「盲目な恋をした」
「盲目な恋をした」
僕は生まれつき目が見えない
先天性の数少ない症例だそうで、見るために必要な細胞が元々欠けていた。無いまま産まれてきた
そんな僕を母は気味悪がった。
殺して産み直したい、いなかったことにしたいと、父が居ないときにいつも言われた
――お前のせいで普通の家庭じゃ、家族じゃなくなってしまった
――なんで私だけ、他の母友の子供はあんなに可愛いのに。私はなんて不幸なの
母のその声が、恨みや憎しみや悔しさだと…なんとなくは分かった
永遠的に障害者。家族と世界のお荷物、ゴミ
僕はそんな存在なんだ。
唯一父は生まれてきてくれて良かったと言っていたが、障害者保障の多重受け取りで逮捕されてしまった
金さえも得られなくなった僕は絞りカスで、
きっと僕が不慮の事故で死んでしまったりした方が、社会に貢献できる、母も喜ぶ
そんな存在だった僕は、幼稚園に通うこともなく特別学級のない普通の公立小学校に放り込まれた
母は学校のこと、教育のこと、全てに無関心で、ただいつもこう言った。
目立たないで、名字は絶対にばらさないで、放課後は学校以外で遊ばないで、外では私に話し掛けないで…と。
そう言い聞かせられて、僕は笑わなく、泣かなく、喋らなくなった
勿論そんな状態の子と仲良くしようとする人は居ない。友達は出来なかった。
幼児の頃の勉強なんて、テレビ以外はしてくれなかったから勉強も全然出来なくて
人間にもなれていない僕に、担任の先生は優しかったけれど…
その優しさはどこか母や父と似ていて冷めていた
仕事だから。先生の声からは全てが滲み出していて、すぐに周りの人と同じになった。
何もかもが真っ暗で、真っ黒で…怖かった。
怖くて、心の中がすぐ泣いてしまって、歯を食いしばって、笑われて。虚しくて、苦しくて
……寂しかった
「なぁ、それ何作ってんの?」
ある日、放課後の学校。
手探りで砂場で遊んでいたら、明るい声で話し掛けられた。
前に遊んでいた時は誰かに突然手を踏まれたから身構える
「オレすっごい気になるんだけど」
「……」
相手がしゃがんで、声と、距離が近くなる。
慎重に、刺激せずに、ゆっくりと。僕は足をずらして離れようとした
「オレの声、聞こえてる?おーい」
でも、その声は少し緊張していて。ただ、緊張しているだけで…黒くなくて
砂みたいに、サラサラしていた
ほんの少しくらい、話しても大丈夫かな…
攻撃されたら、丸まって、頭と心臓とみぞうちと股間を隠せば良いんだ
「……くるま」
「車?これが?」
高く丸い山と、そこに指で掘ったタイヤらしき円(テレビの情報のうろ覚え)
キョトンとした彼の声に僕は怯えた
「ギャハハッ!こんなんくるまじゃねーし!」
他にも人がいた。
砂弄りに夢中で気が付けなかった
「やっぱこいつ目だけじゃなくて頭にも障害あるんだって!
