3.11 禁書
――禁書庫。王城の地下にある図書室の更に奥に設けられているこの場所は、国指定の超重要な書物が大量に納められている。
それこそ失われた魔法に関する本から一冊で国の経営が傾くような機密性が高い過去の裏帳簿まで多種多様の本がここにはある。
そんなパンドラの箱のバーゲンセールなこの場所に結弦たちはとある人物の情報を求めてやって来ていた。
以前ザイードで出くわしたグリードについてだ。
力が弱っているとはいえ神であるフィリアと互角の闘いを繰り広げた奴は去り際に『末路わぬ者たちが解き放たれた』と言っていた。――正直、あいつが言っていた事は俺にはまったく理解できなかったが、フィリアにはどうやら心当たりがあったらしい。
そしてその心当たりがここにあるんだが……
「ようやく着きましたね。王城内を歩く何倍も大変でした」
「あぁ、これ絶対地下の敷地面積は城の数倍はあるな」
フィリアが言う心当たりの変遷記を求めて結弦たちは禁書庫エリアのとある一角に到着した。
ここまで無機質なゴーレムを倒すこと数十回、当初予想していた何倍も広く、そして大量の戦闘に結弦やアリスは心身共にクタクタになっていた。
『情けないわね。ゴーレムはほとんどレンが片付けたのだからこんなことで音を上げないで欲しいものだわ』
「へいへい、どうせ俺はもやしっ子ですよ~だ」
誰のせいでこんなとこまで来るハメになったと思ってるんだ! っと結弦は不貞腐れる。
「ま、まぁとにもかくにも目的地に到達したんですし少し休憩しましょう?」
「そうですね。私は皆様の後ろをただ付いていっただけなので疲労はありませんし、後は私とフィリア様に任せて皆様は休憩してください」
場の空気が悪くなり始めたのを感じたアリスとエステルは結弦たちの一時休憩を提案した。
「すまんな。じゃあお言葉に甘えて少し休ませてもらうわ」
「じゃのぅ。童も少し禁書とやらに興味があるし、休憩がてら二、三冊読むとするかのぅ」
白音や他の面々も賛同し、一同は手頃な本を片手にその場に座り込むのであった。
「さて、確か変遷記は……これですね」
エステルは目的の書架から一冊の古びた本を取り出す。
それは表紙を黒革で鞣した上質な作りをしており、人の顔くらいは優に越す厚さを持つ重厚な本だった。
そして驚くことに本の状態は非常に良く、とても何千年も昔からあるとは思えなかった。――おそらく、魔導書に組み込まれた保存の魔法か何かが働いているのだろう。
「ではフィリア様、ご指示を頂いてもよろしいですか?」
『えぇ、わかったわ。――まずは……』
フィリアがエステルに本の取り扱いを指南する。
本の読み方がフィリアにしか分からないため、エステルは彼女の手となり目となる必要がある。
「どうやら向こうも作業に取りかかったみたいだな。レン、悪いが周辺警戒は任せてもいいか?」
「だいじょうぶなの~」
「では、頼んだ」
「あい」
結弦はこの中で一番索敵能力に優れるレンに周辺の警戒を頼む。――まぁ見るからに手持無沙汰だったと言うのが一番の理由だが……
ここまでの過程でゴーレムの警備範囲は基本的に被らないようになっていることが分かっている。――というのも、どうやらゴーレムに備わっている自律思考は非常に原始的らしく、一定の距離を逃げきると追ってこなくなる仕様だった。もしかしたら警備範囲が被るとゴーレム同士で潰しあってしまうのかもしれない。
その為、この区画のゴーレムを倒せばとりあえずは安全だと結弦は考えていた。
「それじゃあ、俺も適当にその辺の本でも眺めながら時間を潰すかな」
結弦はエステルたちが格闘している書架とは別の棚から少し薄目の本を抜き取る。
本は『グラジオラスの二人の姫』というタイトルで、変遷記ほど良い保存状態ではないが、それなりに綺麗な見た目だった。――恐らく最近蔵書された本なのだろう。それよりも、こんな本が禁書指定されるとはどういうことだろう?
