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第三話 姫君との帰還


 魔法陣に転送されて、元の世界へと戻る。

 浮遊感が消失し、足にアスファルトの感触を得ると、そこは歩いていた道。

 目の前には円華がいた。


「よかったぁ。どこかに召喚された時はどうなることか――ってぇ!」


 円華は目を丸くして驚く。

 視線の先に捕らえるのは、もちろんエリーだ。


「だ、誰? どちら様?」

「俺を召喚した張本人」

「ごきげんよう。私はヴァルファール王国第一王女、エリザベス・クファン・ラ・ドザ・ヴァルファールです」

「あー……うん、エリーちゃんね」


 俺とまったく同じ反応をしていた。

 たぶんエリザベスから先の名前は憶えていない。


「ちょーっと待っててね、エリーちゃん。海里、ちょっと」


 腕を掴まれ、すこし離れた位置にくる。


「どーいうこと? 説明して」

「えーっとだな。まず召喚された先が異世界だったんだよ」

「うん」

「で、エリーが困ってたから助けた」

「うんうん」

「そのあと流れで一緒にこっちの世界にきた」

「うん?」


 時折、首を傾げつつも円華は事情を把握した。


「なるほど。一緒に逃げてきたって訳かー」

「あぁ、奴らも世界を超えてまで追ってはこないだろうからな」

「まぁ、そういう事情があったんならしようがないけど」


 円華がエリーを一瞥する。


「これからどうするつもり?」

「さぁ、そこまで考えてなかった。なにしろ五分くらいの出来事だったからなぁ」


 とにかく安全なところへ。

 あの時はそれしか考えてなかった。

 熟考する時間なんてない。


「とにかく、どうにかする」

「バイトで食いつないでるのに? 余裕なんてないっしょ?」

「……バイトを増やす。二人分の食費ぐらいどうにかなるだろ」

「住む家は? 一緒に住むの? 二人だけで?」

「それも、そうか」


 腕を組んで思考する。


「ほかにも色々あるよ。男子には想像もつかないような女の子の問題がたくさん。それにエリーちゃん、こっちの世界の常識とかなんにも知らないんだよ」

「んんん……」


 思いの外、障害が沢山ありそうだ。


「考えが甘かったか……」

「そうだよ」


 浅慮だったと言わざるを得ない。


「けど、あの場じゃああするのが最善だったんだよ。それに間違いはない」

「……もぉー、しようがないなー」


 ため息交じりに円華は言う。


「じゃあ、うち来る? 二人ともあたしが面倒見て上げる」

「え、そりゃありがたいけど。エリーはともかく俺も?」

「そ。もともとそうするつもりだったしねー」

「と、言うと?」

「タイミングよく召喚されたもんだから言いそびれちゃったけど、もともと海里をうちで雇うつもりだったの。ほら、従者としてなら資格がなくても魔術師の仕事が出来るからさ」

