第十五話
「八神くん!うしろっ!」
響き渡った声、無野の声が耳に届いた瞬間、日吉は唐突に後ろから迫りくる気配に向けて、スパーダを抜いた。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴と共に、クリスタルが割れる音がした。
「っぐ、な、なんでぇぇぇ!」
涙をポタポタたらし、鉤爪で引き裂かれ、剣で斬り付けられた黒崎の体はもうボロボロだ。
「畜生っ!畜生!」
そう叫んびながら敗退者の黒崎はテレポートで消えていった。
「…後はお前だけだな、リーダーのゆり。」
リーダー用のクリスタルを付けたゆりは苦笑いする。
「へへへ、おかしいよね。あたしなんかがリーダーだなんて…。」
「黒崎は自分が1人先行し、神代に負けた時のことも考えていたんだろう。作戦としてはむしろ無難なくらいだ。」
いざというときの保険だろう。何しろ相手は天下七家の神代だ。自分が負けたときのことも考えていたのだ。
無野はホッとした表情でこっちにやってくる。
「助かった無野。これで後はこのリーダーだけだ。」
「他の二人も八神くんが倒してくれたんですよね?…ありがとうございます。」
「いや、黒崎に関しては無野が教えてくれていたから間に合った。こっちこそ感謝するよ。」
それ以前に黒崎はかなり動揺していて鉤爪で引っかかれたようなキズもあった。神代と秋城がやってくれたのだろう。
「…その、後はそこのリーダーさんですよね?」
「ああ、ゆりは俺が倒す。無野はそこで見ていてかれ。」
俺は普段ゆりと話しているときとは違う、真剣で1人の敵としてゆりを見つめる。
「ようやくやる気になったんだね。」
ゆりがにやっと俺に笑いかける。
「ああ、これでゆりを倒せば決勝全員抜きのヒーローだ。悪いが俺の踏み台になってもらうぞ。」
俺もゆりに微笑んでみせる。
もう俺とゆりは子供じゃない。楽しく遊んでいただけならあの頃とは違う。
目の前にいるのは幼なじみであり、同じ学校に通うライバルだ。何を躊躇することがあろうか。めっためたにした後に帰りにバカにしてやるくらいが丁度いい。
かかってこいよ。ゆり。
「そりゃぁぁぁぁ!」
ステッキを持ち、ゆりがこちらに走っていく。
俺は先ほどまで躊躇っていたスパーダをゆりに向ける。
お互いの武器がぶつかり合うとき、スタジアム中が歓声に満ち溢れた。
◆◆◆
「ま、まさか本当にやっちまうとはな…。」
長谷が俺の頭をもみくちゃにする。
「私は来夏たちならやるって信じてたわ。」
凪沙も心なしが少し嬉しそうである。
Bクラスに勝利して見事第一トーナメントで優勝した俺たちは、クラスの株を上げたこともあり、スタジアム内の注目の的となっていた。
そんな中、クラスの輪の外で沈みかえっているやつを見つけた。
「神代、お疲れさん。」
今回の第一トーナメントのMVPとなった神代は周りの盛り上がりと対称的にあまり納得のいかない、そんな感じだった。
「…八神くん…。おつかれ。」
「おう。MVP、良かったな。さすが天下七家ってところか。」
「バカにしないで。今回のMVPは八神くんだって私は思ってる。自覚してるくせに。」
神代は随分と嫌味な様子だった。
「いや、実際大半の試合はお前一人の力で勝ち上がったし、決勝だって黒崎を実質倒したのはお前だろ。MVPに何の異論もない。」
俺が黒崎を倒す前から黒崎は満身創痍だった。神代と秋城の勝利それは物語っている。
「…どこまでもそういうスタイルでいくのね。まぁいいわ。少なくとも今回の試験に関して、八神くんにたくさん助けてもらった、それは紛れもない事実よ。」
「…そうかもな。」
俺はムッとした顔の神代の頭に手をポン、と乗っけた。
「でも精一杯頑張ってたじゃないか。神代の勝ちへの執着、今日俺はそれを一番近くで見てきた。」
「…へ?」
何が何だか分からないような神代に微笑みながら、俺は続ける。
「神代は、今日も凄かったぞ。」
頭を軽く撫でる。男の俺からしたら少し小さな頭だった。きっと天下七家の一員としてあれこれ沢山考えていたのだろう。
追われる者の辛さ、それは平凡な俺にはあまり分からない。だからこそ、こう言うしかなかったのだろう。
「っ…、ちょっ、やめてよ…。」
神代は撫でる俺の手を振り払った。え、本気で拒絶されてる?それはショックだ…。
しかしその顔は少し赤みがかって見えた、かもしれない。
「あなたに私のことなんて理解できるはずもない!調子に乗るのもいい加減にしてよ。」
何だか文句を言われてその場から神代は立ち去った。どうやら怒らせてしまったらしい。
しかし、その後ろ姿は先ほどよりも少し大きく見えた。
普段のどこか遠くを見ているような感じよりも、今みたいのがいいぞ、って言う感想はもし今度機会があったら言ってみようと思う今日この頃だった。
…まぁ絶対恥ずかしくて言えないけど。