1ー異世界転生は突然に 6
「いや、ちょっと待ってルミナ。そのパンタスマグリアってもしかして、千年くらい前に鍛冶神のテツさんが遊びで造ってた【不殺】付きの武器の一つじゃないかな?見た事あるよね、アイン」
「確かにあるね、カイン。鍛冶神シリーズの烙印も有るし、間違いないよ。でも、これって異常に頑丈なのと形状が変幻自在って言うのが持ち味だけで使い道が全くなかったから、不良品扱いで倉庫の隅の方で眠ってなかった?誰も欲しがらなかったし」
久しぶりに見たパンタスマグリアを手に取り、その形を自由に変えて遊びだした双子神。その変えられた形には陸が見た事もないものが多数有った。
ちなみに、パンタスマグリアがAランク相当な理由は、鍛冶の神であるガンテツ様が造ったからと言う理由だからである。如何に能力が高くても、攻撃力が0の部分が足を引っ張り、単純な武器としての能力としては、よくてもCランクそこそこだろう。
「はい。その通りですね。そもそも武器を持った事のない僕は、僕自身に向いている武器の形状が分かりませんし、仮に使える武器が有ったとしても、【否殺】の効果で攻撃力が高くても意味をなさないと思いますから、形状の自由が利くパンタスマゴリアを選ばして貰いました。そもそも、僕自身が戦えるとも思えませんけど、自衛の手段は必要かと思いまして」
そもそもの話、武器を持った事すらない陸にとって、例え凶悪犯や質の悪い魔物が目の前にいたとしても戦うと言うのは想像出来ない。ましてや、殺す等と言う事は…。
そして、この殺す殺さない問題が自身の食料問題と直結していると言う事に陸が気付くのは異世界に転生してすぐの事である。でもそれは、また別の話。
「取得したスキルについてですが、【能力演算】と【簡単能力取得】は、その利便性より選びました。これについて改めて説明はいらないでしょう。【空間魔法】は異空間収納の魔法狙いで、【異語変換】は皆様と話しているのと同じようにリヴァースで言葉が通じるか不安だったから取得しました。このスキルを選ぶ上では話す言葉だけでなく、読み書きの文字にも有効なのも大きなポイントでしたね。【付与魔法】を選んだのは、ノーマルスキルにしては利便性が高い。だけど、取得条件がレアスキル並に手間だと言う事に尽きます。最後の【礼儀作法】は、リヴァースには身分制度が生きているとギルおじいちゃんに聞いて、トラブルに巻き込まれて巻き込みやすい体質の僕にとっては必須ではないかと思って取得しました。以上ですかね」
自身の選びに選んだスキルを自信満々に説明していく陸十九歳と十ヶ月改め、陸十七歳と十ヶ月。
ちなみに、陸が説明を省いた【能力演算】は、スキルとスキルを計算して新しいスキルを造ると言うもので、Sランクスキルでスキルを自由に想像し創る事の出来る【能力創造】の下位互換スキル。当然の事だが、無から有を生み出す【能力創造】とは違い、計算に使った元のスキルは無くなる仕様だ。ただし、魂レベルに依存している【不運・神】等のスキルは消えないらしい。異世界と言えど、世の中は甘くない。
もう一つの【簡単能力取得】は、文字通り普通よりも簡単にスキルを得る事の出来る能力。誤差もあるだろうが、おおよそで十倍程度らしい。ただし、スキルを得る為には、その技術を自分自身で一度は触れる必要があるので、思っているよりも簡単ではない。あくまでも、普通よりも簡単にと言うところがポイントである。
「あっ、そうか。説明が不足していたみたいだよ、カイン。陸くん、異世界からの転移や転生は、得られる特典とは別に言葉の問題と収納の問題は自動で解決するんだよ。言葉は【言語自動変換】スキル、スキルランクなしで。収納の方はステータス魔法のオプションに収納制限のないインベントリと言うアイテム欄が付くんだよ」
陸は少し涙目になり、ギルおじいちゃんやアイン、カインの双子神を見詰める。そこに、さっきまでの自信満々だった陸十七歳と十ヶ月の面影はなかった。
「だから、よく考えなさいと私が言ったでしょう。他にも便利な鑑定系や知識系のスキルも有ったのですから」
「いやいや、ルミナ。これは完全に僕達側の落ち度だよ。陸くんは悪くないよ。と言っても、魂に定着した今からは変更も出来ないからね。最後の最後にゴメンよ、陸くん」
