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赤いクーペ

作者: バケツロリータ
掲載日:2020/01/30

2024/01/06追記

・製造会社や車両名を架空のものに差し替えました。

2024/08/27追記

・誤字脱字、加筆修正しました。レビュー投稿ありがとうございます!

2025/04/26追記

・変なところを加筆修正。ちょっと企画に投稿してみました。

2026/04/15追記

・加筆修正。読んでくれてありがとうございます!

「危ねえだろうが!馬鹿野郎!」


 何年ぶりだろうか。

 こんなにも大声を出したのは。


 8月初旬の早朝。俺はフルフェイスヘルメットのシールドを乱暴に開けて、高鳴る心臓を吐き出す勢いで曇天の空へ叫んだ。

 今日は珍しく快晴の予報が出ていた。しかし、市街地よりも標高が高く田舎町同士を繋ぐ唯一の峠道では天気予報なんて当てにならなかったようで、ツギハギしたような補修跡だらけの路面は黒く濡れ、辺りには濃霧が立ち込めていた。

 緩い右コーナーで、センターラインを飛び出してきた対向車に突っ込まれそうになり、思いっきり右へと車両を倒し、接触こそ回避したがバランスを崩して転倒。尻餅をつく形で投げ出され、濡れた路面をスクーターと共に滑って行き、草むらへと突っ込んで行ったのが今回の事故の経緯だ。

 傍らには通勤用に購入した俺の白い大型スクーターが、理不尽さに猛抗議するようにホイールを空転させながら寝転び、後ろを振り返れば転倒の原因を作った車らしきモノが、赤い光を灯して止まっていた。


「すいません!ごめんなさい!」


 数メートル先で、濃霧の中に浮かび上がるテールランプの輝きから、若い男性の声がした。どこか申し訳無さと誠実さを感じる声だったので、俺は次に吐き出そうとした暴言を引っ込めた。

 まあいいさ、こっちにはドライブレコーダーが付いている。ちょっと奮発して買った、ヘルメットの側面に取り付けるタイプだ。今じゃバイクにもドライブレコーダー。世知辛い時代だが、コレで言い訳も何もかも収めてやろう。

 ヘルメットのドライブレコーダーに手を添えて、俺は尻もちをついた姿勢から立ち上がった。プロテクターを着込んだおかげで身体には痛みも出血も無く、幸いな事にレインウェアのお尻の部分だけが僅かに破れていただけなので、少しだけ安堵した。

 とは言え、エキサイティングな出来事の後で興奮気味の俺は、路肩の草むらにツッコんだスクーターのキルスイッチを親指で押し込み、「俺を殺そうとしたクルマは何だろうか」と、煮えたぎる怒りを燃料にして霧の中に灯るテールランプへと向かって行った。


 霧の中にいたクルマは、一言で表すと「古臭い車だな」と感じた。

 赤い車体に煌く、メッキのウインドウモールとバンパー。真四角なテールランプに、なだらかに傾斜されたトランクハッチの縁でひっそりと佇む自動車メーカーのエンブレムと、それとは対象的に、白いナンバープレートの横で存在感を放つ「Coupe9」のバッジ。現代の車にありがちな、有機的なデザインと何もかもが異なっていた。

 詳しい車名はわからない。しかし俗に言う“旧車”と判断した俺は、「こんな車をこんな悪天候で乗るなよ」と内心毒を吐きつつ、スマートフォンでナンバープレートを収め、運転席側のドアへと向かう。

 どんな奴が出てくるかと身構えていると、「ガチン」という音と共にドアが開き、ようやく“事故の元凶”が姿を現した。


「そちらは…、大丈夫ですか?」


 興奮気味の自分を律する為に、落ち着いた口調で運転席から出てきた男に声をかけると、「あっ、えーあっ…」と歯切れの悪い返事があった。

 パーマのかかった長髪に、彫りの濃い顔。無地の白いTシャツの裾を、デニムパンツに無造作に突っ込んでいる。年齢は20歳ぐらいだろうか。服装こそシンプルだが、時代遅れな雰囲気を感じた。いや、最近のレトロブームで流行っている格好なのか?ファッションに疎い俺には、その場ですぐに“イケている”のかどうかの判断がつかなかった。


「はっ、あっ、だっ、大丈夫です…。」


 青年は俺を見るや否や、少し目が点になっていた。そうだ、ヘルメットを被ったままだったと、俺は慌ててフルフェイスヘルメットを脱いで小脇に抱えた。


「なら良かった。一応、警察に連絡入れますからね。覚悟してくださいよ。」


 そう言って、握っていたスマートフォンを使い、警察と連絡を取る。やり取りをしている際に、チラッと目線を青年に向けると、相変わらず目が点の状態だった。ひょっとすると、彼は初めての事故で動揺しているのかもしれない。

 見た目の年齢的にも戸惑って当然だなと、目線を青年から反らした瞬間、ガチンとドアが閉まる音が聞こえた。

 「まさか」と思い振り返ると、赤いクーペがエンジンを始動させ、前輪を空転させながら、すでに100m程度進んでいた。


「あ、テメェ!待てやアホンダラァ!待たんかぁ、このタコーッ!」


 先程引っ込めた暴言を心置きなく吐き出し、慌てて追いかけた。が、文明の利器に敵うはずもなく、自分でも馬鹿馬鹿しくなってすぐに止めた。朝から当て逃げなんてと、猛々しい排気音と共に濃霧へと消えてゆくテールランプの光を見送りながら、思わず大きな溜息が漏れた。


