ゆっくりと歩きだした。


「人の心を捨てられぬ者は、あたし達の未来にいらない」


奈津美はまだ、熱を帯びている右手を、剥き出しにしながら、廊下を進んで行く。





11時34分。


「何?虫が、入り込んだと!」


発電所近くでの…神野と警備隊との接触は、すぐに山根に伝えられた。


「来たようね…」


山根は突然、死角から声がして、驚いた。


はっとして、振り返った山根の目に、壁にもたれる綾子の姿が映った。


「女神……!?」


山根は慌てて、椅子から立ち上がると、綾子の前に跪いた。


「このような場所に…なぜ?」


山根には、綾子がここにいるのは、予想外だった。


「あたしは…お飾りの人形ではない」


綾子は笑うと、跪く山根の頭の上に、赤いヒールを履いた右足をのせた。


「あたしに無断で…何かやってるみたいだけど…。お前は、あたしの駒に過ぎないのよ」


「わかっております…女神よ」


山根は、体を恐怖で震わせた。


「ここを暴走させるのは、いいわ。だけど、ここにいる多くの…あたしの駒達をどうする気なの?爆発に、巻き込む気?」


綾子はぐいぐいと、ヒールの先を山根の頭に、押しつける。


「し、心配いりません…。我々の中で…優れた者は、テレポートを使えます。テレポートも使えない…弱き者だけが、淘汰され…死ぬことになります」


「無能はいらないと?」


綾子の問いに、山根は頷き、


「はっ!我々進化した者は、すべての生物の頂点に立たなければいけません。弱き者はいりません」


山根のこたえに、綾子はフンと鼻を鳴らすと…足を頭から降ろした。


「好きにすればいい」


綾子は、山根を見下ろしながら、歩きだした。


「女神!どこへ…行かれますか?」


山根は、顔を上げた。 


綾子は振り返らず、


「招待した…知り合いを迎えに。そして…」


ドアの前で止まると、


「…フッ…」


綾子は口元に笑みをたたえながら、ドアの前でテレポートした。


綾子が去った後、山根は緊張から流れた汗を拭った。


「……女神…」


ふうと息を吐くと、山根は椅子に座り直した。


「……この世を支配するのは、一部の者でいい!今は、数が多すぎる」


山根は、クククと含み笑いを洩らすと、発電所の稼働状況を写す画面を見つめ、


「俺は…人が苦しんだら、それでいい」


山根は、スイッチへと…手を伸ばした。


「人は…永遠に苦しめ」






11時36分。


戦い続ける神野は、絶望を感じていた。


数が多過ぎる。


次元刀は、どれだけ切っても…刃こぼれはしない。切れ味はまったく、変わらない。


しかし、神野の体がついていかない。


移植された右腕の付け根から、浸食されている部分が、痛みだした。


いずれ…神野の体は、右腕に毒され…人間ではなくなる。いや…なくなるか…その前に、拒絶反応が起きて、亡くなるのか……。


だが、そんな心配より、神野はここで死にそうだ。


何とか、発電所の前まで来た神野。体を隠す林がなくなり、神野は次元刀と、飛び道具とのリーチの差が…ついに、致命的になった。


転がる進化した者達の死体に囲まれて、神野は片膝をついて、次元刀だけを前に向けていた。


その死体の向こうに、距離をとって囲む…進化した者達は、右手を神野に向けていた。


もう避けれなかった。


(ここまでか…)


神野は口惜しさに、絶望よりも…己に怒りを感じていた。


(まだ…死ねない…)


神野は、何とか…生き残る道を探した。



「どうして…ここにいるの?」


唐突に、懐かしい声が、神野の耳に飛び込んできた。


神野はその声に、戦いの場でありながら、一瞬それを忘れた。


神野の視線が、一点に釘付けになった。


見知らぬ敵達の中に、神野は知った顔を見つけた。


その顔こそ…神野が追い続けた人物だった。


「沙知絵…」


神野の意識はもう…沙知絵しか見ていなかった。


神野の持つ次元刀が、小刻みに震えていた。 


沙知絵は、神野を見つめながら…なぜ今の言葉を吐いたのか、わからなかった。


(どうして…)


