捜査協力
小川がJR宮西駅を降りると、少し離れたところに古い教会の尖塔が見えた。多分あそこだろう。その教会目掛けて歩いて行き、辿り着いた。
看板にはカトリック宮西教会と書いてある。間違いない。しかしそこは改装工事中であった。入口から中を覗こうとするが、とても入れそうな状況ではない。
「おい兄ちゃん、ヘルメットしねぇと危ねぇだろう! ここは一般人立ち入り禁止だ!」
見るとヘルメット姿の作業員が資材を担ぎ上げながら小川に怒鳴ってきた。
「すみません、ここの教会の方に用があるんですが……」
「あぁん? それなら、あっちだ、あっち!」
作業員がぶっきらぼうに指差した方向には平屋の小さな建物があった。小川は無造作に置かれた建築資材を避けながら、何とかその建物に辿り着いた。
呼鈴を鳴らすと、中から50歳くらいの目の大きい、痩せたシスターが出てきた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「ごめん下さい。勝小田警察署の小川と申します。あの、シスター・マリエッタさんはおられますでしょうか」
「マリエッタは今日はこちらにはおりません。私たちの所属するベタニア修道会の施設での奉仕の日となっております」
対応したシスターは事務的に淡々と応えた。
「そうですか、ではそちらの施設の場所を教えてください」
「わかりました」
シスターは了解した後、小川の顔を覗き込むようにして聞いた。「その前に、これは捜査協力の依頼ということでよろしいのでしょうか?」
「はい、そうです」
「では、こちらの用紙に記入して頂いて、警察署長の印鑑を押してもらって来て下さい。ベタニア修道会の正式な奉仕活動となりますので」そう言ってシスターは建物の奥へと消えていった。
†
小川は渡されたメモを頼りにベタニア修道会の施設に向かった。シスター・マリエッタはその中の老人ホームで奉仕していると言う。
到着し受け付けにいたシスターに尋ねた。
「警察の者です。ここの老人ホームで奉仕しておられるシスター・マリエッタさんにお目にかかりたいのですが……」
「マリエッタですね。老人ホームの職員室にご案内しますので、ついて来て下さい」
受付のあった中央棟を出て、中庭を通って反対側に老人ホームはあった。老人ホームに入ってしばらく廊下を歩いていると、前方に二人のシスターの後ろ姿が見えた。
「あの右側にいるのがシスター・マリエッタです……」そして彼女は前方のシスターに向かって言った。「シスター・マリエッタ。警察の方が御用があるそうです……」
するとシスター・マリエッタがこちらを振り向いた。
透き通るような白い肌。ややふっくらとした二重まぶたの澄んだ瞳。安らかで自然な微笑みを浮かべているその表情は、ルネッサンスの聖母画を思い起こさせた。
そしてマリエッタは小川と目が合うと身体ごと小川の方を向き直り、目を閉じて軽く会釈した。
その時であった。
「シスター・マリエッタ! 急いで来て下さい!」
奥の方から誰かが叫んでいた。シスター・マリエッタは急いでと言われているにもかかわらず、悠々とそちらに向かって行った。小川も彼女の後について行った。
その先では1人の入居者の男性が激しく叫び散らしながら暴れ回っていた。職員が3人がかりで押さえ込んでいたが、マリエッタの姿を見つけると職員の押さえる手を振り解いて彼女のもとに猛突進した。マリエッタは立ち止まり逃げもしないでその男をじっと見ている。
「危ない! ぶつかる!」
小川がそう叫ぶや否や、それまで黙っていたマリエッタが初めて口を開いた。
「神崎さん」
「はい」
神崎という職員が返事をした。
「オシメ替えを忘れられて気持ち悪いそうです。すぐに替えてあげて下さい」
「は、はい! すみませんでした!」
神崎がそう返事するとマリエッタは目を閉じ、手を組み合わせて言った。
「……感謝します」
暴れていた男はいつの間にか大人しくなり、満足そうに笑みを浮かべていた。小川はこの一連の出来事に驚嘆していた。シスター・マリエッタは呆気に取られて立ちすくんでいる小川の方に向き直り、言った。
「刑事さん、せっかく足を運んで頂いて申し訳ないのですが、今日は奉仕を抜ける訳にはまいりません。また日にちを改めて私の方から警察署の方へ伺います。よろしいでしょうか?」
「了解しました。僕は勝小田警察署刑事課の小川理博と申します」
マリエッタは小川から名刺を受け取ると軽く会釈をして悠々と去って行った。