聖女拾った3
「すみません、村長さんいますか?」
「あら、カイさんいらっしゃい。すぐに呼んでくるわね」
「お願いします」
村長の家に向かって取次ぎを頼むとすぐに奥からダート村長が出てきた。
髪に白いものが混ざっているもの、農作業と開拓で鍛えられたがっしりとした肉体の壮年の男性だ。いぶかしげな顔で声をかけてきた。
「どうしたカイ。何かあったのか?」
「はい。ちょっとしたトラブルですね。解決しましたけど、相談したいことがあって……」
「そうか、なら奥で話を聞こう」
村長に解決したというと安心した顔をしたが、俺が手に持っている塩を見て首をかしげた。
そのまま村長宅の奥の部屋に通され、報告をした。
「今日は森の奥まで見回りに行ってきたんですが、そこでゴブリンの集団が巣を作っていました。十二匹の集団でしたが、子供が生まれる前に狩れたのは幸運でした」
腰のポーチから切り取ったゴブリンの耳を取り出しテーブルの上に並べた。
五匹分の耳を一束にして、それを二束と余ったの二匹分の耳を置く。
「十二匹か、ずいぶん多かったようだな。この数を一人で討伐するとは随分腕を上げたじゃないか」
村長の世辞に肩をすくめた。残念ながらこれは俺一人で倒したものじゃないが、それを正直に告げるわけにもいかないので先ほど考えたカバーストーリーを伝える。
「実は森の奥で大破した荷馬車を見つけたんですよ。その跡を追ってみたところ、ゴブリンの巣穴に続いていて、バレないように見張りを倒して中に入ったらお楽しみの真っ最中でした」
「なんだと……! ゴブリンに誰か襲われたのか!?」
「この近くの村の人間でもチャーチルさん達でもなかったです。この辺に不慣れな行商人たちで、道に迷って森に踏み入ってしまったみたいです」
チャーチルというのはこの村を定期的に訪れる行商人だ。つい最近冬ごもりの為の物資を持って村に訪れたばかり。次に来るのは冬明け頃になるだろう。
「保護した女性たちは俺の借りている小屋に休ませていますが……ショックでかなり参っているんで、しばらくはそっとしておいた方がいいと思います」
「む……そうだな。いつ捕まったのかわからんが、ゴブリン共の巣穴で玩具にされていたとなると酷い状態だったろうな。カイも一人で大丈夫か? 何なら人をつけるぞ?」
「いえ、まだ怯えているので俺だけで対処した方がいいでしょう。もしも暴れられても安全に取り押さえられます」
「そうか……ならば任せたぞ」
沈痛そうな顔をする村長だが、世話役を村人から出さなくていいと言うとそれ以上踏み込んではこなかった。
ゴブリンの被害者女性が心を病むことはままあることで、錯乱して世話をする人間に襲い掛かったという事件もたまに耳にする。俺が人手を要らないと言ったので内心ホッとしているだろう。
「……それで、彼女たちはどうするつもりだ? まさかイーミルの街まで送り届けるつもりか?」
「ええ、そこで相談なんです。冬の間だけでいいんで俺が借りている小屋に彼女たちを置いてもいいですか?」
「……なに? 正気か?」
「はい。本気です」
驚く村長の顔を見つめてはっきりと頷く。
「実は彼女たちが運んでいた食料をいくらか回収できたので、冬越えに必要な物資は何とか間に合いそうなんです。だた、念のために薪はもう少し集めておきたいですね」
手に持っていた塩をテーブルの上に置いて村長に向かって押し出す。
「村人たちが入ってこない森の奥で採取をしようと思うんですが、彼女たちの滞在の許可と採取の許可を貰えますか?」
村での滞在、森の中での採取、その対価として塩を村長に差し出します、というポーズだ。
今の時期だと保存食を作るための塩の需要が多く、どれだけ塩があっても足りないのだ。
「ふーむ、カイ。お前さんに出した依頼は村の防衛であってゴブリンの被害者の救助ではなかったんだが……」
「それはわかっています。でも乗り掛かった船ですから。一度助けた人間を放り出すのも後味が悪い」
「……お前さん、冒険者なんて因果な仕事をしている割に本当に律儀な男だな」
