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第9話 壊滅

捜索所で貰った紙を、ポケットから取り出した僕は、大きくため息をついた。


「アアア…地図…渡されても、旅費がないんだよなあ〜」


地図とともにカードを取り出し、残高をチェックした。だけど、船を乗るにも、飛ぶ乗り物を召還するにも、ポイントが足りない。


「はあ〜」


深く長いため息が、何度も出た。


すると突然、後ろから怒鳴られた。


「コラ!新入り!手を休めるな!」


振り返ると、怖い顔をした掃除のおばさんがいた。


「手を休めるな!さっさとしろ」


「は、はい…」


僕は紙をポケットにしまうと、慌てて雑巾で窓を拭き始めた。僕の拭き方を見て、厳しい声が飛んだ。


「何だい!この雑な拭き方は!拭き掃除も、出来ないのかい」


おばさんは僕を押しのけると、僕が拭いた後の窓をもう一度、拭き直した。


「こうやるんだよ!まったく…今の若いもんは、窓もろくに拭けないのかい!」


端から丁寧に、むらなく拭くおばさんに、僕は感心した。


今、僕は…海を渡る為のポイント稼ぐ為、短期バイトに明け暮れる日々を過ごしていた。実世界でも、バイトなんてしたことがないのにだ。


地図を渡されてから、1ヶ月。僕はまだ…最初の街を動けずにいた。






連日、ニュースは38度線陥落を伝え、防衛ラインが変更されたことが報道されていた。


日本やインド、ヨーロッパ各国は、事態を重く受け取り、勇者クラスを多数派遣し、現状を打破しょうとした。


しかし、魔界と接していない大陸…北&南アメリカ大陸からは、一切の救援は来なかった。魔神クラスは、その大陸にはほとんど出没しないし、人々が安心して暮らせる程度の弱い魔物しかいなかった。その為、世界最高のポイントを確保し、科学に近い魔法学も発展し、戦士の数も他国より桁違いに抱えていた。



