第107話 姉妹
美しさと強さ。
女に必要なのは、どっちらだろうか。
向日葵畑に囲まれた城のテラスから、何を見るわけでなく、フレアは外を眺めていた。
魔王ライの居城に入れるのは、7人の騎士団長と…101人の魔神だけである。
「何を見てるの?」
後ろから、声をかけられて、フレアはゆっくりと振り返った。
「お姉様」
テラスに入ってきたリンネに、フレアは自然と微笑んだ。
リンネは、両手を組ながら近づき、フレアの横に並んだ。
思い詰めたような姉の表情に、フレアは前を向き、言葉を待った。
リンネは、吹き付ける風を浴びながら、しばし向日葵畑を眺めていた。
そして、おもむろに話しだした。
「…行くの?」
リンネの言葉に、フレアは力強く頷いた。
「はい」
決意の変わらない妹に、リンネはかける言葉を一瞬、見失った。
唇を噛み締めながら、言葉を思い出す。
「………あなたは、戦いには向いてないわ」
やっと出た言葉に、
「お姉様こそ…そうじゃない」
逆に返されたフレアの言葉に、リンネは息を飲んだ。
火の属性の魔物を統べる為に、生み出された最高位の魔神であるリンネに、そんな言葉をかける者はいない。
「お姉様は…優し過ぎるわ」
そんなことはない。
と否定したかったけど、無邪気に心からそう思う妹の気持ちを、壊したくなかった。
「お姉様…」
フレアは満面の笑みを、リンネに向けて、力強く言った。歌ってます
「心配しないで」
その後、城を出たフレアは…魔王軍を裏切り、赤星浩一の仲間となり、彼を庇って、死んだのだ。
「馬鹿な子…」
リンネは、今…フレアが愛した赤星浩一が、生まれた世界にいた。
それは、彼を殺す為なのか…それとも…。
リンネは自分の気持ちが、わからなかった。
「リンネ…」
突然後ろから、声をかけられ、リンネは驚いた。
夜の都心部。一番高い高層ビルの屋上に、リンネはいた。
そんなところで、声をかけられるなんて、普通はない。
「リンネ様!」
リンネの背中から、2つの炎が飛び出し、人型を取る。
ツインテールのユウリと、ポニーテールのアイリ。
リンネの危機に気付き、飛び出したが、二人はその次の瞬間、震えだした。
リンネはゆっくりと、振り向いた。先ほどまで、気配を感じなかった。
騎士団長であるリンネに気付かせずに、近付く存在など、数えるほどしかいない。
「お久しぶり」
リンネの挨拶に、屋上に着地した2つの影は、無言で近づいてくる。
「挨拶もなし?」
肩をすくめるリンネ。
「リンネ様!」
何とか、リンネを守ろうとするアイリとユウリに、リンネは命じた。
「どけ!お前達では、相手にならない」
リンネの言葉に、アイリとユウリは仕方なく、リンネの中に戻る。
「リンネ」
「お前の知ってることを、全部教えて貰う」
屋上に現れたのは、二人の騎士団長。一角のギラと、二本の角(一本は折れている)を讃えたサラ。
リンネと同じ神レベルの魔神である。
「何も知らないわよ」
再び両肩をすくめたリンネに向けて、サラの手から電撃が放たれた。
「チッ」
問答無用の攻撃に、リンネは舌打ちすると飛び上がり、電撃を避けた。
サラとギラも飛び上がった。
空中で、三人は激しくぶつかり合う。
UFOのように、ジグザグに絡み合いながら、炎と雷が交差する。
「我々に、空中で勝てると思ってか!」
ギラの言葉に、リンネは苦笑した。
「勝つ気はないわ」
その言うと、リンネは笑った。
「ギラブレイク!」
「サラブレイク!」
雷雲一つない空に、信じられない程の雷が発生した。そのせいで都心部に電波障害が起こり、停電となった。
電線が、焼き切れたのだ。
雷撃は、リンネに直撃し…彼女の体は、バラバラに砕けた。
「チッ」
それを見た瞬間、サラは舌打ちした。
「逃がしたか」
ギラは、周りを見回した。
炎の魔神であるリンネを殺すには、どこかにあるコアを破壊しなければならない。
最初から、話を聞き出したかったサラ達に、殺す気はない。
炎でできているサラは、火種一つでもあれば、すぐに体を作れる。
風に乗り、遠く離れた場所のゴミ箱にあった新聞紙が燃え上がると、人の大きさになり…リンネになる。
「今はまだ…あんたらの相手をしてる場合ではないの」
リンネは、魔力を完全に消すと、町の暗い方へ消えていった。
「おのれえ〜ぬかったわ」
ギラは、唇を噛み締めた。
「ここしばらく、アルテミア様の気も感じん!その前に、一瞬感じた…強い魔力!この世界にはあり得ない力!やつこそ、テラ!」
ギラの言葉に、サラは目をつぶり…考え込んだ。
やがて、目を開けると、
「仕方ない…。また気を感じるまでは…待つしかない」
サラの言葉に、ギラは頭を抱えた。
「この汚い世界で…待たねばならないのか?」
「仕方あるまい。それが、我らに命じられた使命だ」
ギラも舌打ちし、眼下に広がる…人が作った建造物の群れを睨んだ。
「いっそのこと…この世界を破壊して、炙り出したらどうだ?」
「それは、できん」
サラは下を見た。
真夜中だというのに、明るい町。
自然というものを感じない…人工物の住みかを見下ろしながら、
「この世界に、できるだけ干渉しない。それが、我らが王…ライの命令だ」
サラはそう言うと、黒い蝙の翼を広げ、さらに上空へと加速する。
まるで、天を目指すように。
ギラは、軽く舌打ちすると、サラとは違い、地上へ向けて落下していく。
その落下速度は物凄く、瞬く間に、地上へと下り立った。
真夜中とはいえ、まだまばらに人通りがある町を、普通に歩きだす。
人の認識力では、ギラが落ちてきたと見ることはできなかった。
いきなり、数メートル先に大男が目に入り、歩いていた。
ただそれだけだった。
少し吹いた突風に眉を寄せ、首を捻るぐらいで、別に取り立てて、騒ぐことはなかった。