保健の先生言ってたぞ!たかやくんは心がー…って」
「ほらけんたぁ、そんなメクラほっといてサッカーしようぜ」
……。
泥が固まって皮膚みたいになった手のひらをギュッと握った。
爪に砂が食い込んで少し痛い
そうだ、この拳で耳を塞ごう。けんた、と呼ばれた少年も、また僕を笑うんだ
「んー…。たし、か、ポッケに……」
「……?」
ガサゴソと服の、パーカーっぽい素材の布が擦れる音がする。
その中にはカラカラとした、プラスチックの軽い音と
カサカサというツルツルした紙同士がぶつかり合う音
「けんた?」
走り去ろうとしていた別の男子が足を止める。
なんでそいつに構うの、そういう声だった
「あー、先にサッカーやってて。オレ後で行ってキーパーやるわ」
「キーパーは最初から必要だろうがっ!!」
「そうだそうだ!」
「分かってないな。…オレが居ない間はゴールに入れ放題だぞ」
「ちょ、その顔w」
「んだよそのドヤ顔!」
けんたに来て欲しい。そういう高い声で、男子が文句を垂れている
「偉そうな口叩くなっ。健太そんなにキーパー上手くねーし」
「別に良いだろ。上手すぎたらシュート決まんなくてつまんないし」
「でも」
「ちょっと、こいつに見せたい…あー、渡したいものがあるからさ」
「……ちぇー」
「どうするあきとー」
「あっ」
晶人と呼ばれた少年の、何か思い付きました、という声。
僕が嫌いな、黒い音
「そいつの側にいると、菌で移って目が見えなくなるんだって!」
「は?」
「この前習っただろ?菌って、一回のくしゃみだけでめーっちゃ飛ぶんだぜ」
「早く逃げないと、俺らもこいつみたいに目ぇなくなるぞ!」
まだ入学して一年未満。
増えていく悪口、絶えない噂、嘲笑。
もう慣れた、これが僕の日常だ
「えー、まじかよー()」
「こっわー…こいつ今すぐにでもかくりしないとじゃね?!」
「……」
健太がすっと立つ
「晶人」
「っ……!」
低めになったけんたの声。
少し怒った、スベスベした声
「あんま嘘付いてっと、肝心なときに誰も信じてくれなくなっちゃうぞ」
「……」
狼と少年と、羊の話だ。
3チャンネルでたまにやってる人形劇の
背後に流れる演奏が妙に近くて気味が悪くて、最期は狼に羊も少年も食べられてしまう自業自得なお話
「何だよそれ、説教?」
「けんたー。おまえ、あきとのおかーちゃんみt」
「違うよ」
健太が静かに、はっきりとした発音で言った
「違う。心配してんの。この前跳び箱で捻挫したときも、体育の先生にズル休み疑われてたろ」
「……」
晶人が黙る
「痛いってときに、痛いって言えなきゃ駄目だ」
「で」
耳のすぐ傍で吐息混じりの声がして、
「それが、相手にちゃんと伝わらなくちゃ駄目だ」
「な」
頭をポンと撫でられた。
なんで…僕の
僕の…頭を……
僕…は……
そのとき、僕は何故か泣いていた。涙が止まらなかった。
その手が温かくて、凄く、優しかったから
「ひっく…、う…」
「気持ちわる」
突き刺さった冷たい声。
僕の涙は一瞬で恐怖からのものに変わり、我慢する毎日の習慣から止まる
何優しいことしてんの、何手を差し伸べてんの、
何で一緒になって苛めて遊べないの、同調しろよ、沢山の感情が入り交じった声。
少し悲しそうな声、でも僕は大嫌いだ。
とても怖い、簡単に暴力が出来る人の声だから
「晶人」
「俺達、先行ってるから」
「はやくこいよぉ」
「ドリブルっ、競おうぜ!」
「ああ」
「ほんっと健太って、お人好しだよな。"悪い"意味で」
晶人はそう吐き捨てた。
健太を置いて、三人の男子が去っていく。
ザッザッと足を地に擦らせながら遠くへ、遠くへ
遠い……、戻って来ないかもしれない…
「あ……」
もしかしたら、健太も苛められてしまうかもしれない。
そしたら……僕のせいだ
「気にすんな。あいつ究極のツンデレだから」
「オレに対しても、自分に対しても、さ」
ポンポンと頭を撫でられる
「あぁそうだ。さっき思い出してたのはなー」
再び健太は服のポッケを漁る。
胸、腹、腕と探して、
「ほら、これ。ちょっと手出してみ……」
「手きったないなお前!」
突然の大きな音に心臓が揺れる
「お前そんな手で目拭いてたのか、雑菌入るぞ」
「どうせ、みえないもん」
「見えなくても目は目だろ。汚れたら、きっと病気にもなる。ほらちょっと水道行くぞ」
熱い彼の手を引かれ、手洗い場に連れて来られた。
初めて繋いだ人の肌の感触は、乾いた泥のせいで酷くじゃりじゃりとしたものだった
「ああごめん、ちょっと強引だったか」
「べつに…このみちはあるきなれてるから」
じゃぶじゃぶと手の汚れを落としている間、牽引が雑だったことを謝られた
僕は目が見えないからなのか、
歩いた場所や聞いたことの記憶は妙に良い、耳も同じで人の動きはなんとなく察せた。
明らかに物の移動さえなければ、市役所で貰った杖の補助だけで歩けていた。
見えなくて当然の自分ではなんとも思っていなかったことを謝られて
なんだかよく分からなくてキョトンとする
「そっか」
「取り敢えずここにでも座るか。砂場戻るとまた汚れるし」
「…うん」
脇にある花壇に、僕と健太は二人で座る
「じゃ、ほら。手ぇ出してみろ」
「……」
僕は手を出せない。
出したくても、体が言うことを聞かなかった
「そんな変なもんは乗せないよ。何、誰かにそんな感じのことされたか?」
「ミミズ、のせられた」
「ミミズかぁー!」
健太がオーバーリアクションで仰け反る
「ミミズはオレも釣りエサとかじゃなきゃ触りたくないなぁー。ちゃんと怒ったか」
「おこる…?」
怒る?何に?僕がこの世に生まれてきてしまったことに?
