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第110話 失者

「どこ行ってたんだ?」


廃校になった学校の一室に、テレポートしてきたリンネを、黒板にもたれた沙知絵が軽く睨んだ。


リンネは苦笑すると、沙知絵の方に体を向け、


「神野真也のところよ」


ストレートに、名前を告げた。


「神野…真也…」


一瞬、沙知絵の眉が跳ね上がったけど…すぐにそっぽを向くと、


「知らないね」


少しつっけんどんにこたえた。


「知らないねえ〜かあ…」


リンネは、クスッと笑った。


本当に知らないなら…誰だ、そいつは……とか、きくはずである。


(いや…多分…。本人も無意識なのだろう)


リンネは興味深気に、沙知絵を見た。


忘れたのに、忘れていない。


人とは、どんなに不器用なのだろうか。


リンネは、軽く肩をすくめ、


「まあ…いいわ」


そう言うと、きちんと整列して並べられた机の一つに、腰掛けた。


「何がいいだ!あたしは、知らないと!」 


少し苛立つ沙知絵に、リンネは話題を変えた。


「ところで…やつらの動きは、どうなっているの?」


沙知絵は携帯を取出し、メールをチェックする。


「大量のメンテナンスを頼まれているから……」


彼らと少し疎遠になったとはいえ…沙知絵は、武器関係の専門家だった。


山根達…実行部隊の武器は、すべて沙知絵の考案したものだった。


「……このメンテナンスが、すんでからだと思う」


今までとは比べものにならない程の大量の生体兵器が、用意されている。


「何をやるつもりかしら?」


リンネの質問に、沙知絵は携帯をしまうと、


「下らないことよ。人は、下らないことしかできないの」


(人……か)


化け物になってもまだ…人という単語を使う…沙知絵を、リンネはただじっと見つめた。







夜が熱かった。


暑いじゃない…熱いのだ。


宮嶋の奇行を見てから、千秋の全身は燃えていた。興奮状態というよりも…疑問と、何とも言えない怒りが…やり場のない怒りが、全身を駆け巡っていた。


人ではない身になりながらも、肉体の変化が不安定のまま…落ち着いてしまった千秋は、進化の未熟児とも言える存在だった。


安定した者達よりも、寿命が短いというよりも…いつ、体を構成する遺伝子が崩壊しても、おかしくない状態であった。


山根に仕える者は、宮嶋以外すべて、安定していない者ばかりだった。


だからこそ…千秋達は実行部隊に入ったのだ。


いつ果てるかわからない命なら…未来の為に、使おうと。


(しかし…あれは…)


実行部隊の隠れ家になっている病院の特別病棟の一室で、ベットに横になっている千秋は、親指を噛み締めた。


人の優れているところは、倫理観であり…道徳観であると思っていた千秋は、人より進化した存在なら、さらに…倫理観や道徳観を深く守るべきだと考えていた。


(食物連鎖のトップに立ったからといって…無駄に採取していいのか?)


人を食べる。


千秋は顔をしかめ、


(そのような者が…すべての生き物の頂点に立てるのか……?)


山根の言う意味もわかる。


豚を殺すのに、いちいち悩み考えてはいられないと…。


(あたしの考えは…鯨を守る…あの集団と同じなのか?)


同じ哺乳類。


しかし、千秋達は…哺乳類なのだろうか……。


(いや……鯨とかと違う……。人とは、意志の疎通ができる。あたし達と思考が同じだ…)


千秋は親指を離すと、天井に手をかざした。


まだ…人間と変わらない。


(あたしは…どれくらい…人を殺したのだろうか……)


千秋達…目覚めた者達は、人に虐げられた者達が多い。


いじめられ…虐げられ……最初は、自殺などで…己を殺した。


自分が悪いからだと…。


その後……生まれ変わると…他人を殺した。


もう自分は殺したから、残るのは…他人だけだからだ。


不思議と…最初から、他人や社会を憎み…自分は悪くないと思う者に……進化の道は開かなかった。


マスターは、千秋の疑問にこう答えた。


(その者達は…最初から、人なんですよ)


弱い存在…不安にかられ、他人を妬み…憎む癖に、人を恋しがり…寂しさ故に、寄り添う。


(凶悪犯罪や狂気を…理解できないと…綺麗事を言う人間は多いですけど…)


マスターは、カウンターに座る千秋に、コーヒーを出し、


(あれも…人ですよ。ただ…我慢できない。誰よりも、心が弱いだけの)



進化した千秋は、最初は憎しみにかられ…人とは違うという喜びの中…自分とは違うものである人を、何の躊躇いもなく、殺せた。


今の奈津美のように…。


だけど……。


(あたしは…何なのだ?)