沙知絵は、神野を知らなかった。


いや、記憶になかった。


しかし、目の前で、刀を構える神野の腕を見て…沙知絵は、自分の腕であることを理解した。


「なぜ…」


沙知絵の頭に、疑問が浮かんだ。


が、しかし……それを考えている時間は、なかった。


神野を囲む進化した者達が、一斉にレーザー光線を発射したのだ。


「真也!」


なぜ…その言葉が出たのかわからない。なぜ…その名前を知ってるのか…わからなかった。


そして、なぜ…こんな行動をとったのかも…理解できなかった。


しかし、なぜか…心の底では、理解していた。


「沙知絵!」


神野の前に飛び出した沙知絵は、盾となり…レーザー光線から、神野を守った。


無意識に、体を硬化させたが、沙知絵の全員は穴だらけになっていた。


神野は、崩れ落ちる沙知絵の体を抱き止めた。


「どうして…だろ……。あなたに…生きてほしいとお…もった…」


沙知絵は微笑みながら、神野の腕の中で、こと切れていく。


だけど…なぜか心の奥は満たされていた。


(あたしは…ずっと…満たされていなかった…なのに、今は……)


沙知絵は、最後の力を使い、腕を伸ばし…神野の右腕に触れる。


(今なら…わかる…。あたしが、腕をなくした理由が…)


沙知絵は、神野に笑いかけた。


そして……。


「生きて…」


それが、沙知絵の最後の言葉となった。


「沙知絵!」


神野の絶叫と、レーザーの第二波は同時だった。


レーザーは、神野の全身を貫通した。




「神野さん!」


やっとそばまで、追い付いた明菜の目の前に、全身から、血を噴き出して、倒れる神野の姿が飛び込んできた。


(馬鹿野郎…。お前がいないと…生きる意味がないだろ…)