「人類防衛軍本部から、戦士の派遣の打診が、何度も来ておりますが…」


木目調の長い机に肘をつき、欠伸をしながら、大統領は、部下の報告をきいていた。


「如何致しましょうか?」


書類を閉じた部下の顔を見ずに、大統領はだるそうに手を振った。


「捨て置け。今回、我々がいったところで、ポイントが減るだけだ。何の利益もない」


大統領の後ろに掲げられた星条旗は、実世界と変わらない。


「しかし…」


何か言おうとした部下を手で制して、大統領は椅子にもたれ掛かった。


「日本や、あの辺りの辺鄙な国が、魔界になろうと…我々には関係ないことだ。この国に、何の影響もない」


部下を見ずに、


「日本に駐留している戦士達を、撤退させろ!もうあの国に、価値はない」


大統領がもう一度、欠伸をした瞬間、凄まじい地震がわき起こった。


それは…横ではなく、縦揺れだ。


「地震か!」


大統領がしがみついた机も、ひっくり返った。


まるで、ミキサーにかけられているように、部屋が…大統領がいるホワイトハウスが、駒のように地面とともに回った。


「魔反応上昇…」


部下は、胸元にしまっていた懐中時計型の測定器を確認した。


「さらに上昇?こ、これは…神レベルです!」


「何!?」


大統領が、驚きの声を上げた。


同時刻、ワシントンの近くにあるアメリカ国防省のスクリーンが、異常事態を告げていた。北アメリカ大陸の地図の上に、亀裂が走っていく。


「どういうことだ!」


仮眠室で、少し睡眠を取っていた国防省長官が、司令室に飛び込んできた。


「この地震は…」


50人くらいがいるオペレーターの1人が叫んだ。


「魔力です!北と南…アメリカ大陸のプレートが、揺らされています」


映画館のように段があり、幾重にも並ぶディスクの上で、オペレーターは水晶に手を当て、現在の様子を探っていた。


「ニューヨーク…ロサンゼルスに…津波発生!」


「何が起こっているんだ」


司令室の扉の横…床に、書かれた魔法陣。その魔法陣が、いきなり輝き出すと光の筒ができた。その中に、2つの人影が現れた。


光が消えると、そこから出てきた者は、


「何事だ!長官!」


大統領とその側近だった。


司令は頭を下げると、スクリーンを睨んだ。


「今、確認作業中です」


まだ何が起こっているのか…誰にもわからなかった。


「まったく!いきなり地震で…今度は、地面の割れ目から、マグマか!」


司令は、頭をかいた。


「地表から!」


オペレーターが叫んだ。


「いえ!海からも!」


オペレーター達は叫びながら、報告する。


スクリーンに映るアメリカ大陸に、数え切れない程の黒い点が現れた。


「魔物出現!」


数十人のオペレーターが水晶で、必死に探る。


「その数…数万…いや!数え切れませ~ん!!いやああ!」


オペレーターの1人が、狂ったようにヒステリックを起こした。


「何が起こっているんだ…。この国に…」


やっと事態の深刻さに気づき、大統領が唖然としてしまう中、長官の激が飛んだ。


「全軍に、命令せよ。魔物を討てと」


「はい!」


オペレーター達は、一斉に水晶の画面を切り替えた。


「エックス部隊!聞こえますか!」


「ジェイド隊長!出撃して下さい」


「救援部隊は、ニューヨークへ…」


オペレーターの指示が、各部隊に命令を出していく。


「ニューヨーク沖に停泊していたイージス鑑が、敵を捕捉…撃沈されました」


「ラスベガスが!地盤沈下により、都市全域沈没!」


「敵分かりました!水の騎士団!」


「ワシントン…この基地近くに、出現したのは!炎の騎士団です」


オペレーターの報告に、長官は愕然とした。


「馬鹿な…。水と炎だと!?女神直属の部隊じゃないか」


「第2から第15攻撃部隊…全滅!敵の中に、魔神クラス…多数確認」


「各地の亀裂から、溶岩が噴き出しています」


「ニューヨークが…凍っていきます」


「シカゴ…壊滅…きゃああ!」


凄まじい衝撃が、国防省を揺らした。


「攻撃されています」


「す、スクリーンに映します」


特大のスクリーンに映されたのは、巨大な猫耳に、メイド姿の女。


「ターゲット確認!ネーナです」


「炎と大地の女神…ネーナ…」


青ざめた長官の言葉に、反応したのか…画面に映ったネーナは、かわいく招き猫のポーズを取った。


「ここは、地下500メートル…どうやって…地上から…」


大統領の呟きに、長官は答えた。


「大地…地下は、彼女のテリトリーです」





その頃…ニューヨークでは、自由の女神が氷付けにされていた。その天辺で、羽を休めているのは、海の女神マリーであった。


彼女の下半身は、鱗に覆われていた。それだけ見れば、人魚に見えるが、背中から生えた蝙蝠の羽と、妖しく光る赤い瞳が…彼女がバンパイヤであることを示していた。


女神像の上で、マリーは食事中だった。自らを抱くように閉じた羽の中から、人間の女の子が墜ちていく。


ぐちゃ。


嫌な音がして、地上に激突し、潰れた。


「もう入らないわ」


満足げに、軽くゲップをするマリー。自由の女神像の周りには、マリーの食事のあとが転がっていた。その数…数百人。


「食後の運動でもしょうかしら」


マリーは軽く背伸びをすると、女神像から飛び立った。


洪水から、一気に凍らされたニューヨークの街並み。氷の中で溺れた姿のまま凍りつく人々。逃げようと、マシーンを召還したが…間に合わず、凍りつく人。ペットの犬たちや、車や…木々達…すべてものが、氷のオブジェと化していた。


マリーは笑いながら、ビルの間の滑走し、やがて…天に昇った。


そして、上空から凍り付いたニューヨークに向かって、数万という氷柱を降らした。すべての凍り付いたものに、氷柱は雨のように降り注ぎ……すべてを貫き、串刺しにした。


「人は、みんな!死ぬのよ!」


歓喜の声を上げたマリーは、町の向こうから、飛んでくる無数の影に気付いた。


それは、ニューヨークを救う為、飛来したアメリカ軍だった。


巨大な飛行挺から、無数のミサイルが発射された。ミサイルといっても、式神でできている。炎属性のミサイルは、水の属性であるマリーに、対抗する為のものだった。


飛行挺の数は、五十。ミサイルを発射しながらハッチが開き、そこから数十人の戦士が凍り付いたニューヨークに、降りていった。


「全員。ファイヤーアーマーを装着!地上についたら、氷の魔法を溶かせ」


アーマーのバックパックから逆噴射がかかり、落下速度を調整しながら、戦士達は一斉に、両肩に取り付けられたミサイルポットを開けた。そこから、炎の式神ミサイル百発が発射される。