アインの言葉で、ここでの残された時間が少ない事を陸は察した。
「…完全に使い道が無くなった訳ではないので、大丈夫ですよ。むしろ、皆様には感謝しか有りませんから」
そうは言うが、陸も他にも利用価値の有りそなうな【空間魔法】はともかく、【言語自動変換】の死は覚悟していた。
だが、ひょんな事から、この【言語自動変換】に意外な使い方が判明するのだが、それもまた別の話。
「では、お互いに名残惜しい事も有るとは思うのじゃが、そろそろ時間がきたようじゃ」
ギルおじいちゃんが手に持つ杖を振るうと、真っ白だった空間に一つの扉が現れた。
「最後に私達から、貴方に一つプレゼントよ。と言っても選別程度のものでしかありませんけど、受け取りなさい」
そう言うとルミナが手に持つ本が光輝き、陸へ色とりどりの光のシャワーが降り注ぐ。
それは、なんと輝かしい事か、なんと暖かい事か、なんと美しい事か…。
「それと、貴方がこれから転移する場所をしばらく生活しても問題のない場所に設定しておきました。その場所は、少し歩けば大きな池も有ります。飲み水や食べる物にも苦労しないでしょう。まずはそこで自らの能力に慣れると良いですわ」
まさに、至れり尽くせりのこの仕様。これで文句の言う奴がいるのなら、顔を見てみたい。
「ありがとうございます。本当に助かります」
力が身体の底から湧くような感じを体感し、色々な意味で深く感謝した陸は、その気持ちを現すように深々とあたまを下げた。
「数日間だけど楽しかったね、アイン」
「そうだね、カイン。僕もこんなに楽しかったのは数百年ぶりだったよ。僕は、陸くんの幸せを願うよ」
「わしもじゃ、われらはそなたの幸せを願う」
「気を付けて行きなさい。そして永く生きない。じゃあ、またね」
最後の最後で陸に背を向けて顔を全く見せなくなったルミナの足元が少し濡れている事に陸は気が付いた。
「はい、ルミナ様も、アイン様も、カイン様も、ギルおじいちゃんも、本当にお世話になりました。それでは、行ってきます」
その言葉を残し、陸は異世界への扉を開いた。
「行かれましたわね…」
さっきまで泣いていて、腫れた赤い目を隠すように呟くルミナ。
「行ったよね。分かってた事だけどやっぱり寂しくなるね、アイン」
「そうだね、カイン。寂しくなるよ」
アインとカインからも、どこか哀愁を感じる。
「アーバイン様もカーバイン様も、本当に陸様に本当の事を伝えずともよろしかったのでしょうか?せ、せめてステータスの詳細だけでも…」
さっきまでの態度とは全く違う態度をアインとカインに見せるギルおじいちゃんこと、ギルバート。
「ギル!ダメだ。どの神が見ているか、聞き耳を立てているかも分からないこの状況で、それ以上は聞かれる訳にいかない。ギルも分かっているはずだけど、これも神々のルールの一つだからね。いずれ分かるにしても、それは今じゃない。それに、これ以上マイナス要素を陸くんに背負わすのは酷と言うものだよね、カイン」
「その通りさ、アイン。それと、ギルはその話し方も気をつけるようにね。二度目はないからね。それに、陸くんにはルミナの祈りに乗せて最後にさりげなく僕達全員の加護も与えたし、僕達は出来る限りの事はやったんだ。心配いらないよ。でもね、仮にどんな状況になったとしても、きっと陸くんなら大丈夫。そのついでに僕達のリヴァースも助けてくれるよ。きっとね…」
そのギルバートの一変した態度に対し、若干の苛立ちを見せるアインとカインの双子神。陸の前では全く見せなかったアインとカインの表情に当のギルバートは勿論の事、ルミナも怯えていた。
「も、申し訳ありませんでした…のじゃ。わしとしたことが、ふぉっ、ふぉふぉっ」
この言葉を最後に誰も何一言すら発しなくなった。その静かな空間に最後までギルバートこと、ギルおじいちゃんのどこかぎこちない笑い声だけが響いていた。
陸が去った後の神々の意味深な会話。果たして、この会話には何かしらの意味が有るのだろうか…それは神のみぞ知る。
陸の転生…この時を境に異世界で有史上最大の事件が起きる。それは、あるものを信頼していたからこそ起きた事件。そして、その先の事は神でも知る術はない。




