1.5 必要なもの:その1
結弦は行商団のおっさん達とむさ苦しい三日間を乗り越え、貿易街ロクシタンへやってきた。
――やってきたのはいいが、ここで一つ問題が生じる。
街を守っている衛兵による身分確認だ。
街の外門で行われている身分確認は長蛇の列となっており、順番が来るまでには多少の猶予がある。
しかし、この世界における俺の出自は不明、当然だが自分の身を証明することが出来ない。――見た感じ、身分証のようなものを見せる必要があるみたいだけど……もちろんそんなものに心当たりは無い。
まぁだからと言って指を咥えているわけにもいかないし、とりあえず隣に座っているおっさんに聞いてみるか。
「ここでは身分確認があるのですか?」
「あぁ、これでも色々なものを扱う街だからな。――兄ちゃんも順番までにインテリジェンスカードを用意しておきな」
あの身分証みたいなものはインテリジェンスカードというのか。
どうしたものかと思いつつも、一応道具欄を見てみる……すると下の方に確かに『インテリジェンスカード』と書かれたアイテムがちゃんとあった。
ありがとう女神様! ちんちくりんであってもおっちょこちょいじゃなくて助かりました。
結弦は早速、道具欄にあるインテリジェンスカードを選択……しようとしたが少し考え、出すのを控えた。――おっさんの目もある。陰で出すべきだろう。
この世界の人々は今のところ、何もない空間から物を取り出している様を見たことがない。
だからというわけでもないが、確認が取れるまでは避けるべきだろう。
おっさん達に隠れてこっそりとインテリジェンスカードを出そうとすると、名前の隣に『編集』という枠が存在しているのに気付いた。
試しに選択してみると、カードの額面が表示された。――どうやらカードの内容を操作することが出来るみたいだ。
基本的には書いてある通りで問題なさそうだが問題な部分もあった。
まず、『所持金』は本当の金額だと多すぎるし、『ジョブ』の欄が空欄なのも問題がありそうだ。
若干の逡巡の後、適当な金額と選択可能なジョブ候補の中から一つを選んでカードに修正を加える。――と言ってもジョブ候補は《冒険者》と《勇者》、それに《神の使徒》しか無く、実質選択肢は一つだけだったりする。
《インテリジェンスカード》
_____________________
名前:ユヅル 21歳♂
レベル:4
ジョブ:冒険者
装備:錆びた剣
所持金:スィード金貨5枚
銀貨5枚
銅貨2枚
_____________________
レベルは恐らく魔物を倒した時に記録された経験値をカウントした結果だろう。そう考えるとステータス欄の『777』はかなり異常なのかもしれない。
「インテリジェンスカードの提示を!」
「おっと……すみません。こちらでよろしいですか?」
インテリジェンスカードの編集に夢中になっていた結弦は自分の番になっていることに気付かなかった。
衛兵の大声に驚きつつも、カードの提示と入税として銀貨を一枚納め、ロクシタンの門をくぐる。
♢
「さて、そろそろお別れだな。刻の巡りの元でまた会える日を」
「はい、三日間ありがとうございました。刻の巡りの元でまた会える日を」
街の中央広場付近に移動した結弦達は、この世界における別れの挨拶のようなものを交わし、行商団とは行動を別にする。
いよいよ光に満ちた異世界生活の始まりだ!
晴れ晴れとした面持ちで歩き出した結弦であった。
♢
――が、当然そんなに上手く進む話はなく、土地勘の無い結弦は十分も経たずに迷子になっていた。
「どうしてこうなった……ってか、ここどこ?」
なんか道も暗いし雰囲気的にもかなりヤバそうだ。
「おっ若旦那! 今日はどんなご予定で?」
なんとか自力で大通りへ戻ろうとしていた矢先、小太りで下卑た笑みを浮かべる怪しい男が物陰から近づいてきた。
……こりゃ完全に狙われていたな。
多分こいつは場所柄、あまり表立って売買できない商品を扱っている商人なんだろう。
ここは適当に流してさっさと立ち去ろう。
「いや、ちょっと散策していただけだ」
「それはそれは……それならこちらへ」
「あっ、いや。俺はもう帰るつもりで……」
「そう言わずに、ささっ、こちらへどうぞ」
適当にあしらって離れるつもりが、無駄に押しが強い男の言葉に逆らえず、一軒の建物へ連れ込まれてしまう。
そのまま古びた一室に案内されると商人は何処かへ去っていった。
――まずいな、いかにも怪しい店だし早くここから出ないと……何か良い断り文句は無いだろうか?
