聖女拾った2
金銭を対価に商品を購入できる力。
この力をマシア聖王国の人間は『金に汚い卑しい商人のような下賤な力』と称したらしい。
しかもユヅキが購入できる商品も食料品だけしか購入できなかった。麦、米、塩、砂糖などを出して見せたユヅキだったが、同時に召喚された聖女の中に【豊穣の聖女】と呼ばれる農作物を豊かにする力を持った聖女がいたらしく、金を払って食料品を買うことしかできないユヅキと比較するような人間が多かったらしい。
そういうわけでユヅキの【商人】の力は、マシア聖王国の人間たちから『聖女に相応しくない』と言われたわけだ。
そして、マシア聖王国から遠く離れ、今俺たちがいる村は辺境の都市イーミルの周辺に点在する開拓村の一つ。村長の名前からダートの村と呼ばれている。
この周辺一帯は内陸に位置していて、塩は専ら輸入に頼っている。イーミルの大商人が塩の専売の許可を得ていて価格や販路をコントロールしているのだ。
そんな中で、金貨を対価にいくらでも塩を取り出すことができ、しかも価格も塩商人が決めた値より遥かに安く購入できるなんてどう考えてもトラブルの原因にしかならない。
「ユヅキのその能力は【無限に金が湧いてくる財布】みたいなもんだ。その力を他の人間に知られたら絶対に狙われる。
貴族に捕まって塩を出すための奴隷にされるか、商人に捕まって塩を出すための奴隷にされるか、この村の人間に捕まって塩を出すための奴隷にされるか……」
「え……ど、奴隷……?」
「飯くらいは出ると思うが、まあ一生飼い殺しだろうな。他の二人は運が良ければ奴隷、悪ければ口封じの為に殺される。当然、俺も口封じの対象だ」
「こっ……殺されるって……! そんな……!」
「え、ミ、ミユも……!?」
「ああ。この場にいる全員、殺されるか奴隷にされるか、だ」
顔を青くするユヅキ、泣き出しそうな顔のミユ、こちらをじっと見つめて何も言わないティナ。
この三人が絶対に口外しないように、なるべく丁寧に説明しておく。
ユヅキの能力がどれだけすごい能力なのか、金儲けに使えばどれだけ儲けが期待できるか、貴族や商人が知れば目の色を変えるだろうし、この村の人間だって塩が簡単に安価に手に入ると知ればユヅキを捕まえて絶対に逃げられないようにするだろう。
そして、ユヅキを確保したら次はその能力が外に漏れないように対処する。ユヅキの能力を知っているミユ、ティナ、そして俺の三人は捕獲対象か口封じの対象だ。
その中でも男で冒険者の俺は真っ先に殺されるだろう。生かしておく理由がない上に監禁するのに労力がかかる。
それに対し、ミユとティナは見目麗しい若い女のなので生かされる可能性があるが、その場合は性奴隷のような扱いか、ユヅキに対する人質扱いだ。まともな暮らしは当然期待できない。
「――というわけで、だ。ユヅキの能力が他の人間に知られたら破滅すると考えてくれ。塩や食料を安価で出せるっていうのはそれくらいヤバい。俺も死にたくないからな、絶対に言うなよ」
「……はい……」
自分の能力の影響を説明されてやっと想像できたのか、ユヅキが青白い顔で頷いた。
◆
「さて、となると次は村の人間を誤魔化す方法だな……」
今俺が借りている小屋は村の外れに位置する猟師小屋だ。
俺は普段はイーミルの街で冒険者の仕事をしているのだが、冬越えのこの季節は開拓村に拠点を移してこうして小屋を借りている。
冬の間、ゴブリンたちが食料を求めて森から村まで迷い出てくることがある。そうしたゴブリンたちから村を守るために雇われた冒険者が俺だ。
この小屋に置いてあった物資――食料の他に暖を取るための薪など――も、依頼をこなす為に村から提供してもらった物だ。
そういうわけで、俺はこの村に一時的に住んでいるだけの部外者だ。そんな俺の家に見知らぬ人間が出入りしていたら村人たちから余計な疑惑を招いてしまう。
変なトラブルが発生する前に村長に話を通し、三人の滞在の許可を得る必要がある。
「……旅人っていないんですか?」
暖炉の火にあたってうつらうつらしているミユに肩を貸しながら、ユヅキが聞いてくる。
「旅人……いや、この開拓村にやってくるのは行商人か、依頼で立ち寄った冒険者くらいだな。そもそも主要な街道から外れたどん詰まりだから用のない人間は来ない」
そこまで言ってもう一つ思いついた。
「ああ、あとは罪人か。街で何か犯罪を犯して居られなくなった人間が開拓村に逃げて来るって場合もあるな」
「あの、罪人はさすがに……」
「安心しろ、俺もそれはない」
逃げてきた罪人が相手だと村人たちも相応の対応をするからな。
最悪殺される。
「――ゴブリンに襲われて逃げてきた行商人は?」
隅に座っていたティナが口を開いた。
「悪くないが、逃げてきただけならすぐに村から出ていくことになるぞ」
「ゴブリンに酷い目にあわされたことにしたら?」
「それは……」
「たまたま道に迷った行商人一行がゴブリンの集団に襲われ、私たちだけ巣穴に連れ去られた後、あなたに助けられた――それでどう?」
「……悪くないな。それにゴブリンを討伐した証拠もあるし、これを見せれば村長もゴブリンが出たことは疑わないだろう」
森の中でティナたちと出会ったときにゴブリン――人型の小さなモンスター。人間を積極的に襲い、女は巣穴に連れ込んで繁殖に使う――の集団を討伐している。その時に死体から切り取った耳が討伐の証明になる。
「『ゴブリンに凌辱されて衰弱している』と言っておけばわざわざ会いに来る物好きもいないだろう」
ただの若い女なら村の男衆が様子を見に来るかもしれないが、ゴブリンに凌辱された女となれば話は別だ。村の女衆も境遇に同情するかもしれないがその程度だ。
「三人ともそれでいいか?」
「構わないわ」
「りょ……は、はい……お任せします……」
「んー……みゆもそれでいいよぉ……むにゃむにゃ……」
「よし、じゃあ村長の家に行ってくる。誰も来ないと思うが大人しく待っていてくれ」
小屋の食料の中から元々置いてあった茶色の塩を掘り出し、半分に分けて手に持った。
「あの、この塩は使わないんですか?」
「その塩は綺麗すぎる。外に出せないから今回はこっちだ」
ユヅキが出した白い塩を持って行ったら貴族か大商人の関係者かと疑われてしまう。この茶色い塩でちょうどいい。