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終わりゆく世界の片隅でキミを想う

作者: 夜依

 20年前、世界を騒がせた謎の感染症。老人や赤子、持病持ちといった弱者に対してめっぽう強かった半面、健康体の人間には風邪と大差がなかった。世界規模で広がる感染に対して、大戦を制した列強国主体の世界政府は無慈悲にも弱者を切り捨てることで事態を収束へ導こうとした。しかし、事はそううまく運ばなかった。感染症の原因と思われるウイルスは、助かりたい弱者の民間療法により多くの耐性を獲得し、さらなる猛威を振るっていった。遂には生活習慣病予備軍と呼ばれていた肥満者の多くが重症化するまでにいたった。


 ある人たちは、これは某国の陰謀だ、増えすぎた人類の選定だ、といい、またあるところでは、神との契約を守れなかった私たちについに罰が下されたという。多くの救われたい弱者をカモにしようと新興宗教やデマ商品も世界にあふれた。


 もちろんそんな状態で社会が社会として成立するわけもなく、世界政府は責任を取る形で解散。これを機に行政が崩壊。これまで行政の信用をもとに運用されてきた紙幣はごみと化し、それに合わせ市場も崩壊、世界の上位1%の富豪とそうでない99%との経済格差も消失した。物流も途絶え、自給自足を余儀なくされた人々。しかし市場経済を基盤としていた社会システムにより、自給自足は難しく更に重なった冷夏によって広大な農地を所有する一部地主を除き生活が困難となり、市民は飢えゆく者と暴徒化するものの二極化された。


 そんな世界の悪夢から20年。世界人口は今もなお減少を続けかつての人口の10%を割ったとさえ言われている。都市部は荒廃し衛生環境が崩壊、今なお白骨化した遺体が転がり、ウイルスを風に乗せて撒いている。



 5年前にまとめられた記事の内容はざっとこんなものだった。僕の生まれる10年前に起こった世界の悪夢をまとめた貴重な資料。数時間後に家を出る僕が最後に、と無理を言って借りたものだ。僕はそれをそっと閉じて机に置く。そして約束の場所を目指す。


 夏の夜は、涼しく過ごしやすい。悪夢の年、25年前よりも昔は夏というのは蒸し暑い季節だったという。気候なんかの資料もほとんど失われてしまった今となっては、確かめるすべなんてのはないのだけれども。


 裏山を登り、頂上に位置する展望台が見えるというところで、僕の名前が大声で呼ばれる。ふと顔を上げ、そこに目をやると右手を大きく振るシルエットが見える。僕は軽く手を挙げて答えると、すこしばかりの駆け足で向かった。


「やあやあ、遅かったじゃないか」


 そういう彼女の言葉には、僕を責めようという気は一切感じられなかった。それでも一応僕はこう返してやるんだ。


「悪かったよ。無理言って頼んだ記事を読んでいたら少し遅れた」

「そか。何か分かったのかい?」

「いや、微妙かな」


 僕は彼女に記事のあらましを教えてやる。始めこそ、ほうほう、うわぁ、などと相槌を打っていたが途中から興味が尽きたのか半分ほどで「もういいや」と言われてしまった。


「いや、君との時間をそんな話で使いたくないだけだよ」


 彼女は僕の表情を読み取ってか、そうフォローを入れてくれる。僕はつい照れくさくなってそうかっとそっけなく返事をする。そして、わずかに赤くなった顔を見られないように上を向いて星空を眺める。今宵は新月のようで、月に替わって存在を主張するかのような星たちの輝きが空一面を埋め尽くしている。


「星がきれいだね」


 隣から彼女の声が聞こえる。夜空を埋め尽くす星たちに圧倒されているのか、いつもの彼女とは少し雰囲気が違った。彼女とあとどれだけこうして過ごせるのだろうか?


「あぁ、そうだね。あれがデネブ、アルタイル、ベガで夏の大三角形かな?」


 一瞬僕の返事に驚いたように目をぱちくりとしたが、すぐに返事をしてくれる。


「ああ、うん。そうだろう。しかしなんだか昔の歌っぽいな」


 それにあの曲なら私の心情にぴったりだ。と小さくつぶやいた言葉は僕の耳に入ることなく、どこまでも深い夜空に吸い込まれていった。


「あと…」


 小さな声でそうつぶやく彼女に、うん? と首をかしげる。


「あと何回こうして居られるんだろうね?」


 彼女の吐いたセリフがズシリと僕の胸に響く。


「いくらでもいられるだろ」


 あぁ、全く思ってもいない言葉で繕う自分が嫌になる。


「嘘、だよね。おばさんから話聞いたの。全部」


 彼女の頬を一滴の涙が伝い、一歩分僕から離れてそう言った。それが、その一歩が僕にはとて

つもない距離に感じられて、一歩踏み込んで涙を拭うことすらできなくなった。


「……」


 あぁ、それどころか言葉すらうまく出てこない。


「否定、してくれないんだね」


 彼女の顔がいつだか見た、とても悲しそうな顔になる。僕が唯一嫌いな彼女の表情だ。もうこんな表情をさせないように、そう思っていたのに僕がさせてしまうなんて。


「あぁ、まあ、事実だから」


 他に言いようはあるだろうに、口から出たのは酷いものだった。


「嘘つき! なんで、ねぇ。なんでなの」


 彼女の語気は最初こそ強かったものの、すがるものを失ったように弱くなっていく。


 理由はあるんだ、僕が地主の一人娘に嫁げば、少なくとも僕が死ぬまでこの村は安泰だろう。それは君を守るため、家族を守るためになる。あぁ、だけどなぜだろう。これすら都合のいい言い訳にしか思えない。意気地無しな僕の、君への想いから逃げるための。


 僕の言い訳を待つ彼女と言い訳したくない僕、二人だけの空間は間もなく崩れ、彼女はおぼつかない足取りでこの場を後にした。


 今すぐにでも飛び出せば彼女に追いつけるだろう。でも、追いついた先で何をするんだ? なんて言うんだ、何が僕にできるっていうんだ。


 そんなことを考えてしまう頭とは裏腹に、足は地面を蹴っていた。腕はいつも隣にいた彼女を探していた。


 中腹の休憩所の前で彼女に追いついた。腕は曖昧に歩く彼女を抱き占めていた。彼女は一瞬驚いたようにこちらを見て、それからポツリ、ポツリと言葉をこぼす。僕は、その言葉に相槌を返し、最後に「僕も、」と君への想いを伝える。


 僕が生きたかった『彼女の隣を歩く世界』は、もうすぐ来るといわれている世界の終わりを待たず、あと少しで終わるのだろう。けれどそれまではせめて素直に君だけを想い続けよう。

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