怒るってなんだ、母は常に怒ってるけど、僕はずっと怒られる側だ。
僕は
「止めろてめぇらっ…!て」
ドキツイ健太の雄叫びに、全てのモヤモヤが消し飛んだ。
心肺停止で死ぬかと思った。
あれ?僕は…死にたかったんじゃなかったっけ…
「そ、そんなの…むり」
大きな声で怒鳴る自分なんて、想像も実現も出来ないししたくもない。
誰かを傷付けたくない、あいつらと同じになりたくない
「僕が……悪いんだ」
僕が存在するから、皆に、迷惑をかけて…不愉快に…
「お前は悪くない」
「……!」
「でも良くもない。嫌だって言ってないからな」
心がチクリと傷付いた。
これ以上責められたくなくて、大丈夫だと思った相手が黒くなるのが怖くて、
耳を塞ごうと両手を膝の上に開く
トン、と手のひらに何か固いものが乗った
「……」
乗っかっているこれはなんだろう…。腕が強張る、動けない
「どうだ」
「これは……なに」
「取り敢えず握ってみろって」
「……これ」
「少なくとも生き物じゃないし、ばっちくないし、死んじゃった何かでもないから」
「…。うん……」
四角い、固い、冷たい。何か下の方が動く、ちょっとデコボコ……
「何だと思う?」
「しんしゅの、いし?」
「ブブー」
健太がシュッと動く。激しく早くてびっくりする。
何か、ジェスチャーでもしたんだろうか…
「これは車だ!」
「……」
車、といわれて、もう一度よく触って確認する。
長方形に近い形、横に長かった。僕の想像とは全然違う
「これが、くるま……?」
「まあ実物はもーっとでかいけどな。道路走ってるくらい、人が四、五人とか乗れちゃうくらい」
「しってる…。すごく、すぐにおとがちかづいてきて、こわいんだよ」
「見えないとただの走る凶器だもんな、そりゃ、な」
そりゃ、のところの声が凄く優しくて、むず痒い。
寄り添われている気がする。隣に座っているだけなのに
無性に体を捻りたくなるような、受け止めきれない……。””?
そのときの僕はまだその感情を知らなかったし表現出来なかった
「ん?じゃあ何で車作ってたんだ?」
「……」
健太は疑問を口にした
「…テレビで」
―正義のヒーロー、ここに到着!
