1ー異世界転生は突然に 2
「さて、お主はどこまで記憶を思い出したのじゃ」
この記憶とは勿論、数百回の転生の事を指したものではない。天海陸の最後の話。
「はい。家族で海に遊びに行って、海で溺れた妹を見付けて助けようとした…ところまで…です…か…ね」
この言葉を自分の口にで述べて、陸はようやくある重大な事に気が付いた。
「す、すみません、ギルバート様。妹は、美空は無事だったのでしょうか?」
目の前の相手が神達だと言う事も忘れ、一気に詰め寄る陸。このあとの神達の言葉しだいでは、神の御召し物の襟はびろんびろんに伸びていた事だろう。それくらいの力強さがそこには有った。
「あ、安心するが良いのじゃ。お主は、あの幼子の命を無事に救ったのじゃ。わしがここにいる理由の一つが、その後のお主の家族達の様子を見せる為じゃ。改めて名乗らせて貰うのじゃ、わしは時間と空間を司る神の一柱ギルバート。親しみを込めてギルおじいちゃんと呼んでくれ、分かったかの?ギルおじいちゃんじゃぞ」
ある意味ぶれないギルバー…ギルおじいちゃんが手に持つ杖で、宙に円を描くようにひと回しすると空中に映像を映し出す水晶玉のようなものが浮かび上がった。
そこには、病院の一室で天海陸だった者の身体の周りで泣き崩れる妹と両親が映し出されていた。残念ながら陸の声です勿論、三人の声まではこの場に届かない。神の力とて万能ではないのだ。
この両親と妹と陸では血は繋がっていない。幼い頃に事故で両親を亡くした陸は、母親の妹夫妻に引き取られ、妹と分け隔てられる事も、何一つ不自由する事すらなく、実の我が子である妹と同様に育てられた。
優しい両親のお陰で幸せではあったが、決して裕福ではなかったので、陸自身も自分が負担になっている事は充分に分かっていた。
だがこそ、この三人が流す涙が天海陸を如何に愛し、尊く想い、亡くなった事を哀しんでくれている事の証明となり、その事は何も言わずともこの場にいる五人全員に伝わった。
「ちなみに、お主の妹はこの事が切っ掛けで命の大切さを改めて知り、二十代の内に癌の特効薬を開発して後世に名を残す名医となる。私生活でも良き旦那と家族に恵まれる。両親の方はお主を失った悲しみからは一生逃れられなかったが、晩年まで大きな病気もせず健康で、二人で米寿を迎えて笑顔で天寿を全うする」
ギルバートは時間と空間を司っているだけ有り、陸の残された家族の大まかな未来の話もしてくれた。
「もう充分です。ギルバート様、本当にありがとうございました」
「お主、達観しておるのう。普通、こう言う状況に陥った者は自分の死に対して大概はごねるものじゃ。にも関わらず、お主からはそれが全く見受けられんのじゃ。それと呼び名はギルおじいちゃんじゃ」
「自分の死に対して納得出来るかと問われれば、それはまた別の問題になりますけど、自分が助けようとした妹が無事で残された他の家族も幸せに暮らせる事も分かりました。これ以上を望むのは人の身としては望み過ぎではないでしょうか?…でも、そうですね。そう言われると少し悩みますね…そうだ、一つだけお願いがありますが大丈夫でしょうか?」
陸は自分がいなくなったあとの家族の幸せを知り、以前から思っていたある事を望む。
「お主の願い内容にもよるのじゃ。再び家族と会って最後の挨拶を望むとか家族の未来を変えるとかでなければ、ここにおる四人で叶えられらる範囲で叶えようぞ」
ある意味でどこか達観した陸が、何を望むのか興味津々な四人の神々。
「あの身体に残された臓器を提供する事は今からでも可能でしょうか?僕にはもう必要が有りませんし、死んでしまった身で言うのもおかしな話かも知れませんけど、健康には自信が有ります。妹がこれから先の世で多くの人を助けるならば、せめて最後にその妹が誇れるような兄らしい事を…この行いが誰かの未来を変える事に繋がるのかも知れませんが、出来る事なら必要とする誰かの為になって欲しいのです。生前に臓器提供に必要なドナー登録はしていません。しかし、いずれは登録しようと思っていたのも事実です。今回の事は何分急な事でして…」
