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第103話 輪廻

「リンネ様」


ツインテールのアイリと、ポニーテールのユウリ。 


二人の魔物は、リンネの前に跪いた。


過疎化が進む…都会から離れた農村の廃校に、リンネはいた。


田んぼが広がる風景を、リンネは気に入っていた。


都会の空虚な建造物は、魔神であるリンネには、滑稽に見えた。


窓に佇み、誰もいないグラウンドを眺めていた。


アイリとユウリは、そんなリンネに頭を下げながら、言葉を続けた。


「例の者を連れて来ました」


「へえ〜」


跪くアイリとユウリの間を、ふてぶてしく腕を組ながら、沙知絵が教室の中に入ってきた。


「あんたが、騎士団長?」


口元に笑みを浮かべながら、教室内を見回し、


「フン。その割りには、寂びれたところにいるじゃない?」


「貴様!」


ユウリが立ち上がった。


「リンネ様に、無礼であろう」


沙知絵は、ユウリを無視して、


「その気になれば…この世界の殆んどを破壊できる程の…神の力を持つ者の考えを、知りたいだけよ」


沙知絵は笑みをやめ、窓に佇むリンネを、軽く睨むように見た。


その気になれば、自分などすぐに殺せることを、沙知絵は理解していた。


だからこそ、怯えるではなく、強きの態度を取った。


それに、リンネが呼んだのだ。用がすむまで、自分を殺すことは、ないだろうと考えていた。


「貴様!」


襲い掛かろうとするユウリを、アイリが制した。


「やめろ!我々は、連れて来いと命じられだけだ!こやつを殺せとは、命じられていない」


アイリの言葉に、沙知絵は鼻を鳴らし、


「で…あたしに、何の用なの?」


沙知絵はさらに、強気な態度を取った。


殺されるのは、わかっていた。だけど、その結果が待っていても、沙知絵は…魔神であるリンネを見たかった。


化け物となった自分でも、この世界を取れる程の力を感じなかった。せいぜい、数百人を始末できるくらいだ。


(神レベルの力とは…一体?)


学者であった自分の好奇心も、動いていた。


リンネは、そんな沙知絵の心を知ってか…グラウンドから、振り向いた瞳は、限りなく優しかった。


そのあまりにも優し過ぎる笑顔に、沙知絵は拍子抜け…どころか、目を奪われた。


目覚めてから、沙知絵はいろんな人間や、人でなくなった仲間と出会うことで、ある程度の上辺の笑いを見抜くことができた。


だけど、リンネの見せた笑みは、優しいだけでなく…どこか悲しみを、その裏に感じることができた。


それは、自分の中にもあるように思えた。


だけど、今の沙知絵には理解できなかった。自分の心さえ。


沙知絵は、目覚める前の記憶がない。いや…ある一部分の記憶が、欠落しているのだ。


自分に戸惑う沙知絵の右腕を、リンネは見つめた後、ゆっくりと窓から離れた。


「あなたを呼んだのは、他でもないの」


リンネは、沙知絵の前に立った。


「あたしを、あなた方の末席に迎えてほしいの」


「え?」


予想もしてなかったリンネの言葉に、沙知絵は思わず聞き返した。


リンネは微笑みながら、


「この子達は、擬態してても、人とはまったく違うから、ばれると思うけど…あたしなら、完璧に人になれるわ」


リンネの微笑みに、見とれながらも、沙知絵は一歩後退った。


「も、目的は…何なの…」


「目的なんてないわ」


リンネの顔が、沙知絵の前で変わっていく。


切れ長の目が、くりっとした大きな瞳に変わる。顔の輪郭も変わる。


「あなたは今、孤立してるでしょ。それに、立場も危うい…」


リンネはクスッと笑い、


「何なら…ボディーガードでもやりましょうか?」


沙知絵は、右腕をぎゅっと握り締めると、また前に出た。


「あなたの目的は…何?あたしは、底を見せない者を信用できないわ」


「目的は…」


リンネは、さっきと違う顔で微笑み、


「あなたの…これからをそばで見たいの」


「な」


沙知絵は、絶句した。思いもよらない言葉だった。


「それだけよ。あなたが、気になる…。これが、理由じゃあ…駄目かしら?」


リンネの少し悪戯ぽい笑みに、沙知絵はなぜか、否定できなくなった。








「あなた方には、ここで働いて頂きたい」


都市の中心から、離れた総合病院。


そこにある隔離病棟。


ちゃんと建物としてあるのだが、隔離病棟と聞くと、人は自然と足が向かない。


その為、彼らが行動するのは、適した場所だった。


人から進化した彼らにとって、人間の伝染病は、あまり恐ろしくはなかった。


(隔離病棟…ある意味、我々にはお似合いか)


