2.17 異形の者たち
突如現れた山賊たちは、どんな手段を講じたのか知らないが教会による拘束から逃れ、この講堂で再びエステルの命を狙おうと暴れていた。
それによって集会に参加していた住人は逃げ惑い、講堂はいつぞやの山賊退治の時のような阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
そして、本格的な戦闘訓練をしていない衛兵たちに山賊の相手は辛く、戦況は賊の方に傾く……ことは無かった。
「またぬしらかぁぁ! 童の怒りの琴線をことごとくかき鳴らすのわぁぁ!!」
そう白音である。
昨日から働き詰めの上、楽しみまで取り上げられた彼女の堪忍袋の緒は端から切れており、絶賛魔王モードになっていた。
「気持ちは分からなくもないが、あまり放置しておくとフィリアに怒られそうだしなぁ。程々の所で止めないとなんだが……ただ、止めれるのだろうか……アレ?」
「何を言っているのですか!? 止めないと壊れますよ? この建物」
アリスが言うようにキレた白音は、ここが建物内ということもお構いなしに鬼火を辺り一面に飛ばしまくっているので、柱梁といった建物の構造上重要なパーツが少しずつ損壊を初めていた。
「せめてもの救いは一応敵味方の区別が付いているところか」
これで守るべき味方まで傷つけていたら目も当てられないが、少なくともこちら側の陣営で傷ついている人は見られないので、最低限の分別はついていると思われる。
「童をここまで弄んだんじゃ。ただでは死なさんから覚悟するのじゃ! ほ~れひとーつ、ふたーつ、かっかっかっか、もっと飛ばなきゃつまらんのじゃ♪」
気づくと何処から持ってきたのか身の丈を優に越す巨大な戦斧を振り回している白音は、少しずつ言動がおかしくなりながらも順調に敵を掃討していく。
そして、賊の残りが五人になった所でリーダ格の男が毒づいた。
「突発的だったとは言え、まさかまたあの鬼女が出てくるとは……大誤算だ」
「いや、鬼じゃなくて狐な」
「ご主人様、そこは律儀に答えなくて結構です」
「そうか?」
「えぇ。――どうせあの方たちは手遅れです」
「クソッ!どいつもこいつも俺達を舐めやがって……見てろよ? 俺らにだって奥の手ってやつがあるんだ!」
そう言うと、リーダー格の男と仲間の四人は懐から目薬サイズの小瓶を取り出す。
「飲むと廃人になるかもしれないらしいが知ったもんか!……主に背くは断罪なり『アウェイク』」
呪文らしき言葉を口にした賊たちは手にした小瓶の中に入っている液体を一息に飲み干す。
ここまでやられてまだ抵抗するのか……この諦めの悪さ、少しは見習うべきかもしれない。
それにしてもあの瓶の中に入っている液体は何だろう?
「うぬぅ。――ぬしさま、童の見立てが正しければ奴ら、中々に厄介な物を持ち出してきよったぞ?」
「あれ? 正気あったんだ」
「当然じゃ! 童とて加減くらい弁えておる」
本当だろうか?
「それよりもあいつらを見てみぃ。――どんどん人間離れした姿になっておるぞ?」
白音の言葉に従い賊達を見ると、身体の至る所が膨れ上がり、先日白音に付けられた傷など見る影も無いほど異様な様態をしていた。
「なんだあれ? また白音に不細工な整形をされたくないからって自棄でも起こしたのか?」
「そんな生優しいものなら良かったのじゃが……ぬしさま、アレは恐らく魔人薬による狂化状態だと思う」
「魔人薬?」
なんとも物騒な名前の薬だな。
飲むと魔物にでもなるのだろうか?
