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第四話 瞬間移動


 街の夜景、強く吹く風、狭い足場。

 高い位置からの光景に思わず一歩足を下げる。


「なんで、だって、さっきまで」


 間違いなく地上にいた。

 円華とエリーの前を、アスファルトの上を歩いていたはず。

 なのに、今では時計塔の頂上にいる。

 訳もわからず呆然としていると、懐で携帯端末が音をならす。

 円華からの着信だ。


「よかった、出た! 海里! いまどこ!?」

「あぁ、それが……時計塔の上だ」

「時計塔!? 時計塔ってあそこの!?」


 千里眼を使って円華の位置を探すと、側のエリーとともにすぐに見つけられた。

 こっちを視ているが、俺が視えてはいない。


「あぁ、そこだ。そこに立ってる」

「うそぉ!?」

「残念ながらホントだ、参った」

「だ、だって、海里ってばあたしたちの目の前で消えたんだよ!?」

「消えた?」


 消えて、ここに現れた?


「あの、円華さん。その板で海里さんと会話を?

「へ? あぁ、そっか。知らないか。うん、そうだよ」

「では、私もお話してもよろしいでしょうか?」

「あ、そだね。スピーカーにする」

「エリー、どうした?」

「海里さん。あなたは恐らく空間の裂け目に入ったのです」

「空間の……裂け目?」

「近くにあるはずです。探してみてくださいますか?」


 そう言われて周囲を見渡すと、ちょうど背後にそれはあった。

 決して時計塔が裂けている訳じゃない。

 それはたしかに空間を引き裂いて、ぽっかりと口を開けていた。


「空間の裂け目同士は繋がっています。入れば、別の場所に出てしまうのです。一瞬で」

「それって瞬間移動ってこと? わーお」


 俺は地上からこの時計塔まで裂け目を通って瞬間移動していたのか。


「なんでそんなものに……いや、この魔眼か」


 思い当たる節はそれしかない。


「普段は視えず触れられないモノでも、視て認識することさえできれば触れられます」

「んー……つまり超凄い目だから空間に開いた裂け目が視えて、だから通れるようになったってこと?」

「たぶんな。とりあえず、そっちに戻ってみる」


 通話を継続しつつ、空間の裂け目に再び入る。

 すると、次の瞬間には地上にいて、アスファルトを踏んでいた。

 視線を前に向けると円華とエリーが見える。

 戻ってきた。


「便利だな、これ。それに良く視てみると……」


 道路の上、屋根の上、夜空の中、あらゆる場所に空間の裂け目が点在している。

 それにどの裂け目同士が繋がっているかも、視ることで判別することができた。

 これを利用すれば、瞬雷脚も合わさってどこにだって一瞬でいける。


「ホントに瞬間移動できちゃうんだねぇ」

「だな。俺もびっくりだ」


 言いながら通話を切る。


「あ、それじゃあ買い物とかも一瞬だ」

「瞬間移動を買い物のために? まぁ、便利は便利だけど」


 仰々しいというか、なんというか。


「あの、海里さん?」

「どうした? エリー」

「魔物退治は、よろしいのですか?」

「あぁ!」


 完全に意識の外だった。


「行ってくる!」


 即座に瞬雷脚を使い、地面を蹴る。

 空間の裂け目を躱して紫電の如く駆け抜け、現場へと急ぐ。

 だが、もたもたしすぎていたせいか、魔物が一般人を襲う場面が魔眼で見える。

 時が止まったような速さでも、実際に時間が停止している訳じゃない。

 ゆっくりとだが時は流れている。

 その関係上、ここからでは幾ら急いでも魔物の牙が届いてしまう。

 だから、減速した時の中でどうすればいいか考える。

 その答えは、視界の中にあった。


「裂け目だ!」


 大きく跳ねて屋根の上へと登り、空間の裂け目へと飛び込む。

 裂け目同士の繋がりを利用して移動した先は、先ほどよりも現場に近いがまだ足りない。

 更にそこから別の裂け目へと入り、三度裂け目に突入する。

 瞬間移動を繰り返すこと三度目にしてようやく現場のほど近くに降り立てた。


「行ける!」


 紫の残光を引いて駆け、牙を向いた魔物の背中へと妖刀花菖蒲を振るう。

 その一刀は毛皮と肉を裂いて背骨を断ち、その命を散らす。


「よし、次!」


 舞い上がった血飛沫が地面にまだらを描くその前に切り返し、残りの魔物を片付けにかかる。

 止まったようにゆっくりと動く相手を斬るのは簡単だ。

 あっという間にすべてを斬り伏せ終え、刀身に付着した血を払い、納刀する。

