記憶喪失ですが
サブタイトルは適当です。
記憶喪失なりに、現状を把握してみよう。
多分、ここはホテルの一室。
スイートルームに近いランクじゃないかな?広めの室内、高級感のあるお洒落なインテリアが、清潔に配置されている。ん?スイートルームじゃないって判断できるのって、私、もしかしてお嬢様か?
一般的な教養と日本語も大丈夫……だと思う。
体も普通に動く……はず。
指をむすんでひらく。
足首を回して、腰を左右に捻る。
うむ、滑らかな動きだ。
黒髪のボブヘアと、平凡な容姿は中肉中背。甘めのカットソーにロングスカート。やや貧しい胸は、きっと、まだ十代だからだろう。
だって、タピオカミルクティーの空き容器、ゴミ箱に入ってたし。
私の名前と、今までの人生の記憶だけが、スコーンと頭から抜けて落ちてしまった…………。
持ち物も見当たらない。
(もう、本当に何なの?)
横に寝てもまだ余りそうな、何人用か不明のソファに座った。
あっ、これは、人を駄目にする座り心地。
もう立ちたくないわ。
蜂須賀唯織さんも、一人用のオットマン付きの、これも座り心地の良さそうなソファに、当たり前のように先に座っている。
座るというか、ソファに埋もれています。ちょっと、寝ないで下さいね。
(そもそも、何処から入って来たの、この人も――)
気配を感じて振り返るのと同時くらいに、慣れた手つきで問答無用に名刺を渡してきた。
この人の後ろには、大きな鏡。壁掛けの等身大に近い大きさの、壁に隙間無くピッタリくっついている鏡があるだけで……。
いや、だから、壁なのよ、後ろは壁。金糸の入った壁紙もやっぱりゴージャスよ。
入り口のドアはここからじゃ見えないけど、きっと、オートロックなんでしょう?高級なホテルって、大体カードキーとかで開けるんでしょ。……JK(仮)の割に、ホテルに詳しいわね、私。
じゃあ、私が開けて招き入れたの?この人を?だったら、その時に名刺でしょ?いや、元々、室内に隠れていたとか、実は鍵を持ってるのかも。……まさか、鏡の中から「こんにちは~」は無い無い…………発想が幼稚……ああ。
思考が力尽きて、より深くソファに体を預けた。
ああ、もう何もしたくないわ。
「何か思い出した?」
「……いえ、全く」
話しかけるタイミングを、計っていたらしい蜂須賀唯織さんは、私の返事に「参ったな」と呟いてから、両手を上げてグーンと伸びをした。
「じゃあ、もう、帰っちゃおうかな……」
「へっ」
思わず声を上げて、蜂須賀唯織さんを凝視する。
まだ飽きるには早い段階でしょうよ。
「これじゃあ、仕事にならないし」
首を回してストレッチ。
「仕事?」
「短時間で済むからって、言われて来たのに、安請け合いするんじゃなかったよ」
誰かを思い出して、ぷくっと頬を膨らませた。
「や、安請け合い?」
何っ、この人は今、何を言っているの?
「じゃあ、いろいろ頑張って」
そして、そのまま立ち上がろうとする。
「で、出来れば、帰らないで下さい。帰るなら一緒に連れてっていただけると……」
こっちも座り直しながら、必死に引き留める。すがりつきたいが距離が届かない。
非常にまずい。
こんなところに独りぼっちに、しかも、こんな状況と、状態で。
「うーん。でも、君……」
奥の寝室に、蜂須賀唯織さんが視線を向けた。
「…………ですよね」
見ないようにしていたが、同じく視線を向ける。
「血みどろだよ?」
「ホテルに怒られないですかね?」
「ホテルより先に、救急車……。いや、警察じゃないかな?」
「はぁ……やっぱり、そうですよねぇ」
両手で頭を抱えながら、未来が駄目になりそうな私は、ソファに深く沈み込んだ。
もう、もう何も考えたくないわ。
全身血まみれの男性が、ベッドで仰向けに寝ていた。
お読みいただきありがとうございました。(^。^)y-.。o○
お時間があれば、ブックマーク・感想・評価【☆☆☆☆☆】等、参考にさせていただきますので、宜しくお願い致します。