第8話 例え...生きて、会えなくとも
「みんな…」
地面に転がる…仲間の死体。どうやってやられたのかが、理解できなかった。
何とか顔だけを上げることができたサーシャには、もう魔力を使うポイントはなかった。それでも、気力だけで、地面の土を爪でえぐりながら、立ち上がろうとした。
「ほう。我が技をくらって、動ける人間がいたとはな」
二本の角を生やした赤髪の魔神の口許から、笑みがこぼれた。スラッとした長身に、細い手は一瞬、華奢に見える。しかし、サーシャを見下ろす眼光が見た者の自由を奪い、精神すらおかしくさせる程の恐怖と冷たさをたたえていた。
天空の騎士団の1人…サラ。空飛ぶドラゴンや魔物を率いる為、魔王が自ら創った竜神である。
サーシャはサラから、目を背けず、立ち上がった。構えなおしたが、右手のドラゴンキラーはもう…折れていた。
「人間の女は、戦闘向きでないと聞いていたが…フッ」
サラは感心しながら、鼻で笑うと、少し目を細めた。
「それとも…お前は亜流か?」
サーシャは構えながら、絶対勝てぬことを悟っていた。
しかし。
「この地に眠る…精霊の魂よ。我が身を捧げます故に…我に、最後の力を!」
言葉の叫びとともにサーシャの瞳が突然、輝きだした。
「うん?」
サラとサーシャの周囲の大地の底から、蛍のような光の玉が無数に染みだし空中に浮かぶと、暗い戦場を淡く照らし出した。
「精霊魔法…だと」
その様子を見て、サラはせせら笑った。
「そのような過去の遺物。我が王が、創りし魔物には、効かぬことを忘れたか!」
かつて、大自然とともにあった…この世界は、精霊とともにあり、人々は精霊の力を借り、火をおこしたり、魔物を倒したりしていた。
しかし、今の魔王に王位が変わった時、すべてが変わった。彼は、あらゆる魔物の性質を変化させただけではなく、精霊や妖精を住めなくする物質を大気に、ばらまいていた。
今、サーシャが使おうとしている力は…死滅した精霊達の魂を集めて使役するものだ。サーシャの瞳のエメラルドの輝きが、増していく。
「貴様…もしかして…」
サラは、サーシャの瞳から溢れてくる力に目を見開いた。もう存在できないはずの精霊の力を、感じたからだ。しかもそれは、死者の力で、かつての精霊の力を陵駕していた。
「混ざっているのか…」
「フッ」
サラの呟きに、今度はサーシャが笑みでこたえた。
そして、サーシャの体…全身が光と化した。
「だが!所詮!滅んだ一族」
サラは笑みを絶やさず、右手を前に翳した。
「我等ブラックサイエンス!この地を、魔から守る者なり!」
サーシャの折れたドラゴンキラーが、光と一体化し、復活した。
「来い!」
サラから、笑みが消えた。
「ソード・オブ・ソウル!」
サーシャは、一陣の光の刃と化した。
「馬鹿な…」
残りの力を振り絞り、立ち上がった轟の足元から、死滅したはずの精霊の光が、滲み出てきた。
「サーシャ。何を考えているんだ…」
轟は思わず、光から目を背けた。
「この光…。人のみの力ではないな」
魔神は、光が集まる場所を見つめた。
轟には、サーシャのことを心配することも、助けに行くことも出来なかった。ブラックサイエンスの隊長として…目の前の魔神にせめて一太刀、浴びせなくてはならなかったからだ。槍を握る手に、汗が滲んだ。
魔神を睨み、轟は息を整え、槍の先を…魔神の心臓に向けて構えた。
「ククク…」
魔神は、楽しそうに笑った。
「人とは、面白い生き物だ。我等魔物に、無謀という言葉はない。かなわないとわかれば、逃げる。それは、生きるものの本能。しかし!」
魔神の眼力…そして、言葉とともに発せられる気が、轟の髪を震わした。
だが、轟の呼吸は乱れない。勝負は一瞬だ。轟の全身の力を抜いた。
「人間は、負けるとわかっていても…時に、勇気とかいうものを持って向かってくる。ククク…嫌いな生き物ではない」
魔神は、力を抜いた。。
轟は、そして…一気に前方へ、力を爆発させた。
「全ポイント還元」
轟の懐には、先程仲間から拾った5枚のカードがあった。1枚は体力と傷の回復に、1枚はスピードアップに。残り3枚分を槍先に…魔力を集中する。
鋭い先端に、レベル60以上の3人分の攻撃魔法を集めて。普通1人1枚しか使えないカードを、一気に放出する。回復に、1枚使ったとはいえ、体が引き裂かれる程の痛みが、全身に走った。
「無突き!」
轟の突きが、そして、サーシャの刃が…同時期に発動された。
闇が覆う戦場に、眩しいばかりの光が溢れた。
それは、2人の戦士の命をかけた光だった。
「これは…朧蛍!?」
ドーム状に張った結界の中で、ロバート・ハルツは驚きの声を上げた。手を前に突き出し、結界を張り続ける彼の目の前では、涎を垂らしたゴブリンが、見えない壁を叩き続けていた。
「まさか…サーシャのやつ…」
最悪の事態を想像し、思わず顔を背けたロバートの前の結界に、ゴブリンの拳によって、ひびが走った。
「ロバート!何をやっている!集中しろ」
隣にいた結界士が叫ぶ。
ロバートははっとして、結界を張り直した。すると、ひびが消えた。
「ロバート!疲れたのなら、交代しろ」
「大丈夫です!」