「ファイヤー!」


何千発のミサイルが、氷付けのニューヨークの街並みを飛んでいく。


「解凍せよ」


しかし、ミサイルは…氷に届くことはなく、無数の水柱に、撃ち落とされていく。


「フン」


鼻を鳴らしたマリーは、空中で動かずに腕を組み、ミサイルの爆発の輝きに目を細めた。


「全弾命中!」


爆破の光を隠れ蓑にしながら、死角から接近した飛行挺から、ミサイルが放たれた。マリーがいた空域で、巨大な火柱を発生させた。





「地上に、無数の魔物反応有り」


ニューヨーク沖合八百キロ。


距離を取った空母から、次々に戦闘機が飛び立っていく。


「できるだけ、ニューヨークに近づかず、旋回して距離を取れ!」


空母の数は三隻。次々に発進する戦闘機が、空母を離れた途端、空中で爆発していった。


「どうした!」


管制塔で、飛び立つ様子を見送っていた司令官の目の前で、戦闘機は凄まじい光を残して消えていった。


管制塔のガラスに、光が反射した。


「何が起こった!」


「魔物反応あり!魔神です!本艦のデッキ上です」


水晶のレーザーを覗いていたオペレーターが、叫んだ。


戦闘機が発射するカタパルトデッキに、突如現れた魔神。鱗を模様にした青い鎧を身に纏った……3メートルはあろうかという屈強な体躯。


水の騎士団長…ポセイドンである。


「騎士だと!」


司令官は、目を疑った。


ポセイドンは管制塔に向かって、頭を下げると、


「御免!」


手のひらを、海に向かって突き出した。何かを握るように指を動かすと、そのまま腕でこうを描いた。


「な!」


すると、空母のそばの海が盛り上がり、巨大な波のようになると、それが水の刀に変わった。空母と同じ大きさの青竜刀に。


一刀両断。空母は真っ二つになり、海に沈んでいく。


程なくして、他の二隻も…同じ運命を辿った。





「核を使え」


スクリーンに、愛想を振りまくネーナを苦々しく見つめながら、大統領は告げた。


「な!?」


司令と側近は絶句した。


「核の使用を許可する」


大統領は、もう一度言った。


「馬鹿な!?ここは、本国ですよ」


側近の言葉に、大統領はキレた。


「もう…この上のワシントンは、マグマの海だ!誰も、生存者はいない!ここは、結界に護られているから、マグマも入ってこないがな!」


「しかし…放射能が…」


「そんなもの!除去魔法があるだろが!」


大統領は、さらにキレ気味に叫んだ。もうテンパっている為、正常な判断ができない。


「使うにしても…除去するにしても…莫大なポイントが…」


渋る側近を、大統領は指を差し、血走った眼で叫んだ。


「わが国は、力のアメリカだ!」


核。人が仕える最高の攻撃魔法であり、ある意味…自滅魔法。禁呪であった。


「長官!核の用意を」


「わかりました…」


司令は腹を決めると、大統領に頭を下げた。


それから、徐に顔を上げると、そこにいるすべての者に告げた。


「オートポイントシステム稼働!式神を人柱にして、核を!ネーナの目の前に、テレポートと、同時に発動」


「了解しました」


オペレーターが、返事をした。


「女神よ!死ね!」


大統領が絶叫した。


「発動!」


オペレーターの叫びは、すぐに絶望に変わった。


「核が…テレポートしません」


基地の最下部の核融合炉内で、魔法によって作られた核は、実世界のようにミサイルにのせて、発射するのではなく…魔力によって、目的地にテレポートで一瞬で運ばれる。


その為、防ぎようがないが、味方がいる場合はテレポートする暇もない為…通常使われることはない。


環境を汚染することからも、今のような対魔物戦でも、通常使われない。魔界に汚染されているのに、放射能にまで汚染されては、住む場所がなくなるからだ。


「だ、駄目です!強力な魔力が…テレポートを抑えています」


「馬鹿な…」


大統領が唖然とした時、結界に包まれた司令部内で、核は爆発した。


その中にいた者は、すべて即死。




「放射能って、嫌い!だって、お肌が荒れもの」


ネーナは、司令室内部の人間が全員死んだ為に消えた結界の代わりに、マグマを固めた新たな結界をつくった。放射能が漏れないように中を密封すると、結界ごとさらなる地下へ沈めた。