大部屋を潰して、会議室のようにパイプ椅子を並べた部屋の中で、数人の男女が座っていた。


彼らの前に立ち、山根は無表情を装いながらも、心の中でほくそ笑んでいた。


グレーの作業着を来た男から順番に配られた紙を、一番前に座って目を通していた仁志は、その勤務先を知り、背中に戦慄が走っていた。


「本当なら…簡単に働けないところですが…」


山根は、自分の隣で姿勢を正し、立っている男を促した。


「我らの同士が、この会社の役員をしています。そのコネを使い…数人を就職させることが、できるようになりました」


一歩前に出て、頭を下げた中年の男は、頭の天辺がハゲていた。


山根は、言葉を続けた。


「この会社は、日本で一番…この施設を保有しております」


仁志の紙を持つ手が、震えた。


その施設とは、原子力発電所である。


「あなた方は、しばらくはただ…真面目に働いてもらいたい。何もしなくていいです。ただ昔のように勤勉で、模範生になるように、頑張ってもらいたい」


仁志の周りにいるのは、自分と同じような…見た目から、おとなしい人達であった。


「今のところは、それだけです」


山根は、部屋にいる人達を見回し、


「我らの未来の為に、あなた方にも、頑張って貰いたい」


そう言うと、山根は頭を下げ、大部屋を出た。


「これから、詳しい説明を致します」


山根に変わり、中年の男が説明を始めた。




まるで、新人研修のようになった部屋を出ると、病院には似合わない…黒ずくめの男女が、控えていた。


「行くぞ」


山根の言葉に頷くと、6人の男女は彼の後ろに続く。


ちらっと、一番後ろに続く男が、扉の隙間から、部屋の中を覗いた。


「ぐずぐずするな」


男の前にいた女が、注意した。


覗いた男は、宮島だった。


隙間から、仁志の姿が見えた。


どこか…昔の自分に似ていた。


「すいません…」


だけど…そんな感慨をすぐに消し去ると、宮島は前を向き、山根達の後ろを、ついて歩きだした。


(俺は…生まれ変わったんだ)


宮島は拳を握りしめ、


(強さを手にいれたのだ)


宮島はもう…後ろを振り向かない。


先頭を歩く山根は歩きながら、クククと笑いだした。


そして、振り返らずに、声を張り上げて、話しだした。


「諸君!喜びたまえ!今夜は、面白い余興が見れるぞ」


山根の笑いは、止まらない。


「そう…女神の最後という余興をな」


山根は携帯を取出し、メールを開けた。


内容を確認し、にやりと…さらに口元を緩めた。






「アルテミア…」


赤道近くから一気にテレポートしたアルテミアは、都市部の中心から離れた工場地帯に、降り立った。


独特のオイルや金属の臭いに、アルテミアの具合は、一気に悪くなる。


すぐに、僕はアルテミアから変わった。


立ち並ぶプレハブ風の簡易工場に、活気はなかった。


不景気からなのか…殆んどの工場は、動いていないようだ。


僕は、気を探った。


明らかに、数人の人とは違う気配を感じた。


(前のやつらに…プラス1人…)