ロバートに、心配している余裕はない。この結界を壊される訳には、いかなかった。
(サーシャ)
ロバートは、心配を振り切るように、結界に力を込めた。
その時、ゴブリンの群の遥か向こうに、眩い光の爆発が2つ発生した。一瞬、ロバート達が張る結界の表面に反射し、美しく輝いた。
しかし、光はすぐに消え…再びもとの暗黒の戦場に戻った。
自らの命を、生き残った大地の精霊の力を借りて、一振りの刃を化す。肉体が光となり、魂と分離される。
ソード・オブ・ソウル。一瞬の攻撃力は、レベル92。神レベルに近付く。
「だが…」
サラは風船でも受けるように、そっと手を差し出した。
「一瞬の輝きなど…大したことはない」
サラの手のひらの中で、光は弾け飛んだ。
「命の一撃。確かに受け取った」
光が消えた後、サラの手のひらに、赤い線が走り…血飛沫が上がった。
「この傷。覚えておこう」
サラが斬られた手を、ぐっと握り締め…次に開けた時には、血は止まっていた。
2人の戦いの邪魔をしない為だったのか…先程まで近くにいなかったゴブリン達が、ぞろぞろとサラの周りに集まってきた。お目当ては、ブラック・サイエンス達の死体だ。群がり食べようとするゴブリン達。
一匹が、隊員の手を掴んだ瞬間…どこからか放たれた電撃が、四方に転がる隊員達を燃やし尽くした。腕を取ったゴブリンも、高圧電流を受けて、消滅した。
「戦士を汚すな」
電撃を放ったのは、サラだった。サラが周りの魔物をギロッと睨むと、ゴブリン達は怯え、彼女の周囲から離れていく。
「撤退する」
サラは、炭と化した隊員達に背を向けると、歩き出した。その後を、雄叫びを上げながら、魔物の群が続いた。
「馬鹿な…」
槍を突き出した轟は、信じられなかった。
すべての魔力を集中した切っ先が、魔神の人差し指一本で止められていたのだ。
「馬鹿な…。有り得ない…」
絶句してしまう轟に、魔神はフッと笑った。
「なかなか良かったぞ!人間!」
魔神の指先に触れた切っ先から槍は、砂のように崩れ落ちていった。
「くそ!」
轟は腰に隠していた短刀を抜き、円を描くように、攻撃しょうとした。
「無駄だ」
一瞬にして、轟の後ろに回ると、周囲に風が起こった。魔神の神速の動きが風を伴い、その風がカマイタチのように、轟の全身を切り裂いた。
特に、目の辺りが深い。血を噴き出しながらも、短刀は手から落ちたが、轟は倒れることはない。痛みの中、ただ心だけが、倒れることを拒んでいた。
「人よ!天晴れなり」
轟の強さに、魔神は感嘆した。再び轟の正面に一瞬で移動すると、口を開いた。
「我が名は、ギラ。天空の騎士団長ギラだ。そなたの名は?」
轟は、ギラの方を睨みながら、
「轟雷蔵…」
名前を言うだけで、口から血が溢れた。
「轟雷蔵」
ギラは、その名を復唱すると…口許を緩めた。
「雷か」
轟は、ギラがいると思われる方に再び、構えた。
しかし、もう腕が上がらない。目は、先程の攻撃で…もう見えない。
だけど、轟は戦いを止めない。そんな理由で、止めることなどできなかった。
よろけながらも、前に一歩踏み出した轟に、ギラは嬉しそうに、大声で笑った。
「同じ属性の者よ!轟雷蔵!そちの名は、永遠に覚えていようぞ」
ギラの右手が、電気でスパークした。
「ギラ・クラッシャー」
まるで…昇ったばかりの朝日のような輝きが、38度戦の戦場を照らした。
それは…戦いの終わりを、すべての戦士に告げていた。
「フン!あやつらが…浮かれおって」
38度線を、見下ろす山の頂上。小高い山々。そこは、もう魔界。魔の領域である。
国境近くを流れる川は、三途の川なのか。
「どう致しましょうか?」
まだ草木が茂る山の頂上から、戦火を見下ろしていた魔神のそばで控える蝙蝠の翼を持った老魔物。どうやら、参謀のようだ。
「捨て置け!我が姫君の技を、使う者がいた故に…あやつらは、手を出したのだろうよ」
魔神は、クククと笑った。
「しかし、バイラ様。人間どもの結界を壊すなら、今が好機かと」
控える参謀を、バイラは無言で見た。睨んではいないが、その冷たい視線に、参謀の体は凍りついた。
「で、出過ぎたことを!申し訳ございません」
参謀は地に額を押し付けて、土下座した。
「…」
バイラは無言で、視線を戦場に戻した。
「うう…」
その時…何かが、呻いた。それは、バイラの腕の中に抱かれたもの。
バイラは、その自ら抱いているものに視線を落とした。それはやさしく、労りの目。
「人など捨てておけ!我ら天空の騎士団の目的は、ただ一つ!」
バイラは顔を上げると、38度線の結界の向こう…さらなる海の向こうの島国を睨んだ。
「さあ!我が姫君よ!この地へ!我らのもとへ!」
バイラの叫びに、呼応するかのように…戦場に雷雲が現れ、いきなり雷が轟いた。
雨が、魔物や人々が張る結界に降り落ちた。それは、戦場で散った戦士達の体にも…。
薄暗くなった戦場を、雷の光が切り裂く。
大きな雷鳴とともに、雷が落ちた。それも3ヶ所。
ギラとサラの角に。
そして、三本の角を持つバイラの頭に。
雷鳴に照らされたバイラの腕に、抱かれている者とは………実世界で、意識を失っている明菜だった。
「さあ!我らのもとへ!我が姫君…アルテミアよ!」