1ー異世界転生は突然に 7
陸が目を開くと、そこは異世界だった。
目の前に広がるのは緑が生い茂る、どこか神達のいた場所に似た静かで清浄な誰もいない森の中。樹々の間から差し込む木漏れ日が妙に神秘的に思えてくる。勿論、これは都会育ちの陸にとって、始めて見る光景だった。
目の前に広がる景色や、身体全身に感じる澄んだ空気には一切文句のつけようがなく、この場所に転移させてくれた神達に改めて感謝を述べようかと思った陸だったが、寸前のところで思いとどまる。
「う~ん、これもスキルの悪影響なんだろうな」
落ち着いたような口調で語る陸の内心は、聞いていた話と違うである。
目の前の光景は素晴らしい。これは、疑いようのないまごうことなき事実。だが、自身の足元に対して陸は盛大に神々に文句が有った。
ルミナから聞いていた話では「貴方がこれから転移する場所をしばらく生活しても問題のない場所に設定しておきました。その場所は、少し歩けば大きな池も有ります」だ。
大切な事なので何度も言うが前者は正しい。だが、後者はどうだろう?少し歩けば大きな池?そうなると、僕の足元をびっちょびちょに濡らしている、この推定水深二十センチの大きな水溜まりをリヴァースでは何と呼べは良いのですかね?しかも、ここは水辺で一番深い場所では有りませんよ。全長二百メートルは下らない広さ持つ水溜まりの水辺、どう見ても小さなダム湖並なのサイズを誇っている水溜まりは、鏡のように周りを囲む森を写し出していた。
ー【水魔法】をGETしましたー
どこからともなく聞こえた音のような声に少し苛立ちを覚えていた陸が気付く事はなかった。
「でも、そこれに関しては、僕の【不運・神】の悪影響かも知れないからね。百歩譲って善しとしよう」
陸は自分自身に対して言い聞かせるように声に出した。
そして、その鏡のような水面には転生されて若干若返っただけの予定だった今の陸を写し出している。
少しだけ若返ったらしい肌、そこそこ引き締まった身体と高過ぎない身長。これには以前との違いは、ほとんど見受けられない。まぁ、そこは二歳ほど若返っただけだからな。
顔立ちは以前の天海陸の顔を少しだけ洋風に変えた…日本人と欧州人のハーフかクォーター(日本人より)のような顔立ちに変わっていた。多分、これは異世界で違和感がないように現地に合わせただけだろう。つまり、神々の良き仕事=セ~フ。
黒々とした日本人特有の黒髪は以前よりも黒が強くなった気もするけど、その程度の違いは些細な事だろう。最も変わったのは、右前髪の一部が白よりの銀髪が含まれているところだろう。これはちょっとお洒落な感じとも言えなくないから…うん、ギリギリで許せる。
だけどね、日本人特有で記憶の中の両親に良く似たいた僕のお気に入りの黒目が以前の面影を完全に無くして、濃い赤紫色をしているのは、なんでやねん!あまりの出来事に、突っ込みが思わず関西弁になってしまった陸。
陸は転移前にルミナに対して思った言葉が、完全に言葉のブーメランとして自分自身にしっかりと返ってきた事に対して少しだけ反省する。確かに見てみたいと思ったけど、こんな状況は想定外です。
「で、でもまぁ、それについてもね、転生させて頂いた身の上で身体についての文句を言うのも筋違いだよね、さらにもう百歩…いやいや、千歩譲って善しとしよう。うんうん、そうだね。僕は意外に寛大なんだ」
さらに自分自身に対して何かを強く言い聞かせるように語気を強める陸。
「でもですよ、僕はなんで全裸なんですか~?」
陸は一番有り得ない部分を一文字ずつ区切って叫んだ。そして、それは虚しくも森の中を何度も木霊する。
それまでの身体の変化に対する違和感がとても小さく些細な事に思え、全く気にならなくなってしまうくらいの違和感。
神秘的な森の中で全裸で立ち尽くすのは、いくらここが異世界の誰もいない場所だと言っても違和感しかなかった。
う~ん、これはあれかな?僕が装備品のリストの中から武器だけ選んで、防具を選ばなかったからですかね?ちょっとした焼きもちかな?それとも単純に嫌がらせですかね?
いやいやいやいや、どっちにしてもこれはやりすぎでしょ?最低限、あの時僕が着てた服はインベントリ(?だったかな)には有ると思うでしょ、普通は。
なのにですよ、インベントリの中にはパンタスマゴリアと神鳥の卵だけしかない。せめてもの優しさ…いや、武士の情けであの時履いていた下着だけでも良いですから、今からでもダメですか?
だってですよ、これがライトノベルだったとすれば、「異世界に転生した全裸の未成年は下着を履くのを夢見る」とか、「全裸の変態が異世界の神に下着をねだる」とか、残念でどうしようもないタイトルになるんですよ。本当にダメですか?お願いしますよ。
当然、陸がどんなに必死になって願ったところで、そんな都合良く下着が現れる訳はない。
つまり、この世界に神はいるけど、神はいないのだ。
そんな、悟りのようなものを開きかけた陸は、異世界生活での第一歩を衣食住の衣にする事を決めた。
…と言うか、異世界で変態として生きない為にも、陸にはその選択肢しかなかったのだが。
我輩は神鳥ラックバードの卵で有る。名前…どころか身体もアイデンティティーすらまだない。有るのは、うっすらとした神々との記憶と目の前に存在する少し愉快な者が我輩の主人になると言う確信だけだ。
見るからに優しそうでは有るが運が悪くて情緒不安定そうでも有る。我輩はこのまま生まれても大丈夫なのだろうか?と少し疑う事も有る。
だが、どんな風に思ったとしても、この主人のもとは安心するらしい。何故かは分からないし、これと言った決定的な理由もない。もしかすると我輩が身動きの取れない卵だからかも知れない。
卵の時の記憶は残らない。だからこそ、我輩は願う。願わくば、彼の人物が良き主人で有る事を、良き使い魔生活になる事を強く望む。
この神鳥の思いは神鳥として生まれるまで続く事となるが、全くの杞憂として終わる事となる。今の陸の状況が特別なだけで普段の陸はここまで酷くないのだから。だが、その事を神鳥が理解するまで、あと九日。
まだしばらく掛かるのであった。




