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1ー異世界転生は突然に 14

 リックに起きた何かしらの変化を感じたハッピーは、その動きを止めた。そのリックに動く様子は全く感じられない。この場にいるのがハッピーではなく、【探索(リサーチ)】の使えるラッキーであったならば、この異変の正体に気付いたかも知れない。


 あるいは、ハッピー自身が自身のスキル【鑑定(サーチ)】をリックに対してではなく、リックが右手に握るパンタスマグリアに対して使っていれば、このパンタスマグリアに風の精霊属性が加わった変化に気付いたかも知れない。


 だが、残念ながら《ウォータ》をその身に(まと)い、見え難い《水の糸》に最大限の注意を払っていたハッピーには無理な注文だった。


「《ゲイル》」

 まだ見えぬはずのハッピーに向かって、凪ぎ払うかのように横一文字に振られた剣状のパンタスマグリア。


 だが…パンタスマグリアに何かが(しょう)じた訳でも、風属性の何かしらが飛んだ訳でもない。「《ゲイル》」と叫んだリック自身にに何かしらの変化があった訳でもない。その結果にリックは一瞬だけ首を(かし)げた。


 そうなるのも仕方がないかも知れない。リックの見える範囲では何の変化も起こっていないのだから。た・だ・し、リックの視線の先にいるはずのハッピーが纏っていた《ウォータ》を除いて。


 風の中位精霊ゲイルから得たゲイルの能力は、攻撃以外の魔法の解除。攻撃する力も威力も持たない、魔法を解除する…それだけしか出来ない単純な魔法。ただ、今のリックにとって一番必要で有り難い魔法でも有った。


 ー称号〈守護者研修中〉が〈それで精霊の守護者が務まると思うのか〉に変化しましたー


 緊迫した空気を読まない聞き慣れた無機質な音声。当然、模擬戦だけに集中していたリックには聞こえていなかった。仮に、聞こえていれば、それはもう模擬戦どころではなかっただろう。それくらい不可思議な称号名をしている。


「そこか、《スタンパラライズ》」

 《水の糸》を通じて、ハッピーの位置を感知して興奮したリックは、無詠唱が可能となり今のリックに必要の無なくなったはずの詠唱を言葉に出す。


 そして、それは数多くの獣を捉えてきた時と同じように…必勝の如く確実にハッピーを捉えた。


「ビリビリ~、ビリビリ~、ハッピーアウト~」

 最後の気力を振り絞ったのか、痺れた身体で自らの負け(降参)を堂々と宣言し、その場に倒れ込んだハッピー。それは同時に、リックの勝利…を意味するはずだった。


(すき)有り~、忍法(にんぽう)《スタンパラライズ》返し~」

 どさくさに紛れて、リックの背後にまで近寄っていたラッキーの存在さえなければの話だが…。


「…なっ」

 たった一言の「何?」すら言わせて貰えず、リックは意識を失った。





 リックは夢を見ていた。「ビリビリ~、ビリビリ~、ハッピーアウト」リックの夢の中だけで、何度となく繰り返されているハッピーを倒し(あくまでもルールの上での話)勝利を確信した栄光の一時。


 どうやらリックの夢の中では、そのシーンだけが鮮明に頭に焼き付いているらしい。


 だが、やがてそれも終わりを向かえる事になる…徐々にはっきりしてきた意識とリックが倒れる前に聞いたラッキーの言葉「隙有り~」と、ともに…


「なっ、何?」

 リックは混濁する意識から逃れながらでも、身構えるように起き上がった。そこは見慣れ部屋の中の慣れ親しんだベッドの上。


 この部屋やベッドも異世界転生当初のものから随分と様変わりしている。建物は全て木製のログハウス風(雨風を完全防備)で部屋は寝室とキッチンと一体化したリビングの二部屋も有る。何もない森の中にしては非常に豪華な仕様だろう。ちなみに木製ながら開閉の()く窓も備え付けられていた。


 寝室のベッドも全て木で出来ており、獣の毛皮で編んだ敷き布団と掛け布団。その布団セットの中には、よく乾燥させた干し草がこれでもかと詰め込まれていた。どちらも少し固めな出来となっているが、獣の毛並みと相まって、寝ている分には非常に気持ちが良かった。


「主~、十時間経過~、やっと起きた~」


「主~、ごめんね~。それでも結果はラッキーの勝ち~」

 器用に翼の先でVの字をつくるラッキーとリックを心配しながらもラッキーの勝利を称えるハッピー。


「あぁ、なんとなくだけど覚えているよ。運んでくれたのは…」


「それはラッキーしかいない~」

 手を挙げるように翼を挙げて見せるラッキー。


 まぁ、それしかないだろう。僕と同じように倒れたハッピーが僕を運ぶのはまず不可能だ。


 (のち)に、ハッピーが自身の十時間に対して、一時間程度で回復した事を知るとさらに凹む事となるリックだが、それは別の話だ。


 ちなみに、リックが起きるまでにハッピーよりも時間を要した理由は、野生にまみれた慣れない異世界生活で日頃の疲れが溜まっていたからなのとベッドが気持ち良すぎたからなのだが、同じように疲れが溜まっていた二匹を含め、誰もその事に気付く事はなかった。