「ちょっと気になるな」
結弦は少しの疑念を抱きつつ、薄い本の表紙を捲る。
== グラジオラスの二人の姫 ==
――1頁
始めに、この手記を見た貴方には、この後綴る内容を生涯他言しないことを誓って欲しい。
さもなくば大人しく本を閉じて棚に戻して欲しい。
愚かな統治者
――2頁
私には愛する妻がいた。
それは私が皇太子という若かりし頃のとある日、諸国会議を終わらせ城に戻る途中のことであった。
ふと小腹が空き、道中の茶店に寄った。
そこは何処にでもある普通の店であったが私はそこで人生で最愛の妻となる人と出会った。
――30項
ようやく生れた我が最愛の娘は顔の造りは私に、髪や瞳の色は妻に似た天使のような面持ちをしていた。
私の人生でこれほど嬉しいことは無いと方々に触れ回るだけでこの年は終わってしまうほどに私はこの娘を溺愛した。
――35項
しかし、幸せだった日々は僅か一年で崩れ去った。
突如、私が最愛とする妻と娘が消えてしまった。
私は私が真に信ずる者たちを総動員して国中を捜索させた。――が、私の愛する二人を見つけることは叶わなかった。
――40項
月日が立ち大臣の進言に耳を傾けた私は、あろうことか妻と娘そっくりの変り身を立てることにした。当時の私は心が荒みきり正常な判断が出来なかった。今思えばなんと罪深いことかと嘆くばかりである。
――65項
今の私は失ってしまった二人を今の妻と娘に重ねてしまう。当然だが今私の側で支えてくれている二人を私は愛している。しかし、どうしても私の人生に華を添えてくれた二人を忘れることは出来ない。このような業の深い私を四人は果たして赦してくれるのだろうか。
すまない……エルザ、カミラ、キャロル、アリス
== Fin ==
見てしまった。
結弦は本を閉じると同時に深いため息を吐く。
これは間違いなく禁書指定の本だ。世に出回ったら間違いなく国は荒れる。
最後に記されたエルザとキャロルは現王妃とあのおてんば王女だ。後の二人は分からないが、状況からこれはシャルロットが書いた物だと一目で分かった。
まったく……何て物を残してるんだよあのバカ国王は!
結弦は見てしまった後悔とこれからどんな顔して会えばいいんだという困惑とで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「どうしたのじゃ?」
「うぎゃ!」
自分の中の何かと葛藤する結弦は白音が接近しているのに気づかず、変な声を出してしまう。
「急に変な声を出すでない」
「すまん。ちょっと集中しててな……白音のことに気づかずつい」
「うむ、まぁよい。――して、ぬしさまがそれほど真剣になるとはどんな本を読んでいたのじゃ?」
「えっ!? いやそんなたいした物じゃないぞ」
結弦は慌てて読んでいた本を後ろ手に棚の適当な場所へ戻す。
「むぅ? なんだか怪しいのぅ。――さてはぬしさま、いかがわしい本を読んでいたな?」
「なっ!?」
結弦の挙動を怪しんだ白音は明後日の方向に勘違いする。
「まぁアリスやレンがいるからのぅ……辛い気持ちは分からんでもない。だが、書物にうつつを抜かすのは感心せんぞ?」
「お前さっきからなにを?」
「じゃからぬしさまには童がいるでないか? あのお子さま二人が寝静まった後にでもしっぽり相手してやるぞよ?」
どうやら白音の勘違いは相当ぶっ飛んでいたらしい。
まぁ本のこともあるし、ここは適当に流しておくのが最善か……
「あぁ~ それじゃあ本当に辛かったら助けてもらうよ」
「うぬうぬ。その日が来るのを楽しみにしておるのじゃ♪」
「終わりました!」
白音が一人で勝手に納得したちょうどその時、フィリアと共に絶賛解読作業に従事していたエステルから終わりの報せが届く。
アリスや白音は手にしていた本を元の位置へ戻し、レンやスーと共にエステルの元へ向かう。
――それにしてもあの本の最後に綴られていたあの文字……まさかな。
最初にシャルロットと会ったときのことを思い浮かべながら結弦は皆の元へと歩いていった。
後半月ほどお待ちください。
そうしたらまた始められます。




