2.31 薬師『グリード《木》』
ザイード住民の捕縛を開始してから六時間。
夜が明けて太陽がゆっくりと登り初めている中、街の大部分の制圧が完了した。
「これで最後か?」
「はい……かなりの数でしたが何とか抑えられました」
「ご苦労様。とりあえず住民の方はエステルに任せるとして、俺らはコレの回収に移る」
結弦は手のひらサイズの小さな小箱を掲げる。それは木で出来ており、銀杏の葉のような模様が精緻に彫られていた。そして、中からかすかに甘い匂いが周囲に広がっている。
「皆も見かけたと思うが、この箱から出る甘い匂いが今回の騒動の原因だと俺は踏んでいる。詳しい効能は調べてみないと分からないが、住民たちをこっちに戻す前にすべて回収しておかないと昨夜の二の舞になる」「確かに暴れておった者どもの近くにはその箱がよく転がっていたのぅ。まぁこの箱からは濃い魔素を感じるし、十中八九この前の魔人薬と同じで素人が過剰に摂取したことによる暴走じゃろうな」
「ビンゴか……ならやはり早急に回収しよう。レン、白音、スー、魔素の濃い場所って分かるか?」
「大丈夫なの、お腹の空くにおいなの~」
「当然じゃ」
「うむ」
「じゃあアリスは引き続きスーと、俺は白音と行動する。レンは庭で寝ているクロを叩き起こして一緒に動いてくれ」
クロは鳥類と同様に鳥目なので夜の騒動に駆り出せなかったのだが、朝になったことでそれも克服された。
そして、エステルと手伝ってくれた衛兵をリベラルの大聖堂に送り届け、結弦たちは小箱の回収作業を開始した。
♢
作業開始から二時間。
各方面に展開し、一軒一軒しらみつぶしに捜索を行い、数えきれない量の小箱を回収した。
「こんなにあったとは」
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ダメじゃ。ザっと千はあるのぅ」
「お腹空いてきたの」
「気をつけろよ? 魔素とやらを大量に摂取したら俺らも化け物になっちまうみたいだし」
「そこら辺は大丈夫なのじゃ。ここにある箱は確かに濃度こそ高かったが殆ど気化して空気中に霧散しておる。ここにいる面子なら警戒するまでもない」
「まぁそれならいいけど。――んじゃアリス、資料用にいくつか残してあとは焼き払ってくれ」
「わかりました。――焔の輝きよ、煌めけ『ファイアショット』」
アリスが得意の火属性初級魔法『ファイアショット』を詠唱する。たくさんの戦闘を経て、レベルが上がったファイアショットは範囲をより広く、火力もより高くなり、山積みになっている小箱を焼き払う……はずだった。
「酷いなぁ。そうやって簡単に僕の研究成果を燃やそうとするなんて。――『ウォール』」
突如聞こえた声と共に箱の周辺を取り囲む巨大な木の壁が現れた。
巨大な壁は相性的に優位なはずの炎を全く寄せ付けず、小箱を完全に守りきる。
「誰だ!?」
「これはこれは……威勢が良すぎて根暗な僕には敵いませんね。お初にお目にかかる、僕はグリード・フォン・ペッテンコーファー。《木》を司る強欲な研究者にして君たちの……敵だ」
木の壁の一部が変形し、中からグリードと名乗る男が出て来た。
グリードは中肉中背の青年で研究者と名乗るだけあって、ご丁寧に白衣と試験管のようなものを身にまとっていた。
《ステータス》
_____________________
名前:グリード ???歳♂
レベル:???
ジョブ:薬師《天の教会》
装備:???
所持金:???
スキル:???
魔法:???
_____________________
驚いた。
名前を聞いたことによって更新された交流欄よりグリードの身元を確認しようと思ったが、名前と性別、ジョブ以外はすべて『???』になっていた。――今までこのような事がなかっただけに得体の知れないこいつからは危険な臭いがする。それこそ登場時の詠唱を省略した魔法が奴の危険性を物語っている。
「まさか諸悪の根源自ら出てくるとはな」
「諸悪の根源というほど大層な身では無いけど……僕は強欲でね。魔人薬に吸血薬と二つ続けて打ち破った君たちに興味が沸いたんだ」
「またそれは光栄な事だ。こっちも親玉をボコれるから願ったり叶ったりだ」
「それは楽しみだ。じゃあ僕はボコられない為にも精一杯抵抗しないとね。――ウォール『ディスペル』、『クラフト:T-01』」
グリードが呪文を唱えると木で出来た壁は崩れ去り、守っていた小箱と共に小さな部品の山を生成していく。
そして部品たちは自動的に組み合わさり、一つの大きな人形になった。
「どうだろう? 僕は専門こそ薬品系だが機械技師としてもやっていけると思わないか?」
「あぁ、敵でなければ手放しで褒めてやったところだ」
「それは残念だ」
グリードが組み上げた人形は全長五メートルほどで、背中からは羽が生え、以前魔人薬で狂化した元山賊を大きくしたような見た目をしていた。
「デジャブを感じるな」
「あぁこれかい? これは人類が次に至るステージさ。――大気中の魔素を喰らい、全ての生命の頂点に君臨する人の究極体だよ」
「とことん狂ってるな。少なくとも俺はそんなものになりたくはない」
「意見の相違か……研究者である以上、人に理解されない事はよくある事だが、君に理解してもらえないのは悲しいね。――さて、おしゃべりもここまでにして始めようか。『クラフト:吸血剣』」
グリードは再び詠唱省略で魔法を唱え、吸血薬を媒介にした長大な剣を生成した。
「簡単には死なないでね。この吸血剣、銘が示す通り触れれば君たちの『血』を根こそぎ吸い尽くすから」
吸血か……下手な毒より厄介だな。
人間、血液が少なくなると各部位に送られる酸素が減ってしまう。それは機能停止と同じで、吸われる量にもよるが最悪一発KOもありえる。
「皆、ご丁寧にも解説してくれたあの剣、死んでも触れるなよ? ってか触れるとほぼ確実に死ぬと思った方が良い」
「大丈夫じゃ。あんな馬鹿でかい剣、そう易々と受けはしないのじゃ」
「レンもクロも鬼ごっこは得意なの~」
「最悪、アリス嬢の盾になるから後ろは心配しなくてよいぞ」
「ありがとうスーちゃん」
「じゃあ行くぞ!」
「作戦会議は終わったそうだね。じゃあ始めようか……研究発表の時間だ!!」
結弦たちは正体不明の敵グリードとの戦闘を開始した。