かっこいい
――大丈夫かい少年、悪の団員はボクらがもうやっつけたからね
助けてくれる
「くるまが…ヒーローだったから」
「ヒーローものでっていうと、ああ。朝やってる朝ステのか。カーとナビーだっけ」
健太が知っていてくれて、少しテンションが上がった。
誰かと、好きなものを共有している気がして
毎話聞いている、アニメのことを本当は話したい
「カーはすごいちからもちであしがはやくて、ナビーはすごくあたまがいいんだ」
「バランス、良いよな」
「どんなわるいやつも、やっつけちゃうんだ…」
「……」
健太の喉が鳴って、
「やっつけてやろうか」
「え?」
求めていたまんまの発言に、僕は顔を上げた。
見えない筈の光がそこに…
「冗談」
「……え゛」
イラッとした
「ぶっ…」
「お前そんな顔もすんのなー!すっげー、あからさまに嫌そうだった」
「」
笑われて、言葉を失う。
でも。いつものような惨めな気持ちには不思議とならなかった
「それなら、口で言わなくても伝わるな」
健太は足をパタパタと揺らしている。
パタパタ、パタパタ…それはとても、規則正しい音
「なあ」
「……なに」
僕がちょっと不機嫌そうに返すと、健太が嬉しそうな息を吐いた
「お前はカーとナビーが好きか?」
「すきだよ、すっごく…!まいにちみてる…」
「もし。カーとナビーがヒーローじゃなくても、好きか」
「へ…?」
とても変なことを聞かれた。
カーとナビーはヒーローだ。長年交通法を守り続けた車が心を持ち、変形した、正義のヒーロー
二人は悪いやつから僕らを助けてくれる
「もし、カーとナビーが助けを求めたら誰が助けてくれるんだろうな」
「えっ」
変な質問の追撃。
小学一年生には難易度が高い
「それは……。けいさつ、とか…。ほかのせんたいとか…」
「お前は、どうする?」
真剣な声が、僕を真っ直ぐに射抜いていた
「もしカーとナビーに助けを求められたら」
―助けて!隆也くんっ!
なんで僕に
――助けて!隆也ちゃん!
やめて、話し掛けないで…
「た、……たすける…と、おもう…でも、もしそうなったら…」
ほんのちょっと、幻滅するかも……。
あれ、今の僕の考え方…なんだか嫌いなあいつらみたいだ…
「オレ、いつもテレビとか見ながら考えるんだよ」
「ヒーロー劇は助けて終わるけど、現実はそのあとも続くんだよなー…って」
「げんじつ…」
「もしそのあとヒーローが倒した悪が、どうなろうと、ストーリー的には終わりな訳だ」
パタ…と音が止まった
「なあ、お前は晶人見て……あぁ。聴いて、さ。どう思った」
晶人…。僕を菌呼ばわりしてきた悪い奴。
声も言葉もトゲトゲしている嫌な奴
とても「……怖い」と呟く
「あーやっぱそうなるかー…」
だよなー、という健太は、晶人という少年を下げる訳でもなく
そこには溜息まじりの、”心配”という音があった
「カーとナビーに倒されるくらい悪いやつかな」
「……」
あいつは最低なやつだ。
最低なやつだけれど…多分、自分でもよく分かってない感じ…
やってることとか、言ってることがちぐはぐしていて、
「悲しそうだった」
「やっぱそう思う?」
健太の髪の毛がさら…と流れる。首を傾げて、僕を見ている
「晶人とお前は……。なんかちょっと似てるな」
「うそ…」
あんないじめっこと似てると言われて呆然とする
「嘘じゃないよ」
「…似てるせいで、どうしようもなく仲良くなれそうにない感じだ」
「カーとナビーみたいに極端に違えば、分かり合えなくとも一緒には居れるのにな」
「わかり…あう……」
「難しいなー…」
「……」
健太の複雑に難解で難しい話を聞きながら、僕はずっと小さな車を弄っていた。
左右のトゲトゲが気になって、しょうがない。
これは…砂じゃ作れない
聞きたい。
でも、うーんうーんと悩んで忙しそうな健太
「…これ、なに」
僕の欲が勝った。
口に出して質問してしまった
「ん?そこ?そこはー確か、サイドミラー」
「さいどみらー」
知らない単語を反芻する。
サイは分かるけれど、ドもミラーもなんのことやらさっぱりだった
「見えないところを、鏡で見えるようにすんだ」
「どういう感じ?」