拭えない血の臭いがした。


バンパイアの本能が、わずかな臭いも逃さない。


「ククク…」


楽しそうな笑い声が、聞こえてきた。


工場の屋根に、七人の男女がいた。


唐突に、辺りの闇が濃くなってきた。まるで、闇を連れてきたかのように。


「ごきげんよう!赤の王よ」


山根達は、屋根から軽く飛び降りると、深々とお辞儀をした。


「お前達の目的は、何だ?人の進化と言ってるが…」


僕は、山根達に近づいていく。


「それは、嘘だろ?」


「いえいえ…我々は、嘘はつきませんよ」


軽く肩をすくめて見せた山根は、そのままの体勢で、固まった。


「な!」


山根だけでない。他の六人も、体が固まった。


「お前達のこと…すべて教えてもらう」


僕の目が赤く光り、彼らの体を緊張させ、動きを封じたのだ。


「さあ!話せ!」


僕が近づく度に、山根達の自由はなくなっていく。


山根の口が、勝手に動いていく。


しかし、言葉を発する前に、山根の目が輝き…笑った。


僕の後ろを見て、明らかに笑っている。 


「何だ?」


後ろを振り返ろうとした。


「え…」


今まで、気配がなかったのに…いきなり、後ろから気配を感じた。


僕の首の筋肉が動く前に、僕の耳に…懐かしい声が、飛び込んできた。


それは、数年前までは聞かない日は、なかった声。


「お兄ちゃん……?」


その声に、僕は耳を疑った。


「な」


「う、うそ…お兄ちゃんなの…!?」


驚き震えながらも、喜び…少しかすれた声に、僕の動きは止まった。


瞳が、赤から黒に戻った。


「お兄ちゃんなの!本当に…お兄ちゃんなの!」


振り返ることがでぎず、駆け寄ってくる気配だけを感じながら、僕は叫んだ。


「近寄るな!綾子!今は危険だ!」


「お兄ちゃん!」

「赤星!」


綾子の声と、アルテミアの声が同時に発せられた。


「赤星!気を抜くな!」


アルテミアは、さらに叫んだ。


僕ははっとして、山根達を見た。


しかし、山根達は何もしない。ただ笑っている。


「!?」


僕は、場の違和感を感じた。


しかし、そう感じた時には、遅かったのだ。


「赤星!その場から離れろ!」


アルテミアが、命令口調で叫んだ。


「え?」


反射的に、動こうとしたが、僕は動けなかった。


「え?」


僕は絶句した。


自分の胸から、刃が飛び出してきたのだ。


「さすがの…バンパイアも、心臓を刺されたら、駄目でしょ…」


耳元に、綾子の非情な声が聞こえた。


僕は、後ろから剣で刺されたのだ。


信じられないことに、綾子から。


「え…」


まだ状況が、判断できない僕の背中から刃が抜かれた。


胸から鮮血が…噴き出した時、僕はやっと理解できた。


「綾子…」


血を噴き出しながら、僕はやっと振り返った。


そこには…年を重ねたが、妹の綾子が、冷笑を浮かべて立っていた。


血のついた剣を持って。


「ど、どうして…」


崩れ落ちる僕の後ろで、拍手が沸き起こった。


「素晴らしい!」


興奮して、明らかに拍手しすぎている山根は、一歩前に出ると、片膝を地面につけた。


「素晴らしい!」


他の五人も片膝をつける。少し遅れて、宮島も片膝をつけた。


山根は恍惚の表情で、僕の向こうに立つ綾子を見上げ、深々と頭を下げた。


「素晴らし過ぎる!我が女神……テラよ!」


「テラ…?」


ふらつきながら、崩れ落ちた僕のそばに、血よりも赤い瞳を、僕に向ける綾子。


綾子は微笑を浮かべると、持っていた日本刀の切っ先を下に向けた。


「さよなら…お兄ちゃん」


クスッと笑うと、全体重をのせて、一気に突き刺そうとする。


「赤星!」


「ア、アルテミア…」


アルテミアの声に、僕は少し我に返った。


(そうだ…僕が死んだら…アルテミアも…)


だけど、噴水のように血が止まらない僕の体に、力が入らない。


(だめだ)


