松平です
ベッドから飛び下りて、そのまま大股で入り口まで猛ダッシュ。
力任せにドアを押し開けると、
「あら、熱烈な歓迎。ありがとうございます、お嬢様」
見慣れた憎らしい笑顔がそこにあった。
「松平ーっ」
胸ぐらを掴もうとするが、いつものようにひょいっと避けられ、勝手に部屋の中に入る。
「はいはい。今日は看板忘れたので、これで勘弁してください」
スーツの胸元のポケットから、ミニサイズの『大成功!』と書いてある旗を出して振った。お子様ランチ用のやつだ。
瞬時に取り上げて、握りつぶす。
「他に言うことがあるんじゃないのか!」
咎めるような眼差しで凄むが、あらあらと笑顔を崩さず「それから」と別のポケットから、
「はい、これ。直ぐ飲んで」
「はあ?」
どどめ色の薬用カプセルを手渡された。
「即効性の専用下剤です。お腹は痛くなりにくい処方です」
「だからっ」
鼻息を荒くして詰め寄る。
「タピオカに混ぜた盗聴用のカプセル。時間が経つと体内に吸収される可能性があります。害はないと思いますが、多分・きっと・害は・ないと――」
害があるようにしか、聞こえないんですけどー。
「ぬわわわぁ、馬鹿ー」
さっきと同じスピードで、洗面所に駆け込んだ。
ここからは、私の知らない会話が始まります。
主人公ではなかったらしい。
もちろん、殺人犯でも。
私の名前は佐東紅葉と申します。
JKでもありません、今年で二十歳になりました。
では、後ほど――。
☆
「娘さんで、人体実験してるって噂、本当なんですね」
呆気に取られていた蜂須賀さんが、ゆっくり近づいてきた。
「大丈夫なんですよ。一週間くらい経過しない限り、本当に害はないですから。それに、お嬢様は一般の方より、とっても健康です、ふふっ」
と胡散臭い含み笑いをしている。
敵に回すと厄介そうだなと、蜂須賀さんの第一印象。
「失礼いたしました。私、佐東紅生の第二秘書の、松平と申します」
丁寧な所作で名刺を手渡され、
「ああ、あなたが秘書の――」
言葉に詰まった。
名刺と秘書の顔を交互に確認する。
「母は金髪美女が多い国ランキング上位の出身でして」
優越感が溢れ出る笑顔を前に、戸惑う蜂須賀さん。
「はあ?」
「熱い視線は慣れております」
可愛らしくウインク。
「いや、そういう意味で見ていたわけではありませんよ」
首を横に小さく振る。
「唯織さんとお呼びしますね」
「嫌です」
首を横に大きく振る。
「お茶でも飲みながら話しましょう。唯織さん」
さっさと先にリビングへ歩き出した。
「話を聞かない人ですね」
しっかりと聞こえるように言って、後ろから蜂須賀さんがついて行く。
絵に描いたような金髪美人秘書の名前は『松平雅清』と言う。
備え付けのミニキッチンで、湯を沸かし始めた。
銀に近い金髪をハーフアップして、毛先を巻いている。白過ぎで青みがかった美肌に、赤茶色の虹彩。鼻もスッと高く、艶やか唇の左下に小さなホクロ。
ダークブルーのオーダーメイドスーツ。スカートの丈は膝上。
全方向に色気をまき散らかしていた。
(胸はなし、下は……ある)
視線に気づいていた金髪美人秘書は、流し目でひと睨みしながら、
「唯織さんのエッチ」
わざと股間を隠すように手を前に置く。
「あ、いや、ごめんなさい」
動揺して、声が裏返ってしまった。
「うふふっ」
(早く帰りたい…………)
蜂須賀さんは、まだ帰れない。
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