序
すべてが無となる…死という世界。
あたしは、そんなことなど考えたこともなかった。
例え…力を失っても、例え魔力がなくても…。
あたしは、あたしとして生きていけると思っていた。
なのに…。
力及ばずに、膝を落とした瞬間、あたしの胸を鋭いものが貫いた。
「う!」
血を吐くあたしの目に、玉座に座る…魔王が映る。
「お前のその力。誰が与えたものだ」
冷たい目をした魔王が、無表情に言った。
「うるさい!」
あたしは魔王の言葉を聞いた瞬間、とても大切にしていたものを捨てた。
唇を噛み締めると心の鎖を怒りと共に外した。すると、ブロンドの髪が黒く変色し、力が増した。
魔王の前にいるというのに、周りにいる魔物達は、あたしに手を出さない。
「その姿も…また」
魔王は少しだけ…目を細めた。
「うるさい!」
冷静さを失いながらも、心の底では、これが最後だと感じていた。
「おいたわしいや」
魔物達の群れの一番前にいる…巨大な体躯をした魔物が、目を伏せた。
「お前は、何者だ?」
さらに力を増していくあたしに、魔王が訊いた。
だから、あたしはこたえた。
「アルテミア・アートウッドだ!」
「…そうか」
魔王は表情を変えない。
しかし…それなのに…あたしは、心の奥で悲しんでいるかのように感じた。
だけど、そう感じた自分を許せなかった。
「ブ、ブロウ!」
最大の技を出す寸前…あたしの体の天辺から爪先まで、雷鳴が貫いた。
そこからの意識はない。
いや、走馬灯だろうか…。
数々の記憶が頭に浮かぶ中に、まったく知らない世界が映る。
(そう言えば…お母様が言っていた)
この世界と別の世界があると…。
そこは、人間が…支配する世界だと。
(人間が支配する世界)
いつのまにか…あたしの周りに、見慣れない世界の映像が浮かぶ。
機械に囲まれ…魔物がいない世界。
(あたしは…)
生きているのかも…わからない。
どこにいるのかもわからない。
でも、このまま…死ぬならば…。
あたしは、見知らぬ世界に手を伸ばした。
(肉体がなくなって…魂があるならば!)
生きてやる。
あたしは、魔王を倒さなければならない。
何故ならば…。
(あたしは、アルテミア・アートウッドだから!)
だから、誰か…あたしに、もう一度体を。
戦う為の体を。
(いっしょになって…)
消えゆく意識の中、あたしはもがき…手を伸ばした。
僕は、普通の人間だ。
誇るべきものなどない。
いや、普通以下かもしれない。
その癖、自分がヒーローのようになって、戦っている姿を想像する。
だけど、そんなことはあり得ないとわかっている。
夢から現実に戻り…欠伸をしながら歩く通学路。
「シャキッとしろよ!」
後ろから、幼なじみの明菜が、僕の背中を叩いた。
「部活があるから、先いくね」
僕を追い越して、走り去る明菜を見送りながら、僕はため息をついた。
学校のやつらは、かわいい幼なじみをもってうらやましいと言うが…。
そんなことはない。
何も起こらないかわいい幼なじみこそ、悲しいものはない。
「…」
僕は、明菜の背中を見送りながら、足を止めた。
それからおもむろに、空を見上げた。
空は広い。
だけど、そこに何もない。
雲も青い空も、掴めない幻だ。
なのに…空はどうして広い。
そんなことを考えていると、何故か…涙が滲んだ。
(この空は、世界中と繋がっている)
だけど、僕の居場所はどこにもないように感じていた。
この日本って国に生まれたのに、僕の居場所はない。
(日本人ではない…。そう言えば、そんな言葉があったな)
僕は歩き出した。
学校には、行かなければならない。
(異邦人)
外国人とは、言い方が違う気がした。
(そうだ。異邦人だ)
僕は少し、足を速めた。
(異邦人…そうだ)
僕は、目を瞑った。
(エトランゼだ)
いつも通りに、真っ直ぐ帰り…変わりのない毎日が終わった。
なのに…僕は、初めての夢を見た。
ブロンドの美しい女性に告白される夢だ。
(いっしょになって)
その美女の告白に、僕は当然の如く、頷いた。
何故ならば、夢だから。
なのに、なのに…僕は…。
その日から、異世界にいた。
「え…」
見たことのない世界で、見たことのない化け物が、僕のそばにいた。
天空のエトランゼ、開幕。