血まみれですね
そんなにスプラッタではないです。
「そんなに、引っ張らなくても大丈夫だよ」
私の緊張した手の甲に、蜂須賀唯織さんが、手のひらを優しく重ねてくる。
「すっ、すみません。力、入っちゃって」
スーツに皺が残ってしまうかもしれないが、それでも逃がさないように、腕にしがみつきながら、後ほど来るかもしれない、鑑識さんの邪魔にならないように、そうっと寝室に一緒に踏み込んだ。
ワイドダブルベッドが二つ。
動かない血まみれの男性に近づく。
頭からバケツで血をかぶったみたいに、全身、赤黒く染まっていた。
どこまで染み込んでいるのだろう。ベッドシーツから絨毯にも滴り落ちている。
カッと目を見開いて絶命している顔は、少し笑っているみたいで不気味だ。
まったく見覚えは無い。……と思いたい、記憶無いんで。
「この人、誰ですか?」
当たり前のように蜂須賀唯織さん聞くと、
「こっちに聞くの?」
怪訝そうな顔で聞き返される。
「だって、この部屋にいる人に、用事があったんですよね。蜂須賀唯織さんは――」
「秘密」
食い気味にバッサリ言われてしまった。
「え?」
「誰かもわからない、犯人かもしれない人に、こちらの事情を話すとでも?」
当たり前のように、また聞き返された。
「……なんだ、警戒されてるんだ」
しょんぼりと心と体の力が抜けかける。
「一応ね」
と言って、ニコッと満面の作り笑顔を見せた。
(ああ、そうね……そうでした)
味方でもないんですよね、蜂須賀唯織さんは。
よーし。
今、私が、弱気になってもしょうがないのよね。
だったら――
じーっと食い入るように見つめる、血まみれ死体を。
何色だったか不明のシャツには無数の刺傷。
争った形跡はなさそうだ。
睡眠薬か何かで、仰向けに寝かしつけたところに上から。
上半身だけで、何回刺してるのかしら。
「メッタ刺しですね、怨恨でしょうか?」
きっとドラマで聞いたセリフなんだろうな、スラっと出ていた。
「どうした急に、変なスイッチ入れて」
隣の即席相棒が何か言っているが、無視して死体を観察。
「結構な時間経っているんじゃないですか?ほら、血、ほとんど乾いてる」
「記憶喪失になると、冷静になれるのかな?」
中年男性用の一般的なスラックス。元の色はグレーか、くすんだ色?
年はいくつくらいだろう?40?50代?無精ひげはわかりづらいなぁ。太ってないから、意外と若いのかも。身長は平均か。平均って百七十から百八十くらいでいいのかな?でも、百八十はなさそうだ。
うーん、こんなに血だらけじゃわからないよー。よし一回、洗ってみるか。ははっ、無理かそれは、ふふっ……
「表情筋がおかしなことになってるよ」
同じように私を観察していた蜂須賀唯織さんを、再度無視。でも、腕は離さない。一人で逃がすものですか。
未使用っぽいの隣のベッドには、凶器らしい小型のナイフと、返り血を浴びたと思われる血染めのレインコートがキレイに折り畳んで、置いてあった。
「……几帳面なのかしら?」
「几帳面な人は、こんな殺し方はしないと思うよ」
「…………ですよね」
目頭を押さえて短い溜め息をつく。
ふうー……。
もっと、探偵ドラマとか刑事ドラマとか、漫画とかアニメとか、見ていればよかった。でもほぼフィクションか、じゃあ、警視庁二十四時は?いや、あれは違うな。
ははっ。
こんなの見たってわからないよ。わかるわけないじゃない。
隣の即席相棒には警戒されていて、役に立ってはもらえないだろうし。死体見たのだって初めてだし……と思いたい、記憶無いんで。
はい、現場検証終了。お疲れ様でした。
投げ出すの早くてごめんなさい。
「何か思い出した?」
タイミングを見計らっていた、蜂須賀唯織さんの質問に。
駄目だ、何にも思い出せない。
黙ったまま俯いて、首を横に振るしかなかった。
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