これは、決して偽善ではない。血も繋がらない陸を育ててくれた両親への感謝と優しい両親から学んだ優しさの系譜。
「いずれ書く意志が有ったのなら、死んでからそれほど時間が経っていない今の段階ならそれくらいは可能なのじゃ。お主が今書けば、少しだけ時間を歪めて過去に書いていた事にでもしておこう。世界が違うので多少裏技を使うが、この程度は許されるじゃろう。それにして、も最後の願いまでが他人の事とは恐れ入った」
ギルおじいちゃんは手に持つ杖を数度振り、なにやら聞いた事のない言葉を喋った。
…と、同時に水晶玉に映し出された映像にも変化が起こる。映像のみなので分かりづらい面もあるが、医師から何かしらの相談を受けて涙ながらに頭を下げる両親の姿を陸は確認する事が出来た。
「本当に…本当にありがとうございます」
陸の気持ちの整理の為に幾分ばかりの時間を置いた後、
「さて、そろそろ本題に入っても良いよね、カイン」
「そうだね、アイン。時間的には充分かな。ここからの事は上級神たる僕達が進めさせて貰うよ。陸くん、ここからが君に対する本題さ」
「はい。最後に我が儘も通して頂きましたし、何でも仰って下さい」
今の清々しい気持ちになった陸は、お礼も兼ねて多少の無理難題くらいなら聞く気はある。
「そんなに難しい話ではないよね、アイン」
「そうだね、カイン。最初から言ってるけど、君にはあの世界の輪廻を飛び越えて、異世界の輪廻で転生して貰うだけだよ。ライトノベルやゲームでお馴染みのね。それで伝わらないかな?」
「ゲームはあまりですが、ライトノベル等は人よりも多少読んでいると思います。それにしても、異世界で転生ですか…」
最初の話である程度の覚悟は出来ていたとは言え、別の世界の輪廻にお邪魔すると言われるとは思ってもみなかった陸は、次の言葉に詰まる。
「そうよ。詳しくは話せないけど、貴方の場合はある程度好きな異世界を選ぶ権利が有るのよ。例えば、貴方達で言う機械が発達した機械文明の世界、ここには人に属する生物はいないわ。ここに行けば唯一の人類になる事も可能よ。同じ機械文明が発達した世界でも人類が動かす機動兵器…貴方の言葉ではロボットだったかしら、そう言う世界も有りますわ」
「そんなガチャガチャした世界になんの魅力もあるまいて。わしのオススメはお主のおった地球とほぼ同じ進化を遂げた世界や逆に地球と同じ進化を遂げながらも機械の概念が全く進化していない世界じゃ」
「他にもあるよね、カイン。海だけが広がる海洋世界、ここには人に属する生物もいるんだよ」
身振り手振りで多種多様の異世界をアピールしていく、ルミナ、ギルおじいちゃん、アイン。
「そうだね、アイン。その生物は少し魅力的だよね。さて、陸くんはどんな世界を望むのかな?」
ルミナの薦めてきた人に属する生物がいない世界は論外だが、ロボットには魅力を感じる。他にもギルおじいちゃんの薦める地球に似た世界やアインの薦めてきた海洋世界にいる人に属する生物…推定人魚に興味を見せる陸。だがすぐに、それが上半身が魚を模した半魚人の可能性もある事に気付き頭を左右に振るった。
そして、少しばかり時間を費やして考えて、陸は本を好きになった幼い頃からの自分の願望を素直に述べる事にした。
「そうですね…あえて選べるなら地球とは違った世界が良いですね。本の世界にも出てくるようなエルフや獣人達、大空を飛ぶドラゴンがいて、それを倒す英雄。科学では不可能な魔法も使える…僕達の言葉でファンタジーの世界は有りませんか?」
その陸の言葉を聞いた瞬間、四人の神々の顔が見たこともないくらいの笑顔へと変貌した。
「ふふっ、ね、カイン。僕が言った通りだったでしょ。陸くんはその選択肢を選ぶと思っていたよ」
「少し間違ってるよ、アイン。この場にいないこの世界の他の神々を含めて僕達全員の言った通りが世界でしょ。勿論、陸くんの言うファンタジーの世界も有るよ…と言うか、ここがその世界への入口。ようこそ、僕達が管理している世界…疲れきった魂の再生の地【リヴァース】へ」