「当たらずとも遠からずと言ったところじゃ。正確には大気にある魔素を取り込みやすくする薬で、その魔素は適量であれば武器となるのじゃが、見ての通り暴走させると人ではない別の何かに変異しまうのじゃ」
「なんでそんな如何にもアウトな薬を飲んじまうんだよ!?」
「そんなのはあいつらに聞いてみないと分からないのじゃ。――まぁ正気を失ったあやつらには難しい話じゃが……ぬしさま、アレは飲んだ量と本人の器との掛け算で強さが跳ね上がる。恐らく肉体的には手下で中堅クラス、喚いとったボスは魔将クラスと思った方が良いぞ?」
まったくとことん迷惑を掛ける奴らだな。
とは言え、流石にこれは放置出来ないし早急に片を付ける必要がある。
さて、どうしたものか……
如何に被害を出さずにこの場を治められるかを考え始めた結弦は、目の前の視界を閉ざし、ここではない何処かへ意識を馳せる。
『どうせ見物してるんだろう?』
それは今回も高見の見物をしていると踏んだ結弦による、彼の過保護な保護者への交信であった。
『えぇ、ただ今回は神剣の貸し出しは無しよ?』
『なんでだよ?』
『当然よ……今回の敵は魔族ではなく人間、私が手を貸す理由が無いもの』
『おいこら! そんな御託で納得すると思ってるのか!?』
『何を言ってもダメよ。そもそも最近あなたは少し私に甘えすぎね。――この程度、今の結弦ならパパっと対処できなきゃ見損なっちゃうわよ?』
『無茶言うな!』
結弦はフィリアに怒鳴り散らすが彼女からの返事は無かった。
う~む、今回はなぜか非協力的なフィリアを頼るのは諦めるしかなさそうだ。
結弦は目を開き、再び意識を戦場へと向ける。
そして、フィリアと交信している間に元人間だった魔人たちは、三メートル以上に巨大化し、肌は黒く背中から悪魔のような羽を生やした異形の存在と化していた。
「確かにアレと会話を試みるのは無理そうだ。それに、まずはここから隔離しないといけない。――皆、奴らの動きを封じて時間を稼くぞ! それとアリス、ソードのAを使うからフィリアにお膳立てしてもらえ」
「分かりました(あい)(うぬ)(承知)」
俺からがダメならアリスから……そう考えた結弦はこの場で最も威力を引き出せる可能性を秘めた神札の能力を頼ることにした。
白音を筆頭にレンと結弦が遊撃、スーが遠距離に徹して暴れ出す魔人たちと対峙する。
魔人たちはと言うと、持ち前の巨体を生かした力一辺倒な攻撃を結弦たちに繰り出す。そして魔将格のボスに至っては背中に生えた羽を駆使してレンと一対一の空中戦を繰り広げている。
状況的に分身した白音がいる事で手数が多いこちらが僅かに優勢かと思われたが、魔人薬による狂化は想像以上に強力のようで、中々討伐には至らない。
そして、激しくなる戦闘は周囲への被害も増大し、少しずつ教会が倒壊を始めていた。
まずいな、幸い生きている人間の退避は完了したようだがこの巨大な教会が崩れたら周辺への被害はかなりのものになる。
流石に敬虔な信徒からの頼みは聞いてくれるだろうと思いつつ、結弦はアリスの交渉を見守る。
==Side Alice==
『フィリア様、見ていらっしゃいますか?』
『えぇ、見ているわよ。――まったく、自分がダメだからってアリスに頼み込ませるなんて、つくづくしょうがない子なんだから……』
『それでも応えてくれたという事は助けてくれるんですよね?』
『あなたも大概ね……少しずつだけどあの子みたいに悪知恵が働くようになってきたわ』
『お褒めいただき光栄です』
『それ、褒めていないから。――まぁいいわ、ここで手を貸さずに敬虔な信徒とやらが減ってしまうのも勿体ないからね』
『私はいつでもフィリア様を慕っておりますので』
『はいはい……じゃあそろそろやるわよ? 彼らを下がらせなさい』
『わかりました』
==Side Yuduru==
「準備できました! 皆さん、頃合いを見計らって離れてください」
「心得たのじゃ!(あいなの~)」
前衛の二人はアリスの指示に従い、自身が持ちうる最大の大技を放って相手を吹き飛ばし、バックステップをする。
「大丈夫そうですね。――巡り巡りて回帰する、刻の円環を刻みし剣よ、我が呼びかけに応え御業をここに『クロノリンク=A』」
アリスは現在使える最後の一枚であるソードのエースを使い、この戦闘に終止符を打った。