 警察官を乗せたパトカーが到着したのは、その10分後であった。辺りに立ち込めた霧は、いつの間にか嘘のように晴れていた。

 真夏の蒸し暑さの中で、他の警察官達が気怠い顔で交通整理をしている一方で、俺はベテランそうな警察官から事情聴取されていた。対応してくれた警察官は、鬼瓦の様にかなり強面な方で少し怖かったが、親身になって聞いてくれた。


「あーそういう…。で、車種はわかります?」


 鬼瓦の様な警察官が、目をぎょろりと動かして質問した。少したじろぎつつも、「わからないです」と答え、追加で赤の古い車だと伝えた。


「ふーむ…。」


 鬼瓦警官は少し考え込んだが、腕に抱えていたヘルメットを見て「あっ」と声を上げてドライブレコーダーを指差した。

 当て逃げされたショックですっかり忘れてたが、ドライブレコーダーがあったじゃないか。レコーダーをスマートフォンに無線接続し、事故直後の映像を映すと、鬼瓦警官は「へぇー」と声を上げた。


「お兄さん、珍しい車と事故なさったんですねぇ。」


 「まあそうですねぇ。」と、俺は微妙な返しをしたが、鬼瓦警官は続ける。


「しかもかなりレアな『オモダ1300』の『クーペ9』ですよ!すごいなぁ!まだあるんだ!」


 かなりレアな車両らしく、鬼瓦警官のテンションが高い。

 なんでも昔、鬼瓦警官の父が乗っていたらしく、当時はアルミを用いた高出力の空冷エンジンで直線は非常に速かったそうだ。

 しかし、空冷式に拘った結果としてエンジンが重く仕上がり、車両前後の重量バランスが悪くて扱いには苦労したそうだ。調子に乗って飛ばすとカーブを曲がり切れずに路肩へすっ飛んでいくし、エアコンもない夏場の車内は地獄で、オーバーヒートによる故障も多かったと、苦労話を聞かされた。

 しかし運転手の顔が出てきた場面になると、「あ、ごめんなさい」と我にかえり、鬼瓦の様に顔を引き締めた。


「コイツが逃げた奴ですね?」


 「そうです」と返すと、鬼瓦警官は「懐かしい髪型だなぁ」と呟いた。聞く所によると、70年代頃に流行った髪型らしく、鬼瓦警官の父親も若い頃は同じ髪型をしていたらしい。なんかテレビの映像で見たことがあるが、現代でもちょっとオシャレに見える気がする。でも“コイツ”には似合ってない気がする。あくまでも個人の感想だけど。


 その後、愛車のスクーターを販売店で診てもらったが、フレームや重要な部品に損傷は全く見受けられず、割れたカウルの交換だけで済んだ。

 しかしながら、販売店の修理の見積金額を見ると、不思議な事にまたしても“ヤツ”に対しての怒りが湧いてきたので、ネットオークションで中古部品を落札し、自力の修理で安く済ませることにした。スクーターは見違えるほどにキレイになったが、心にはあの時の濃霧の様なモヤモヤが残っていた。


 動画データは捜査資料として警察に回収されたが、特徴の塊みたいな車両と犯人だというのに、当て逃げ犯の検挙に繋がる手掛かりとはならなかった。


 当該車両と所有者が、“既に地球上に存在していない”事を除いては。


〜〜〜


「あれっ、スマホにしたの。」


 あれから少し時間が経ち、無事に盆休みを迎えられた俺は、帰省した実家でキンキンに冷えた生ビールのグラスを片手に、母の手のひらに握られた最新鋭のスマートフォンを見て少し驚いていた。


「そーなのよ。もうガラケーが使えなくなるって言うしさ。まあ、後先短いんけどね!」


 「ガハハハ」と笑う母に「馬鹿言ってんじゃないよ」と、姉がツッコミを入れると、母は朗らかにまた笑った。昔から母は機械音痴で、家電も乗っていた車も説明書も読まず、特性を理解しないまま使って壊すので、よく父に呆れられていたっけ。


「ところでアンタのバイク、なんかキレイになってない?」


 ふと、姉が縁側の向こう側に止まる、俺の白いスクーターを指差す。姉は良くも悪くも昔から変な所に目が行く。


「あー、まあね…。せっかくの盆だからキレイに磨いたんよ。」


 俺は頭をかきながら、嘘を答えた。お喋りが大好きな母と姉の事だ。本当の事を言えば、薪を焚べた様に2人で勝手に盛り上がるだろう。それこそ煙たく思うほどに。

 そっけない俺の返事で急速に興味を失った姉は、「ふーん」と言うと台所へと消えていった。ちょっと納得がいかない姉の顔が気になりつつも、その様子にホッとしつつビールを一気に煽った俺は、少し振らつきながら仏壇へと向かった。

 事故の件は頭の片隅に追いやっていたが、無事に生還し美味いビールに有りつけている事を、父だけにはコッソリと報告したくなったのだ。

 3杯目で心地よい気分のまま、仏壇の写真には目をくれず、俺は6年経っても未だに慣れない手つきで線香をあげて合掌した。


「あ、そう言えばねー。押し入れ整理してたら古いアルバム出てきてねぇー、お父さんの写真を久しぶりに変えたのよ。」


 台所の奥から聞こえた母の言葉に、俺は合わせた手を戻し、頭を上げた。


「かっこいいでしょ?」


 仏壇の前には、事故直後に逃げた長髪の若者が、混じり気のない笑顔でピースサインをしていた。

 あの赤いクーペの横で。

 昔、ネットのどこかでみた都市伝説みたいな話に、私の好きなクルマと、友達や家族の事故体験談を組み合わせてアレンジしたものです。カテゴリ間違ってたらごめんなさい。

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