幕間 黄金の鹿:前編
ザイードでの戦いから遡ること二ヵ月、リベラルで大聖堂の再建に奮起していた結弦は、たまの休息を求めて郊外にある湖畔へと足を運んでいた。
湖畔は外周五キロとかなり大きく、湖の群青と草木の深緑が心の奥深くへ安らぎを運んでくれる。
「綺麗だな、これだけでも来た甲斐があったよ」
「喜んでいただけて何よりです。私は公務もあって中々街を出る事を許してはもらえないのですが、極稀にファルネスがここへ許可してくれる時があるんですが、心身共に落ち着きますよ」
「よく隠れて抜け出しているじゃないか?」
今、結弦と会話しているのはリベラルを治める長でありクロノス教の教皇エステルだ。――っとこれだけ並べると大層なお方のように思うかもしれないが、実際は夜中に街へ繰り出してチンピラ相手に問題を起こすようなお転婆娘だ。――なお、彼女の外見から三人称は少女としているが、ステータス情報によると実年齢は『126歳』らしく、俺の何倍も生きているおばあ……いや、なんでもない。
「今、物凄く失礼な事を頭に浮かべられておりませんか? 確かにユヅル様の前ではいつも自由に振舞っているように見えるかもしれませんが……私これでも結構忙しいんですよ?」
どうやら抜け出しの件に対して言及しているらしい。
「そうですよ? ご主人様は知らないかもしれませんが、クロノス教の教皇ともなればこの国で五本の指に入る超有名人なんですから、私たちでは想像もつかないほどお忙しいに決まっています!」
エステルの狂信者? であるアリスが結弦を窘める。
「わかったわかった。せっかくこんな綺麗な場所に来ているんだ。さっさと仕事を片付けてのんびりしようじゃないか?」
「そうでした……」
実は結弦たちはただ単に湖畔へと遊びに来たわけではない。エステル、というよりは教会からの依頼でとある生き物を捕らえるために来ている。
依頼内容はこんな感じだ。
《依頼書》
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依頼名:『クラウンディアの捕獲』
内容:クラウンディア(レベル30±?)1体捕獲
依頼者:クロノス教会
ランク:個人指名の為、指定なし
報酬:要相談
備考:先の教会襲撃から一ヵ月と少しが過ぎま
した。教会の再建も順調に進んでいます
し、あと半月もすれば竣工でしょう。
そこで完成を記念してちょっとしたお祭
りを開こうと思います。
ユヅル様たちにはお祭りの目玉料理に予
定しているクラウンディアを調達してい
ただきたいと思います。
当日は私も道案内人として同行しますの
でどうぞよろしくお願い致します。
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一応リベラルに設けられている冒険者ギルドを通した正式な依頼で、エステルが言うにはランクポイントをたんまり付与するように言い含めてあるらしい。――教皇様の権力は恐ろしいのである。
「ちなみに今更でなんなんだが、この捕獲対象の『クラウンディア』ってのはどんな魔物なんだ?」
「クラウンディアとはこの地方で生息しているといわれている黄金の鹿です。目撃情報が殆どなく、巷では幻とされている希少種です」
「おいおい……そんないるかいないかも分からない奴を捕まえに行くってのか?」
エステルが俺たちを直接指名するからには何かしらのワケがあると思っていたが、そもそも達成できるかどうかも分からない依頼だったとは……
「安心してください。目撃情報は少ないですが、この近辺にいるのは確かです」
「その根拠は?」
「それは目撃したのが私だからです。先ほども言いましたが私は極々稀にこの地へ足を運ぶのですが、年に一、二回、湖のほとりで水を飲む黄金の鹿を目にしています。なんでか知りませんが私の前には来てくれるんですよね」
「ほぉ~ エステルの妄想じゃないなら好かれているってことだろ? でもそれなら捕まえて食っちまっていいのか?」
「はい、黄金鹿は話題になります。今は教会がピンチですし、これで街の方や周辺に住まれている方が喜んでくれるのであれば構いません」