「人間って、本当馬鹿。自分を殺す武器しか…作れないんだから」


ネーナは、マグマの海と化したワシントンを後にした。






「期待した程、大したことなかったわね」


降下した戦士達の死骸が、町のあちらこちらに転がっていた。


飛行挺が凍ったまま、摩天楼にくっついていた。


「そうですな」


三日月の旗を掲げた部隊…水の騎士団は、マリーのそばで跪いていた。


一番高い高層ビルの屋上で、マリーは、大欠伸をしていた。ミサイルが数十発直撃した為、少し焦げた毛先に気づき、マリーは顔をしかめた。


マリーのそばに控える魔神は、2名。


「ポセイドンも終わったようね」


マリーはそう言うと、指をパチンと鳴らした。


その瞬間、すべての氷が溶け、水に戻った。摩天楼にくっついていた飛行挺がゆっくりと落ち、地面に激突し大爆発を起こした。


「お前達は、もう帰っていいわ」


「は!」


2人の魔神は頭を下げると、そのまま消えた。


「場所を変えましょうか」


半壊した高層ビルの間の谷間を、水が流れていく。凍っていた人々や、物も流れていく。


「A Blow Of Goddess」


女神の一撃。


マリーから放たれた水は、高層ビルよりも大きな津波となり、すべての建造物を崩し、飲み込んでいった。


そして、なにもかもを海へ流していった。ニューヨークという街そのものを…。


流れていくニューヨークを、マリーはただ…見下ろしていた。


「あの子が気にしてるから…一応、確かめたけど…。やっぱり、家畜は家畜」


羽を広げ、飛び立とうとしたマリーの後ろに、誰かが立った。


マリーは振り返らず、ただ羽をたたんだ。


「カイオウか。帰れと言ったはずだが…」


マリーは、少し苛ついていた。命令を無視されることが、マリーは一番嫌いだった。


「マリー様」


銀色に輝く…ざらついた鮫の表面のような鎧を纏い、顔半分を髭で覆われたカイオウは、頷きながら顔を伏せ、口を開いた。


「恐れながら申し上げます。人間は、決して弱くはありません」


カイオウの言葉に、マリーは鼻で笑った。


「死ぬ前の最後の言葉が、それか…」


マリーは振り返った。マリーの鋭い眼光が、カイオウの額を貫いた。


「この国は、人間の国の中でも、最強の力を保持していたはずだ。それが、一瞬にして滅んだぞ」


マリーは、水に沈んだニューヨークを指差した。


「恐れながら…この国は、力に溺れておりました。力に溺れるものは、力に滅ぼされます」


カイオウは、ここで殺されてもいいと覚悟していた。


「それは…」


マリーは、ゆっくりとカイオウに近づいていった。


「あたしのことを言ってるのか?」


マリーの手に、氷でできた長細い長剣が出現する。


その長剣の先が、カイオウの首筋に突きつけられた。


「あたしが、あの子に負けると」


「いえ…違います」


カイオウは、真っ直ぐにマリーの目を見た。


マリーは、剣を横凪に払った。


すると、カイオウの鎧の右の肩当てが、斬り取られた。


「…それは、私のことです」


マリーは、目を見開いた。


「そうだったな」


肩当てがなくなった右肩を、マリーは見つめると…長剣は蒸発した。


ダイヤモンドよりも固い屈強な体躯の右肩に、消えようのないほどの深い傷痕が残っていた。


「この傷は、天空の女神の母君…ティアナにつけられたものです」


魔族の中でも、最高位にいる7人の騎士団長の1人…カイオウ。そのカイオウを、全く寄せ付けないほどの強さだったという…アルテミアの母、ティアナ。


マリーは、カイオウに背を向けた。


「あたしは、お前とは違う」


そう呟くように言うと、黒い蝙蝠の羽を広げ、ビルの屋上から飛び立った。


どこに向かうでもなく。




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