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第二話 五分間の出来事


「勇者? 俺が?」

「はい、勇者様」


 少女は俺を真っ直ぐに見て言葉を反芻する。


「……よく状況が飲み込めないんだけど」

「時間がありません。ですから、手短にお話します」

「あぁ、うん」

「私はヴァルファール王国第一王女、エリザベス・クファン・ラ・ドザ・ヴァルファールです」

「あー……うん。エリーね」


 正直、エリザベスの先からは憶えてない。


「強制召喚の非礼をお詫びします。ですが、私には時間がなく――」

「見つけたぞッ!」


 低い男の声が響き、重装備の兵士たちがぞろぞろと現れる。

 それらはあっという間に俺たちを囲み、逃げ場を塞いだ。


「随分と手間を掛けさせてくれましたね、王女様」

「シース……」


 その声は苦しそうだった。


「隣にいるのは誰です?」


 モノクルを片目に付けた燕尾服の男と視線が合う。


「なるほど……異世界から」


 向こうは察しがついたようで一人で得心が言っていた。


「お客人。悪いことは言いません、手を引くことをおすすめします」


 丁寧な言葉遣いで、彼は言葉を紡ぐ。


「あなたは訳もわからず召喚されただけ。彼女に義理立てする必要もない。素直にこちらの言うことを聞けば、元の世界に帰して差し上げましょう」

「そりゃあ、いい話だな」


 側のエリーを一瞥する。


「でも、残念ながら手を引くわけにはいかないな」

「……なぜです? あなたにとっては先ほど会ったばかりの人間でしょう」

「あぁ、そうだ。でも、助けてって言われたもんでな」


 燕尾服のシースは怪訝そうな顔をする。


「わかりませんね。たかだかその程度のことで、我々を敵に回すと?」

「俺の弟は無実の罪で檻の中にいる。助け出そうとしたが無理だった。だから、せめて助けられる人は助けたいんだよ」


 拳を握り、構えをとる。


「人を助けるのに飢えてるんだ」


 救えない辛さを味わうのは、もううんざりだ。


「勇者様……」

「チッ、お人好しが」


 シースが片手を上げ、周囲の兵士たちが剣や槍を構える。


「男は殺せ。王女は傷つけるな。行け」


 その言葉と共に兵士たちが一斉に動き出す。


「勇者様!」


 その直後、エリーに両手で頬に触れられる。


「あなた様に瞳を授けます」


 近づく表情、交わる眼、触れる唇。

 口付けと共に、なにかとてつもなく大きな力が俺の内側へと流れ込んだ。


「阻止しろ!」


 シースの怒号が響き渡るも、それはすべて俺の中に流れ終わった。

 唇が離れた時、それがこの両目に宿る。

 扱い方は感覚的に理解できた。


「瞬雷脚」


 足下から紫電が迸り、全身へと伝播する。

 それと時を同じくして地面を蹴り、瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。

 駆けていたはずの兵士は制止し、飛び立った鳥は夜空に縫い付けられている。


「――こりゃ凄い」


 瞬雷脚は自身の速度を上昇させる魔術。

 速度を上げすぎると動体視力が追いつかずに自滅してしまうが今は違う。

 エリーから瞳を授かり、驚異的な動体視力で肉体の速度に追いついている。

 しかもこれは、この瞳、魔眼の副産物に過ぎない。


「これなら楽勝だ」


 止まった兵士を薙ぎ倒すのは簡単だ。

 一人一人順番に蹴り、殴り、一瞬にも満たない刹那にすべてを無力化した。

 それからエリーの側で立ち止まると時の流れが正常に戻る。。

 周囲の兵士がほぼ同時に吹き飛んだ。


「なん、だと?」


 地に伏した兵士たちを見て、シースは目を丸くする。

 信じられない物でも見るような顔をして、こちらを鋭く睨み付けた。


「貴様ッ! 貴様のような者がッ! 私の瞳を盗んだなッ!」

「悪いが盗んだんじゃない。もらったんだ。だからもう、俺の目だ」

「許さんぞ、虫けらッ!」


 シースは剣を抜き、刃に炎を灯す。

 彼の怒りを体現するように燃え盛る炎剣を携え、こちらへと駆けた。

 瞬く間に距離は詰められ、揺れる炎の剣先が天を突く。

 そのまま火炎の一閃を振り下ろそうとシースが力んだ刹那。

 それよりも速く俺の爪先がその顎を打ち抜く。


「ぐあっ――」


 シースは一撃も振るうことなく意識をなくし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 これでしばらくは動けない。


「ふぅ」


 瞬雷脚の魔術を解き、エリーへと向き直る。


「これでもう安全だ」

「あ、ありがとうございます、勇者様!」


 心底安心したような表情を浮かべたエリーに抱きつかれた。

 それをそっと受け止めて思考は巡る。

 エリーが身に纏う格調高い純白のドレスは、裾が泥で酷く汚れていた。

 靴はなく、裸の足には泥と生傷で酷い有様だ。

 これらの情報とシースの言動を考えれば状況を読むのは簡単だった。


「私にはもう帰るべき城も、待っている家族もいません。だから、どうかお願いします」


 その綺麗な瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「私をどこか遠くへ連れて行ってください」


 その言葉と呼応するように、俺たちの足下に魔法陣が現れる。


「こ、これは?」

「たぶん、こいつだな」


 懐から取り出すのは召喚の直前に円華から渡されたもの。

 花の栞だ。これで俺の位置を特定しているんだろう。


「これから俺の世界に戻るけど、付いてくる気はあるか?」

「よ、よろしいのですか?」

「あぁ」


 助けるなら、救うなら、最後までだ。


「どこか遠くへ行きたいなら別の世界に行こう」

「――はい!」


 エリーはまた俺を強く抱き締め、そして召喚陣は機能を果たす。

 この世界から二人を消し去り、元の世界へと送り届けた。

 こうして俺の人生はまた、それも大きく一変する。

 この間、約五分ほどの出来事だった。

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