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第108話 吐気

「世界とは何か?人から見る世界が、すべてなのか?」


日進月歩の進化を続ける商売と消費の為の製品と、殺す為の殺戮兵器。


人は、CMに強迫され、働いたお金を消費し、いずれ…戦争という大量の人殺し行為に、殺されるのか。


「今は複雑だよ」


男はフッと笑い、肩をすくめて見せた。


「戦争で、殺すよりは…物を買わし、欲望と快楽を与える方がいい…。他国を侵略するのではなく…やつらの生活環境を変えるのだ」


溢れる物…未来と便利という言葉で、誘う最新の製品たち。


「新しいものがなければ…生きれないのかね?」


男は携帯を示し、口許を緩めた。


「これが…なければ、生きれないのかい?」


それだけではない。新たなテレビ…進化するディスク。


「もう…だめだな…お前達は、生き物としては、最低だ」


その言う男は、煙草をくわえた。漂う煙を見つめながら、苦笑した。 


「これかい?」


男は煙草を指差し…クククと軽く身を捩らせた。


「体に悪いよ?いいことなんて、何もない…だけど、楽に手に入るから」


男は、吸っていた煙草を灰皿にねじ込むと、別のものをくわえた。


紫の煙が、空間に漂う。


「こいつはな…。この国では、禁止されている」


男は顔を寄せ、


「だけど…ヨーロッパでは…煙草は禁止されているが、こいつはOK何だよ」


男は、それを吸い込んだ。


「煙草の方が周りにも、迷惑をかけるのに…こいつには、それがない!それなのに…」


男はため息をつき、


「政府の陰謀さ。税金を得る為のね。国は、国民の生活より…そいつらから入る金が、必要なんだよ」


男は大袈裟に、手を仰ぎ、


「でも…これが、人らしいだろ?人は、多すぎるんだよ。だから、他の生物より仲間意識が低い……そんなことはないって?」


男は、また吸い込むと、何度も頷き、


「よくメールが来るし…派閥がある?ククク……それは、違うよ」


男は煙を吐き出し、


「それは、馴れ合いだ!単なるな」


煙の行く先を見つめ、


「だから…」


男は、それを灰皿にねじ込むと、席を立ち…その場で勢いよく、土下座した。


「俺を殺さないでくれ!」



だだっ広い無駄な空間に、無駄に快適な空間を自分達の為に作っている…公共機関の端にある応接間で、男は土下座をしていた。


それを見下ろす…一人の女。


「しかし…驚きましたよ」


応接間のドアを開け、側面にもたれる山根は、肩をすくめた。


「最初に、ここを襲いたいなんて…」


公共の役所に、転がる死体の数々。


空調の管理が行き届いた環境で、快適に…楽に仕事をするはずだった公務員達は、まさか…このような運命を辿るとは、想像もしていなかっただろう。


駅前のショッピングビルの七階にいる役所は、朝九時から受付を開始していた。


山根達は、まだ下の店舗が開く前の……役所だけの時間に襲撃していた。


全員黒服装に、サングラスをかけた見た目は、集団は異様である。


そんな山根達は、役所のある階に着くと、つっかい棒をエレベータに挟んだ。


エレベーターはその階から、動かなくなった。


幸いなのか…一般市民は、まだこのフロアに来てはいなかった。



「一体…俺達が何をしたって言うんだ…」


男は土下座したまま、顔を上げると、目の前に立つ女を見上げた。


女は、男の顔を見ることなく、ただフロアを見回し、ぼそっと呟いた。


「笑った…」


「え?」


女の声が聞こえず、上半身を起き上がらせた男は、一瞬で言葉を発することができなくなった。


女は、顔より上に右足を上げると、そのまま男の頭に振り落としたのだ。


踵についた長い針のような突起物が、男の脳天から顎の下までを貫通した。


女が突起物を抜くと、男はその場で前のめりに、倒れた。


即死だった。


女には、過去の記憶はなかった。


だけど、明確な思い出だけは残っていた。


保険も、保証もない…アルバイトだった女は、体が弱かった為、せめて…保険だけでも入ろうと役所に来たのだ。


手続きに来た女を、役所の人間は笑った。


「保険もないところで、働いてるの!」


「あ!最近はあるある!」


小馬鹿にした役所の人間の顔だけは、覚えていた。