「えーと」
「耳の横に手を置いてみ?」
「て?」
「まあまあ、こう」
手を上からそっと包まれ、誘導される。
健太の手、僕よりも大きい
「あ、って言ってみ」
「あ」
あれ、全然違う
「どうだ、音が近くなっただろ。聞き取りやすい感じ」
「うん」
「これの、目のバージョンがサイドミラー」
「……」
健太の知識に単純に尊敬した。
同時に他の部分にも興味が沸く
「じゃ、じゃあ…ここは」
「それは車の裏側だな。部品とか管とかだらけの方」
「……いがいと、ごちゃついてる」
「そりゃ、見えるとこを綺麗にしたら、他のどっかがそうなるだろ」
「このくるま…はしる?」
「走るよ。手で転がしてみ」
「……」
小さなその車は、コロコロと前にも後ろにも進む。
自分の手で、押した分だけ
「ああ、そうだ」
思い付きました、という声。
しっとり優しい、そのままの音
「その車、やるよ」
「え、でも」
「良いよ。コーラについてたオマケのミニカーだし」
照れくさそうに、ポッケに手を突っ込みながら、
「オレの変な話聞かせちゃったことへの侘びと、話し相手してくれたお礼」
「……。お礼っていうならこれは逆に安上がりすぎるか…?」
「これで…いい」
コロコロと車は僕の手で花壇のレンガを走っていた。
人生初の、自分のおもちゃ…
「え?」
「これが、いい」
「そうか。んなら良かった!」
「けんたぁー!?あきとがめっちゃきげん悪ーい!」
「早くこないともぉー、手がつけられなーいぃ!」
健太が伸びをしながら立ち上がったと思ったら、遠くでサッカーしてた男子が呼びに来ていた
良かった、健太はまた向こうの輪にも戻れるんだ
「ボールの蹴り方なんかこわいんだってー!助けてくれよぉ」
「分かった分かった」
少し呆れているけれど、相変わらずそこには健太がいた。
晶人という悪の傍にもいるのに、あいつとは全然違う。
モヤモヤはそこにはなくて、
黒じゃ示せないそれ以外の色も分からないけれど…ずっと、サラサラだった。
絶対に形が変わらない、砂みたい
「うーん…」
一変、心配そうな声が僕を向いた。
じりじりと、見られている……雰囲気
「今お前、連れてったら…。晶人がわざとボール当てに行きそうだしなぁ…」
その言葉に恐れおののく
「ぼくっ、いかない…」
「でもお前多分だけど、一年生だろ?一人で帰れてるのか?」
なんだか、親がまともでないことを見透かされていて、その上で心配されている気がする
「うん。いえが…だんちが、がっこうのよこ…だから」
「ん」
健太がサッカーの二人の方へ歩き出す
「……ん?」
ズサっと勢いよく止まる
「ちょっと待て」
ザザザと結構な速さで僕のところに戻ってきた。
立ち止まっていたらぶつかりそうで、数歩後ろに下がる
「お前の、名前聞いてたっけオレ。聞いてたらド失礼なんだけど…」
「名前が全く分からん」
何だか、そんな抜けた健太に対して僕は笑みが零れた
「あ…。ぼく、たかや」
「……。たかや、しょうがくいちねんせい」
「オレは、健太。小学四年生。オレ達…三文字同士だな」
また頭を撫でられた。
ガシガシと、力強く
「じゃ、また明日、な」
「あっ……」
咄嗟に相手の服を掴んでいた
…伝えなきゃ。
きっと、今日の健太は気まぐれで話しかけてくれただけだから
いつもは僕みたいな人間とは違うところで生きていて
このまま別れたら次はきっと、もうないから
でも僕は健太が…
僕から……
「あしたも…っぼくと、おはなししてくれる?」
「んー…」
早くと地団駄踏むサッカー友達に声が行く
「放課後さ、隆也はオレに会いたいの?」
「……」
手の中の車を痛くなるくらい握って、
「…あいたい」
相手をわざわざ引き留めて自分の意志を口に出したのは初めてだった。
相手の返答が一番怖い。笑われたくなくて、否定されたくなくて求めたことなんてなかったのに
変な、汗が垂れた
「そっか、じゃあ会いに行く」
「……!」
「いいのかけんた、あきと怒るぞ」
「んー?そしたらー……晶人も巻き込む」
「むりだろーw。あいつ、怖いし」
すーぐ殴るぞど一人が言う。
あいつの親べんごしだしともう一人も続ける