ふむ……この感じ、ただ捕まえるだけじゃダメそうだな。ウチには頼もしい人外連中がたくさんいるし、一肌脱いでもらいましょうかね。
「そうか。――んじゃまぁサクッと捕まえようか。レン、白音、スーは散開して索敵に当たってくれ、アリスはエステルの護衛を頼む。俺も適当に探してみる」
「分かりました」
「丸焼きなの~」
「黄金の鹿か、童もそんな生物は見たことないから腕がなるのぅ」
「大方、大気中の魔素を過剰に吸収してしまった動物の突然変異種だろう。我も話を聞くまでは眉唾だと思っておったが、この地は魔素が潤沢だから無い話ではない」
各自手分けして捜索を開始する。
レンと白音は湖畔周辺に広がる森林地帯を、俺とスーは見晴らしの良い湖のほとりを空と地上から見て回る。
==Side Alice&Esther==
「皆さん行っちゃいましたね」
「うん、私たちは大人しくここで待機してようか」
「そうですね。見晴らしもいいですし、いざとなったら神札でスーちゃんもすぐに呼び戻せます」
「そういうの……ちょっと羨ましいな」
アリスとエステルの二人は近場にあった大きな切り株に仲良く腰を掛ける。
「急にどうされたんですか?」
「うん、何だか繋がっている感じが羨ましいなぁ~って。アリスちゃんにはユヅル様もいるし」
「エステル様にもファルネスさんがいるじゃないですか」
「そうね……確かに私が教皇なんて役職についてしまった時からの付き合いだから人生の半分は彼と共にいるわ」
「後悔していますか?」
「いいえ、この仕事は皆を救える素晴らしい仕事よ。――ってこれはただの強がりかな。本当はアリスちゃんみたいにユヅル様と一緒に世界を巡ってみたいのかも」
「エステル様……」
アリスの前でだけ見せる素のエステル。ちょっとした出来事をきっかけで友達になったからこそ出てしまう本音がアリスには深く突き刺さる。
やっぱりエステル様も思い悩まれることもあるんだ。――私なんかじゃ聞いてあげるくらいしか出来ないけど、少しでもエステル様の支えになってあげなきゃ……ってあれ?
「エステル様、もしかしたらその願い少し叶えてあげられるかもしれません」
「アリスちゃん?」
「前にも言いましたけど、私には神札があります。どんなに遠方でもこのカード一枚でエステル様を迎えに一飛びですよ!」
「本当に?」
「はい! せっかくお友達になっていただいたんです。私もいろんな所をエステル様と一緒に周りたいです」
「嬉しい……それならお言葉に甘えて連れてってもらおうかな」
「はい♪」
「ありがとう、少し元気が出てきたわ。よし! 気分転換に水浴びでもしよっか?」
「わかりました」
アリスとエステルは一糸まとわぬ姿になって目の前の湖に飛び込む。この湖は遠浅だったようで、膝下ぐらいに漂う水をお互いに掛けあう。
「程よく冷たくて気持ちいいですね」
「えぇ、私も入ったのは初めてだけどこういうのもいいわ」
二人で水浴びを堪能する。
そして、ひとしきり遊びつくした彼女たちは服を着ようと陸へ戻ろうとした時、そいつは現れた。
「クラウンディア? アリスちゃん、現れたよ!」
「本当に金色ですね。――っていけない、スーちゃんを呼び戻さないと!『スーちゃん、戻ってきて!』」
『相分かった』
『オープン』
体長二メートルぐらいの大きな角を持つ黄金の鹿が二人の前に現れる。
アリスはすぐさま念話と神札でスーを呼び戻した。
「どうやらエステル嬢を好いているのは本当のようだ。じきにユヅル殿たちも来るからそれまで下がっておれ」
アリスに召喚されたスーは二人を守るべく、クラウンディアと正対する。そして念話をもって他の仲間たちを呼び寄せる。
スーは翼を大きく羽ばたかせ、火の粉を撒き散らし、臨戦態勢へと移行する。
「スー様、攻撃するのは少し待ってもらっていいですか? 私、この子と話さなきゃいけない気がするんです」
「相手は魔物だぞ?」
「それでもです。お願いですので少し私に時間をください」
「無理はするなよ」
スーはエステルに道を譲る。
そして、エステルはクラウンディアとの対話が始まる。
一応ここを伏線にエステルがザイードの温泉へ来ることになります。
それと忘れたころにやってきた冒険者話ですが、しっかりと三章でも絡めるつもりなので覚えておいてください。




