第112話 警鐘
「これは、始まりである」
山根の声が、発電所内に響き渡った。
「何も…悔いることも、恐れることはない。ここから、始まるのである」
山根は満足気に頷くと、スピーカーのスイッチを切った。
別に、集会のように集めることはしなかった。
何気なく始まり…何気なく終わっている。
山根は、そんな気分にしたかったのだ。
「ここだけでなく、他も破壊したかったが…仕方ない」
山根は、放送室兼…警備室にいた。器材の前で、椅子にもたれながら、モニターに映る動力炉の稼働状況を見ていた。
「暴走には、どれくらい時間がかかる?」
そばに立つ千秋にきいた。
「十分程かと…」
千秋の返事ににやりと笑うと、山根は灰色の壁にかかった柱時計を見た。
11時半。
「12時ジャストに暴走させたい。11時50分に…作戦開始だ」
「はい」
千秋は頭を下げた。
「それと同時に…首都圏で暴動を起こす」
「暴動ですか?」
「有無。実行部隊と…欠陥品とでな」
山根は、さらに口元を緩めた。
「欠陥品ですか?」
訝しげに、山根を見た千秋に、笑いながらこたえた。
「病院のやつらだよ。我々のように進化できず、人から脱皮できなかった者達。やつらは、すぐ死ぬ!だから、死んで貰うのさ!街中で!人間でもない醜い姿を晒して!」
山根の言葉に、千秋は驚いた。
「そ、それでは…我々の存在が…」
「大丈夫だ!」
山根は舌を出し、
「我々の仲間に、テレビキャスターがいる。そいつに、こう…ニュースを伝えて貰う」
山根は席を立ち、
「テロリストが、町に細菌をばらまき…そして、原子力発電所を破壊したとな!」
両手を広げ、天を仰いだ。
「各掲示板サイトにも、書き込む!」
山根は楽しそうだった。
「欠陥品を、無理矢理…変幻させると……ぐちゃぐちゃだ!」
山根は、楽しくてたまらない。
「病原菌…それとも、放射能?人々の混乱!そして、悲鳴!その中で、目覚める者もいるだろう」
山根は、椅子に座りなおすと、
「かつて…東西ドイツの統一は、あるキャスターの勘違いから、始まったのだよ」
ちらりと柱時計を見ると、
「あと…十分…」
山根は、クククっと笑うと…また席を立ち、
「避難でもするかね?」
千秋に、笑いかけた。
「ここか…」
美奈子と明菜…そして、神野は、山々の隙間から見える原子力発電所を見つめていた。
時間にして、十時半。
発電所までの舗道は敢えて避け、道無き道を歩いてきた。
神野は、発電所を見つめながら、右腕の疼きを感じていた。
「ここからは…あと一時間くらいで、発電所に着くでしょう。しかし!無事にたどり着けるか…」
神野の言葉に、美奈子は息を吐くと、
「どうだろうな……」
発電所を凝視した。
「でも…本当に…破壊などするのでしょうか?」
明菜は、彼らのやろうとしていることが、信じられなかった。
「自爆テロと同じ……。しかし、質が悪いがな」
美奈子は、拳を握り締めると…突然、二人から離れた。
「部長!」
驚く明菜に、美奈子は言った。
「あたしは、別を行く!固まらない方がいい!それに、二人も足手まといがいると…神野さんが、戦いにくいだろ?」
「で、でも!」
「心配するな!」
美奈子は、すぐ下に見える舗道に向けて、滑り落ちていく。
「部長!」
明菜の叫びを振り切って、美奈子は急な坂道を降りていく。舗装はされていないし、脆い地面はすぐに崩れていく。
美奈子はなぜか、下までたどり着ける自信があった。
十メートル下の舗道に、降り立てる確信が。
(あたしが…女神だと言うなら…一人でも、できるはずだ)
坂道というか…崖が崩れ落ちる前に、美奈子はジャンプして、舗道に着地した。
そして、明菜達の方を振り返ることなく、美奈子は舗道を越え、さらなる茂みの中に消えていった。
「部長…」
周囲の緑は深く…すぐに美奈子の姿を飲み込んだ。
明菜は心配そうに、美奈子が走っていると思われる茂みを、目で追った。
「無茶だ…」
本当はすぐに、美奈子の後を追いたかったが…神野は諦めた。
その理由の一つに…今見せた美奈子の行動…身体能力が、普通の人を超えていたこと…。それに…。
「沢村さん…。できるだけ、俺の後ろにいてくれ」
神野がそう言うと、彼の右腕が盛り上がった。
「もう近くにいる!」
神野は、明菜から次元刀を抜き取ると、前に向かって、衝撃派を放った。
と同時に、光が…神野と明菜の間を通り過ぎた。
「!?」
何が起こったか…理解できない明菜。
「チッ」
神野は舌打ちすると、前を向き、明菜に叫んだ。
「ここから、動かないで!」
神野は、次元刀を握り締めたまま…目の前の林に飛び込んだ。
「神野さん!」
明菜から離れると、次元刀が消えるという欠点は、明菜の自覚とともになくなった。
神野は、袈裟切りの構えで木々を斬り裂いていく。
ほとんどの人の手の入っていない林に、血とレーザー光線が、狂乱のダンスを踊り始めた。
明菜は動けなくなった。戦う術がない…自分は、ここでは何もできないことに、気付いた。
(だけど!)
明菜は胸を握り締めると、目を凝らし…光の軌道を追った。
(隙間があるはず…)
明菜はじっと…攻撃が止むのを待った。
神野は戦いながら、前に移動しているようだ。
音と光が、少しつづ遠退いていく。
それに合わせて…明菜も覚悟を決めて、前に出た。