「ふぅー……」
そんな一人に、健太は一息ついて、
「まさと、タケ。お前ら、さては隆也のことそんな気にしてないな?」
「え……?」
どういうこと
「気にするって何が?おれなんか言ったけ」
「あはは、菌で目が見えなくなるわけないじゃん!だったらとっくにぱんでみっくだろw」
「あー、そんなことあったっけ。もうすっかり忘れてた。だいぶ昔、過去だもん」
「……!」
「ノリだよノリ!」
「なー」
「だってさ、…隆也」
耳元で囁かれる
「案外そんなもんだ。あんま、気にすんな」
またなと健太は念押ししてくれて、手を振るときの服の擦れた音がした
その日から、放課後の少しの間健太が遊びに来るようになった
カタカタカタ、ページ1…
「……何やってんだ隆也」
「うわぁ!?」
そこまで書き込んだところで肩を叩かれた。
慌ててパソコンを畳んで、読み上げ確認用のヘッドホンを外す
「み……見た…?」
「え?いや。見れなかったけど」
「そ、そっか……」
一安心、いや心の底からほっとする
「にしても珍しいな、お前がそんなポチポチパソコン打つなんて」
「依頼も結構来るし、絵筆ばっか持ってるのに…」
僕は盲目の画家として、それなりに世間で有名になっていた。
相変わらず黒い声で世界はひしめき合っていて、
僕のことも詐欺師だとか嘘吐きだとか、障害者のくせに生きてるなだとか言われるけれど
健太はずっと、傍にいてくれた。自分のことじゃないのに怒って、喜んでくれた。
温かくて、ずっと一緒に居たくて、健太に何かしてあげたくて、そんな毎日……
「あっ」
健太の声がニヤついている
「えっ」
僕の気持ちがとうとうバレたかと期待と羞恥で顔が赤くなる
「もしかして、彼女でも出来たか?」
「~~~…」
言葉に出来ない。
知らない誰かに、熱心にメールを打っていたと思われたらしい
「出来てないっ」
「何だよ拗ねんなよ」
椅子に座っている後ろから抱かれる
「だ、……だからね?健太」
「ん?どした」
「……」
挨拶のような一瞬の抱擁。もう離れてしまって少し寂しい
思い返せば健太は昔から誰に対してもスキンシップが多かった。
あの晶人に対しても
女性にも普通に触る…が、顔がイケメンらしくそんな咎められていない
「健太は、今彼女いるの」
「どうしたいきなり」
「いたか、…思い出せなくて」
「今はいないなー。前の彼女には凄い感謝されたぞ」
「け、健太……」
その振られ方、もう七回目…
しかも、健太はいつも告白されて付き合って、振られている
女子がイケメンに釣られて何となく告白→健太は恋人いなければ基本付き合っちゃう、
これが最大の問題。
健太曰く、断る理由がない…と。
別に女好きでも何でもなく、デートでもなければ僕の事情を優先したりするから訳が分からない
結果、彼女の方は健太が親身に話してくれて、
健太の無償の愛を受けて、自分の本当の好きな人ややりたいことが分かる……らしい。
様は…好きな人が出来ました、別れましょう。僕なら許せない…
恋人から友達に降格していく感じで次々と別れて行くのに
彼女達と健太はむしろ仲良くなっていて。連絡も取り合ったりしている。
元彼女の一人に聞いたが、健太は危険な匂いがしないから気が楽とのこと。
それは、自分が楽なだけじゃないか。僕はますます許せない
なのに…当の本人はそれを全く気にしていない。
むしろすがすがしそうだ。
健太が唯一気にすることは、きっと自分の周りが悩んでたり苦しんでたりすることだけなんだと
出会いから僕が19歳になるまでの付き合いで分かった
「で。メールじゃないなら何書いてたんだ?」
「うっ」
話を逸らしてかわせたと思っていたのに追及された。
ここまで聞かれて、答えないのは…健太に失礼だ……
「そのー」
「やっぱメール?」
「違うっ!てば…」
「だ、大学の先生に言われたんだ…絵を描くのに大事なのは、心だって」
海外でストリートアーティストをしていた里山先生は、
結婚を期に不定期収入の絵をやめ講師に落ち着いた、耳が聞こえない男性だ。
海外での活動理由は、耳が聞こえなきゃ意志の伝え方も限られるし
逆にどこでも通用すると思ったから……らしい。