諦めかけた時、どこから飛んできた2つの物体が、綾子の持つ日本刀を折った。


「テラ様!」


2つの物体は、日本刀を折った後、立ち上がろうとした山根達を薙ぎ倒し、綾子の足を取ると、バランスを崩させた。


「赤星!今だ!言え!」


「モ、モード・チェンジ…」


僕の左手の指輪から光が溢れ、その中からアルテミアが現れた。


山根達を薙ぎ倒した2つの物体は、アルテミアの両手におさまると、トンファーになった。


「テラ…か…」


アルテミアは、バランスを取り戻した綾子を見つめた。


「……赤星の妹…」


アルテミアは、綾子をじって見つめたまま…その場からテレポートした。





「おのれえ!」


山根は、手に装備した銃をアルテミアに向けた。


しかし、その時には、アルテミアは消えていた。


「に、逃げただと!?」


自分の目を疑ってしまう山根に、綾子は鼻を鳴らしながら訊いた。


「今のが…天空の女神か?」


綾子の質問に、山根は銃を下ろすと跪き、


「は!」


と頭を下げた。


綾子はわなわなと、身を震わし、


「噂は…本当だったのね…。汚らわしい!」


「か、彼は…天空の女神と、融合しております」


山根の言葉に、綾子は瞳がさらに赤に染まってく。


その瞬間、綾子の周りの空気が震え…山根の黒いスーツが、ズタズダに切り裂かれた。


山根だけでなく、宮島達も切り裂かれた。


「テラよ!」


「許さない!」


綾子の赤い瞳から、赤い血の涙が流れた。







どこまで飛んだのかは、わからなかった。


できるだけ、人目の少ないところを意識はした。


都市部をさらに離れ…夜の港の倉庫街に、アルテミアはテレポートした。


現れてすぐに、アルテミアから僕に戻る。アルテミアが着ていた服の胸許も、血で滲んでいた。


同じ体を共有しているのだ。当然といえば、当然だ。


バンパイアである僕の細胞再生が、心臓の場合…なかなか進まなかった。


「治癒魔法を…」


思わず…カードを探す僕は、苦笑した。


もうカードシステムはないし…ここは、ブルーワールドではない。


「そ…そうだよね……アルテミア…」


全身の力が抜けた。


意識さえ…消えていく中…僕の目に近づいてくる人影が映った。


人影は、僕に向かって覗き込むように、身を屈めた。


しかし、逃げる力も…見る力も、もう僕にはなかった。


瞼が落ち、意識が消えていく中…


(モード・チェンジ)


と心の中で、呟いた。


だけど…アルテミアに変わることは、なかった。






「こいつが、天空の女神の依り代かい?」


少し遅れて、倉庫街の路地に現れた沙知絵は腕を組み、赤星の前で屈む女の肩越しから、その姿を眺めた。


「そうは見えないね。気弱そうだ」


沙知絵の感想に、赤星の前にいるリンネは、クスッと笑った。


「その通りね」


リンネは右手を、赤星の胸に当てながら、その顔をまじまじと見つめた。


「ところで、何をやるんだ?」


沙知絵は訝しげに、リンネの右手を見た。青白く光っていた。


「あたしには…まるで、傷を治してるように見えるけど?」


沙知絵は、赤星からリンネに視線を変えた。


リンネはまた軽く笑うと、赤星から手を離した。


そして、立ち上がると、赤星を見下ろしながら、


「彼の属性は、炎。あたしと同じ…さらに、彼の体の中には、フレアの炎も残ってる」


赤星の胸元が、青白く輝き…止まらなかった血が、流れてなくなった。


「なぜ助ける?」


沙知絵の質問に、リンネの背中から飛び出したアイリとユウリも跪くと、同じく訊いた。


「リンネ様…。こやつは、我々にとっても、憎むべき敵」


アイリは、意識を失い倒れている赤星を睨んだ。


「こやつによって、不動様も倒され…妹君であるフレア様も…」


ユウリの言葉の途中で、リンネは立ち上がり、振り返った。


「こんな死にぞこないにとどめを刺すことは、炎の騎士団長であるあたしのプライドが、許さない!」


リンネの体が赤い炎から、青白い炎に変わる。


その熱気に、炎の魔神であるアイリとユウリが、汗をかく。


沙知絵はあまりの迫力に、怯んでしまう。意識せずとも、一歩下がってしまった。 


「それに、こやつとの戦いの場所は、この世界ではないわ」


リンネはそう言うと、三人に微笑みかけた。


リンネの体温が下がり、普通の人の肌色に戻る。


「そうかな?テラに、殺されるかもしれないぜ?」


沙知絵は汗を拭わずに、強がってみせた。


「それは…あり得ない。彼の中には、天空の女神がいる」


リンネは、ちらっと赤星を見ると、


「彼女がその気になれば…この星を、破壊することも可能よ」


「な!?」


沙知絵は、リンネの言葉に絶句した。


(だけど…)


リンネは、前を向いた。


(彼女は、それをしない)


リンネは心の中で、笑った。


(なぜなら…それは、再び…赤星浩一と、戦うことを意味するから…)


リンネは、跪くアイリとユウリの間を歩くと、沙知絵の横を微笑みながら、通り過ぎた。


(赤星浩一…)


もう…振り返ることはない。


リンネは目をつぶった。


(フレアの…愛した男…)


リンネの目の端に、少し涙が見えたが…すぐに、蒸発した。


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