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第104話 願事

「アルテミア……!?」


気付いた時、僕は倉庫街の路地裏で倒れていた。


すぐにはっとして、胸を押さえる。


血が出ていないし…傷も癒えていた。まだあまり、力が入らない。立ち上がろうとしたが、立てなかった。


「無理をするな…。魔力の動力炉である心臓を、刺されたんだ…。しばらくは、まともに動けない」


ピアスから、アルテミアの声が聞こえた。


「アルテミア…」


僕は、胸に手を当てた。心臓の鼓動が、感じられた。


「アルテミアが、治してくれたの!」


「いや…」


アルテミアは、それ以上話してくれなかった。怒ったような声のトーンに、僕は、何も言えなくなった。


少し無言の間が続いた後、路地裏が少し明るくなってきた。


まだ朝日は昇らないけど、朝の倉庫街に人の気配が感じられた。


「赤星…あの島まで、飛べるか?」


「う、うん…」


腕や足の力は、入らないが…思念などの超能力は、使えそうだ。


ただし、一回で今ある魔力を消費しそうだ。


「やってみる」


僕は、目を閉じた。






「さ、寒っ!」


身を縮ませながら、作業服を着た男が走っていた。


「どこいくんだ?」


同僚の声に、走りながら男は答えた。


「おしっこ!」


海岸に並ぶ倉庫の間を、男は曲がり、


「朝は冷えるから…近くなる」


男がおしっこをしたところは、ちょうど赤星が倒れていた場所だった。


地面についた血も…まだ朝日が昇る前だから、


男は、そのことに気付かなかった。




赤道近くの島まで、テレポートした瞬間、僕の魔力はすべてなくなった。


やはり、心臓が完全に治るまで、本来の力は発揮できない。


泉の上空に現れた僕は、そのまま落下した。水面から、激しい水しぶきが上がった。


その中から、マーメイドモードになったアルテミアが現れ、尾っぽが跳ねた。


水面に浮かび、アルテミアは天を見た。


ここは、まだ真っ暗だったけど、天を覆う星々が、異様に明るい。


「アルテミア…」


静かになった水面に、アルテミアだけが浮かんでいた。


「しばらく…休め…。ここ何日かは、まともな戦闘は、できない…」


アルテミアはただ…天を見上げていた。掴めそうなくらい近い星々を。


「アルテミア…」


「赤星…」


アルテミアは星を見つめながら、話し始めた。


「もう…お前は戦うな。やつらの相手は、あたしがする!」


アルテミアは星々を見つめながら、唇を噛み締めた。


「それは…無理だよ」


「無理じゃない!あたしが、本気を出せば…すぐに終わる…」


アルテミアは握り締めた両拳を、天に突き上げた。


「アルテミア…」


「それに…相手は、お前の妹だぞ!兄を、後ろから刺す兄妹なんて…」


アルテミアは、二人の女神を思い出していた。姉である彼女達は、圧倒的な力で、アルテミアを殺そうとした。


「アルテミア…」


僕の声を無視して、アルテミアが叫ぶ。


「あたしが、すべて終わらせてやる!」


アルテミアの瞳が、赤く輝き……ブロンドの髪が、漆黒に変わっていく。


「アルテミア…」


僕はそれでも、アルテミアに話し掛けた。


「アルテミア…」


僕もピアスの中から、空を見た。空を覆い尽くす程の星々の輝きは、夜を忘れさせる。


僕はゆっくりと、言葉を発した。


それは、心からの…僕の願いだった。


「アルテミア……」


僕は、アルテミアに願った。


「人間を憎まないでほしい…」


それが、たった一つの僕の願いだった。


「人は…愚かな生き物。だから、殺したい衝動にかられる時もある」


僕は、ピアスの中で、目をつぶった。


「だけど…それは、人の弱さのせい。脆く…思い通りにいかない…裏切られた時…人は容易く、堕ちていく」


アルテミアは無言で、赤星の言葉をきいていた。


「強さって何だろね…」


赤星は苦笑し、


「ブルーワールドに来た時は…恐怖で、動けなかったのに…。何とか戦えるようになったら…あまり恐怖は感じなくなった」


震えるだけの僕に、ロバートは言った。


君は強いと。 


時は流れ、太陽のバンパイアとまで言われるようになった…僕。


それは、力を得たからも大きいけど…支えてくれた人々の心が、僕を強く成長させたのだ。


「人は脆いよ。平気で、他人を傷つける…。だけど、僕にとって、大切な人達は、ほとんどが、人間なんだ」


「……」


「異世界で、僕に生きる意味を教えてくれた…ロバートや、サーシャ。最初の町の人達も!この世界だって、友達はみんな、人間なんだ!」


「赤星…」


「綾子は…勝手に家を捨てた僕を、恨んでいるんだろう…。でも、仕方ないよ。僕が悪いだ!」


「でも…ブルーワールドに呼んだのは…あたしだ…」


アルテミアは思わず、顔を背けた。


「でも…それは…僕にとって……とても、よかったことになった。僕は強くなった!」 


僕の口調は、明るい。


「強さは、魔力やレベルじゃない!穏やかに、心に余裕を持って、過ごせること」


僕は、笑っていた。


「一番の理由は、アルテミアに出会えたことなんだけど…ね…」


最後の語尾は、ちょっとトーンが下がる。


「馬鹿か!」


アルテミアはそうはき捨てるように、言いながらも、内心は…


(あたしも…同じだよ)


と思っていた。


勇者であった母の死の真実が…人によってと知った時、アルテミアは、破壊の女神と化した。


しかし、そのアルテミアを救ったのは、赤星であり…アルテミアの為に、命をかけて大切なことを伝えたロバートであった。


「人は…すべてが愚かじゃないよ…アルテミア…」


僕の声が消えていく。


疲れから、眠気が襲ってきた。話す力も抜けていく。


「アルテミア…人を憎まないで…」


「わかった…」


アルテミアは目をつぶり、頷いた。


すると…アルテミアの髪は、漆黒からブロンドに戻っていく。


「安心しろ!無闇に、力は使わない。だけど…あいつは、何とかしないとな」


「そうだね…………」


僕の意識はなくなった。


「赤星…」


アルテミアの瞼も、落ちてきた。


「今は…休め…」 


そう言うと、アルテミアの体もまた…ゆっくりと水の中に沈んでいった。


アルテミアもまた、限界であった。





傷が完全に癒えるまで…二人は、泉の底に眠りについた。


今まで戦い続けてきた戦士の…しばしの休息だった。


だが、その間にも…時は動く。


だからと言って、二人を責めれようか…。


この世界での最後の戦いまで、赤星とアルテミアは眠りについた。

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