呆れの滲む口調で村長が塩の入った袋を手元に置いた。交渉成立だ。
「で、カイ」
「はい」
「その壊れた行商人の荷馬車から荷物は回収し終わったのか? 何なら人手を出してもいいぞ」
村から村へと行き来する行商人の荷物はかなりの量にのぼる。
村の人出を出して回収を手伝ってやるから、分け前を寄こせと村長は言っているのだ。
「それが、残念ながらゴブリンたちに食われたり壊されたりで、ほとんど使い物にならなくなっていましたよ。だからわざわざ手伝ってもらわなくても大丈夫です」
俺が見つけた獲物だから手を出すな、こっちで回収するから放っておけ、とやんわり断っておく。
その後も、俺がどんなものを行商人から回収したのか、行商人の生き残りを助けるとどれくらい謝礼が貰えることになっているのか聞き出そうとしてくるのを受け流す。
行商人の壊滅というアクシデントをどれだけ自分たちの利に変えることができるか。そういう非情な判断を下せる人間が辺境の村長だ。人がいいだけの人間は残念ながら長生きできないのだ。
◆
「……なんだこの匂い?」
村長宅から帰ると、小屋の中に何とも言えないいい香りが漂っていた。
嗅いだだけで食欲が掻き立てられ、腹が騒ぎ出す匂いの元を探すとすぐに見つかった。
「あ、おかえりなさい~。カイさんもラーメン食べる~?」
「らーめん?」
ミユが手に持っていた食べかけの食事を見せて来る。
「ほらこれ~! とっても美味しいよ~!」
ほのかに色づいた透明なスープの中に麺が沈み、スープの表面に肉のスライス、野菜、半分にカットされた卵が乗っている。
見ただけで涎が湧いてくる。なんだこれは。
「ご、ごめんなさい、カイさん。ミユがお腹空いたって聞かなくて……カイさんの帰りを待とうって言ったんですけど……」
「っ、あ、ああ。別に食事くらい構わないが……」
よく見ると食べているのはミユ一人。ユヅキもティナも俺の帰りを待っていたようだ。
「それじゃあカイさんも帰ってきたしみんなの分も作っちゃうね~!」
申し訳なさそうなユヅキに構わず、ミユが食材の山に向かう。
「小麦、水、塩、重曹~♪ まな板、麺棒、包丁を用意して~♪」
パパっと俊敏な動きで食材と調理器具を揃えると、両手を広げた。
「【作成】発動~! 麺になれ~!」
ポン、と音を立てて一瞬で材料で消え、気がついたら麺が出来上がっていた。
「次は麺、水、スープの素、ネギ、チャーシュー、卵、メンマに~♪ お鍋と焚火とお椀を用意して~♪」
先ほどと同じようにミユが両手を広げた。
「【作成】発動~! ラーメンになれ~!」
ポンと音を立てて、お椀に入ったラーメンが三杯出来上がった。
「はいみんなどうぞ! 召し上がれ!」
ずいっと目の前に差し出されたお椀を思わず受け取る。
手に持っただけで熱を感じる熱々のスープから暴力的なまでに美味そうな匂いが立ち上がってくる。
ごくりと生唾を飲んだ。これは絶対に美味いに違いない。
だが、その前に一つだけ確認しておこう。
「……ミユ、このラーメンっていう料理はどうやって作ったんだ?」
「ん~? 私の力だよ~」
「聖女の力か?」
「うん~。私の【職人】の力で、材料と器具が揃ってれば今みたいに一瞬で完成できるんだよ~。すごいでしょ~♪」
「……そうか、すごいな……」
材料と器具があれば一瞬で? 限界は? まさか本当に『何でも』作れるなんて言わないよな?
一瞬、頭の中にいろいろな疑問が過ったが――。
――ずずずず……ごくん
もうこれ以上我慢できないと、ラーメンのスープを口に含んだ。
雑味が一切なかったあの塩のように、味の邪魔をするものがなくただただ純粋に美味い。食材の旨味を引き出し、混ざりあいながらすっきりとした味が舌の上に広がり、喉元を通り過ぎていく。
「ああ……」
……美味い……。
こんな美味い料理を口にしたのは、生まれて初めてだ…………。
ミユ ウェーブのかかった茶髪ロング、食いしん坊
チート能力:【職人】 材料と器具を揃えると一瞬で製品を完成させられる