2.30 夜襲
ザイード二日目の夜。
皆が寝静まり静寂が辺りを支配する中、奴らは動き出した。
「ご主人様! ご主人様! 起きてなの!」
「ん? まだ朝には早いと思うが……」
「そうじゃないの。――家の周り、よく分からない気配で囲まれてるの」
気配? こんな夜更けになんだというのだ。
見に行った方がいいんだろうが、旅館内はタンゲやユニ、一般客がいるので安全のことを考えるなら誰かは残らなければいけない。――とりあえずそこで腹出して寝ている白音にでも頼むか。
「う~ん、それだけだと何が何だかよくわからんから少し様子を見てきてもらっていいか? おい白音! ちょっと起きてくれ」
「なんじゃ? まだ朝ではないのじゃ……お肌に悪いではないか」
「レンが外の様子がおかしいと言っててな。お肌とやらにはフェイスパックでも被せておけばいいから、ちょっと二人で見てきてほしいんだ」
「『ふぇいすぱっく』とやらは気になるところだが、まずはお客の相手じゃな。――レンが言うのであれば間違い無いじゃろうし、童もこのおかしな空気は気に食わん。ぬしさまはアリスたちを頼む」
「あぁ、そっちも気を付けてな」
「誰に言っとる。サクッと行ってくるのじゃ♪」
レンと白音は軽い身のこなしで塀を乗り越え、旅館の外へ偵察に向かった。
==Side Ren&Shirone==
――っとさっきは大手を振って出て来たのじゃが、これは確かに異様じゃな。
覚醒状態になった白音はレンと同様に感覚の網を街中に張り巡らせた。すると、この宿の周囲はもとより街の至る所で何か得体のしれない気配を感じた。
「レン! そこの角に一つおるぞ」
「大丈夫なの」
二人は門扉の隅にいる謎の気配へと近づく。
「あれ? クリスちゃん?」
「昼間のわっぱか?」
「そうなの、レンとクロのお友達なの~」
見るとそこには昼間、レンと白音を八百屋のもとへ案内してくれた子供の一人がいた。
「どういうことなのじゃ?」
「勘違いだったの?」
「まぁ勘違いならそれはそれで構わないのじゃが、ひとまずはわっぱよ、夜中にこんな所をウロウロしておると危ないから家に帰るのじゃ。童たちが送ってあげるのじゃ」
「……」
白音がクリスを家まで連れて行こうとする。――が、クリスは動かない。
「クリスちゃん? ……きゃっ! 危ないの!」
「……血……欲しい」
不審に思ったレンがクリスのもとへ近づくと突然、クリスが噛みついてきた。
かろうじて避けることに成功したレンは、いつもと違う彼女に警戒の色を向ける。
「ふむ……やはり童たちの勘は当たっていたようじゃな。――レン、どう見ても様子がおかしい。取り押さえるぞ」
「わかったの!」
二人はクリスの動きを封じにかかった。いつもと様子が違うとは言え、所詮は普通の人間。戦闘経験豊富な二人を相手に敵うはずもなく、あっさりとお縄にかかった。
「これは一度ぬしさまのもとに戻った方が良さそうじゃな。レン、戻るぞ」
「あい~」
二人はクリスを抱えて結弦たちが居る客間へと戻った。
==Side Yuduru==
「戻ったか」
「うむ。もう感づいておるとは思うが街の人間の様子がおかしいのじゃ」
レンと白音が戻ると部屋の中には争った形跡があった。
「あぁ、二人が出て行った後、ここにも目が逝ってるタンゲとユニが来たよ……結果は見ての有様だ」
二人が出て行った後、アリス、スー、エステルを起こした結弦は心配だと言うアリスの言葉に従い、タンゲとユニが住んでいるという離れの方に向かうことにした。
そして、タイミングが良いのか部屋を出た所で件の二人に遭遇し、クリスと同じ道を辿ることになった。
「この感じだと私たち以外の住民全てが同じ状態に陥っていると思うべきでしょうね」
「恐らく俺たちが嗅ぎまわっている事に気づいて先手を打ってきたんだろう。エステルもいるし、まとめて葬れれば一石二鳥だ」
「だからと言って街の人々を使うなんて非道過ぎます! ご主人様、早く街の皆さんを治して首謀者を捕まえましょう」
いつになくアリスがエキサイトしている。――いや、表面に出ていないだけで一番たぎっているのはレンか。友達を駒に使われたんだから当然といえば当然で、アリスもお姉ちゃんとして当然の感情なのだろう。
「そうだったな、まずはこの三人をなんとかしないと。――スー、アレはいけそうか?」
「う~む、我もこの手の症状に出会ったことがないから分からん。ただ飲ませたからと言って悪くなることも無いだろうし試しに使ってみればいい」
「わかった」
結弦は道具覧から神酒を一樽取り出し、コップに一杯すくって三人に飲ませる。
すると、最初は首を抑えて苦しそうな顔をしていたが、次第に安らかな表情になり、静かに眠った。
「どうやら効果はありそうだな。流石は神の御業といったところか」
「うむ、まぁ我も使えるか半信半疑ではあったが上手く働いたようで何よりだ」
「とりあえずこの三人は私の教会で面倒を見ます。アリスちゃん、転送頼んでもいい?」
「わかりました。『オープン』」
アリスの神札を使って回復した三人をリベラルの大聖堂へと運ぶ。
そして、向こうで夜番だった衛兵たちの一部を連れて再度ザイードへと戻ってくる。
「本当に向こうにいなくていいのか?」
「えぇ、向こうにはファルネスもいますし、こんな状況教皇でなくても見過ごせません。――戦うのはあまり得意ではありませんので何かあったらしっかりと守ってくださいね……ユヅル様?」
「あぁ、任せてくれ。――じゃあ手分けしてヤバそうな住人を確保するぞ? 東をアリスとスー、西をレンと白音、北と南は衛兵の皆さんであたってください。俺とエステルは中央を担当する」
「わかりました。スーちゃん、行こう!」
「相分かった」
「くれぐれもやり過ぎるなよ? 昏倒させる程度でいいんだぞ?」
「任せるのじゃ! ばったばったと捕まえてみせよう」
「たいほなの~」
この二人が一番やらかしそうで怖い。
「皆さん夜遅くで大変でしょうが、緊急事態です。――ご協力お願いいたします」
「かしこまりました。速やかに問題を解決してみます」
「んじゃ、解散!」
各班に一升瓶程度の小分けした神酒を持たせ、狂暴化しているザイード住民の保護へと向かってもらった。
「しかしこの手口、どう考えてもリベラル襲撃の首謀者が裏で糸を引いているよな」
「はい。恐らく敵には薬品関連に長けた人物がいるのでしょう。――私の命を狙う為にここまで大勢の方を巻き込む手口、とても許せるものでは無いです」
「あぁ……それにしてもどうやって街の住人全てを操り人形にできたんだろうか?」
「それは見当もつきません。――が、今はとりあえず街の皆さんを鎮めましょう」
「そうだな。――今日は長い夜になりそうだ」
結弦とエステルの二人は街の中央に移動し、周辺家屋で暴徒と化した住民を片っ端から捕縛していった。




