1ー異世界転生は突然に 10
長いカウントダウンの終了と共に、神鳥ラックバードの卵に斜め方向にV字に見える光るヒビ割れが入った。それはやがて亀裂の頂点同士を結ぶかのような第三の亀裂が入り、卵には三角形を模した破片が浮かび上がった。
その亀裂が入る一連の流れを喰い入るように見ていた陸の、ゴックリとゆっくり唾を飲み込む音も亀裂音と共に辺り一帯に響きわたった。その時、すでに陸の両手にはパンタスマグリアで出来たフォークとナイフが握られていた。
卵と三角形を模した破片の距離がゆっくりと離れ、その隙間からは溢れるように白と黒の閃光のような光が漏れ出した。ナイフとフォークを握る陸の両手にもさらなる力が加わっていく。
その時だった…
「えっ?」
陸が一つの卵から出る二つの違和感に気付いた時には、神鳥の卵の隙間からは二つの可愛らしい嘴が顔を出していた。
「チュッチュッ」
「チュピチュピ」
そこには可愛らしい鳥の声が二つ。その発信元となる、なんとも言えない愛らしい顔も二つ。陸が驚いた隙に、二つの嘴が卵の殻を割り、卵からは白と黒の二匹の鳥…神鳥が顔を出していた。
「お、おはよ?で良いのか?分かるのか?」
二匹につられるように社交的な挨拶を交わす陸。この時すでに、陸の肉への強い食欲は消え失せはじめていた。
「チュッチュッ」
身体に似合わない小さな翼を上下にはためかせ、少し高い声で鳴く黒い羽毛。黒い二本の長い鶏冠と、赤と緑の混じった長い尾を持つ神鳥。その瞳は尾と同じ赤色と緑色の虹彩異色症をしていた。
「チュピチュピ」
こちらも身体に似合わない小さな翼を前後にはためかせ、少し低い声で鳴く白い羽毛。一本の白くて長太い鶏冠と、青と黄の混じった長い尾を持つ神鳥。こちらも、瞳は尾と同じ青色と黄色のオッドアイをしている。
産まれてすぐが故か、二匹共の鳴き声は各々に特徴的だが、その鳴き声を言葉として聞き取る事に全く苦労しない陸。そして、その手にはさっきまで力強く握られていたフォークとナイフの姿はなかった。
「チュッチュッ」「チュピチュピ」「チュッチュッ」「チュピチュピ」
二匹が協力して一つの言葉を紡ぐように鳴く。
「名前?僕がか?ってか、何で僕は鳥の鳴き声が分かるんだ?」
鳥の言葉が分かる自分自身に疑問を持ち、自らのステータスを確認する陸。そこで、【異語変換】に気付いた。
「チュッチュッ」「チュピチュピ」「チュッチュッ」「チュピチュピ」「チュッチュッ」「チュピチュピ」「チュッチュッ」「チュピチュピ」
まるで合唱のような鳴き声だが、陸には一つの流れる言葉のように聞こえていた。それが不思議で仕方がなかった陸は、黒い鳥と白い鳥に言われるがまま、名前を考える。もう、陸にとって二匹の鳥は食糧に見えていない。
「じゃあ、黒い方が幸運…ラッキー・シュヴァルツで、白い方が幸福…ハッピー・ヴァイスでどうだ?」
急に名付けろと言われた陸は少し考えて、神鳥ラックバード…幸運や幸福を呼ぶ鳥にペットのような名前を提案した。
二匹の身体は、一瞬だけ各々の体毛に似た淡い光を纏った。
その光が消えると、ヒヨコサイズの幼く可愛らしい身体をしていた二匹の神鳥は、二回りほどの大きく立派な身体と身体全てを覆い尽くす触ると気持ち良さそうな艶やかな羽毛、そして身体と同じくらいの大きな翼を得ていた。元から長く立派だった尾は、さらに長く美しい姿に変貌を遂げていた。
だが、そんな目まぐるしい身体の変化をも、些細な変化だと言わんばかりな流暢な言葉で二匹は陸に忠誠を誓う。
「与えられた名はラッキー・シュヴァルツ(黒い幸運)、死を迎えるまで主に付き従う事をこの名に誓う。これで契約完了~。主~、ありがと」
「与えられた名はハッピー・ヴァイス(白い幸福)、死を迎えるまで主に付き従う事をこの名に誓う。こっちも契約完了~。主~、ありがとなの」
右の翼を綺麗に折り曲げ、まるで熟練の執事のような立ち振舞いを見せるラッキーとハッピーの二匹の神鳥。その一連の出来事のあまりの衝撃に陸はその場に立ち尽くすしかなかった。
「えっ~と、待ってくれよ。ラッキーとハッピーの話をまとめるとだ。本来は一匹の神鳥ラックバードと言う存在だったけど、僕の【不運・神】のせいで、劣化…能力が二つに分散された状態の二匹が別れて生まれてきた。卵の時に見ていた僕(驚くような恥ずかしい数々の出来事)に対しての記憶はあるけど、自分達の意識や記憶はない。僕と契約した…つまり、使い魔になってくれたのは見ていて面白そうだと思ったから。僕がラッキーとハッピーの鳴き声の意味が分かったのは【異語変換】の能力。僕が名前を付けたのが使い魔との主従契約で、その時一気に成長したのは使い魔との契約で主人側…今回の場合は僕の魔力を受け取ったから。これはリヴァースでは当たり前の事なので、驚く必要はない。…で、おおよそのところは間違いないかな?」
ラッキーとハッピーが自己紹介のように話してくれた話を、陸は自分自身に言い聞かせるように必死でまとめた。
ちなみに、二匹に性別の違いはなかった。雄で有り、雌でも有るそうだ。こう言うのを、確か…雌雄同体と言うんだったっけ?
「合ってる~」
「大正解~」
気の抜けるような二匹の回答に対して、ひとまず安心出来たような、その忠誠心には一抹の不安を抱えたような、なんとも言えない複雑な感情を陸は抱いていた。
それでも、この一人だけの十日間を覆すような相棒達とのかけがえのない出会い。それはこの先、陸が異世界で生きていくのに、最も大切な出会いとなるのであった。
「なんとなくは分かったよ。そう言う事で、これからヨロシクな」
「「ご主人様~、ヨロシク~」」
はじめて重なった二匹の声…それは、陸が今までに聞いた音の中で一番美しいものだった。