結弦が店を出る理由を考えていると、部屋の奥から五人の薄汚れた少女たちが商人と共に戻ってきた。
「今日はとても恵まれた日です。ここにいる娘たちはどれも磨けば光る逸品でございますよ」
唐突に少女たちの話を始める商人に結弦は困惑する。
「気に入った娘がいれば遠慮なくお申しつけください」
――ん? 商人のこの口ぶり、もしかしてここは奴隷の商館なのか。
行商団から話だけは聞いていたが、まさか本当に訪れることになってしまうとは……
こうして実際目の前に並ばれると、元日本人としてはどうしても嫌悪感を抱いてしまう。
「俺に奴隷は必要ない」
「そう言わずによく見てくださいな」
押しが強い……というより、この商人は人の話を聞かない奴か。――どっかのちんちくりんと言い、こういうタイプは苦手だ。
結弦が困窮している間にも一列に並べられた奴隷たちは、ひとり、またひとりと自分を売ってくる。
正直、俺の目から見ればどの子も目が死んでいて、ただただ可哀想でしかなかった。
仕方ない……適当に吟味している体を装って、気に入ったのがいないと断ろう。
「アリスと申します。精一杯ご奉仕させていただきますので末永く可愛がってくださいませ」
しかし、最後に自己紹介をしたアリスによって、断る気満々だった結弦の意識は否応なしに彼女へ固定された。
『交流:《アリス》を識別した』
おっ……今までこんなログは出てこなかったのだが、相手の事を意識する必要でもあるのだろうか?
交流欄の『人物』に新しく加わった《アリス》を選択すると、彼女のステータス情報が表れる。
《ステータス》
_____________________
名前:アリス 11歳♀
レベル:3
ジョブ:奴隷
装備:無し
所持金:無し
スキル:速読
作法
歌唱
魔法:ファイアボール+2
ファイアショット+1
_____________________
どうやら交流欄から確認すると、インテリジェンスカードに表示されていた以上の情報を入手することができるようだ。
それよりもこのアリスって子……俺が覚えていない魔法を覚えているとは驚いた。――もしかしたら旅の役に立ってくれるかもしれない。
少なくともこの世界で魔法をどうやって覚えたのかは聞いておく必要があるな。
結弦が気になったアリスは、腰にかかりそうなくらい長い金髪の碧眼で、年の割には発育のいいスタイルをしていた。
顔も整っており唯一、生気を感じることができるこの少女は個人的にかなり好みの部類だ。
よし、この子を連れて行こう。
若干思うところが無いわけでも無いが、状況的に誰か一人を連れていくなら彼女しかいない。――そう、状況的に仕方なくだ。
結弦が色々と思案していたせいか、勘違いをした奴隷商人は渋々と話しかけてきた。
「どうでしょう? お眼鏡に叶う娘がいないのであれば他のを呼びつけますが……」
「いや、その必要はない。そこにいるアリスを連れていく。――いくらだ?」
「左様でございますか。この娘は奴隷になってから結構立つのですが中々買い手も現れず、私も扱いに困っていたところです。――奴隷の状態としては健康的で教育も行き届いており、とても良い商品でございます。お値段につきましては銀貨五百枚となっております」
スィード金貨で五十枚か。人の値段にしてはいささか安い気もするが、この世界の相場が分からない以上なんとも言えない。
「わかった、支払いはスィード金貨で構わないか」
「もちろんでございます。スィード金貨でしたら五十枚になります」
奴隷商にスィード金貨五十枚を即金で支払う。
いきなり懐から大金を出した俺に奴隷商は驚く。――まぁ常識的な振る舞いか分からないので見なかったことにしておこう。
「――確かに……ではインテリジェンスカードの提示をお願いします」
「あぁ」
「契約」
インテリジェンスカードを出すと奴隷商人は呪文を詠唱し、俺のカードに所有の欄が加わった。
《インテリジェンスカード》
_____________________
名前:ユヅル 21歳♂
レベル:4
ジョブ:冒険者
装備:錆びた剣
所持金:スィード金貨5枚
銀貨5枚
銅貨2枚
所有:アリス(奴隷)
_____________________
――余談だが、『所持金』の欄を見て奴隷商はニヤついていた。どうせ無理して身銭を切ったとか思っているのだろう。
「これでアリスは若旦那の物です。せいぜい大事に扱ってください」
「わかった。――あと、あればで構わないのだがこの街の地図はないか?」
二度とこんな店に来ることが無いよう早急に周辺地理を理解する必要がある。
「少々お待ちください……これがこの街の地図です。お持ちください」
奴隷商から壁に掛けてあった地図を受け取る。
一品物のような気もしたが、アリスという高い買い物をしたんだ。これくらいはサービス品扱いなのかもしれない。
最後まで下卑た笑みを浮かべる奴隷商人と適当な挨拶を交わし、結弦はアリスとこの街の地図を片手に店を出る。
異世界生活三日目、ようやく出来た新しい仲間だ。――まぁ年が倍近く離れてはいるけど、なんとかやっていけるだろう。
ヒロインAの投入です。
ガイド役として頭のいいキャラにする予定です。
その2に続きます。