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「なぁ、おい。何時まで寝てんだよ。起きろよ、慧花」
サトカと自分の名前を呼ばれ、少女はうっすら眼を開ける。
眼に映ったのは、いわゆるチャラ男だった。
(……誰だ? コイツ。私の知り合いにいたか?)
慧花は怪訝な眼差しを青年に向ける。
歳は慧花と同じ、十七ぐらいに見えた。
少し伸びた茶色の髪に、琥珀色のつり上がった眼。
美しく整った顔立ちには、皮肉な笑みが良く似合う。
Tシャツの袖の下の二の腕には、銀色のチェーンが巻いてある。
黙っていればモデルのように見えるが、その雰囲気と口調は軽い。
思わず睨み付けると、青年は苦笑する。
「オレの姿が不満みたいだな。だがこの姿はお前が無意識に願った形なんだ。オレに文句言うなよ?」
「私が願う……? まさかっ!」
慧花は慌てて起き上がった。
血まみれになっていた体には傷一つなく、心臓は安定した鼓動を刻んでいる。
しかし左手に違和感を感じた。
自分のモノではない、感覚が宿っているみたいだ。
左手を恐る恐る開き、意識を集中させる。
ぼわっ…と浮かんだ紋章に、思わず息を飲んだ。
「私は…宵闇の者になってしまったのか?」
「ああ。願った通りに、な」
黒いTシャツに黒いジーンズを着る青年は、全てを見透かした眼で慧花を見る。
そして慧花も青年を真っ直ぐに見つめた。
霊視の力から、青年が人間ではないことが分かる。
「あなた……業魔魂?」
「そう呼ばれていたモノ。でも今は業魂だ。名前はアンタが付ければ良い」
傲慢な言い方だったが、自分の半身だと思うと不愉快にならない。
慧花はため息をつきながら立ち上がり、制服についた汚れを手で払う。
そして改めて青年と向き合う。
「彩斗なんてのはどう?」
「サイト、ね。悪くない」
満足そうに笑うところを見ると、気に入ったらしい。
「早速だが慧花、宵闇の者としてデビュー戦をしないか?」
そう言って楽しそうに笑い、黒い海に視線を向けた。
続いて慧花もそっちを見る。
(私が死んで少なくとも一時間は経過しただろう。先程より暗くなっている)
すでに空は闇色に染まり、海もまた同じ色を映していた。