蜂須賀さん対松平秘書
「起こさなくていいんですか?」
寝室の佐東紅生は血みどろのまま、乱暴に放置された状態で、ピクリとも動かない。
あの体勢で、まだ寝てられるのか。
「そろそろ勝手に起きる頃です」
主も時計も見ずに秘書は言って、赤みの強い紅茶を、先に一口飲んだ。
秘書の仕事って何だろうと、考えようとしたが止めた。
「少し焦りましたよ。お嬢様に『切り刻んでトイレに流そう』って言われて」
思い出して苦笑しそうになり、ちょっと我慢する。
「そこまですれば、流石に気づくでしょう」
口元だけでニヤッと笑った。
一人用のソファには、松平秘書が座っている。
長い脚を斜めに揃えて、膝頭まで綺麗だ。
「どうなっているんですか?」
出された紅茶には手をつけずに会話を続ける。
「特殊樹脂被せて、特殊塗料でメイクしただけですよ。詳細はお答えできませんけど、唯織さんは気づかれていましたよね?」
どこまでも見透かすような目つきで話しかけてくる。こちらの情報をどこまで把握しているのか……用心に越したことはないな。
蜂須賀さんが、アルカイックスマイルを貼り付けて、
「さあ、どうでしょうか」
曖昧に答えると、
「ふふっ、そういう事にしておきますね」
上品なアルカイックスマイルでお返しされた。
務めを果たして、とっとと帰ろう。
気持ちを切り替えて、仕事モードにオン。
「今回の依頼は、サンプルとデータの受取と聞いています」
「はい、その通りです」
「茶番劇の付き合いは、聞いていませんでしたが」
嫌味のひとつくらいは言っておこう。
「たまにはいいでしょ」
悪びれる様子もない松平秘書。
「こういうサプライズは苦手です」
険しい表情をつくって、反省を促したい蜂須賀さん。
「ごめんなさいね。ストレス解消なの、言うなれば。佐東はほとんど研究室に籠りきりで、定期的に気分転換させないと使い物にならなくなってしまって。あれで、とっても楽しんでいるんですよ」
清々しいほどの口先だけの謝罪。
あの体勢で放置しているほうが、使い物にならなくなってしまうのではないだろうか。
大丈夫なのか、佐東親子。
「そうは見えないですよ」
「表情の乏しい人なんです」
絶対、違うだろ。
心配だ、佐東親子。
「解消されないでしょうね、お嬢様のほうは」
「ご心配なく、一晩ぐっすり眠れば、大丈夫な子なので」
お嬢様にも手厳しい。
不憫だ、佐東親子。
蜂須賀さんは心の中で合掌した。
「では、記憶操作キャンディとカプセル型盗聴器のサンプルとデータです」
高級チョコが入ってそうなギフト用の箱に、リボンは白。
この秘書の趣味なんだな、きっと。
「お預かりいたします」
両手で受け取って、上着のポケットに仕舞った。
「少しなら説明できますが、どうなさいますか?」
「結構です」
キッパリ断る。もう、用はない。だが、
「キャンディを舐めている相手に、簡単な催眠をかけます。その時に覚醒用キーワードを仕込みます。今回は『佐東紅生』にしました」
「聞いてませんよ」
この秘書は話を聞いてくれない。いや、元から聞く気がないのだろう。
「盗聴器は今回タピオカミルクティーに混ぜる為、形状を似せて作りましたが、サイズ調整もカラー変更も対応可能です」
「もう、大丈夫です」
「盗聴器カプセルは唯織さんの事務所で重宝しそうですね、諜報活動に」
ん?
松平秘書から、意味ありげな達成感を薄っすら感じる、とても薄っすらだが。
これは…………オヤジギャグの類なのか?
えっと、笑ったほうがいいのか?
うーん。………………普通にしよう。
「……うちは小さな調査事務所ですよ」
少数精鋭という意味で。
「いやんっ、そこは笑ってくださいよー」
目を潤ませて、恥ずかしそうに笑った。
蜂須賀さんは、再びアルカイックスマイルを貼り付けた。
ちっとも笑えない。
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