「ありがとな。でも、どうやってハッピーとラッキーは僕に近付けたんだ?」


 この質問に対し、ハッピーは《ウォータ》を全身に纏ってリックの視覚から堂々と近付いた事を伝え、ラッキーは【風魔法】の《エア》で空気を軽く振動させ、揺れる《水の糸》を見極め、張り巡らされた《水の糸》を()けて近付いていた事をリックに伝えた。


「そんな簡単な方法でか…」

 当然、他にも色々と水蜘蛛の巣を破る方法は有るだろう。だけど、誰でも使えるような簡単な魔法で破られるとは思っても見なかったリック。その動揺は隠しきれないものが有った。


「そう言う時も有る~」

 慰めているのかいないのか分からないハッピーの一言に陸は打ちひしがれた。


「…そうかもな。あっ、そうだ。模擬戦の途中で精霊がパンタスマグリアこの中に入ったと言うか、吸収されたと言うか、一つになって風の精霊属性が追加されちゃったんたけど…それは大丈夫かな?」

 模擬戦の最中(さなか)に起きた最大の疑問。ハッピーやラッキーに(たず)ねても答えを得られると思っていないリックだが、訪ねずにはいられなかった。


「大丈夫~」「大丈夫~」「多くの精霊~」「いっぱい興味~」「の中から~」「選抜~」「最終的に~」「風の精霊さん~」「Win~」「You~」「Win~」

 普通に聞いている分には簡単に意味が伝わりそうだが、残念ながらリックには伝わらなかった。


 その後何回も二匹に聞き取りを行い要約すると、この二ヶ月近いディーヴァの森でのリックの生活(重に状態異常や空腹で苦しんでのたうちまわっている姿や日記に愚痴を書いているダークな姿)を、珍しいもの見たさのディーヴァの森に住む多くの精霊が気に入り、その多くが一緒に行きたいと言いだし、収拾が付かないくらい大規模な争いが起きたらしい。その結果、リック達の知らないところで風の精霊さんが勝ち上がってパンタスマグリアと融合したと言う訳だ。


 言葉にするとコンパクトに(短く)まとまったが、風の精霊さんが勝ち上がるまでには様々なドラマも有ったようだ。精霊が見えて普通に話が出来るラッキーとハッピーはリックの修行を見ながら、精霊達の争いもとい、大運動会も楽しんでいたらしい。


 大運動会第十一日目に起きた、風の精霊さんが火の精霊さんにせり勝つところが大会全二十日間を通じて一番の見物(みもの)だったようだけど、言葉足らずな二匹の説明ではその面白さが十分の一もリックには伝わらなかった。


 何としてでも、その面白さを知りたかったリックは何とか聞き出そうと色々と試行錯誤をして粘ってみたが、唯一の希望であった当の精霊さん本人もパンタスマグリアと融合した為に、すでに喋る事が出来なかった。非常に残念なリックだった。





 一夜開けて…


「さてと…少し名残惜しい気もするけど、色々な能力(スキル)も確認出来た事だし、そろそろここを離れるとしますかね」

 立つ鳥(あと)(にご)さずの(ごと)く、ディーヴァの森に何一つ残さず(・・・・・・)旅立つ準備を進めるリック達。インベントリに入れるものは入れる。使ってきた食器や家具は勿論の事、ログハウス風の拠点まで…何一つ残さず。


「主~、やっと~?さすがに長かった~」

 言葉では「やっと~」と言いながらも、どこか名残惜しそうにしているラッキー。


「こう言うのは出だし(最初)が肝心だからな。今後の為にも、きっちりやっておきたかっだんよ。ごめんな」

 その言葉が示す通り、自身の持つスキルの確認から新しいスキルの確保とその成長。それに、異世界で生き抜く為の生活基盤の確保。それらを踏まえた上での修行期間。ラッキーやハッピーと出会えたが為に多少当初の計画よりも長くなったが、それも想定の範囲内。


「良いよ~、もうなれた~。主の作るご飯が美味しかったら許す~」

 全ての事に食事が勝るハッピー。

 

「あれくらいで満足されても僕は困るけどな。ここから出れば、新しい食材とも出会えるだろ?そっちも期待していていいぞ」

 料理に多少なりと自信のあるリックは、獣の肉や魚が美味しく焼ける程度では満足していなかった。そもそも、リックはディーヴァの森の中で、食べてはいたが食事(・・)をしたとは思っていないのだから。


「それじゃあ、行こうか。行ってきます」


「行ってくる~」「みんな~、またね~」


 二ヶ月間お世話になったディーヴァの森と目に見えぬ多くの精霊達に深くお辞儀をして、リックは新たな第一歩を踏み出した。

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