表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シスター・マリエッタの事件簿  作者: 東 空塔
事件四 逃げる女
36/84

さいとう

ピンポーン


 呼び鈴とともに小川は目を覚ました。

 今日は小川にとっては久々の休みだった。こんな日くらい誰にも邪魔されずにゆったりしたい。だから無視して布団に潜り込んだ。


 ピンポーン


 しかし呼び鈴は執拗に鳴り続けていた。それで小川はしぶしぶ起き上がり、玄関のドアを開けた。するとそこには小川と同世代くらいの女性と2歳くらいの男の子が立っていた。女性はいかにも何かの勧誘に来たようないでたち、子供はライトグリーンの小さなリュックサックを背負っていた。


「あの……宗教とか、そういうのなら間に合ってますんで」


 小川がそう言ってドアを閉めようとすると、女性は満面の笑みを浮かべて言った。


「小川くーん、久しぶり! 元気だった?」

「え? 誰?」

「覚えてない? 私よ。中学の時同じ学年だったさいとうよ。今は結婚して栗田になったけどね」

「さいとうさん……」


 小川は思い巡らしてみたが、全く記憶になかった。もっとも中学の同級生の女子など半数も覚えていない。小川がまだ考えている最中にさいとうが話しかけてきた。


「小川君、全然同窓会に顔出さないからどうしてるかなと思ったけど、変わってないね」

「それで今日は何の用?」


 小川が突き放す用な質問を投げかけると、さいとうはあたりを見回していきなり小川の部屋に入ってきた。


「ちょ、ちょっと……」


 当惑する小川の目をじっと見つめてさいとうは言った。


「ごめん。この子しばらく預かってくれない?」

「へ?」

「じゃあ、よろしくね」


 と言ってさいとうは子供を置き去りにして足早に去っていった。


「お、おい!」


 小川は叫んだが、さいとうの姿はあっという間に見えなくなった。


(いったいなんなんだ……)


 とりあえず中学の卒業アルバムを引っ張り出して、さいとうという女を探すことにした。

 同じクラスにはさいとうに該当する者はいなかった。学年全体を探すと、3名の該当者がいた。


 A組 斎藤陽菜

 C組 斉藤和子

 D組 斉藤里帆


 小川はそれぞれの写真を見比べて、先ほど訪ねてきた女性の記憶と照らし合わせてみた。どれも似ている気もするし、違う気もする。まあ中学時代の容姿が30近くまで変わらずにいることのほうが珍しいだろう。


 小川が卒業アルバムとにらめっこしていると、子供が激しく泣き出した。


「マンマー」


(しまった。こいつのことすっかり忘れてた)


 小川はそう思ったものの、どうしてよいものかまったくわからない。


「なあボク、何で泣いてるんだ?」


 子供は小川に訊かれて一瞬黙ったが、また号泣しはじめた。しかもなんだか妙な匂いがしてきた。泣きたいのはこっちのほうだ、と小川は思った。


(どうすりゃいいんだよ……)


 子供の背負っていたリュックサックを開いてみた。するとお菓子と紙オムツが数枚入っていた。とりあえずお菓子を食べさせ、ネットで調べながら慣れない手つきでオムツ交換してみた。すると何とか子供は泣き止んだが、小川の手は子供のウンチでドロドロだった。


「くせ……」


 小川は必死で手を洗い流したが、ウンチの匂いが鼻について取れない。そんな様子を見ていた子供が、面白そうに笑って「ダー」と小川を指差した。


「お前な……気楽に笑いやがって」


 しかし、上機嫌の間はいいが、またグズりだしたら手に負えない。ここはやはり……。


「ということで、すみません。この子預かってもらえませんか?」


 小川はマリエッタの所属するベタニア修道会に男の子を連れてきた。いつもどおり、50歳くらいのベテランシスターが応対した。


「では、当会の児童養護施設にご案内します」


 そして小川はシスターの後について行った。施設の手前まで来ると私服の若い女性が向こうからやって来て、シスターが彼女に声を掛けた。


「江藤さん、ちょうど良かった。こちらの刑事さんがちょっと事情があってこの子を預かって欲しいそうなんだけど、応対して頂けるかしら」


「はい。わかりました」


 江藤という女性が答えると、ベテランシスターは軽く会釈して持ち場に戻って行った。小川と男の子は江藤の後について行って施設に入った。

 食堂で彼らが席につくと、江藤が開口一番に聞いてきた。


「あの……もしかして舞子ちゃんと一緒に捜査している刑事さんですか?」


「舞子ちゃん?」


「あ、シスター・マリエッタのことです」


「舞子さんと言うんですね……そうです、私がその刑事です。マリエッタさんには良く捜査協力して頂いています。あなたはマリエッタさんのお友達ですか?」


「はい。大阪の大学で社会福祉を勉強している江藤美由紀と申します。舞子ちゃんは子供の頃からの親友で、彼女の紹介でここで実地研修しています」


「そうでしたか。ところで、この子なんですが……」


 小川がそう話し始めるのを江藤が手で制した。


「すみません、多分舞子ちゃんも聞いたほうが良さそうなので呼んで来ますね」


 江藤はそう言って部屋を出たかと思うとすぐにマリエッタを連れて戻ってきた。


「小川さん、珍しいですね。今日はどうされたんですか?」


 マリエッタの質問に答えるように、小川は事の顛末を話した。


「その人、ほんまに同級生やったんでしょうか」


 話を聞いて江藤が疑問符を付けた。


「わかれへんな……」

 小川は江藤の関西弁を真似るようにして言った。「アルバムを見ると3人とも似てるような似ていないような感じです」


「いずれにせよワケありみたいですね。似顔絵描いてみましょうか」


 マリエッタが提案したので、小川はさいとうの特徴を話し、それに基づいて似顔絵が描かれていった。


「こんな感じですか……?」


「そ、そっくりだ。はい、こんな人でした」


 小川が目を丸くしていると、江藤が「きれいな人ですね」と言った。確かにパッチリした二重まぶたで美形の部類に入るだろう。


 その時、たまたま食堂で付け放しになっていたテレビで臨時ニュースが流れた。


 ──番組の途中ですが、臨時ニュースをお知らせします。本日山岡県宮西市の住宅で男性が刃物で刺されて死亡しているのが発見されました──


 それを聞いて江藤が怯えて言った。


「宮西市! この町じゃないですか。怖い!」


 ──被害者は32歳の会社員、栗田憲彦で、妻と思われる女性から110番通報があり、警察官が駆けつけた時には妻の姿は見当たらなかったということです。凶器に使用された包丁からは妻のものと思われる指紋だけが付着しており、妻の和子が夫を殺害したあと、逃亡したものとして、警察はその行方を追っています──


 そして栗田和子容疑者(29)の画像がテレビ画面に映し出された。

それを見た3人はハッと息を飲んだ。それは今しがたマリエッタが描いた似顔絵の女性そのものだったからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