第五話 今後の方針
「従者になれない理由は? まぁ、なんとなく察しはつくけど」
「そ。里久のこと」
「やっぱりか」
魔術界の重鎮を殺害した犯人の兄貴、ということになっている。
魔術師としての資格を剥奪するだけでは足りないわけか。
「弟なんだ」
小首を傾げているエリーに説明をする。
「殺人の罪で檻の中にいるけど、無実だって信じてる」
「なるほど、そのような話をあの時していましたね」
「あぁ」
一年も里久は檻の中だ。
「この分だと、どうあっても俺は魔術界にはいられないな。少なくとも里久の無実が証明されるまでは」
「でも捜査はもう打ち切られてるし、あたしたちでどうにかするしかないけど」
「魔眼の力があれば……いや、もう一年も前のことだしな」
日が経ちすぎている。
今更新しい証拠を見つけることは難しい。
「真犯人も逃げ果せたままだ」
「あの、それならわかるかも知れません」
「え? どゆこと?」
「王の瞳で視られるのは現在だけではありません。未来、そして過去すらも視ることができるのです」
「未来視と過去視……なら、この魔眼で犯行現場を視れば」
「誰が真犯人かはっきりするってことだ!」
「すぐに行こう!」
里久の無実を証明できる。
「あ、お待ちください!」
勢いよく立ち上がったが、待ったが掛かった。
「過去は視ることが難しいものです。王の瞳を宿したばかりの海里さんでは恐らく……」
「そう……か」
力が抜けたようにまた座り込んだ。
「ですが、短時間の未来視ならできると思います」
「んん? 過去視はできないのに、未来視はできるの?」
「はい。未来視は時の流れにある程度沿うものなので。しかし過去視は」
「時の流れに逆行するからか。そりゃ難しいよな」
まだしばらくは無理そうか。
「でも、この魔眼を使いこなせば視えるようになるんだよな?」
「はい。必ずや」
「わかった」
それだけで希望になる。
「なら、今後の目標は過去が視えるようになることかー。なんだか壮大だねぇ」
「とりあえず、今後は魔眼の練度を上げるのが先決だな。なにか良い案はあるか? エリー」
「そうですね……歴代の王たちはいずれも戦いの只中で瞳に光を得たといいます」
「つまり、魔眼を使って戦っていれば自然と練度が上がるってこと?」
「その通りです」
「戦いか」
たしかに実戦に勝る修業はない。
瞬雷脚も魔物との戦いの中で練度を上げていった。
戦うたびに最高速を更新し、自分が持ち合わせている感覚では追いつかない速度にまで達することができている。
「しかし、そうなると参ったな。魔術師じゃないから魔物と戦えないし、従者にもなれない」
「ほかの界隈に転身するとかは? エルフの猟友会とか」
「どうだろうな、その辺は種族の縛りがあるし、ないところは魔術界から少なからず干渉を受けてる。行っても無駄だかも、周到に潰されてる」
「そっかぁ……じゃあ、もう手段は一つだね」
「妙案がおありなのですか?」
「うん。非合法でやるの」
違法行為。
「アウトローになれって?」
「ダークヒーローだよ。千里眼で魔物を見つけて瞬雷脚と裂け目の瞬間移動で現場に駆けつける。顔は仮面かなにかで隠せばオッケー。魔眼の練度も上がるし、非合法だけど街の安全も守れる。一石二鳥!」
「ダークヒーロー……」
その響きには惹かれるものがあるけど。
「それで里久の濡れ衣を晴らすことに繋がるなら……でも、この魔眼をそういう風に使っても大丈夫なのか? エリー。王の瞳なんだろ?」
「問題はありませんよ、海里さん。その瞳はすでにあなたのもの。いかようにもお使いください」
「エリーがそういうなら。やるか、ダークヒーロー」
今後の方針は決まった。
「魔眼の練度を上げて過去を視る。そして真犯人を捕まえて里久の無実を証明する」
「いいじゃん、いいじゃん、目標ができて。でも、そーのーまーえーにー」
円華はぱんと手を叩き、ゆっくりと離す。
手の平の間に花弁が舞い、瓢箪と三つの盃を構築した。
「あたしと五分の契約、交わさないとね」
「あー……忘れてた」
「だと思った」
盃に透明の液体が注がれる。
「酒か?」
匂いはしない。
「水。霊峰のありがたーい奴だけどね」
「そりゃ霊験あらたかそうだな」
盃を持ち上げ、互いに霊峰の水を飲み干す。
透き通る清らかな水が、滑らかに喉を通っていく。
「はい、これで五分。次、エリーちゃんね」
「は、はい」
エリーはすこし緊張した面持ちで盃を持ち上げる。
そして互いに中身を飲み干し、一息をつく。
「オッケー。これで二人の隷属も解けたし問題なし! あとはもう寝るだけだね」
「もうこんな時間か」
携帯端末で時間を確認すると、日付が変わりそうになっていた。
よい子は寝る時間だ。
「そうだ。風呂貸してくれ」
「あ、ホントだ。あたしもお風呂入ってない! あたしも入ろ」
「そう言えばここ男女で別れてたな」
銭湯みたいに。
「エリーちゃんもあたしと一緒に入ろ?」
「はい、私も湯浴みをしたく――」
その時、大きな腹の虫が鳴る。
俺はバイト中に賄いを食ったし、円華でもなさそうだ。
つまり。
「はぅ……」
顔を真っ赤にしているエリーだ。
「あははっ! じゃあお風呂の前に夜食作っちゃおうか」
「俺に任せろ。美味いの作ってやる」
「す、すみましぇん」
言葉もふにゃふにゃになったエリーは、とても可愛らしかった。
§
真新しい靴を履き、ローブを身に纏い、腰に花菖蒲を差して、仮面を被る。
新たな装いは天地海里の痕跡を覆い隠し、全くの別人に仕立て上げた。
「うん! これなら簡単には海里だってバレないね」
「ほんとか?」
「はい。それにとてもよくお似合いです」
「それは喜んで良いのか?」
姿を隠しているのに似合うとは。
「まぁ、ともかく準備はできた」
瞬雷脚で加速し、万丈家の敷地内にある空間の裂け目へと入る。
それから幾つかの裂け目を経由して移動し、数秒と掛からず時計塔の頂上に立つ。
見晴らしのいいこの場所から街を見渡し、夥しい数の裂け目を改めて認識した。
同時に、その裂け目から出てくる魔物の姿も。
空間の裂け目はもともと魔物の通り道だった。
今後は俺も利用させてもらおう。
「海里、準備はいーい?」
「あぁ、ヒーローデビューだ」
時計塔の頂上から身を投げて真っ逆さまに落下し、空中に開いた裂け目にダイブする。
弟を助けるため、街を守るため、何転もした人生がまた一転し、新しく幕を開けた。
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