第一話 強制召喚
弟が殺人の罪で捕まったのは一年ほど前のことだった。
深夜、魔術師の重鎮である明埜定文宅に侵入し、寝込みを襲い殺害。
現場からは被害者の血の付いたナイフが発見され、それから弟の指紋も検出された。
弟は無実を主張したが判決は有罪。
魔術連合管轄の特殊刑務所に収容され、その親族である俺も魔術師の資格を剥奪された。
あっという間の出来事で転がり落ちるとはまさにこのこと。
俺の人生は一瞬にして変わってしまった。
§
厨房で何の動物かもわからないような肉を斬る。
「だから、エルフの客は禁煙席に通せって行ってるだろ、基本だぞ」
「注文。魔物肉の照り焼き、五番の獣人客だ」
「ハーフテールの客は注意しろ。食い逃げ常習犯だ」
切り分けたら下味を付けてフライパンにぶち込む。
あとはざっと炒めて甘辛く味付ければ完成だ。
「出来たぞ、魔物肉の照り焼きだ」
「ほーい」
出来た料理を渡し、別の料理の仕込みに取りかかる。
「なんだとぉ! もういっぺん言って見ろ!」
ちょうどその時、厨房の外で大きな物音がした。
「上等だ! 何度でも言ってやる! 前から鬱陶しいと思ってたんだ!」
「テメェ! この野郎!」
「うるせぇ! テメェこそ!」
怒号と共に物が壊れる音がする。
「おっぱじめやがったか。これだからドワーフは酒癖が悪い」
「か、海里さん! またお願いします!」
包丁を置いて、ゴム手袋を脱ぐ。
「了解」
全身に魔力を纏い、魔術を発動する。
紫電を迸らせて一瞬で厨房から出ると、殴り合うドワーフをまとめて蹴り飛ばす。
同時に店の出入り口へと先回りし、扉を開いておく。
「おわぁあぁあぁあああッ!」
蹴り飛ばされた二人のドワーフは無事に店の外へと放り出された。
「お見事!」
「流石、海里さん!」
バイト仲間からはもちろん、ほかの客からも声援が上がる。
「どうもー」
軽く手を振って声援に応え、店を出て蹴り飛ばしたドワーフの側に立つ。
「頭は冷めました?」
「あ、あぁ」
「酔っちまって、面目ねぇ」
「なら、よかった。えーっと、よく食べましたね。お代は二人で五千七百円になります」
「あぁ、いま払うよ」
ドワーフの二人は素直に代金を払ってくれた。
「たしかに。またどうぞ、次はノンアルコールを用意しときますんで」
「そうしてくれ。それじゃあ」
そうして巨漢の男たちは夜の街へと消えていった。
「さて、バイトバイト」
一瞬にして変わってしまった人生は転がり落ちた先で止まっている。
§
「じゃ、お先に。おつかれ」
裏口から出て、バイト仲間たちに別れを告げる。
汚れたエプロンが詰まった鞄を持って表に出ると、見知った顔が目に入った。
「よっ、久しぶり」
「円華」
片手を上げて気楽に話しかけてきたのは昔馴染みの魔術師、万杖円華だった。
「どうしたんだ? いきなり」
「ちょっと近くに用事があったからついでに寄ってみようかなーって。様子も見たかったしね」
「そうか、見ての通りだよ」
鞄を背負い直した。
「ね、ちょっと歩かない?」
「あぁ、じゃあちょっとな」
お互いに歩き出し、夜の街を歩く。
「さっきの見てたよ。ドワーフを吹っ飛ばした瞬雷脚、魔術の腕は鈍ってなさそうだね」
「一般人になっても習慣ってのは染みついてるもんだからな」
鍛錬をしないとなんだかそわそわして気持ちが悪い。
「そっちはどうだ? 順調か?」
「うん。相変わらず魔物退治ばっかりだけど、退屈してないよ」
「そっちの界隈も変わらないな。昔は妖怪相手に大立ち回りしてたのに」
「そうだねぇ。あたしたちが生まれる前に、色んな世界がまぜこぜになっちゃったんだからしようがないけど」
この地球上に人間しか人がいなかったとは、今となっては考えられない。
それほどまでに亜人たちはこの世界に馴染んでいる。
「ねぇ、面会には行ってる?」
「定期的に会ってはいるよ」
「そっか。あれからもう一年かぁ」
「色んなことが覆った日だ」
一年前のあの頃は、まさかこうなるとは思わなかった。
「相変わらず、里久は無罪を主張してる」
「信じてるんでしょ?」
「もちろん。でも、無実を証明する手立てがない。俺は魔術師の資格を剥奪されたし、今じゃバイトで食いつないでる。とてもじゃないが無理だ」
「……よし」
円華が俺の前に回り込み、立ち止まる。
その表情にはなにか意を決したように見えた。
「あのね――」
瞬間、俺の足下に魔法陣が広がる。
「なっ!?」
それは淡く白い光を放ち、その効力を発揮した。
光に包まれて体が透明になっていく。
これは。
「召喚陣!? いったい誰が――海里!」
消えていく俺に、円華が何かを投げる。
それを受け取ると共に魔法陣は効力を発揮し終えた。
俺はどこかにいる誰かに召喚された。
「――ここは」
目を開けると、そこには見たこともないような景色が広がっていた。
静まり返った森林。夜空に浮かぶ二つの月。肌を撫でる冷たい風。
そして何よりも目を引いたのは、明るい金の髪だった。
「ようこそおいでくださいました、勇者様」
風に揺れるブロンドの髪がよく映える真っ白なドレスを来た少女。
彼女は碧い瞳で俺を見据えて、こう告げる。
「どうか私をお助けください」
こうして俺の人生はまた一変した。
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