千秋は、体を反転させ…ベットの上に、うつ伏せになり…シーツに顔を埋めた。


(あたしは…単なる人殺しではないのか?)


それとも、単なる化け物。


千秋の中に広がる…疑問と、嫌悪感。


だけど…千秋は、後悔も…悔やむこともしてはいけなかった。


それ程殺したし……彼女の居場所は、ここにしかないのだから。









とぼとぼと…霧の中を歩くように不安げに…浅田仁志は、歩いていた。


前までいた病院と変わらない…何もない…ただ同じ色の壁が、左右に続くだけの廊下を、仁志は歩いていた。


綺麗で、清潔感が溢れている廊下なのに…なぜ落ち着かないのか。


それは、この場所がそれ程…気を付けなければ、いけない場所であることを意味していた。


病院なら…命。


そして、ここもまた…ある意味…命であった。


原子力発電所。


石油の高騰と、数年後の枯渇を考え…次世代のエネルギーを確保しなければならなかったが、人はまだ新しいエネルギーを確保できていなかった。安全と満足を得るには。


火力発電とは、比べものにならないほどのエネルギーを、作り出す…原子力。


しかし、皮肉ではないか。


唯一の被爆国である…この国が、原子力に頼っているのだから。


それとも仕方ないのだろうか…。戦後、この国を導いたのは、爆弾を落とした…張本人なのだから。



仁志はできるだけ、ゆっくりと職場に向かっていた。


起動している数ヶ所の原子力発電所に、進化した者達を送り込むという作戦は、さすがに…難しかった。


だけど、その中の一ヶ所の責任者が、進化した者であった為に…彼の口利きで、数人が働けるようになっていた。


仁志は、その中の一人だ。


なぜ…原子力発電所で働くのか。


その理由は、知らされていなかったが…仁志も馬鹿じゃない。


ある程度は、予想できていた。


仁志の脳裏に…彼を迎えに来た時の山根達の凶行が、よみがえった。


次々に、仁志の仕事仲間を殺していく…山根達。


そんな彼らがやることは…予測はつく。


だけど…それは、絶対にやってはいけなかった。


彼らは…この原子力発電所を、故意に破壊したいのだ。


本当は、国内すべての。


もし…そうなれば…この世界は、致命的ダメージを負うだろう。


たった一ヶ所だとしても…。


毎日働きながら、仁志はずっと憂鬱だった。



「そんな陰気な顔をするなよ」


後ろから、歩いてきた田中治朗が、仁志の肩を叩いた。


「これが、終わったら…俺達は、ゆっくりと過ごせるんだから…」


坊主に眼鏡という風貌の田中は、仁志に笑いかけ、


「俺達のような…人にこき使われて、損ばかりしていた者は……」


田中は、突然目を細め、


「人がいなくならないかぎり…幸せには、なれないのだから」


そして、何かを決意するように、深く頷いた。


「だ、だけど…もし!」 


仁志が、口にしょうとしたことを、田中は理解していた。


「大丈夫だ!大地が汚れても、女神がなおしてくれるよ」


だから心配するなと、もう一度仁志の肩を叩くと、田中は早足で、仕事場へと向かって行った。


仕事と言っても、ほとんどは、コンピューターがやってくれている。 


システムのチェックと、おかしな部分があったら、補修するくらいだ。


扱っているものが、扱っているものだけに……警備員は多かったが……時間をかけて、進化した者に、入れ代わっていった。


顔の皮と、指紋だけを採取されて…。


仁志の前から、警備員が来てすれ違ったが……この人も、もう中身は別だ。


仁志達以外は、全員が生体兵器を埋め込まれていた。


自らの能力に添った兵器。


少しぞっとした仁志は、先程の田中の言葉を思い出していた。


「女神…」


仁志も会ったことは、なかった。


女神が、この地に光臨した時…作戦は始まる。


人を滅ぼす作戦が…。


その日はもう…近くまで来ていた。


(僕には…愚かとしか思えない)


歴史が教える…今までの人類の愚かな行為の数々。


しかし、人は学ばない。


また繰り返すのか。


今度は…人でなくなったもの達によって…。

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