盲目と、聾唖。正直コミュニケーションが取りずらいけれど、
読み上げソフトを使って僕にいつも話し掛けてくれる。
そんな変わった先生の指導の下、僕は絵の下地について学んでいた
「目が見えないなら、自分の心の中、想い。その重要度、比重?はもっと増すぞー…って」
「うん?」
「で、過去の思い出とかもリストアップすれば何か新しいアイディアに繋がるんじゃないかって」
「へえ……なんか哲学的だな」
「……」
うん、説明終わりで大丈夫かな。
嘘はついていないし…これで
「え、で?そんな隠されるとめっちゃ気になるわ」
ずいずいと寄られる
「あ…だから…」
ふんすふんすと鼻息が当たる
「その」
「えと…」
もう、駄目……
「昔のことから、つらつら書いてた…」
ノーパソを抱え、がっくりと肩を下げる。出来れば隠しておきたかった…
「ああ、晶人と本気で喧嘩してみたこととか?」
「あ、あれは黒歴史だよ!」
目が見えないのに晶人と殴り合った、あの現状たった一回だけのマジギレは…余り思い出したくない
「そうじゃなくて……」
健太のことだよ、なんて、言えない。
変に困らせそう
「ん?」
声が、近い…
湿気を含んだ息が、かかって。かかった場所から、溶けちゃいそう
「こう、年代別に、ね?」
「うん」
「……」
「それって、もしかして…言いたくないことか?」
ちょっとしつこかったかな、と声が少し遠慮している
「そ、そんなことは」
むしろ言いたい。言いまくりたい。
でも絶対嫌われたくない、引かれたくない。
健太は百パーセントの確率でそっちじゃないと思うし、
僕だって健太相手になだけでそういう性癖じゃない。
関係が崩れるくらいなら…言わない方がずっとマシ
「じゃ、言っちゃえよ」
なのに、僕の想い人は悪魔のようにそう囁いて、肩を抱いてくる。
心臓が…鼓動がおかしくなって千切れそうだ
「…その言葉、なんか悪役みたい」
「オレは意外と悪だぜ?」
今やってるドラマのセリフだ。
チョイワルおやじが、不良学生を更生させていく物語の決め台詞。
ちょうど二人で大学から帰ってきた後の時間帯にやっていて、ご飯のタイミングに見ている
「もう……」
この言葉を言われた生徒は、嘘が暫く言えなくなるのだ。
…ドラマの中の話だけれど
「健太のこと、書いてた」
「へぇ?」
「健太と初めて会って、話して……そのこと」
「…そっか」
何気なくパソコンを開かれて慌てる。
更に、閉じようとしたら指の間に指を挟まれて妨害された。するり、と絡まる肌に動揺する
「別に隠さなくても良いのに」
「うう…だって……」
記憶を頼りにしているから、若干美化してるかもしれないし…恥ずかしい。
もしかしたら妄想の部分もあるかも…
「……。オレ、そんな耳元で囁いたりしたっけ」
「うわあぁあぁあ!だから読まないでってば!」
羞恥を力に変え、二人の手ごとパソコンを畳む
「うおぉおお!?」
「あっ、ごめっ…!」
かっとなってしまった。僕はなんてことを
「い、痛かった……?」
「いや、ただびっくりした」
「ごめん…」
「……」
手の甲をさすってなんとか…
「隆也はほんとオレのこと好きだよな」
「!?」
不意打ちの爆弾発言に硬直する
あれ、もしかして気が付いてる…?
「オレもすっげー好きだよ」
「~~~ッ--!!」
内心、悶える
健太は出会った頃から人の心に敏感だ。
相手が苦しんでいると、すぐ寄り添って、
引っ張り上げて…したくないことしちゃったら頭も叩いてくれる
何故、健太は恋愛のことだけは鈍いのか。
それだけが、解せない
「オレのこと話す隆也は楽しそうでさ、何かこっちまでエネルギー貰える気がする」
「そんなこと…ない、僕の方が貰ってる」
「いやいや、オレの方が」
「僕の方が!」
無邪気にはしゃぐ健太は23歳。
お互いに大学生で、アパートを一部屋だけ借りてルームシェアしている。
毎日は確かに楽しい
でも…僕は
溜まりに溜まって……胸が、少し
おわり
彼らのエピソードは時間軸順ではなくバラバラに、思い出す形で短編で書いていきたいです。
昔書いた短く拙い文章ですがここまで読んで頂きありがとうございました。