 同時に時の減速も解け、舞い上がった血飛沫がようやく地に落ちた。


「ふぃー……間に合った」


 色々とあったせいで危うく見殺しにするところだった。


「あ、そう言えばまだ従者になってないから……不味いか?」


 魔術界のルールに抵触するかも。


「いや、緊急事態だったしセーフかも」

「あの」


 声を駆けられて振り向く。


「助けていただいてありがとうございます」

「お陰で助かりました」


 獣人の男性とハーフテールの女性に礼を言われる。

 見る限り怪我はなさそうだ。


「なんとお礼を言っていいか」

「いやいや、礼なんていい。それより、この件は内密に頼む」

「はぁ、内密に?」

「色々と事情があってさ、そのほうが都合が良いんだ。それじゃ」


 再び瞬雷脚で地面を蹴り、その場をあとにする。

 久々にした魔術師の仕事――非合法かも知れないが、ともかく楽しかった。

 心なしか足取りも軽く、空間の裂け目を経由して二人のもとへと戻る。


「終わった」

「わあ、凄い。ほんとに一瞬だ」

「お疲れ様です、海里さん」

「あぁ、ありがと」


 返事をしつつ、靴底の確認をする。

 このすり減り方だと次の瞬雷脚は耐えられない。

 履き替え時だ。


「じゃ、今度こそ。今度こそ! うちに帰るよ」

「あぁ、わかってるって」


 何度か足を止めることになったが、今回は滞りなく円華の実家にまでたどり着く。

 万杖家は名家の一つで、その本家ともなれば当然屋敷もデカい。

 今やエルフと一部の人間しか好まない日本屋敷は、庭で野球が出来そうなくらいの敷地面積を誇っている。

 門を潜れば、その広大さが一目でわかった。


「素敵なお住まいですね、この世界の文化を感じます」

「まぁねー。ま、お城には流石に負けちゃうけど」


 玄関口までけっこうな距離を歩き、ようやく建物の中に入る。

 物静かな暗がりに明かりが灯れば、暖かみのある作りが顔を除かせた。


「じゃ、あたしは奥で用事を済ませてくるから、二人で待っててね。居間の場所はわかるっしょ?」

「あぁ、何回か来たことあるからな」


 玄関で円華と別れ、エリーと居間へと向かう。

 縁側を通ると月明かりに照らされた枯山水が視えた。


「わぉ……まるで水の流れのようで素敵ですね」

「だな」


 風流な気分になりつつも廊下を渡って居間へと到着する。

 障子を開けると自動で明かりが付き、畳から藺草の匂いがした。

 壁には掛け軸が飾ってあり、古風な絵が描かれてる。


「たしか座布団がここに」


 押し入れを開けて三枚分の座布団を取り出し、その上にあぐらを掻く。

 エリーもそれを真似して座布団に腰を下ろした。


「ふぅ……ようやく一息付けたって感じだな」

「そうですね。ふぅ……」


 円華を待つ間、エリーは外と同じようにきょろきょろと周囲を見渡していた。

 掛け軸に気を取られたり、畳の感触を確かめたり、漆塗りのテーブルに自分の顔を写して見たり。

 好奇心旺盛な子供を視ているようだった。


「……エリー、平気か?」

「あ、はい。この世界は新鮮なものが多くてつい目移りを」

「そうじゃなくて。世界の垣根を越えてこっちに来たんだ。文化もなにもかも違う土地で天涯孤独の身だろ? 無理に平気な振りしてないか?」

「海里さん……私は大丈夫ですよ」


 その返答は想定していた言葉とは違っていた。


「たしかに戸惑うことは沢山あるでしょう。慣れないうちはうまく行かないかも知れません。ですが、あのままあの世界に止まるよりはずっといいはずです。私はこちらの世界に来られて良かったと心から思います。それに」

「それに?」

「あなたがいます」

「……そうか」


 そうだ。下した判断は咄嗟で、魔法陣は円華のものでも、連れてきたのは俺自身だ。

 俺が側にいてエリーを守らなくちゃならない。

 勇者様の責任は重大だ。必ず使命を果たすとしよう。


「にしても、円華はまだか?」


 そう視線を移した途端、勢いよく障子が開かれる。


「うわっ」

「わぉっ」


 それにびっくりしていると、どかどかと足音を立てて円華が入ってきた。

 かなりご立腹のようで余っていた座布団にどっかりと腰を下ろす。


「ど、どうした?」

「……された」

「いま、なんと?」

「却下されたの! エリーちゃんは大丈夫だけど、海里は従者になれないって!」


 腕を組み、眉間に皺を寄せ、苛立たしそうに円華は言う。

 どうやら俺の人生は何転しようとも前途多難に変わりはないらしい。

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