神野の目から、涙がこぼれた。


「いやああ!」


今度は、泣き崩れる明菜に向かって、進化した者達のレーザーの発射口が向けられた。


その瞬間突然、発電所の外や中…各所で爆発が起こった。


明菜に放たれるはずだったレーザーは、発射されなかった。 


なぜなら、爆発したのは………進化した者達に付けられた義手…生体兵器だったからだ。


この武器は、沙知絵によって、開発されていた。


突然、体に移植した武器が爆発した為…各所で、断末魔の悲鳴がこだまし……静かだった発電所が、いきなり騒がしくなった。





11時37分。


「約束は果たしたわ」


発電所上空に浮かぶリンネは、足下で…沙知絵が撃たれ、息絶えた瞬間、起爆スイッチを押した。


それは、沙知絵から預かったものだった。


沙知絵は、昨日…この地に来る前に、リンネに渡していた。


「あたしが死んだら…これを押して頂戴」


沙知絵から受け取った起爆装置を、リンネは見つめた。


何の変哲もないマッチ箱のような小さな箱。


「やっぱり…進化って、こういうのと違うのよね。武器を付けるって…」


沙知絵は笑い、


「半径五キロ以内にいるなら、すべて爆破できるはずよ」


「どうして…あたしに?」


リンネは、少しおどけて見せる沙知絵にきいた。


「さあねえ〜」


沙知絵は肩をすくめ、


「どうしてかしら?」


笑いかけた。



リンネは、役目を終えた起爆装置を破壊すると、


「さよなら…沙知絵」


空中で、テレポートした。






11時38分。



「うぎゃあああ!」


いきなり破裂した左腕の痛みに、山根は絶叫した。


内部に埋め込まれていた金属の破片が、顔や全身に突き刺さっていた。


「何が起こった?何が…」


山根は血まみれになりながらも、状況を判断しょうと、頭を動かした。


「あの女か!あの女……我々の腕に細工をしていやがったな」


山根は怒りで、痛みを忘れた。


「お、おのれ〜」


山根は、原子炉の制御装置に、近づいていく。


画面に映る稼働状況に、不備はない。


「だが…計画は、やめん!」


時間は早いが…山根は暴走させようと、スイッチを押した。


しかし……。


「なっ!」


山根は片手で、何度も何度もスイッチをいれたが、暴走しない。


「な、なぜだ…」


山根は画面に走る…表示文字を、目を細めて読んだ。


「システムが、遮断されているだと!?」


山根は目を見開きながら、片手で、制御システムのキーボードに指を走らせた。


システムは、原子炉の近くで遮断されていた。


「誰だ…」


山根は身を震わせ、 


「誰だああああ!」


咆哮した。





11時38分…同時刻。


いきなりの爆発は、生体兵器を移植していた…数多くの進化した者達の動きを、奪った。


千秋の血のついた腕を舐めていた宮島は、顔半分がふっ飛び…即死した。


奈津美もまた…右腕をなくし、大怪我をしていた。


廊下に転がり、何とか起き上がると、目の前にいた宮島の体から、立ったまま…血を噴き出し、やがて倒れた。


「ヒイイ」


今まで何人も人を殺し、慣れていたはずの奈津美は、進化してから…初めて、死に恐怖した。


その時、アナウンスが響き渡った。


「全同士に告げる!原子炉近くにいる裏切り者を、排除せよ!」


それは、山根の声だった。


「い、いやああ…」


右腕をなくし、血まみれになり、破片が足や腹に突き刺さっている状況に気付いた時……奈津美の進化は終わった。


人であった時のように、震え…泣き…恐れる自分と、死という現実の狭間で、ただもがくだけの存在に戻った。


廊下の端で、がたがたと怯える奈津美に、近づく者がいた。


多くの者がパニックになっている中、冷静にリズムを一定に保ちながら、歩いてくる足音の力強さに、奈津美は顔を上げた。


「助けて…」


涙を流し、懇願する奈津美に、歩いてくる者は足を止めず、ただ微笑んだ。


その瞬間、奈津美の体が発火し…一瞬で燃え尽きた。


「助けてあげる…痛みから、永遠に…」


微笑みながら、廊下を闊歩しているのは、リンネだった。






11時39分。


破裂した腕の痛みに、悶え苦しむ実行部隊の様子に、一瞬だけ呆然としてしまった明菜は、急いで神野のもとに、駆け寄った。


「神野さん!」


悶え苦しむ実行部隊の間を抜け、神野を抱き上げたが…もう神野は、虫の息だった。


「しっかりして!神野さん!」


明菜の言葉に、力なく笑いかけると、神野は何とか口を動かし…最後の言葉を発した。


「あ、ありがとう……」


神野はとっくに、死ぬ覚悟があった。だからこそ、神野は右手を上げ…次元刀を明菜に示した。


「生きろ…」


神野の体にもう…腕を動かす力はなかったはずだ。


しかし、沙知絵の腕は上がった。


「神野さん…」


次元刀を明菜に、差し出した形のまま…神野は息絶えた。


生きろ。


最後の言葉を残して。 


明菜は、神野を抱き締めながら、号泣した。


だけど、そんな余裕はなかった。


片腕を失った実行部隊は、さすがに…暗殺部隊だった。


彼らは、傷の深さと武器を失ったと知ると…その身を変化させた。


数十人の人の姿をしていた者は、各々の異形の姿に変わる。


蛇を思わす者…蜂を連想させる者。


彼らは、明菜に向かってくる。


「神野さん……」


神野の顔に、涙が落ちた。


「あたしは……」


もう泣いては、いけなかった。


明菜は神野の手から、次元刀を受け取ると、神野を地面に横たえ、ゆっくりと立ち上がった。


「生きます!」


不慣れながらも、明菜は次元刀を握りしめ、構えた。


「絶対に、生きます!」



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