女は足を戻すと、応接間から出て、さらに職員を探した。だが…動く人はもういなかった。


「奈津美君!もう気がすんだかね?」


山根は、肩をすくめながら、奈津美と呼ばれた女の後ろに立った。


奈津美…かつて、その女は、さつきと呼ばれていた。


記憶を消され、新たな名を与えられていた。


さつきだった時は、職員にばかにされても、あたしが悪いと思っていた…はずだ。


しかし、奈津美になってからは、残っていた少しの痛みが、心の奥から浮上し、奈津美の心を切り裂いていた。 


「山根様。監視カメラも破壊しました」


山根のそばに、どこからか現れた1人の女が、耳打ちした。


「建物自体を爆破しますか?」


山根はにやりと笑った後、


「いいよ!エレベータだけ使えなくしたら」


そう言うと、奈津美の肩に手を起き、


「おいとましょうか?」


山根の言葉に、奈津美は頷いた。


「じゃあ!千秋君…引き上げようか」


先ほど耳打ちした千秋に、山根は微笑みかけた。


そして、歩き出そうとするが、ちらりと視線の端に、佇む宮嶋の姿が映った。


「どうした?宮嶋君?」


宮嶋は、役所内で転がる死体を見下ろしていた。


若い女だ。


山根は、目を細めながら、ため息をついた。


「いいけど…後片付けはやっておいてね」


山根は、そういうと、役所内の窓を開けた。


エレベータで帰る必要はない。


窓から、山根、奈津美、千秋の順に、飛び降りた。





「私は…あのような者を、仲間と認めたくはありません」


数十階のビルから、軽く飛び降りた三人。


あまりの早さと、一瞬の出来事の為、人が見ていたとしても、目の前に起こったことを信じなかっただろう。


幸いにも、ビルの裏側だった為、人目につくことはなかった。


普通に歩きだす山根の背に向けて、千秋は言葉を投げ掛けた。


山根は、足を止めない。


「私達は、人から進化した…新たなるピラミッドの頂点に立つ者です。それなのに…彼の行為は…」


言葉を止めない千秋に、山根は前を向いたまま、言葉を発した。


「彼の行為は…別に、おかしくないだろ?我々は、もう人間ではないのだから」


「し、しかし…人を…食べるというのは…」


思わず顔を背ける千秋に、山根は軽くため息をつくと、


「我々は、人の上に立つ。下の階層の生物から搾取するのは、当然だ」


「わ、私達は…もとは…」


まだ反論しょうとする千秋に、山根は笑った。


「同士の中には、食べる者は多い。それに…」


山根は、軽く振り返ると、口調が変わった。


「君は…人を殺すことは、いいのかい?」


山根の刺すような視線に、千秋の体が震え上がる。


思わず足が止まった千秋を、奈津美が追い越して行く。


山根さえ追い越す奈津美を、山根は目だけで追いながら、


「君は、まだまだだな」


千秋に言うと、前を向いた。


千秋は、山根の背中を見つめた。


「彼女のように…人を、恨んだり…復讐を果たす存在としか認識するでなく…」


山根は、目をつぶった。


「人ではない…者になったという自覚を持ち給え。そうすれば…君も認められるよ」


山根は、千秋に見えないように、口元を緩めた。


千秋は、唇を噛み締めた。


足を止めている千秋に、山根はもう一言、付け加えた。


「…私なら、いただく場所は、こだわるがね」


その言葉をきいてもなお…千秋は、理解できないと思っていた。


千秋が、首を激しく振って、何とか思考を止めようとしている後ろでは、ビルから飛び降りて来た宮嶋が、口の周りを真っ赤にしながら、着地していた。


千秋は振り返り、宮嶋の顔を見て、顔をしかめた。


宮嶋は、自分の腕で血を拭いながら、千秋を追い越していく。


山根は振り返ることはしなかったが、宮嶋の様子も、千秋の感情も理解していた。


(…所詮……人は、人でなくなっても、人なのか?)


化け物になり、人を排除する存在になりながら、悩み姿…狂う姿は、人として認識できる。


(我々は……人でなくなっても………)


山根は…自分の頭が、導こうとしたこたえを思い浮べる前に、思考を停止した。


彼らは、人ではいけないのだから。


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