「じゃあ、近くに用事があったっていうのも……」

「嘘。ホントはスカウトしに。優秀な魔術師を遊ばせとくのも魔術界の損失だからねー」


 色々と気を回してくれていたんだな。


「ありがとな、円華」

「いいっていいって。それじゃあ、行こっか。エリーちゃん、お待たせー」


 話がまとまり、エリーの元に戻る。


「あの……勇者様とどのようなお話を?」

「今後の話だよ。てか、勇者様?」

「あぁ、そう言えばこっちの自己紹介がまだだったな。俺が海里で」

「あたしが円華!」

「海里様と円華様」

「んー、様づけはいらないかなー」

「では円華さん、と」

「うん、それならオッケー! じゃ、あたしに付いてきて」


 初対面にもかかわらず円華は長年の友達であるかのように接している。

 こういう明るい性格が、今はとてもありがたかった。


「おっと、待った。その前にエリーの足をどうにかしないと」

「足? あ、ほんとだ」


 泥と生傷だらけの痛々しい足。


「たしか近くに公園があったっしょ? 足を綺麗にしたら治癒してあげる」

「じゃ、俺が運ぶか」

「海里さん? わぉ!?」


 肩と膝裏に手を回して一気に抱え上げる。

 かなり軽い。


「これがホントのお姫様だっこってねー」

「下らないこと言ってないでいくぞ」

「ほーい」


 そのまま公園へと向かった。


§


「はい、綺麗に治った」


 公園の水道でエリーの足を洗い流し、円華が治癒の魔術を掛ける。

 手の平から流れ出た魔力が生傷を塞ぎ、あっという間に消えてなくなった。


「ありがとうごうざいます、円華さん」

「いいって、いいって。あとは靴かぁ」

「それなら俺が持ってる」


 バイトの鞄から靴を取り出す。


「なんでそんなの持ってんの?」

「いつも予備を持ち歩いてるんだよ。瞬雷脚ですぐにすり減るから」

「はーん、なるほど」


 バイトでも使うし、異世界でも使った。

 いま履いてるのもそろそろ寿命だ。


「ちょっと大きいけど、我慢してくれ」

「それ綺麗な奴なの?」

「心配しなくても新品だよ」


 安物のスニーカーにエリーの足がするりと入る。

 やはりサイズは合っていないが、円華の家につくまでの繋ぎにはなる。


「ありがとうございます、海里さん」

「あぁ、それじゃ行くか」


 公園を出て帰路につく。


「――あたしと海里は魔術師でー、あ、海里は違うか。まぁ、とにかく魔物とかを退治して回るのが仕事かなー。まぁ、魔術師の第一は魔術の研鑽のほうなんだけどねー」


 夜道を歩きながら円華はこの世界の知識を話していく。

 それをエリーは真剣そうに聞き、何度も頷いていた。


「この世界は私がいた世界とは随分と様相が違いますね」


 きょろきょろと周囲を見渡している。


「歩きやすい道、明るい夜、一つの月、あらゆる種族」

「エリーちゃんの世界だと人間だけだったの?」

「いえ、エルフやドワーフはいましたが、このように共に暮らす街はありませんでした」


 擦れ違ったエルフに視線を取られつつもエリーは前を向く。


「へぇー、そうなんだ。違う世界かぁ。ね、どんな所だった?」

「森だった」

「それだけ?」

「それだけ。異世界に行ったら五分で再召喚されたんだぞ? そんなもんだ」

「そっかー」

「あとは魔眼をもらっただけ」

「魔眼?」


 円華がぴたりと止まって、こちらに振り返る。


「どんな魔眼?」

「あー、そうだな。視ることならなんでも出来そうな魔眼」


 試しに魔眼を起動してみる。

 瞬間、俯瞰視点から自身を眺めることが出来、その範囲がどんどん広くなっていく。

 まるで天に向かって上昇していくみたいだ。

 なおかつ、視界に入ったすべての詳細な輪郭を視ることが出来る。

 いわゆる千里眼だ。


「おー、ホントに魔眼だ。目が紅くなってる」

「そうなの?」

「はい。王の瞳が真価を発揮する際、紅く色付くのです」

「へぇー――ん?」


 千里眼で周囲を見渡していると、魔物が出現する瞬間を見る。

 ここからほど近く、周囲に人もいた。

 瞬雷脚で行けばすぐだ。


「悪い。近くに魔物がいた。駆除してくる」

「え? あ」


 返事も聞かずに瞬雷脚を発動し、地面を蹴る。


「ちょっと待った!」


 直後、俺の体は走り出した位置のまま微動だにしなくなった。

 上半身は動かせるけど、足はかなしばりにあったみたいに動かない。


「い!? なんだ、これ?」

「あちゃー」

「あちゃあ?」


 円華が心当たりのありそうな反応をする。


「海里をこっちの世界に戻すとき、あたし焦っちゃってさぁ」

「円華? まさか、あの魔法陣」

「そ。使い魔を使役する時の奴。だから、海里とエリーちゃん、いま私に隷属してる状態なんだよねー。あははー」

「あははーじゃないだろ!」

「まぁ……」


 笑い事じゃない。


「大丈夫、大丈夫。家に着いたら五分の契約してあげるから。それで隷属しなくて済むし自由だよ」

「はぁ、わかった。とりあえず動けるようにしてくれ」

「うん。動いていいよ」


 すると先ほどまでの硬直が嘘のように消える。

 動けるようになった。


「じゃ、今度こそ行ってくる」


 地面を蹴る。


「だから、待ってって!」


 また足が地面に縫い付けられた。


「なんだよ!?」

「まったくもう。せっかちなんだから」


 そう言いつつ円華は胸元で手を合わせる。

 それをゆっくりと開くと無数の花弁が舞い、一振りの刃と鞘を形成する。

 花弁で作られた妖刀だ。


花菖蒲はなしょうぶ。海里のために手に入れたんだからね」


 投げ渡されたそれを受け取る。


「折ったら承知しないから」

「あぁ、わかった」

「ならば、行ってよし!」


 足の硬直が解け、そのまま動き出す。


「お気を付けて、海里さん」

「すぐ戻る」


 アスファルトを駆ける足を止めることなく振り返り、エリーにそう返事をする。

 そのまま正面を向いた、その時だった。


「――は?」


 あり得ないことが起こる。

 俺はこの街で一番背の高い建築物、時計塔の頂上にいつの間にか立っていた。

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